香港の「書店」が東京にやってきた
――そこで話したこと
▼東京でポップアップ
本連載第7回で取り上げた見山書店は2024年3月、書店としての運営は終えた。しかし、2021年から始めた出版活動は今も継続しており、2024年11月には東京で出版社を立ち上げ、日本語の書籍も発刊している。
日本の「見山(みやま)株式会社」の拠点は世田谷区。そのほど近くに「HOME/WORK VILLAGE」という複合施設があり、区のホームページでは次のように紹介されている。
産業活性化拠点「HOME/WORK VILLAGE」とは
本拠点は、平成16年に廃校となった池尻中学校の跡地を活用し、区内産業活性化や新しい価値を創出する人材育成など、区内産業のイノベーションを創出・加速し、地域経済の持続的な発展を促進する施設です。
施設には、飲食・物販店舗やコワーキングスペース、乳幼児から小学生向けのスクール、スモールオフィスなどがあります。

東京都世田谷区池尻大橋のHOME/WORK VILLAGE
この施設の2階の一角に、見山が「異国の夏休み」と題してポップアップを開設するという知らせを聞いたのは今年(2026年)5月。7月10日から9月5日まで、2か月近くにわたって開設するという。見山の店主、シャロンさんが「日本で何らかのイベントを開催したい」と考え始めたのは2年前。つまり香港の書店を閉じて間もなくのタイミングだ。

「異国の夏休み」パンフレット
ポップアップの期間中、8月の前半に香港の新刊書の著者などによるトークイベントが予定され、また香港の脚本家、莊梅岩原作の『幸せの極み』(原題:我們最快樂)の朗読劇を、3人の日本人俳優が演じるという。ゲストに俳優の黄秋生を迎えて。香港ベースの小企業としては画期的な試みだ。

「異国の夏休み」イベント・プログラム
▼香港の書店の状況を日本人読者に日本語で
このような場が設けられるのなら、香港の書店――特に独立書店の状況を日本人読者に直接伝えられる機会になるのでは?と考え、厚かましくも見山に申し入れたところ快諾された。そして8月2日と15日の2回、「生まれて消え、また生まれる香港の独立書店たち」と題して話をした。ありがたいことに、各回とも満席――40〜50人ほどの皆さんに聞いていただくことができた。その時の話を、現在の独立書店を取り巻く状況のレポートとして、この連載の場をお借りして紹介したい。

見山書店のポップアップ「異国の夏休み」会場

「異国の夏休み」会場での見山のシャロン・チャン氏
▼訪れた書店の開業年
この連載のために訪れた香港の書店の開業年は以下の通り(営業終了も含む)。
1978年:森記圖書
2001年:Kubrick
2007年:序言書室
2008年:艺鵠
2016年:解憂舊書店
2017年:Bleak House Books(清明堂)
2018年:見山書店
2019年:貳叄書房、大業藝術書店(新オーナーに移譲)、神話書店
2020年:夕拾x閒社、一拳書館、七份一書店、瀞書窩
2021年:Hiding Place(舎下)、渡日書店
2022年:界限書店、獵人書店、留下書舎、書少少、字字研究所
2023年:閲読俱楽部
2024年:長夢書店
2025年:飛雲書店
2026年:碼頭書掂
もちろん、筆者が取材した書店は香港の全ての書店を網羅しているわけではないが、特に2019年以降にオープンした書店の多いことがわかる。

「異国の夏休み」トークイベントで香港出版の新刊書を紹介する筆者
▼多くの書店が生まれた時代
香港の世論をシンプルに分けると、体制派と民主派ということになるだろう。「三中商」と称される三聯書店・中華書局・商務印書館を代表とする大手書店には基本的に体制派の書籍が大量に並んでいる。
ところで、香港では2014年に雨傘運動が、2019年には逃亡犯条例に改定に反対する大規模な社会運動が起きた。これらの運動が起こる前から営業していた独立書店の中には、店主や書店員が「社会運動に対して私たちは何ができるだろうか」と考え、社会運動を取り扱った本を多く置くようになったところもある。「民主派寄りの本を出版する出版社を支えていこう」という声も聞かれた。
香港島で2019年に行なわれた大規模デモ行進では、そのコースの途上にある書店のスタッフはこんなことを言っていた。
「デモ行進の時には、ちょっと歩き疲れた人がビルの上階にある私たちの書店にあがってきて休憩のついでに本を読んでいくこともあった」
「これまでは本を読まなかったのに、社会の混乱の中、精神的支柱として思想書を読もうとする若者も増えた」
たしかに2019年以降、社会運動――香港に限らず、欧米や台湾・日本など――を扱った本をそうした書店で多く見るようになった。
そして香港では、2020年6月30日に「国家安全維持法」が施行された。

『HONG KONG旅歩き』の著者、南口俊樹氏と『香港知埞』の著者、陳傑氏のセッション
▼吹き始めた逆風
見山書店がまだ書店を運営していた頃の話になる。書店の入り口には小上がりのようなスペースがある。当初は凸凹したコンクリの打ちっぱなし。客の安全を考え店主はそこにタイルを貼った。それに対し当局は「店が許可を得ずに勝手に公用地に手を加えた」として、改善しないと罰金、さらには起訴する可能性もあると告げた。

タイル設置後の見山書店の入口
2023年12月、見山書店は「来年(2024年)3月31日で閉店」と告知。入口のタイルの件も含め、さまざまな役所が頻繁に「訪問」するようになり、書店経営が難しくなっていた。なぜ役所が「訪問」するのかというと、当局に匿名の投書が寄せられたからだ。投書が寄せられると、役所は「訪問」しなければならなくなる。例えばイベントを開くと「騒音被害を受けている」など。
書店運営中止を伝えるインスタグラムに、見山書店はこんなことを書いていた。
「この閉店決定のポストのあと、どこの誰かわからない投書の主はゆっくりとお休みください。私たち書店スタッフが各役所から挨拶されたり、受け取った郵便物を開封したらそこには毎回「起訴するぞ」など書かれていたりということがないようにお願いします。投書が不要になってできた時間に、ゆっくりと腰を落ち着けて、しっかり本を読んでくださいね」

香港の著名な社会派漫画家、尊子氏と一木氏が香港の漫画史を紹介したセッション
▼拡大していった「訪問」
連載第10回で紹介した一拳書館も頻繁に「訪問」を受けるようになった。消防施設に関連して消防署が、従業員の待遇に関して労働管理当局が、というように。そして何回か罰金刑を受けるようにもなった。
たとえば2022年9月、この書店は「太宰治の『酒の追憶』を読みながら日本酒を楽しもう」というイベントを開催した。まだコロナ禍の規制が厳しい頃で、このイベントについて「ソーシャルディスタンス規則に違反」「アルコール飲料販売ライセンスが無いのに酒を売った」などの容疑で12000香港ドル(判決:2023年3月当時のレートで約20万円)の罰金刑となった。なぜ当局がこのイベントを把握したのかというと、「参加者を装った警官」が現場にいたからと発表されている。
その他にも「ライセンス無しでショーを行なった」であるとか「教育機関としてのライセンスが無いのにスペイン語の趣味のサークルを開催した」として、2回の罰金刑に処されている。
もちろん市民として法は遵守すべきだ。問題は、同じような案件でも摘発に偏りがないかどうかということではないかと思うのだが。
▼罰金刑にとどまらず
そして今年3月、一拳書館の店主、龐一鳴氏と書店員の3人が逮捕されるに至った。容疑は『黎智英傳』(ジミー・ライ伝)という「政権への憎悪を煽動する本」の販売であり、国家安全維持法によるものだ。
ほぼ同じ容疑で次に逮捕されたのは獵人書店の2人の責任者。6月24日のことだった。
留下書舎は7月14日、経営困難を理由に「8月31日に店を閉める」と発表。その翌日――7月15日、この書店と旺角にある「田園書屋」の関係者計5人が逮捕された。
容疑は「これら書店に域外から届いた書籍の中から煽動の意図があるものが発見された」というものだった。報道によるとその「煽動の意図がある」書籍は、台湾で出版された『唯紅花綻放』(著者:Emily Feng/馮哲芸)とのこと。著者は米国生の華人で、2015年からの中国大陸の取材をもとに、市井の人々の生活や社会的な統制の強化などが綴られているという。香港でのこの逮捕のニュースが台湾に伝わると、速攻で重版がかかったようだ。
▼禁書は存在しないという政府
2023年から、香港の公立図書館からある種の本が撤去されるようになった。当初は香港の民主党の創設者など民主派の人たちの政治的な本が多かった。もちろん、黎智英の著書も。ただ、政治とは無関係の黎智英の「食べ歩きの本」も撤去されている。ようするに、内容ではなく「誰が書いたのか」が問題のようだ。こうした状況について、香港政府のトップ、行政長官は次のように述べている。
「市民の皆さんは民間の書店に行けばこうした本を買うことができます」と。つまり、法的に発禁とする本「禁書」はない、と。
ところが、先程述べたように、ある種の本を販売した書店の責任者や書店員が続々と逮捕されるという事態に。そうであるならば、「こうした本は売ってはならない」という「禁書リスト」を作って公表すればすむ話……無駄に逮捕される人がいなくなると思うが、政府はそれを作らないと言う。つまり、自分で考えろ、と。
ある政府高官はこんなことを言っている。
「書店の責任者は、国家の安全に危害を加えない本だけを売るという責任がある。例えば、食品を売ったり食事を提供する店の責任者が、客がお腹を壊したり、毒が入らないようにする責任があるように」
また、なぜ禁書リストを作らないのかとの質問に政府高官は「中身は同じなのにタイトルだけ変えて出版する可能性がある。だからリストを作っても無意味だ」と。内容によって判断するという意味では、政府の国家安全担当者は激務を強いられているのではないだろうか。香港で出版されたり輸入されたりしている本を片っ端から読み込まなければならないので。

香港の脚本家、莊梅岩氏原作の『幸せの極み』(原題:我們最快樂)の日本人俳優による朗読劇が香港出身のインディー・チャン氏の演出で上演された。上演後の座談会にはゲストに香港の俳優、黄秋生氏と原作者、莊氏が登場。写真左の帽子の男性は黄秋生氏。
▼希望はあるのか
このような環境の中で、新たに書店を開く人もいる。前回紹介した碼頭書掂は今年4月の開店。
インスタグラムへの投稿によると、この書店独自の取り組みとして紹介した「Walk Chat」(書店の近辺を店主と読者が散歩しながらおしゃべりするイベント)や「Tik talk」(書店内で参加者がお茶を飲みながら平等な立場で進める懇談の集い)の他に、「人文草地」(書店近くのビーチや草地に座っての対話)も行なわれているようだ。
このポストでは「2026年の今日でも、まだ新たに書店を開きたいという人はいますか?」という問いが投げかけられ、「私も家族もそう考えているのです」というリプライがついている。店を閉じる本屋もあれば、新たに生まれる本屋が。そして今からでも本屋を開きたいと考えている人もいる。筆者はその様子を戦々兢々と見つめている。
(執筆:2026年9月)
▼お勧めの本

『賣書者言』(本を売る者が語る)と『編輯人說』(編集者は語る)の2冊はともに2026年7月の発刊。出版社は藍藍的天。
前者は香港の独立書店の店主などが、後者は出版社の編集者などが綴った自身の書店や本の編集にまつわるエッセイのアンソロジーである。
香港の独立系出版社である「藍藍的天」は香港の夏の盛事--政府主催の「香港ブックフェア」に毎年ブースを出していたが、去年から出展を拒否された。また、今年のブックフェアではこの2冊を販売していたブースもあったが、主催者から「売ってはならない」と指示され、撤去している。
『賣書者言』の執筆者には、本文で触れた「獵人書店」「留下書舎」「一拳書館」が含まれる。現在の香港の書店関係者、編集者の心情を知ることのできる貴重な2冊だ。
『賣書者言』
執筆者:
陳璇 / Pazu薯伯伯/ 楊孝明 / 王澤山 / 葉寶琳 / 彭依仁 / 艺鵠個嘢 / Jessica Hui / 見山 Sharon / 一鳴 / Gigi / Kit Chan / Stephanie Chong / 嬋 / 岑蘊華 / 黃文萱 / 廖詠怡 / Ella / 林輝 / Taki / 高重建 / 店長E / 文倩
責任編集:阿豆
出版社:藍藍的天有限公司
初版:2026年7月
ISBN:9789887107149
価格:188香港ドル
『編輯人說』
執筆者:
張小鳴/何杏園/林逆/K編/劉偉成/陳偉雄/程天朗/阿豆/Dawn Sze/鍾卓玲
責任編集:阿豆
出版社:藍藍的天有限公司
初版:2026年7月
ISBN:9789887107132
価格:158香港ドル
写真:大久保健、深川美保
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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。訳書に『時代の行動者たち 香港デモ2019』(白水社、共訳)。
