欧米や日本の文化との比較では、中国の現代文化は残念ながら「川下」にあり、これを無理やり広めることはいくらお金を投じても困難だということを伝えたつもりだ。研究会では、日中文化交流など幅広いテーマを論じたが、自分にはこの教授の「文化長城」や「文化強国」という大げさな発言が強く印象に残った。
残念ながら、中国は最近も「文化軟実力建設」とは正反対の事件が起きている。報道でも知られているように、人権派弁護士や活動家を大量に拘束、取り調べを行い、国際社会から批判を受けている。タカ派の「環球時報」は人権弾圧だとの米国の批判など「靴底に付いたガム」にすぎず、無視して構わないと反発したが、このような状況で他国、特に西側社会から尊敬を受け、自国の文化的影響力を広げることは不可能だ。
最近の報道でも、「ポートランド」という英コンサルタント会社が発表したソフトパワーの世界ランキングで、中国は30カ国中最下位(トップは英国、2位はドイツ、3位は米国、日本は8位)だった。報告は「中国はソフトパワー資源に相当な投資をしているにもかかわらず、中国の外交政策への認識(注:拡張主義的な外国政策が周辺国から脅威と認識されていること)と同様、人権や報道の自由などへの現状が、中国のソフトパワーにとって重石となっている」と論じている。
ソフトパワーを提唱したジョセフ・ナイは、このほど発表した「なぜ中国のソフトパワーには限界があるのか」 という文章で、まさに中国ソフトパワーが抱える最大の問題点を鋭く指摘している。
文章によると、中国は胡錦濤時代から今日の習近平まで、ソフトパワー建設に力を入れてきた。(最近、中国について厳しい論調を発表したことで知られる)中国研究者のデビッド・シャンボーは、中国は毎年『対外宣伝』に100億ドルを投じていると見積もる。これに対
して米国は6億6600万ドルにすぎないが、中国の「魅力攻勢」(相手の心をつかむため、意識的に親切で温かく接すること)はごく僅かな見返りしかもたらしていない、とナイは指摘する。
中国の与える影響について、北米、ヨーロッパ、インド、日本の世論はいずれもマイナスが主流であり、プラスと見られたのは中国と領土紛争を抱えないラテンアメリカ、アフリカだが、それらの地域でも中国からの労働輸出には不満の声が強いという。
「ソフトパワーとハードパワーを巧みに結合する戦略は、容易にできるものではない」とナイは語る。一国のソフトパワーの源は3つ、すなわち文化、政治的価値、外交政策だが、「中国は文化と経済の強さを強調してきたが、政治的な面がそうした努力を根本から損ねている事に注意を払っていない」と指摘した。つまり、前述したような人権問題や報道、ネットへの厳しい規制がプラスの価値を損ねているというのだ。そして2つの要素が中国のソフトパワーの制約になっているという。
その1つはナショナリズムだ。中国共産党は現在、経済発展と同様、ナショナリズムに政権合法性の基礎を置いているとして、(ナショナリズムへの依存は、)「南シナ海などの紛争で隣国の反感を買い、習近平主席が世界にPRする『中国の夢』の効果を引き下げて」おり、例えば領土や領海をめぐる紛争が続くフィリピンで、中国政府が開設した「孔子学院」は好意的に見られることはない、としている。
もう1つは「検閲なき市民社会」を活用することに中国が消極的であることだという。英誌「エコノミスト」によれば、中国共産党はソフトパワーの源泉が主に民間や市民社会であるとの考えを取らず、政府こそがソフトパワーの主要な担い手という考えにしがみつき、古代の文化的アイコン(孔子など)がいまだに世界的な影響力を持つと考え、プロパガンダの道具として使っている。
一方で、米国のソフトパワーの源泉は政府ではなく民間、大学、基金、ハリウッド、ポップカルチャーなどであるとしている(これは日本もまさに同じ状況だ)。
またメディアの分野では、中国は新華社や中央テレビ(CCTV)をCNNやBBCのライバルにしようと努力しているが、こうしたプロパガンダの視聴者は消え入るほど少ないとして、いくら大量の情報を流しても、視聴者からの信頼がなければ注目されることは難しいと指摘している。
そして中国政府による人権活動家への弾圧が、2008年の北京五輪で獲得したソフトパワーの価値を下げた上、2010年の上海万博で得た成果も、同年秋にノーベル平和賞を受賞した劉暁波が中国政府により投獄され、授賞式では受賞者のいない空の椅子が世界的に放映されたことで大きく失われたとした。
ナイは、中国の経済は力強く、その伝統文化も尊敬を受けている、と評価する一方、「もし中国がそのソフトパワーの潜在力を発揮したいのであれば、自国と海外での政策を再考する必要があり、隣国への主張や要求を制限し、市民社会の才能をフルに発揮するため、批判を受け入れるようにしなければならない」と指摘。「中国がナショナリズの炎を焚き付け、厳しい党の支配を続ける限り、そのソフトパワーは常に制限を受け続けるだろう」―ナイはこう結んでいる。
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