香港本屋めぐり 第6回

投稿者: | 2021年5月29日

周家盈さんインタビュー

周家盈さん

 

●独立書店紹介本が話題の90年代生まれ
今回はいつもと趣向を変えて、本連載第1回で取り上げた香港の独立書店紹介本の著者・周家盈さんのインタビューをお送りする。

周さんは、これまでに『書店日常――香港獨立書店在地行旅』(2016年)、『書店現場――香港個性書店訪談札記』(共に格子盒作室、2018年)を出している。特に著書1冊目の『書店日常』は、発売当時、香港の独立書店について書かれた書籍がほとんどなかったこともあり、多くの人からの注目を集め、刊行すぐに重版となった。また同書には、作家の陳浩基氏ほか著名文化人からの推薦文が掲載されており、多方面から高い関心を寄せられていたのがわかる。続編となる『書店現場』も香港出版雙年獎(ビエンナルアワード)を受賞。3冊目となる『書店有時(仮)』の出版を来年初めに控える周さんは、今や香港の独立書店を語る上で、欠かせない存在だ。

こんなふうに周さんを紹介すると業界の重鎮感が漂うが、実は90年代生まれの若い世代。読書好きな一面も持つ。インタビューをした時期がノーベル文学賞発表直前だったこともあり、香港でもファンの多い村上春樹について聞いてみた。すると「村上春樹は子供の頃に読みました。今はいろんな作家の翻訳本も香港で手に入るので、村上以外もよく読んでいます。最近日本の小説で面白かったのは『コンビニ人間』(村田沙耶香)」という答えが返ってきた。

 

●無いなら自分で書けばいい
のちに『書店日常』となる文章を書き始めたのは学生の頃だったと言う。

「2013年ごろだったでしょうか。まだ学生で時間があり、当時は日本や台湾、欧米など海外の書店に関する本を読んでいました。それで地元香港の書店についても興味を持ち、そういった本を探しましたが見つかりませんでした。一方、新聞やネットではたびたび書店のニュースを見かけるのですが、話題になるのは決まって閉店のニュースばかり。そうした書店一つ一つにも経営者や客が織り成した物語があったはずなのに、そのような姿を伝えるような記事はなく、残念な思いがこみ上げてきました。それで自分で書くことにしたんです。一読者として読みたいことを書こうと。今ある書店のことを記録として残しておきたい、思い出としてはなく“生きている”書店の姿を伝えたいという気持ちもありました」

執筆開始時は本にまとめる考えはなかったと周さん。書店に関する文章は、当時自主制作していたZINE「Slowdown Town(スローダウン・タウン)」に掲載していたそうだ。書名の「Slowdown」には周さんの思いが詰まっている。

周さんが個人で作っていたZINE「Slowdown」。
文章はもちろん写真も周さんが撮影。父親からお下がりでもらったフィルムカメラで撮ったそうだ。

「香港はスピード社会で、あらゆる物事がとても速く進行し緊張の多い毎日です。なので、書店の日常のストーリーなど気にする人もいなかったのかもしれません。だからこそ、書店を紹介することで、みんなが日常の風景に改めて気付き、足を止めて見てくれるようになる、そして日頃の生活スピードも落としてリラックスしてほしいという願いも込めました」

「私たちの世代は、親の世代の価値観とは大きく異なっています。親の世代は生活のために働くことに一生懸命でした。そんな親たちのおかげで、私たちは生まれた時から物に恵まれています。なので『物質的豊かさ』よりも『精神的な豊かさ』を求める人が私たちの世代には多いような気がします」

“slow”な日常に価値を見出す世代の周さんだからこそ書店の風景が目に止まり、その思いが本として世の中に出たのかもしれない。


現在、数は多く無いが、香港の書店をテーマにした本を見かけるようになった。
左から『香港舊書店地圖(増訂版)』(黃曉南、三聯書店、2017年)、『漫讀香港書店十年』(趙浩柏、初文出版社、2020年)。

 

●書店めぐりの良き指南書に
陳浩基氏は『書店日常』の推薦文で「本書で紹介された11店中4店しか知らなかった。しかも行ったことがあるのは2店だけ。今後、他の書店にも足を伸ばして見て回りたい。そして書店の店主やスタッフたちと話してみたい」と語っている。

「多くの読者から同様の感想をいただきました。本書の担当編集者も本を持って書店めぐりをしたそうで、『香港にはまだこんなに書店があったの?』と驚いていました。またシンガポールや台湾、中国本土の友達からは、香港の独立書店への理解を深めることができたと感想を寄せてくれました。香港で頑張っている書店を多くの人に知ってほしいという思いのもと執筆したので、とても嬉しい反応でした」

 

●年明けには3冊目が刊行

来年初めには著書3冊目となる『書店有時(仮)』が刊行予定だ。新しくオープンした書店に加え、読書スペースにこだわった書店、教会の中にある書店、絵本専門の書店など、特色のある書店を取り上げる。

「より多くの人に書店へ足を運んでほしいという思いで1冊目を執筆していたのですが、刊行後、いくつかの書店が閉店してしまいました。2冊目を出した後も同じです。今3冊目を準備していますが、本が出る頃には、またいくつか閉店してしまうかもと心配しています。しかし、消えゆく書店がある一方で、新しい書店も生まれています。古いものが去って新しいものが来る。こういった転換期はあって然るべきでしょう」

最近新しくできた書店の傾向として、読書スペースを取ったり飲食を提供したりする書店が増えている。

「書店にカフェなどを併設するのは、書店の経営を支えるのに大きく役立っています。例えばここ(インタビューをしている書店兼カフェ)で、1時間のうちにどれだけの人が本を買ったでしょうか。ほとんどいませんでしたよね。しかし飲食スペースで食事をする人は何人もいました。こういった書店のスタイルは、昔とは異なりますが、私は反対していません。どちらかというと賛成派です。収入の面からすると必要なことだと思います。また収入以外にも利点があります。カフェがあることで、これまで書店に縁のなかった人たちを取り込むことができますし、彼らに読書のきっかけを与えることもできます。彼らは将来本を買いに来てくれるかもしれません」

笑顔で書店について語る周家盈さん

周さんのインタビューを行った「BOOK B」。
書店の約半分が飲食スペースとなっている。

 

 

 

 

 

 

 

●香港の独立書店を支える存在
周さんは現在、小学校の教師のかたわら、執筆活動も続けている。

「私は教育に興味があり教師という仕事も好きです。文章を書くことも好きで、現在も続けています。この頃は教育や書店、読書文化について書くことが多いですね。すべて「本」に関係しています。今は新型コロナもあって、機会はほとんどありませんが、新書発表会や座談会にも呼ばれることもあります。昨年は台北国際ブックフェアで講演イベントも行いました」

なお、台北国際ブックフェアでの周さんの講演の様子は、太台本屋(台湾)のブログに詳しいレポートが掲載されているので、そちらを参照してほしい。「香港人の読書傾向、香港の書店事情、香港の独立書店の実際の様子がよくわかる、密度の濃い内容だった」と激賞している。

周さんのFacebookをのぞいてみると、新しい書店はもちろん、過去に著書に掲載した書店にも足を運び、定期的に情報を発信している。こういった周さんの存在は、香港の独立書店を支える柱の一つとなっているに違いない。

(取材日:2020年10月3日)

 

周家盈さん「Slowdown Town」
公式Facebook:https://www.facebook.com/slowdowntownhk/
HP:https://chowkaying.com/

 

●紹介した書籍のデータ

漫讀香港書店十年──我城閱讀風景
趙浩柏 初文出版社 2020年
価格 4,928円(税込)

 

 

 

 

写真:大久保健・和泉日実子

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和泉日実子(いずみ・ひみこ)
1974年生まれ。筑波大学大学院芸術研究科修了。東京、北京で出版社勤務後、2018年より香港在住。趣味の街歩きを通して、香港の独立書店やロケ地めぐりをしている。ブログ「香港書店めぐり。時々…」

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