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微観中国 |
(8)ネット世論への暴風は収まったか |
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共産党全国思想宣伝工作会議で習近平総書記は(VOA) |
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微博などのソーシャルメディアを通じて、市民としての権利の主張や、官僚の腐敗の摘発など、社会改革を呼び掛ける「網絡意見領袖」(ネット・オピニオンリーダー)の拘束など、民間から発せられるネット言論に対する中国共産党、政府による集中的な取り締まりの嵐が、この8月から9月にかけて吹き荒れた。国慶節休暇に入り、こうした動きは一応静まったかのように見える。中国当局の狙いは何なのか、来日したネット専門家の意見も含め考えてみたい。
「政権の瓦解は思想領域から始まることが多い。思想の防衛線が破られたら、他の防衛線も守れない」8月19日の共産党全国思想宣伝工作会議で習近平総書記はこのように語り、VOAなどの報道によると「一部の反動的知識人はネットを利用し、党の指導、社会主義制度、国家政権に対してデマを広め、攻撃し、侮辱していることに、厳しく打撃を加えなければならない」と厳しい口調で言論統制の必要性を強調した。
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出席した共産党幹部も「陣地を強化する意識を持たねばならない」「勇気を持って剣を振るい、物分りの良い開明的紳士であろうとせず、旗幟鮮明に反撃しなければならない」とまるで敵対勢力と対抗するかのような表現を使った。
後に「8.19講話」と呼ばれるこの演説で、習は経済建設と並びイデオロギー工作の重要性を強調。これを受け、「デマ撲滅」「ネット浄化」などを口実に、メディア、司法・公安、ネット管理部門など党、政府のあらゆる機関を挙げての統制が始まった。
「500回以上転載で犯罪と認定」―最高裁や最高検に相当する最高人民法院、最高人民検察院は9月9日、「情報ネットワークを利用した誹謗中傷などの刑事事件の処理に法律を適用することの若干の問題に関する解釈」(以下「司法解釈」)を発表、罪の認定に数量的な基準を取り入れ、ネット上の誹謗中傷、事実でないデマが5000回以上クリックされたか、あるいは500回以上転載された場合は、「情状が深刻」として3年の懲役に科せられるとした。
孫軍工・最高人民法院報道官は、今回の司法解釈は「情報ネットワークを利用し誹謗中傷などの行為を行うことが犯罪とみなされるかどうか、厳格なハードルを定めた」と説明した。
だがこの基準には、「500回転載で有罪」などという基準はあまりにも低すぎ、厳しすぎるとして、民間から批判の声が相次いだ。VOAによると、中国政法大学の王建勲副教授は、司法解釈は明らかな越権行為で、憲法などに違反するとし、「誹謗中傷は本来、被害者自らの訴えに基づくべきだが、今回の基準は『社会秩序や国家利益を損なう』ことを過大解釈、言論の自由への重大な脅威」と批判した。さらに人権派の弁護士、浦志強らは、公安機関が(特定の好ましからざる人物に対し)この数字を選択的に用いる恐れがあると指摘した。
当局はさらに、「大V」(ネットの著名オピニオンリーダー)と呼ばれる、多くのフォロワーを抱え「網絡意見領袖」として活躍する著名微博ユーザーを標的にした取り締まりも開始した。
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8月23日、薛蛮子のペンネームで知られる実業家、薛必群が買春の疑いで逮捕された。ドイチェ・ヴェレ(DW)の「中共為何剣指民営企業家(中国共産党はなぜ民営企業家に剣先を向けるのか)」によれば、彼は1953年生まれの米国籍を持つ華人で、米ナスダック市場に上場するネット企業など、多くのインターネット、通信企業を持つ投資家、企業家だ。
彼は同時に微博で1200万人のフォロワーを持つ「大V」であり、1日80本あまり、多い日は数百本を発信することもあり、社会問題に関心を持ち、2011年、彼は微博で児童誘拐防止を呼び掛け、投資家、芸能人にも加わるよう働きかけるなど、世論を動かす大きな力を持っていた。
CCTVは9月15日、中央テレビ(CCTV)のニュース番組で留置場に入れられた薛が警察に対して反省の意を示すとともに、「大V」の責任を自覚し、ネットのデマに反対すると語るなど、明らかに薛を見せしめにした。
9月13日は、同じく著名企業家で人権活動家の王功権が逮捕された。1961年生まれの王は89年の天安門事件で半年拘束された後、数多くの情報技術(IT)企業を設立、投資。最近では公民権擁護の活動にも関わった
DWの報道によると、中国では1990年代後半から、「精英(エリート)連盟」という概念が生まれ、権力エリート、資本エリート、知識エリートが連盟を組み、「権力と金銭の取引」に加わるようになったが、王のように身ぎれいな資本家は珍しい存在だったという。
政治参加を厭わない企業家は薛蛮子に代表される「口は出すが手を出さない」言論で共産党を批判するタイプと、王功権のように「口も出すし手も出す」公民の権利擁護、教育の平等、役人の財産公開などを要求するタイプに分かれる。だが当局が2人を逮捕したことは、両者ともに当局から最も危険な「反動知識人」とみなされていることを示している。つまり経済界で成功し、社会に広い影響力を持つ人と、金があり、公民権利擁護に活動資金を提供できる人だ。
DWは「中国経済は厳しい試練に直面しており、経済を活性化することが、新指導者の急務であり、民間企業の参加は不可欠だ。ところが一方で民間企業家を乱暴に弾圧すれば、企業家の信頼を失い資金は海外へと逃避、中国経済に深刻な結果をもたらすだろう。当局が公民社会に剣を振るうのは、民営企業家の離反を招く行き詰まりの道だ」と批判した。
民主派の知識人らに更に大きな衝撃を与えたのが、前述の「デマ、中傷の転載も犯罪」として16歳の少年が逮捕された事件だ。報道によると、甘粛省天水市張家川県在住の中学生が地元で起きた殺人事件で「デマ」を書き込んだとして逮捕された。
「習近平は何を考えているのか」滞在先の東京でこのニュースをネットで知った改革派の知識人は筆者に憤慨するように語った。「李克強ら彼の周辺も決してこういう乱暴な取り締まりには賛成しないだろう」。彼は習近平の真意を測りかねているようだった。
だがこの事件はその後以外な方向に展開、少年を逮捕した地元公安局長の汚職がネットで次々と明るみとなり、局長は罷免された。
多維報道によると、この「張家川事件」が大きな転換点となった。行き過ぎた言論統制への批判がネットで広がり、これを受け政府は「南方都市報」「京華時報」など開明的とされるメディアを通じて世論誘導を図った。なお、この多維記事の見出しに出てくる「歪嘴和尚(口が歪んだ和尚)」とは、「中央や上部の政策を歪曲して不正を働く幹部・役人」の意という。
多維が取材した消息筋によれば、習近平は「8・19講話」の精神を一部が硬直的に解釈し、さらに公安機関に法的権限を超えた行動があったとして修正を求め、講話の精神を正しく理解し、ネットの秩序ある管理をすると同時に、正当な言論を奨励し、誤って傷つけないよう要求した。
新華社も「(『司法解釈』を発表後)法執行の過程でバランスを失した現象へ疑問が出された」と認めた。人民日報も「張家川事件」を批判、一部の地方でネットデマを取り締まる過程で報復や業績をあげようとする誤った行為があったと指摘した。
ネット管理をこれまで肯定してきた「環球時報」も人民大学マルクス主義学院教授の見解を紹介、道理をわきまえた法執行を求め、「言うことを聞かないから懲らしめてやる」と言ったやり方は取ってはいけないとした。さらに薛蛮子を買春の疑いで逮捕したことについて、ネットを管理する国務院新聞弁公室は薛が「大V」であることとは無関係と説明するなど、当局も火消しにかかった。
当局の取り締まりは、国慶節休暇で休戦に入った感がある。これについて多維の別の報道は、中国の政治には重要な記念日の前に古いツケを清算する伝統があり、つまり長期休暇の前に厳しく罰することで、休暇中の平穏と自らの良好なイメージを作り出すのだと論じた。薄熙来元重慶市書記の判決など、重大事件の集中審理は、「大V」への処分と同時に行われており、これにより当局はネットで話題を呼ぶ問題を減らし、世論を冷却化することを狙ったとみられる。
だがせめぎあいは続いている。中国紙「環球時報」は9月29日、インターネット上でのイデオロギー思想のせめぎ合いについて、中国人民大学マルクス主義学院の陶文昭教授の論文を掲載、この中で陶教授は、主流イデオロギーを唱える「大V」を育てることが必要だと説いた。
新しいメディアであるインターネットについて陶教授は、関連法規が整ってないため、法律や規定で管理するのは難しいと指摘。ネットの特性をよく理解した上で「大V」を育て、主流イデオロギーを守り、その競争力を高めることが求められていると力説した。 |
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ネット取り締まりで逮捕された薛蛮子氏

著名企業家で人権活動家の王功権氏
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一連の当局の対応について、このほど来日した北京大学のネット研究者、胡泳氏は筆者の取材に次のように指摘した。
「微博では政府の発言の力が十分大きくはない。発言の主導権は政府の手の中にはない。政府(自ら)こうした傾向を拡大解釈している面がある」。
「微博のもう一つの傾向は、政府への批判が強いことで、政府を賞賛したら、五毛党と罵られる。政府の職員個人、あるいは組織の行為も、批判や攻撃を受けやすい」。
「政府は言論を統制しなければいけないという一貫的な思考を持っているが、伝統メディアに比べニューメディアはコントロールを失っていると感じている。特に政府を批判する声が称賛する声を上回り、政府の役人は不快に思っている。このため、最近政府が打ち出した大∨やいわゆるデマへの取り締まりは、基本的にはニューメディアでの発言権を奪還したいという目的だ」。
つまり政府は自らが微博などの新たな言論空間で守勢に回っていると感じており、そうした危機感が、習近平の「8.19講話」をきっかけに、関連部門を勢いづかせ、その言論圧迫が一気に進んだ。だがその結果党、政府のイメージはダウンした。
「一部の党、政府の役人はネット社会と対決するのではなく、対話をすべきだと考えているが、こうした人々はまだ主要な地位を占めていない」と胡氏は指摘した。だが冷静で理性的、客観的立場とは別方向からのこうしたキャンペーンは網民の心をつかむことはできず、「憎まれ役」にとどまり、ネット社会の主導権を握ることはできないだろう。
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北大で公演する胡泳氏
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「網民」の反乱 ネットは中国を変えるか?
古畑康雄
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古畑康雄・ジャーナリスト |
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