アジアを茶旅して」カテゴリーアーカイブ

アジアを茶旅して 第17回

順天堂と佐倉茶輸出の歴史   第15回で幕末日本茶を初めてアメリカに輸出した中山元成を取り上げたが、この輸出は横浜の外国商会の手を経たものである。では日本人だけで直にアメリカに輸出された最初の日本茶はどこのお茶… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第16回

多田元吉とインドへ行った梅浦精一   多田元吉が明治の初めにインドに渡り、紅茶産業を視察、日本にアッサム品種、紅茶製法とその機械を持ち帰ったことは、既に第10回で書いている。多田はその後『日本紅茶の祖』などと呼… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第15回

日本茶を初めてアメリカに輸出した中山元成   ここ数年、さしま茶という名前を聞くようになった。ブランド価値は高まっているが、その歴史については正直知られているとは言い難い。猿島で思い出すのは坂東武者、1000年… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第14回

千家を守った男 蒲生氏郷   会津と蒲生氏郷 千利休については既に第7回、第8回で少し触れた。やはり日本茶の歴史上、その存在はあまりにも大きい。だが、利休は時の権力者に切腹を命じられたのに、なぜその後その子供や… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第13回

益田孝、團琢磨と日東紅茶   旧幕臣から大実業家になった人物といえば、渋沢栄一らと並んで三井物産初代社長でグループの基礎を築いた益田孝がいる。益田は戦前の大茶人の一人として茶の湯の世界でも知られおり、茶とは深い… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第12回

九州茶の輸出を夢見た阿部野利恭と可徳乾三   明治時代、九州茶をロシア、シベリアに売り込んだ男がいた。その名は可徳乾三。今や茶業関係者でも知る人はほぼいないが、彼こそは日本紅茶、磚茶(ブロック型固形茶)の先駆者… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第11回

渋沢栄一と一緒にパリ万博に行った清水卯三郎   前回薩摩の五代友厚と紅茶について少し触れたが、実はその薩英戦争でイギリスの捕虜となった五代を救った男として、清水卯三郎に行き当たった。彼は五代(及び寺島宗則)を救… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第9回

茶を売りにシベリアを横断した平尾喜寿とは?   昨年高知県を旅した。高知駅前の観光案内所で「竹内綱にゆかりのある場所を訪ねたい」と聞くと「高知市内にはほぼない」と即答された。皆さんは竹内綱をご存じないかもしれな… 続きを読む »

アジアを茶旅して 第8回

謎めく堺南宗寺を訪ねて 前号の最後の方で千利休について少し触れた。「『利休は切腹していない』との説は一般的な見解ではない」とある研究者にはビシッと言われてしまった。だが別の資料で「利休はキリシタンだったから切腹は出来ない… 続きを読む »