香港本屋めぐり 第30回

投稿者: | 2025年1月6日

2024年の香港独立書店界回顧

 

香港の著名な法廷弁護士で立法会(香港の議会)の元議員である呉靄儀(マーガレット・ン)さんには多くの著作がある。その最新刊は『雨中的香港』。近年のコラムやエッセイを集めたものだ。
この本の中に「見山旅程」という一章がある。この「香港本屋めぐり」の読者なら「見山」に見覚えがあるだろう。そう、「見山書店」だ。香港の書店にまつわる章で、見山書店の他に、夕拾x閒社獵人書店、そして留下書舎に言及されている。

 

▼法廷弁護士 呉靄儀さんが語ったこと

2024年11月、九龍は深水埗の一拳書館で、この『雨中的香港』を巡るトークショーが行われた。著者の呉靄儀さんと書店主の龐(ポン)さんの対談だ。ここで呉さんは『雨中的香港』で書店のための一章を設けたことについて、次のように語った。
「ここ数年の間に、香港では『独立書店を創り上げる』という新たな流れが生まれました。以前、書店は本を売るという小売店に過ぎなかった。英文書店は英語の本を、他の書店は主に中国語の本をそれぞれ売っていました。個人経営の『二楼書店』(家賃の高い香港では、路面店舗ではなくビルの2階以上で書店を開くことが多い)の歴史も長いです。しかし今、新たな独立書店は本を売るだけではなく様々なイベントを開催しています。皆が集う『場』が提供されているということです。今まさに、私たちが集まっているように。これはここ数年、香港で『発明』されたこと。
コロナ禍や他の出来事により市民社会がほぼ瓦解してしまい、人々が集うことが難しくなった中で、独立書店には集うことができる。だから、ある種の人々から批判され、干渉されることも多くなりました。この『場』をどのように存続させるか、考えなければならなくなったのです」。

これを受けて、店主の龐さんが次のように語った。
「以前は、様々な社会団体や議員たちが市民のための様々な活動を展開していました。それができなくなった時、私は『書店を立ち上げよう』と思ったのです。本があれば、それをテーマに皆で語り合うことができる。以前の様々な活動を引き継ぐことができるのでは、と考えました」。

 

▼見山書店

呉さんが語った「批判や干渉」について、2024年に起こった出来事を振り返ってみよう。
見山書店は3月末日、書店としての運営を中止した。これは、ほぼ毎週のように政府機関から寄せられる「警告書簡」に対処し続けることが難しくなったことによる。政府としても、「正体不明の者」が政府機関に対し書店の「問題点」について「投書」し、それを受け取ったなら「視察」せざるを得ないという状況がある。さらには、書店で行うイベントについて警察から電話で問い合わせがあったり、また別の機関からはイベント参加者の名簿を提出せよとの要求があったりもした。書店に届いた政府の書簡には「起訴の可能性」という文言もちらついた。その「問題点」のほとんどは違法なものではないが(下記写真キャプション参照)、「日替わり店長」と来店者の安全を考慮し、最終的に店じまいを決断したのだった。

書店入り口の外側のステップは当初、コンクリートの打ちっぱなしで凹凸があった。入店者の安全のため、書店がその上にタイルを敷き詰めたところ、土地を管理する政府機関から「店舗が権利を有している以外の土地を不法占拠している」との警告文が届き、店側は「来店者の足元の安全のため」と説明したが、最終的にタイル撤去に追い込まれた。

2024年3月31日。見山書店閉店の晩に別れを惜しむ人々。

▼夕拾x閒社

この書店は2020年6月にオープンした後、22年、店舗物件の契約更改の際、オーナーから家賃の50%引き上げを提示され、やむを得ず近くの(開業時と同じく)「工場ビル」に移転した。
本屋の引越しというと、その大量の書籍や書架など、かなりの作業量になるわけだが、「夕拾x閒社」は引越し業者を使わず、全て書店ファンのボランティアによって完了した。

2022年6月。夕拾x閒社の最初の店舗から2店舗目への移転風景。全て書店ファンのボランティアによる作業。

移転後も……いや、移転後はさらに活発に各種イベントや講座を催していた。ところが2024年の4月になって政府機関から唐突に「書店が入っているビルは、その使用目的が『工業用』に限られ、小売業は認められないので是正せよ」との通告を受けた。是正といっても書店が「工業ビジネス」に転換できるはずもなく、5月末をもって「書店のリアル店舗」としての営業を終えた。
以上の2店に限らず、「市民からの通報」を理由に、各種政府機関——消防署や環境関連官庁、税務署、さらには労働環境・待遇を管理する官庁などが頻繁に書店を「訪問」する状況は今も続いている。さらに、国家安全維持法により解散した報道機関に勤務していた記者などが書店でトークショーを開催した際、警察が会場に来て参加者のIDカードをチェックするという事例もあった。
事程左様に、香港の独立書店経営者にとって、かなりの神経戦を強いられる時代が続いている。

 

▼「集いの場」としての書店

しかしこうした中でも長夢書店など、新しい独立書店も誕生しているし、書店としては「店じまい」した見山書店は、その「店舗」は実は自社物件だった。今でもそこで各種イベントは開かれているし、書店をベースとして立ち上がった出版社は、その後も出版業務を続けている。冒頭で紹介した『雨中的香港』は見山が出版元でもある。
また夕拾x閒社も、書店というリアル店舗は閉じたものの、書店時代から始めていた各種の活動—書道教室や手話教室、さらにはスケボーのトレーニングなど—は、会場を工夫しながら続けている。
現在、香港における書店経営は単なる収支の問題にとどまらず、様々な方面に「気を使い」、対処する必要に迫られている。しかし「本を売るだけ」ではなく、「集いの場を提供」しようと奮闘する書店主たちがいる。その意志と行動がどこまで続くのか。香港の「市民社会」再構築のバロメーターになるのかもしれない。

2024年12月27日から25年1月2日にかけて、元「見山書店」で開催されたブックフェア「閱讀香港 另類風景」(香港を読む これまでとは違った風景)。香港の多くの出版社が自社本を「見山の書店だったスペース」に出品。この会場の周辺では多くの警官が巡邏し、本を購入した市民のIDカードをチェックしたりしていた。

 

▼書籍紹介

『雨中的香港』

著者:呉靄儀(マーガレット・ン)

出版社:諾文股份有限公司・見山書店
初版:2024年8月16日
ISBN:9789887588474

 

 

 

Google Map 香港本屋めぐりMAP

 

写真:大久保健

―――――

大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。訳書に『時代の行動者たち 香港デモ2019』(白水社、共訳)。

LINEで送る
Pocket