香港本屋めぐり 第13回

投稿者: | 2022年1月13日

七份一書店(チャッファンヤッシューディム)

●新書店誕生

2020年、香港では何軒かの書店が店をたたんだ一方、新たな書店も生まれた。特に9月、同じ店名の書店が一気に2店、オープンした。「七份一書店」――7分の1書店という不思議な名前の書店だ。一つは九龍半島の繁華街にある油麻地(ヤウマテイ)。もう一つは、この連載の第10回「一拳書館」のある深水埗(サムソイポウ)に。ただ、この2軒は「期間限定」。半年間だけの運営だ。
7分の1とは何か。なぜ期間限定なのか。この書店の仕掛け人・荘国棟さんに話を聞いた。

荘国棟さん
「東南楼」店で

●阿麦書房からソーシャル・エンタープライズへ

荘さんはかつて書店経営者だった。2004年から09年まで香港島の銅鑼湾(コーズウェイベイ)で「阿麦書房」(アマック・シューフォン)という「二楼書店」――家賃の高い地上店ではなく、ビルの2階より上の店舗で経営――を開いていた。当時の個人経営の書店としては珍しく、店内で講座やブックフェアを開催し、かなりの人気を博した。それがなぜ5年間で閉店に追い込まれてしまったのだろうか。

「当時は、本の割引が当たり前でした。たとえば、本来売値の3割の粗利がある本を2割引で売らなければならず、儲けは1割程度。他の書店との競争もあり割引をしないわけにはいきません。また、私が揃えた本はアートや哲学書などが多く偏りがありましたので、売上自体も多くはなかったのです。確かにイベント賑わいました。しかしそれを支えるメインのビジネスが脆弱で、結局閉店に追い込まれたのです」
(注:香港の書籍にも「定価」はあるが、日本の再版制度のようなシステムはないので、書店が自由に各書籍の売値を決められる)

荘さんはその時、今後は二度と書店経営には関わるまいと考え、しばらくNGOに勤務した後、2018年にRolling Booksというソーシャル・エンタープライズを立ち上げた。これは読書体験を社会に広げることを目的とした団体で、当初は政府系のファンドを元に活動を進めた。その後は、学校やNGOなどの招聘を受け、低所得家庭を対象に読み聞かせなどを行い、子供たちや保護者に読書の楽しさを実感してもらい、それを習慣化していく活動を続けている。

このような取り組みの中で、荘さんは香港社会の変化を感じるようになった。まず、ここ1〜2年、若い人たちが新たな書店を立ち上げる動きが出てきたこと。また、社会にもそうした書店を含め「地元の小さな店を支えていこう」という雰囲気が生まれていること。その中には「割引を求めるのではなく、定価で商品を買うことで店を支えていく」ことも含まれる。
こうした状況の中で、「書店を開いてみたい」という若者たちの声を聞くようになる。何か力になれることはないだろうかと荘さんは考え始めた。

 

●ホテル・不動産オーナーの協力

油麻地にオープンした「七份一書店」は、正式名称を「七份一書店@東南楼」という。東南楼芸術酒店というホテルの22階にある。このホテルは以前、Rolling Booksの理念に共感し、ホテル内のオープンスペースを提供してくれたことがあった。荘さんたちはそこで、主に低所得家庭の子供たちに本を贈るイベントを開催。こうした縁もあり、ホテルが再び一定期間、スペースを提供してくれることになったのだ。そして荘さんはここを、書店を開きたいという人の希望をかなえる場にしようと考えた。

「この22階はもともと、香港で作られたアクセサリーや小物を扱うショップでした。ここに、交代で『店長』を務める7人のための書店を設けてみようと考えました。1人の店長が一軒の書店の「7分の1」を運営する。これが店名の由来です。そして各店長がそれぞれの書架に自分が売りたい本を並べる。また、あわせて店長がアクセサリー・小物の販売も担当する。ホテルにとっても書店にとってもプラスになります。ただ、こうした形態は長期的な経営には適さないですね。1〜2年は長すぎるし、2〜3カ月は短すぎる。半年がちょうどよいのではないかと考え、『限定』の期間を決めました」。

「7人の店長」のうち2人は、構想の段階ですでに決まっていた。1人は荘さん自身。もう1人はこの連載の第6回で紹介した周家盈さんだ。

2021年7月にネットで「店長」の募集を始めたところ、27人が応募。8月に面接をし、どのような本を売りたいかを確認して、ジャンルが重複しないように「店長」を選んでいった。しかし、荘さん・周さんを除く5人に絞り込むのはかなり困難だった。そうしたところ、深水埗に物件を持つあるオーナーから、安い賃料で提供しますという声がかかった。そこにも「七份一書店」を開けば「店長」を14人にまで増やすことができる。こうして生まれたのが「七份一書店@大南街」だ。

左が「東南楼」店が入居している東南楼芸術酒店

書架の一つ。猫関連の本に特化

各「書店」の屋号

以前からのアクセサリー類と本が共存

店長「たち」の今週のお薦め

 

●書店のオープン

こうして、9月1日に「東南楼」店が、同月15日に「大南街」店がオープンした。
「東南楼」店ではお揃いの木箱2つが各「店長」に提供され、そこに店長が自分の好みで本を並べる。
「大南街」店は各「店長」が自分で選んだ書架を運び込んでいる。
そしてそれぞれの書架に「本屋の屋号」のような名前がついているというわけだ。そのリストは以下の通り。

七份一書店@東南楼
宛如靈魂的速度Bookslowly
看腳下 Grounded Books
羊雜Yeungchop
貍奴居 Reasons to love cats
跟住Soshite Honya
呵呵癒心書架 HOHO’s Healing Hearts
人類學書店Anthropologists

七份一書店@大南街
夜露死苦

市井書
Earth x Farm
楚門實驗書房
詩歌舞書店
浮城讀本

例えば「宛如靈魂的速度Bookslowly」は周家盈さんの書架で、香港や台湾、さらに日本の書店について書かれた本の中国語版が並ぶ。
「貍奴居」は猫についての本に特化されている。
「夜露死苦」は「よろしく」そのままで、この「店長」に伺ったところ、「私の書架では主に海外での社会実践の本を扱い、そこから何かを学びたいと考えています。『よろしく』は中国語では『請多指教』と訳されますよね。教えを請う、という気持ちです」という答えが返ってきた。
店長は、現役の教員もいれば、出版社に勤務していたが、退職して次の仕事を始めるまでの期間を利用して、という人もいる。荘さん同様、ソーシャル・エンタープライズの運営者も。

「大南街」店があるビル
右上が書店

香港の著名な作家・董啓章さんが自ら新刊について語るトークショーが「大南街」店で開催

 

●経営の状況

書店経営で最大のコストは家賃と人件費。そのうち家賃は、2店ともオーナーからかなりの「優遇」を受けている。また「店主」からは家賃は徴収しないかわりに「賃金」も支払わない。各書架の売上から一定の割合を拠出してもらう形だ。

オープンしてからすでに半年間の期限の半分以上が過ぎている。荘さんに「経営状況」を尋ねてみた。

「売上という意味では、ほぼ予想通りです。講座などのイベントがかなり活発に開催されていることが嬉しいですね。こんなことがありました。香港の書店は新刊を並べることが多いですが、私たちの書店では各店長に本のチョイスが任されていて、新旧は問いません。ある日、1人の来店者が言いました。『私の著書は今書店で目にすることはなく、全て出版社に返品されてしまったと思っていた。それがこの書店に並んでいて驚いている』。これが縁になって、この著者の講座が書店で開かれることになったのです」

実は、11月6日に第3の「七份一書店」が香港島の湾仔(ワンチャイ)でオープンした。これは3カ月の期間限定だ。ここにあるビル「集成中心」を管理運営する財団から荘さんに「3カ月無料でスペースを提供するので、何かやりませんか」と声がかかった。それは2021年の10月のこと。「提供」は11月から2022年の2月まで。10月に「店長」を募集して11月にオープンというのは難しかったため、既存の書店に声をかけ、同じ空間で各店が推す本を並べるスタイルの書店にした。集結した書店は次の通り。

繪本童樂
一拳書館
夕拾x閒社
都市空間
艺鵠
閲讀時代

これら6書店の代表が交代で店長を務める「在地小書店冬季結集」がスタートした。湾仔という人が多く集まる地域の利点もあり、連日賑わいを見せている。この場での書店同士の交流も深まっている。

湾仔の「在地小書店冬季結集」の店内
中央の書架は、閉店した洋書書店
Bleak House Booksから譲り受けたもの

「在地小書店冬季結集」の当番プレート

 

この3軒の「七份一書店」は間もなく幕を降ろす。しかし荘さんによると、「店長」の中には、実際に書店を開く計画を立てている人もいるとのこと。この「七份一書店」で学んだこと、積んだ経験をもとに、どのような新たな書店が生まれるのだろうか。今後その動きも追っていきたい。

(取材日:2021年12月1日)

 

▼七份一書店・荘国棟さんのオススメ

 

 

 

 

 

 

『看不見的禮物』
作者:陳渝英
作画:呉浚匡
出版社:Rolling Books
2021年7月初版
ISBN:9789887582700

荘さんが運営するRolling Booksの初の出版物で児童向けの絵本。目の不自由な子供たちのための点字があり、また一部のページには絵に合わせた凹凸があり、そこに触れて形を感じることができる。さらにQRコードをスキャンすることで、音声ガイドを聞くこともできる意欲的な試みの絵本。動物たちと農民の交流を描いている。

 

▼今回訪ねた書店

七份一書店
https://www.facebook.com/1.7bookshops

「東南楼」店
油麻地砵蘭街68号 東南楼芸術酒店 22楼
https://www.facebook.com/groups/oneseventhbookshopattungnamlou
https://www.instagram.com/1.7book.tnl/

「大南街」店
深水埗大南街205号閣楼
https://www.facebook.com/groups/oneseventhbookshopattainanstreet
https://www.instagram.com/1.7book.tns/

湾仔「在地小書店冬季結集」
軒尼詩道302-308号 集成中心商場G2B号
https://www.instagram.com/1.7book.square/

 

▼荘国棟さんが主宰するRolling Books
http://www.rollingbooks.hk/

 

写真:大久保健

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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。

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