アジアを茶旅して 第2回

投稿者: | 2021年5月30日

アジアに見る仏教と茶

 

中国浙江省 径山寺 以前あった製茶室

皆さんは日本茶の歴史をご存じだろうか?アジアで茶の歴史を聞きまわっていると、必ず出てくる反対尋問、それが「日本人はいつから茶を飲み始めたんだ?」というもの。正直ハッキリした歴史を手繰るのは難しいが、文献上では平安時代初期、唐に渡った僧侶たちが持ち帰り、茶を飲むことから始まったと言われている。その後の鎌倉時代も寺院と茶の関係は深かった。栄西という僧侶が『喫茶養生記』なる文章まで書いている。因みにこの本の主題は茶の薬用効果であろう。

日本の僧侶と茶の関連を求めて、浙江省杭州を訪ねたこともある。寺院、僧侶にとって、茶はある種の薬であり、また眠気覚ましの飲料でもあり、そしてそれを自らが作っていた。今でも杭州周辺には、茶園を持ち、製茶場に製茶道具を有している寺院があった。春は仏行の一環として製茶修行が課せられている寺もあり、茶園の管理も僧侶がしていた。

スリランカ ヌワラエリア 僧侶と茶畑を回る

 

その昔、僧侶が日本に茶の種子などを持ち帰って寺に植えても、どうやって茶を作るのだろうかと疑問に思ったこともあったが、茶園管理が出来、製茶が出来たとすれば、僧侶自身がその実践者であるから、それはまさに修行の賜物だと言ってよいかもと思う。

そんなことから当然どこの国でも茶と仏教は密接な関係にあると、日本人は知らず知らずのうちに思ってしまう傾向がある。だが紅茶の一大産地であるスリランカへ行き、そこの高僧に尋ねてみると、たった一言「仏教と茶には何らの関連性もない」ときっぱり言われてしまう。仏教がその発祥の地インドで滅んだ後、伝統的な仏教を継承していると言われるスリランカだが、茶業は1860年代になり、イギリスが持ち込んで始まったのであり、仏教史上に茶が出てくることはなかった。

タイもまた仏教と茶にその関係性は見いだせない。いわゆる上座部仏教と、中国・日本に伝わった大乗仏教は根本的に異なるものであるともいえるのだろう。タイ人仏教関係者にその辺を確認する中で、面白い話が出てきた。日本で茶道のお点前を見た時、彼はその動作に「茶道は瞑想だな」と直感したというのだ。勿論客となった参加者も神経を集中しており、一種の瞑想の時間が流れていた、と感じたらしい。

実は筆者は日本茶にも茶道にも全く知見がない。その素人が抱えていた大きな疑問の一つが「茶道はお茶を飲むのに、なぜお茶の話をしないか」ということだった。もし中国茶や台湾茶なら、「この茶葉は今年の春に摘んだ」とか、「この茶の製法は」などという会話が一般的だが、茶道では掛け軸や花を愛で、それを話題にすることはあっても、茶そのものが話題になることはないと聞く。

その理由を前述のタイ人は「仏教との関係」から解き明かして見せてくれた。タイの僧侶は与えられたものは拒まず食べる(飲む)のが作法であり、またその物について「美味しい」とか、「素晴らしい出来だ」とかコメントすることは基本的にないのだという。だから日本の茶道に伝統的な仏教・僧侶が関係していれば、当然茶は話題にならないと。これにはちょっと唸ってしまった。日本でこれまでそのような説明を受けたことはないが、果たしてどうなのだろうか。

タイ 僧侶に茶について尋ねる

岩波新書で復刊された『茶の文化史』(村井康彦著)は大変参考になる本だった。この中には、茶道が如何に日本で独自の発展を遂げたかが説明されている。栄西の時代は茶礼なるものはなかったが、その後利休に至るまでに、茶道に宗教性が持ち込まれた、とあるのが面白い。そう考えると、やはり茶について触れないのは仏教的、器や掛け軸を愛でるのは堺の商人的、と言えばよいのだろうか。

京都 さらっと日本茶を飲む

 

ところで現代のタイの僧侶に「お茶を飲んでいるか」と聞いたところ、「飲んでいない」との答えが返ってきた。だが歴史的に見ると、第2次大戦前後には、台湾からタイに包種茶と呼ばれる茶が大量に輸出されていた歴史がある。台湾茶商とタイ華人茶商が密接に繋がっており、台北の大稲埕(だいとうてい)にある有名な王有記という店などは、戦前はバンコックが拠点で、台北が加工工場だったという。

バンコックに今も店を構える王有記の4代目に聞いたところ「昔はタイ華人が沢山台湾茶を飲んだよ」と教えてくれる。もしそうなら、成功した信心深いタイ華人は必ずや、お茶を寺院に寄進しただろう。それも自らが飲むものより上等なものを差し上げるのが一般的だから、高級茶が寺に集まった可能性すらある。

タイ バンコック 王有記

現在タイの寺で茶が飲まれない理由、それは華人自身がタイ人化して、茶を飲む習慣がどんどん薄れ、炭酸飲料などに取って代わられたことと無関係ではあるまい。本人が飲まなければ寄進もされないのだろう。噂によれば「タイ人僧侶には糖尿病が多い」などとの話もある。これも托鉢の結果かもしれない。今こそ茶の薬用効果を思い返してみたらよいと思うのだが、そのような概念はそもそも上座部にはない、ということだろうか。

 

▼今回のおすすめ本
喫茶の歴史 茶薬同源をさぐる
日本と中国のお茶の歴史を時代を追ってまとめています。

 

 

三国伝来 仏の教えを味わう インド・中国・日本の仏教と「食」
(お茶ともタイともずれますが……)食の変遷から仏教の来た道をたどります。乞食の作法も紹介しています。

 

 

――――――――――――

須賀 努(すが つとむ)
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。コラムニスト/アジアンウオッチャー。金融機関で上海留学1年、台湾出向2年、香港9年、北京5年の駐在経験あり。現在はアジア各地をほっつき歩き、コラム執筆中。お茶をキーワードにした「茶旅」も敢行。
blog[アジア茶縁の旅]

LINEで送る
Pocket