今年の香港のブックフェア
香港の夏の盛事「香港ブックフェア」(政府機関:香港貿易發展局主催)が今年も開催された。例年のように会場は香港コンベンション&エキシビション・センター。会期は2025年7月16日(水)から22日(火)。第35回となった今年、最も入場者が多くなるはずの20日(日)、台風6号が香港に接近し、ブックフェアは丸一日休止となった。その影響もあってか、同時に同会場で開催された「香港スポーツ&レジャーエキスポ」と「ワールド・オブ・スナック」と合わせても、入場者数は延べ89万人にとどまり、昨年からおよそ10万人減となった。

香港政府プレスリリース(日本語)
https://japanese.hktdc.com/ja/press-release/BookfairRelease2025
2024年の香港ブックフェアについて、本連載では「界限書店」に焦点を当てて伝えた。その界限書店は本連載の第14回で取り上げている。
独立書店として唯一昨年のブックフェアに出展したこの書店は、次のような出来事に遭遇した(連載第28回からの引用)。
書展の開催期間中、この界限書店が大きなニュースとして取り上げられた。主催者のスタッフがブースにやってきて、一部の本を撤去せよと口頭で指示してきたのだ。その理由は「内容がセンシティブである」「来場者から『内容が国家安全維持法に触れる恐れがある本が売られている』という通報があった」というものだった。
その「撤去本」は、例えば短編小説集『日常運動』(梁莉姿著)。これは2019年に起きた社会運動も素材としたものだ。他に、香港のベテランジャーナリストである區家麟氏の数冊の本。その中には純粋な「旅行本」もあったが、著者がかつてネットメディアに寄稿した文章を理由に取り調べを受けたことと関係するのだろうか? 撤去要求は本の中身だけではなく、著者が誰なのかも理由のようだ。
こうした「トラブル」を避けるためなのかどうか、今年は「問題になりそうな」書店や出版社は全て排除する形となり、滞りなくお開きとなるはずであったが、少なくとも8冊が「内容に問題があるとの通報」を受けて撤去されている。
▼映画のヒットが出版界にも波及
政府主催のブックフェアで筆者の注目は出版社「創造館」のブースだった。創造館は児童向けのコミックやコミックによる学習書で知られる出版社のようだが、今年は様子が違っていた。日本でヒットした香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』(原題:九龍城寨之圍城)の原作者・余兒氏の原作小説や関連グッズがずらりと並んでいた。中でも人気は『信一傳』のスペシャル・バージョン。映画で劉俊謙(テレンス・ラウ)が演じた信一の少年時代を描いた小説だ。この本を求めるために、わざわざ日本からやって来たファンもいたようだ。


▼独立書店のブックフェア
今年も独立書店と出版社によるブックフェアが開催された。今年で3回目となるこのブックフェアは去年と同様、深水埗の書店・獵人書店で開催された。テーマは「無處不閱讀」(どんなところでも読書)。このイベントのためのインスタグラム・アカウントも立ち上げられていた。
https://www.instagram.com/readingeverywherehk/
開催期間は7月17日から20日まで……だったのだが、20日が台風のため休みとなり、21日も追加開催された。
今回出展した書店・出版社
字字研究所
藍藍的天
界限書店
留下書舍
一坪半性別空間
3ook.com
毫末書社
dirty press
水煮魚文化
誌
香港文學館
Penana
後話文字工作室
艺鵠
筆者はこの会場を7月18日と21日に訪れた。18日は平日(金曜)だったが、会場の1階も2階も立錐の余地もない賑わいだった。

ブックフェア開催中の獵人書店の1階

2階の様子
追加の1日となった21日は台風の余波で雨がちだった。月曜にもかかわらず、やはり来場者は多く、会場内の混雑から入場制限が行われ、店外に行列ができるほどだった。

▼独立系ブックフェアの魅力とは
もちろん政府主催の数十万人単位のブックフェアに比べると、このブックフェアの入場者数はゼロが2つほど少ない。しかも今年も政府機関が「問題のある書籍が並んでいないか」、また「『イベント開催のライセンス』を取得していない書店を会場とすることに問題はないか」などをチェックするため巡邏する状況の中で、幅広い年齢層の市民を集めた。来場者に、その理由を尋ねてみた。「官製ブックフェアから排除された本が並んでいるから」、「社会全体に『従順さ』が求められる今、それだけではないことを確認したい思いがある」などの答えが返ってきた。政府がなんらかの理由でこうした活動を禁止しない限り、独立書店・出版社のブックフェアは今後も継続するのではないだろうか。

独立書店のブックフェア開催中、獵人書店にはイベントを開催する空間的な余地はなく、他の書店で関連トークショーなどが開催された。
▼書店主との対話
ブックフェアからしばらく経って、会場となった獵人書店の店主・黄文萱さんとおしゃべりする機会があったので、共に今年のブックフェアを振り返ってみた。

筆者:そもそもブックフェアを始めた理由は?
――子供の頃、政府主催のブックフェアに行き、その豪華な設営を見て凄いなぁと思ったものです。書店の経営を始めた当初、私たちや小さな出版社にはそんな資金もないし、難しいと考えましたが、皆が集まって何か始めることが大事だと気付きました。現実的な話として、このようなイベントを行えば、たしかに普段の何倍も本が売れるのです。
筆者:去年は入場時にチラシを渡すことで入場者数をカウントしていたが、今年はそれがなかった。
――それをやるためには専任のスタッフが必要となるので、人手の関係から今年はやりませんでした。感覚的な話ですが、来場者は去年の1.5倍くらいになったのではないでしょうか。出展の出版社からも、売上はそのくらいという話があり、嬉しかったです。
筆者:スペースが限られていることもあり、場合によっては場内を移動するのも苦労するほどの賑わいだった。そのスペースで、どの本を「推し」にするのか、悩むことはなかったか?
――本を平積みにするのと、立てて背だけが見えるようにするのでは、売上が違ってきます。その選択には断腸の思いがあります。特に出版社にとっては、全てを推したいという思いでしょう。これは、致し方ないと言うしか……。
筆者:2019年からしばらく、社会運動関係の本がよく売れていたと記憶している。今はどうなのだろうか。
――確かに皆が例えば『反抗的共同體』(著者:馬嶽。詳細は下に)を読むという時期がありました。香港の他に台湾の社会運動関連の本もよく読まれていました。それが今では、小説が好きな人は小説を、歴史書が好きな人は歴史書をというように、各自の元の読書スタイルに戻っていると思います。これは、読者にとっても書店にとってもよいことだと思います。
筆者:今年のブックフェアで印象深かったこと、嬉しかったことは?
――すぐ近くに一拳書館があります。仲良くしてもらっています。去年はこちらのブックフェアの影響か、その期間客足が芳しくなかったと聞き、申し訳なく思っていました。ところが今年のフェア期間中、普段より客が増えたというのです。とても嬉しく思いました。私たちのブックフェアが呼び水となったのでしょうか、一拳書館に限らず、このエリアを訪れる人が増えたようです。私たち、地域貢献をしていますね。
取材:2025年7月
香港ブックフェア(香港書展)
2025年7月16日〜23日
会場:香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター(湾仔)
香港独立書店ブックフェア(獨立出版書展暨獨立書店祭)
2025年7月17日〜21日
会場:獵人書店(深水埗)
▼書籍紹介
『反抗的共同體:二〇一九香港反送中運動』
著者:馬嶽(香港中文大学政務と政策科学学院副教授)
出版社:左岸文化(台湾)
初版:2020年10月
2019年、香港では大規模な社会運動が巻き起こった。それに先立つ2014年には「雨傘運動」が。それは「香港人」のアイデンティティを再考する機会ともなった。
本書は、この2つの運動の発端と経緯、その影響について、国際的なせめぎ合いもふくめて分析した一書。全13章。
写真:大久保健
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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。訳書に『時代の行動者たち 香港デモ2019』(白水社、共訳)。
