●本を売ることよりも本を読む空間を
貳叄書房は“書店”というよりも、本好きな友人の部屋という表現がぴったりかもしれない。背の高い書棚は壁側のみ、それ以外はローボードの書棚が置かれ、逆にソファーやテーブルが部屋のメインに見えるほど。書棚の上や飾り棚には、阿翹さんの知り合いのアーティストの作品が並ぶ。
「書店ではありますが、一息つける空間として、またここに来れば本を読まざるを得なくなるという、そんな空間も作りたかった」と室内デザインを担当したSherryさん。貳叄書房は玄関で靴を脱いで入るのだが、これにも実はちょっとしたわけがあるそうだ。「靴を脱ぐというアクションを入れることで、気持ちの切り替えを狙っています。また外から客間に上がるのもイメージしています。私自身寝転んで本を読むのが好きなので、お客さんにもソファや床に座って自由なスタイルで本を読んでもらえたらと思って」
開店当初心配したのは、香港人自体に読書の習慣があまりないことだった。しかし、書店に来る客を通して、香港には本を読む人も多いことがわかってきたと言う。「オープンして半年が過ぎ、徐々に“読書空間の提供”という理想に近づいてきたように思います。香港人は本を読む習慣がないというよりも、本を持ち歩く習慣がないのかもしれませんね。主にSNSを使って書店の宣伝をしていますが、SNSを見て来た若い子たち――主に中高生、大学生が友達と一緒にここで自由に本を読んでいってくれます。時々こんな本はどうかと勧めることもあります。おかげで中高生との交流も多くなりました」
●今後はイベントの開催や出版の計画も
現在、取り扱っているのは、文学・史学・哲学に加え美術関連の古本が多いが、独立系の出版社が出した新書も置いている。また書店を始めることを知った大学の先生や友人たちが蔵書の一部を寄付してくれたものもあり、古典文学や思想、歴史のシリーズ本から、東野圭吾などの現代作家の翻訳本、アートデザイン系の本など、充実のラインナップだ。日本語を勉強中のSherryさんが選んだという日本語の文庫本も書棚の一角に並ぶ。
本を販売する以外に、今後力を入れていきたいことを聞いてみた。
「ミニコンサートや読書会などのイベントも、毎月開催していきたいですね。デモや新型コロナウィルスの影響で延期になったりもしましたが、これまで、女性カメラマンや死化粧師のトークイベントを開催しました。ゲストと観客との対話や読んだ本の感想のシェアも重視しているので、ゲストには自分に影響を与えた本について語ってもらうことにしています」
さらに今夏には自分たちで雑誌を出版する計画もあるそうだ。
「現在準備の真っ最中で、友達にも手伝ってもらっています。地元香港のアーティストの文章やイラスト、評論などを掲載予定です。読者対象は中高生から大学生あたりまで。昔香港には『YES!』というティーン向けの人気の雑誌(2014年廃刊)があったのですが、そんな雑誌をイメージしています」
最後に書店経営について儲けはあるのかと、ちょっと意地悪な質問をしてみた。
「3人の給料が出るところまでは来ています。最初書店経営を心配していた親たちも、半年以上無事に経営ができていることやメディアに貳叄書房が取り上げられているのを見て、この書店に心を寄せてくれるようになりました。仕事が忙しい時は、食事を差し入れてくれたり片付けを手伝いに来てくれます。また大学の先生や友人たちも応援してくれるので、とても心強いです」
まだ生まれて間もない貳叄書房。多くの人たちから暖かく見守られつつ、着実に個性的な書店として成長をしているようだ。今夏、SherryさんとJoyceさんは大学卒業を迎え、初めて手がける雑誌も出版となるなど、書店としての活動も新たなフェーズに入る。彼女たちの今後の展開がとても楽しみだ。
(取材日:2020年4月14日)
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