香港本屋めぐり 第35回

投稿者: | 2026年3月5日

台北国際ブックフェア

 

本連載の第31回のタイトルは「台北国際ブックフェアと香港」。2025年のこのブックフェアに参画した香港の書店などの様子をレポートした。筆者は今年もこのイベントを訪れ、昨年同様「台湾のブックフェアの中の香港」を主に見てきたが、その報告の前に、このブックフェア自体を少々ご紹介したい。

ブックフェア初日。開場を待つ人々。

 

▼台北国際ブックフェアの特色

今年、このブックフェアは第34回を迎え、入場者は延べ58万人(昨年から1万人の増)。29か国の509社の出版社が参画した。海外から講演や各出版社のブース運営等のために訪れた人は748人。トークショーなどのイベントは1301回にのぼった。

昨年のブックフェアは2月4日〜9日まで。実質的な「年越し」である旧正月はそれに先立つ1月29日。今年は2月3日〜8日で旧正月は2月17日。なぜ旧正月の前後に開催されるかというと、この時期は多くの学校が「旧正月休み」となり、学生・生徒たちの来場を促すことができるから、とのこと。

また台湾では、「文化幣」(カルチャー・ポイント)という電子マネーが政府から青少年に提供されており、年々その対象年齢は拡大しており、今年は13歳から22歳まで。1200台湾元(2026年2月下旬時点で1台湾元は約5円。1200元はおよそ6000円)相当のポイントが付与され、特定の文化的イベントや書籍購入にあてることができる。このブックフェアでもこのポイントが使えるということが強調されていた。また、このポイントの残額が100ポイント以上あれば、入場無料となる。

会場入口には「文化幣」が使えるというアピールも。

 

入場券は一般が150元(後半の2月6日から8日まで18時以降の入場は100元)。シニアと18歳以上の学生は100元。18歳未満は無料となっている。

また香港の政府主催ブックフェアと異なるポイントとして、入場チケットの額面が場内での書籍購入費として消費できることが挙げられる。

「国際ブックフェア」ということで、毎年テーマ国が定められ招聘される。今年はタイだ。タイ語の書籍の他に、中国語に訳されたタイの作品が並んでいた。

テーマ国のタイに関連したトークショー。登壇者は、歴史学者ジェフリー・ワッサーストロムが香港、台湾、タイなどの若者による民主化運動について著した『The Milk Tea Alliance: Inside Asia’s Struggle Against Autocracy and Beijing』(ミルクティー同盟)の中国語版翻訳者――台湾在住の香港人作家・沐羽氏とタイ語版の翻訳者・梁震牧氏。

 

▼各ブースのデザイン自由度

香港の官製ブックフェアも各ブースは独自色を出そうと努力しているが、台北のその自由度は次元が異なる。中でも異彩を放っていたのが「讀字塞車」のブース……いや、ブースというより広場というべきか。なんと本物の大型観光バスやトラックが鎮座していたのだ。

バスターミナルのように見えるかもしれないが、これはブックフェアの会場内

これは、台湾の独立系出版社と個人的に活躍している出版人による組織「獨立出版聯盟」やNGOが用意したもの。今年に限らず、この連盟の出展は毎回注目を集めているようだ。今年のテーマは「讀字塞車」。「塞車」は道路の渋滞の意で、台湾の風物詩とも言われるらしい渋滞のバスの中で読書しようじゃないかという主旨だ。

このバスは装飾物ではなく、車内を会場とするトークショーが開催され、それ以外の時間は自由に座席に座り読書することもできる。なんとも度肝を抜かれるアイデアだ。

 

「讀字塞車」に限らず、各ブースが独自のデザインで存在感をアピール。

 

▼香港の独立書店の出展

昨年に続き、「」が香港の独立書店を代表する形で出展していた。2人の書店員が香港から出張し、書籍販売と来客対応、このブースで開催されるトークショーの準備・運営にと、活躍していた。

今年の「艺鵠」のブース

このブースで数冊の本を購入した台北市民の宋さんに「香港に関心があるのですか?」と伺ったところ、「そういうわけではないのですが、立ち読みしてみたら面白そうな本がたくさんあるので、つい買ってしまいました」とお答え。これはネットでの書籍購入ではあまり見られない例で、ブックフェアの面目躍如というところだろう。

鵠の今回のテーマは「嘈喧巴閉」(チョウヒュンバーバイ)。これは広東語の成語で「人の声が大きくてやかましい。場所が騒音でうるさい」というマイナスのニュアンスを持っているが、筆者としては、香港では今、思うところをなかなか大声で自由に言い難いので、台湾では賑やかにやろうじゃないか、と理解した。

この他に、単独で出展している香港の独立系出版社もあった。

 

▼香港関連のイベント

その「賑やかさ」という意味で、この鵠のブース内で多くのトークショーが開催された。このブースの他に、ブックフェア主催者が用意した「国際サロン」という会場でも“鵠主催”のイベントがいくつか行われた。以下に鵠のFacebookからイベントの一覧を。

このうち、2月4日の留下書舍と界限書店の店主・書店員による《做龜兔賽跑的龜――香港第一屆「獨立書店推薦賞」》は「国際サロン」で行われた。

 

界限書店と留下書舎スタッフによるトークショー

この賞は、香港の書店や小規模出版社が発刊した書籍から優れたものを表彰し世に知らしめることを目的として、字字研究所界限書店留下書舍獵人書店による発案で、投票が行われ受賞作が決められたもの。問題は授賞式の会場だった。現在香港では民間が自発的に行うイベントに対し、会場を提供しようとする団体・人が少なく、最終的に郊外の農村の施設でようやく行うことができた。

そのプロセスや受賞作は下記のリンク(中国語記事)からご覧いただきたい。
https://www.boundarybookstore.com/pages/independent-bookstore-recommendations

このトークショーのQ&Aのセッションでは、ある台北市民から、会場を見つけることすら難しい香港の状況は初めて知り、その中で営業・出版を続ける香港の書店・出版社に心からのエールを送りたいとの発言があった。

書店は店仕舞したが出版活動は続ける字字研究所の呂嘉俊さん

昨年、出版社でもある艺鵠から『中平卓馬 森山大道︰日本攝影家的故事』を出版した香港のベテラン報道写真家・黄勤帯さん(右)

 

また昨年同様、香港と繋がりの深い飛地書店(西門町)でもこのブックフェアにあわせて数回のトークショーが開催された。

日本と香港で活躍している香港のジャーナリスト・関震海さんが台北国際ブックフェアにあわせ、飛地書店でトークショー

 

今年の特徴として挙げておきたいポイントがある。それは、香港の書店・出版社ではなく、台湾の半官半民の財団「台港經濟文化合作協進會」に協力する形で、東南アジアと香港の本を主に扱っている書店「季風帯」のブースが、テーマに「在台灣閱讀香港(台湾で香港を読む)」を掲げ、多くの香港出版の本を並べると共に、香港の作家を招いてのトークショーを開催していたことだ。そのイベントは季風帯のFacebookに動画がアップされていて、今も見ることができる。

『香港散步學』などの著書で人気の香港の作家・研究者の黄宇軒さん(左)

このブースでのトークショーに聞き入る参加者の表情を見ていると、一部なのかとは思うが、台湾における香港への関心の深さが感じられた。

 

▼ブックフェアを離れて

閑話休題。台湾在住の日本人の知人から「台北には広東語を話すコミュニティーがある」と聞いていた。それは主に木柵エリアの安康地域だ。なぜ広東語コミュニティーなのかというと、かつて広東からベトナムに移住した人々が1970年代中盤以降、海を渡ってやってきて、当時の台湾政府がこの辺りに住まわせたことによるようだ。

昨年と今年、店名に広東を思わせる言葉を含む店で食事をした。そこでは、店側の人も客も、広東語とベトナム語、マンダリン、さらには台湾語も操っており、わくわくしてしまった。そのうちの1軒はまさに1970年代に一家で台湾にやってきた家族の店。もう1軒の女性店主は「祖先が広東からベトナムに渡った」が、台湾に移住したのは比較的最近で、2000年。広東語もマンダリンもベトナム語も流暢に操る。ベトナム生まれ・ベトナム育ちだが「私は華僑だ。ベトナム人ではない」と極めてキッパリとした口調で言った。広東語を話し続けるのは、そうしたアイデンティティーによるものだろうか。マンダリンは台湾に来てから学んだのかと尋ねると「いや。ベトナムにいた時から勉強していた」と。ベトナムの中国系コミュニティーでは、中国語教育が充実していた、あるいは中国語による教育機関が用意されていたのかもしれない。

店内で広東語・ベトナム語・中国語・台湾語が飛び交うレストラン

一方、上記「飛地書店」のイベントに参加していた台湾在住香港人から、最近形成されつつある新たな広東語コミュニティーがあると聞いた。それは新北市の淡水エリア。比較的家賃が安く生活環境も充実しているということで、台湾に移住した多くの香港人がここで暮らしているとのことだ。ここで成長していくであろう香港人の子どもたちは、果たして広東語を話し続けるだろうか。

 

▼日本からの講演者

香港で使われている言語としては、広東語が最強だ。しかし、広東語圏にルーツを持つ人々の他に、家庭内で潮州語や客家語、鶴佬語、海上生活者の言葉を話す人々もいる。しかしながら、若い世代ではそうした言語を「聞いてはわかるが話せない」、さらには「聞いてもわからない」という人も多くなっている。

今回のブックフェアでは、客家研究の日本における第一人者、東京都立大学の河合洋尚准教授の講演があった。テーマは《「客家空間」的生產」》。これは河合氏の著書『〈客家空間〉の生産――梅県における「原郷」創出の民族誌』(風響社)の中国語版『「客家空間」的生產――梅縣「原」創造之民族誌』(客家委員會客家文化發展中心と南天書局有限公司)の発刊を記念してのもの。

自著について講演する河合洋尚さん

「客家の故郷」と称される広東省梅県だが、河合氏はここでのフィールドワークを通し、「梅県ははたして以前から〈客家の故郷〉であったのか?」との疑問をいだくようになった。ここに住む客家語を話す人々が「私は客家人」というアイデンティティーを持っているとは限らないこと。また「客家の象徴」ともされる円形土楼が歴史を遡ってもこの地で建造された形跡がないこと、などによる。その「故郷」は行政などの主導により新たな「空間」として「生産」されたことを豊富な事例とともに解き明かしている。

香港では台湾と異なり行政側が客家を強調することは稀だが、香港における「客家の空間」も興味深いテーマだ。

ことほどさように、このブックフェアは単に多くの出版社などがブースを構えて多種多様の本を並べているだけではなく、思いも寄らない新たな出会いもある。もしも来年以降の旧正月前後に台湾旅行を考えているなら、台湾国際ブックフェアのスケジュールを考慮してはいかがだろうか。来年のテーマ国はチェコである。

(取材日:2026年2月3日〜7日)

*台北国際ブックフェア公式サイト
https://www.tibe.org.tw/

 

▼筆者のお勧め本
沉埋的菜檔案

著者:徐子君
出版社:字字研究所
初版:2025年7月
ISBN:9789887078166

上記「香港関連のイベント」で呂嘉俊さんが手にしているのがこの本。本書は、今年年頭に行われた第1回「獨立書店推薦賞」の授賞式でノンフィクション部門の大賞など多くの賞を獲得した。
サンフランシスコ在住の著者は元ジャーナリスト。数年前、見知らぬ人から「祖父の遺品から手書きの広東料理のレシピが発見された。研究してみる価値があると思う」というメールを受け取った。そこから、著者の時代と大陸を越えた旅が始まる。アメリカの広東料理というと「チャプスイ(雑砕)」が代表選手と思われているが、著者の旅と研究で歴史に埋もれていた多くのレシピが蘇った。

 

「客家空間」的生產
――梅縣「原」創造之民族誌

著者:河合洋尚
翻訳:邢光大
出版社:客家委員會客家文化發展中心・南天書局有限公司
初版:2026年1月
ISBN:978626724259

日本語原著
     『〈客家空間〉の生産――梅県における「原郷」創出の民族誌』
     出版社:風響社
     初版:2020年2月
     ISBN:9784894891029

日本の出版社の紹介文から:
客家はいかにして〈客家〉となったか
作られた領域、観念としての民族は、やがて「空間」となり「文化」を形成していく。不断に繰り返されるこの「民族・文化」創出のメカニズムを解明、注目の空間論的アプローチとその展開。

 

写真:大久保健
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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。訳書に『時代の行動者たち 香港デモ2019』(白水社、共訳)。

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