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ネット用語から読み解く中国
 
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ネット用語から読み解く中国   (18) 「公共知識人」
   
     
 

 年末から今年の初めにかけて、中国のネット世論を騒がしている問題がある。売れっ子80後(1980年代生まれ)作家でレーシングドライバー、韓寒の革命や民主をめぐる3編の文章、いわゆる「韓三篇」とそれに対する網民(ネット市民)や網絡意見領袖(オピニオンリーダー)の反応だ。中国の自由、民主、そしてそれを実現する上での公共知識人のあり方について大きな議論を巻き起こした。
  公共知識人(中国語は「公共知識分子」)とは何か。中国誌「南方人物週刊」は2005年より毎年50人の公共知識人を発表している。その基準とは「具体的な学術的バックグラウンドと専門の素養をもった知識人である」「社会に提言し、公共事務(社会問題)に参加する行動者である」「批判精神と道義を持ち合わせる理想主義者である」としている。
  このような説明もある「公共知識人とは、政治や社会に対する批判を担う勇気を持ち、公共への強烈な関心を抱く人のこと。中国の公共知識人はさらに『以天下為己任』(天下を以て己の任と為す、国の盛衰や社会の治乱は自らの責任であると考えること)という伝統を持つ。中国政府はその最前列にいる公共知識人を弾圧し、或いは金銭で買収しようとするが、中国の問題に関心を持つ国内外の『公知』(公共知識人の略語)は不断に拡大している」(ラジオ自由アジアの報道から)。つまりは政治や社会問題に強い関心と責任感を持ち、勇気をもって発言、行動する知識人、ということになるだろう。

 

 

 
 
   
     

 この公共知識人リストに、韓寒は2008年と10年に選ばれている。ちなみに艾未未は2008年から4年連続リストに上がっているほか、ツイッターなどでも積極的に発言する人権派弁護士、ジャーナリスト、作家などが名を連ねている。
  韓寒については本欄をご覧の方々にはもはや詳しい説明は不要と思うが、新浪網のブログで時事問題に対する鋭い批判を展開、80後の象徴として海外のメディアにも登場、何か重大事故、事件が起きれば「韓寒は何を語るだろうか」とその言動が注目される人物だ。
  さて、「韓三篇」については、一部を翻訳したブログなどもあるので、そちらに目を通していただくのがよい。紙幅の関係もあり、ここではその要点を「南都週刊」の記事「“公敵”韓寒」で紹介する。

 「今回韓寒はこれまでよりも広大なテーマに取り組み、今回の革命、民主、自由をテーマとした文章は『韓三篇』と呼ばれる。彼は幅広く議論されているこれらの語彙に対する自らの見方を披露した。多くの読者が驚いたのは、彼が多くの人が想像するような急進派ではないどころか、保守派に転向したと指摘されるほど(の変容ぶり)だったことだ。文中、韓寒はこの国の異なる階層の間に横たわる隔たりや、異なる階層の要求に巨大な差異があることを指摘し、永遠に正義であると思われている自由、民主などが異なる人々の理念の中に存在するギャップを指摘した。彼は国民の素質に対する悲観を多くの紙幅をさいて表現し、例えば『最も鍵となるのは、大部分の中国人は他人が瀕死の状態にあっても声を上げず、自分の頭に災いが降りかかってようやく大声を上げる習性であり、一生団結できないことだ』、さらに『現在の中国は世界中で最も革命が起こりえない国家だ。同時に中国は世界中で最も改革を必要とする国家だ。もし中国で革命が起きる好機はいつかと聞かれたら、街の人々が車ですれ違う時にハイビームを点灯しなくなったら(筆者注:公共マナーが守れるほど国民の資質が向上したら)、安心して革命ができる。このような国は革命など不要だ。国民の素養と教育がそのようなレベルに達したら、すべてが自然に解決するのだ』このように述べた」

 こうした韓寒の発言に面喰ったのがこれまで韓寒を支持してきた人々だった。手元に、香港「争鳴」2010年2月号がある。「80後は中国の民主の希望」という特集の中で、自身も公共知識人として知られる作家、冉雲飛が韓寒を論じている。冉雲飛は昨年のジャスミン革命をめぐる中国当局の厳しい弾圧の中で、「国家政権転覆」の嫌疑で投獄された(その後保釈)ことをご記憶の方もいるだろう。その冉氏が、「自由とは永遠の青春―韓寒の陽光と自由」という一文の中でこう語っている。

 「韓寒は性別や年齢を問わずあらゆる人に好かれている。その原因は何か?彼はユーモアがあり、ハンサムで、世俗的な意味でも成功した。これらも確かにその原因かもしれないが、私は他に理由があると考える。それは彼が中国国民全体に欠けている素養、すなわち自由を身に着けているからだ」
  「自由とは良好な心理状態であり、尊厳に対する飽くことのない追慕であり、想像力の最大限の実現であり、永久に放棄しない探索の精神である。こうしたものを韓寒は一つも欠くことなく、驚くべきことにそのすべてが彼の身に宿っている。(常識に反するような言動で人目を引き、世俗的に成功する人は多いが)彼のように驚くべき常識と直感により、政府が懸命に作り出した愚民化の鉄のカーテンを穿ち、しかもユーモアと笑いのセンスにあふれた人物は、100人に1人も存在しない。これこそ彼が中国でまれにみる天才とされるゆえんだ」

 冉雲飛は同じく80後の作家で知られる郭敬明と韓寒とを比べ、「商業主義者で盗作を認めようとしない」郭敬明は百度のイメージキャラクターになるのがふさわしく、「自由、誠実、創造を提唱する」韓寒は(中国政府のネット規制に抗議した)グーグルのキャラクターになるのがふさわしい、と著名ブロガー、連岳の言葉を引用した。当時グーグルの撤退問題で争点となっていた、政府のネット検閲や言論弾圧を批判しながら、冉雲飛は最後にこう結んでいる。「自由は太陽の光、空気、雨水のように人々の心に染み入る。真に自由なインターネットと韓寒の著作は、まさにこのような特質を持っているのだ」と。まさにべた褒めだ。
  冉雲飛だけではない、かの艾未未もかつては魯迅などと韓寒を並べて称賛したほどだった。だが艾未未は韓三篇発表後「彼を見損なった」とツイッターで言い切り、更にこう書き込んでいる。「韓寒の最近の文章は少なくとも次の自然現象を証明した。サルが人に進化するには少なくとも450万年かかるが、人がサルに戻るには、女の子1人が生まれるだけの瞬間しかかからない」。このことは、韓寒がこのほど女児が生まれたことを記したもう1本のブログ「我的2011」に対する揶揄とみられる。このブログにこそ、韓寒が上記のような公共知識人としての称賛に戸惑いを感じ、そこからの決別宣言が書かれている。少々長くなるが引用する。

 「2011年、自分の文章にも大きな変化が生じた。この変化は09年から10年に始まったものだ。当時自分が書いていた舌鋒鋭く政府を批判した文章、これは完全に自分の内心から出たものだった。毎日米国や台湾のような社会になることを望んでいた。こうした批評から、多くの称賛を得ることができたが、こうした称賛を自分も気にするようになり、さらには無自覚的に迎合するようになった。2010年には、私の多くの批評は有罪推定論か変種の八股文(お決まりの文体)、すなわち『制度不好,政府腐敗,悲劇発生、人民可憐』というものだった。いかなる社会においてもこのような批判は民衆から歓迎される。執政者は腐敗し貪欲であり、官民の対立は深刻だからだ。上司は気に入らない、なんであんな奴が自分の上でいい車や愛人を抱えて威張っているのか、自分だって偉くなれる、或いは上司を変える権利を持っている(この場合上司は政府の意味も込めているようだ)。こうしたことを皮肉っぽく書けば、人々はみな私の書いたものを称賛し、賛成できない奴は五毛党(本コラム参照)やら権力の犬やら民主の敵とののしられる。自分のことを批判する人物がますます少なくなり、或いはますます用心深くなったとき、私はうれしくなったが、間もなくこれはおかしいぞ、どんなに自分の言っていることが正しくても、間違えることは必ずある、と考えるようになった」
  「こうして、いろいろ考えた後、優れた作家とは、権力者を殺戮するだけでなく、群衆も殺戮すべきであると考えるようになった。両者を並べた場合、まずは権力者を叩くべきだが、だからと言ってすぐれた作家は無限に民衆のご機嫌取りをすべきであるということではない。民衆の目には曇りがない、しかも二重瞼だなどと褒めちぎるのは、毛沢東時代に群衆が狂喜乱舞して追従したのと何ら変わらない。数年前、自分は断固たる革命家で、一党独裁は必ず打倒しなければならず、多党制や直接選挙、三権分立、軍隊の国軍化をしなければいけないと考えていた。友人と言い争ったとき、そのようなことになれば混乱や死人が出るとの指摘に、『そんなことはない、試してみればよい、どんなことにも対価は伴う、極端、過激なことをしなければ、頑固な病気を取り除くことはできない、自分も乱世の梟雄になれるかもしれない』などと言っていた。だがこれは独裁者が『我亡き後は天下が乱れようが知ったことではない』と言うのと大差ないと分かった。現実を離脱した極端な理想主義者は、現実の中の極端な専制独裁者と同類であり、それぞれが違う旗印を掲げているにすぎない。誰も自分が最も嫌っている人間にならないとは限らないのだ」

 彼はこうして、人々から反権力の象徴、アイドルとして推戴されることを明らかに拒否した。文章ではこのほど女児が生まれ、父親になったことも述べており、艾未未が皮肉ったように、家庭問題が心境の変化に影響した可能性もある。
  韓寒をこれまで批判していた勢力は彼の「革命は尚早、中国に必要なのは改革」との論を受け、「成熟した」と褒めたたえた。「かつて彼を蔑視していた人たちは、彼が『公知』と告別し、『原隊復帰』したことを熱烈に歓迎した」(南方人物週刊「韓寒転型」)。環球時報は12月26日の社説で韓寒は「固有の形象の韓寒を突破し、『矛盾』のある韓寒へと変わったが、これはより真実に近いのだろう」「(3篇の文章は)中国では聞くことが難しい本当の話だ」と称賛。北京大学の教授も同紙に載せた一文で「韓寒はさなぎから蝶へと羽化し、左右の対立を乗り越えた」と評した。
  だが韓寒のこの突然の“転向”はこれまで彼に好意的だった人々から批判にさらされた。上海の学者、王暁漁はこう論じた「韓寒の最大の問題はロジックの錯誤だ。韓寒は民衆の素養が低いことが(革命も民主も中国には良い結果を生まない)原因であり、結果ではないとしている。現在の道徳が崩壊しているという事実は誰もが認める。だがまさに道徳が腐敗しているからこそ、我々は制度改革を進める必要がある。素養が高くないから良い制度を配することができないというのは全くあべこべだ」。そして王は指摘する「(権力者が強権で支配する)全体主義の下では、高尚かつ魅力的に聞こえる『我々はみな罪がある』と叫ぶことは、実際には本当に罪がある人間に免罪符を与えているのに過ぎない」(「“公敵”韓寒」より)。
  中国選挙と治理ネットに掲載された「今の韓寒は恐ろしいほど世間慣れしてしまった」(原題:現在的韓寒世故得可怕)という文章は「(韓寒は)時流に乗って、名声を手に入れ、中国で最も豊かな文士の一人だそうだが、彼を民主、自由、正義などと結び付ける必要はない。公共分野の“教父”などと考え、彼の言うことはすべて正しく、深い意味があると考え、さらには思考力や判断力がある人の多くもそう考えるなら、まさに彼が言う通り、『大衆は馬鹿野郎だ』ということだ」とさらに手厳しく批判した。

 「彼は徹底的な自己批判、自己否定の後、致命的なことをしている。それは民衆の民主、自由、公平、正義などへの追求を極端な理想主義と同等であり、極端な専制独裁と何ら区別がなく、旗印の違いにすぎないと断じたことだ。(中略)私は彼が一体何をもって国民大衆の民主や自由、公平、正義などの願いや追求を極端な理想主義と見なすのか分からない」
  「一連の文章の印象を聞かれたら最大の感想は『公知』(公共知識人)が死に、政客が誕生したということだ。韓寒は『公知』の生涯を終え、執政集団へ討価還価(値切り交渉)をする『政客』へと変わった。ここで必要なのは批判ではなく、妥協である。厳しい言葉ではなく、顔色をうかがうことだ」「韓寒は『五毛党』になることは永遠にないかもしれない。自分の良知を残しておくだろう。だが彼はもともとの位置から大きく後退した」

 そしてなぜ「討価還価」がだめなのかその理由を説明する。「政治とは妥協であり政治に妥協が必要なことは否定しない。だが強調すべきは、妥協は双方が行うものであり、公平な競争環境というゲームのルールを作り、あらゆる利害関係者が公平に競争に参加し、妥協により利益の最大化を図るものなのだ。一方が規則や競争環境を否定し、自分の考え方だけで物事を推し進めるなら、それは妥協ではなく、独断専行だ」。つまりは政府が民主化を進める意思がない現状では、韓寒の思いは一人よがりにすぎないということだ。
  そして筆者は最後にこう述べる。「知識人の役割とは、権力者と公民の間に意思疎通のための橋渡しをすることだ。積極的な批判と提言を通じて、健全な社会を作り、当局に政治的な妥協を促し、異なる意見の存在を認め、公民の利益、尊厳、利益を実現することだ。だが社会の共通認識を進めるに当たっては、立場がない、堅持するものがない、融和主義だ、ということであってはならない。公明正大に弱者と公民の側に立ち、それを鼓舞しなければならない」。
  こうした見方に、韓寒自身は反論している。「学会在妥協中追求―対話韓寒(妥協の中で追求することを学んだ―韓寒との対話)」(南方人物週刊)の中で「政府が100を言ったことが、100すべてが間違っているとは思わない。一つのことが気に入らなかったら、100に批判、反対しなければならないと考える。中国が米国式民主に到達することが難しいのはこのためだ。中国の知識分子の態度を見ると彼らは多くの場合反対のために反対している。これでは永遠に共通認識が達成できず、議案を通すことができない」「気に入らないのはただ反対の旗印を高く掲げ、完全に現実のコンテクストから離れた反対だ、人民が大統領を選ぶための一票一票を持っているというのは、人民に媚を売っているのではないか」。
  ではどのような条件がそろえば民主が可能なのか?「私の観点は人々の素養が低いから民主に適合しないと言う人がいるが、それは自分の考えを私に押し付けているにすぎない。私の一貫した見方は、民主は必ずや訪れるだろうが、民衆の素養が民主の質を決めるということだ。(民主化したのに)専制政治を懐かしく思うほど、民主の質がひどかったら、それは非常に耐えがたいものだ。自由を求める人があまり多くはなく、民衆の素養が低く、社会の貧富格差が多いのに、革命をしても質の高い革命にはならないというのが私の見方だ」。
  ただ、これには前述の王暁漁の指摘のように、卵が先か鶏が先かという問題がある。特に、都市部の中産階層は、完全に民主的な選挙を実施する素養がある。彼らはこのほど行われた台湾の総統選挙をネットで観戦し、なぜ我々にこのような民主的な選挙を行う権利がないのか、と強く感じている。
ポピュリズムに迎合したくないという韓寒の主張には首肯できる部分もあるが、一方で自らの体を張って政府に物申す公共知識人としての気概は失ったのだろうか。それとも、これまでの彼の言動は彼を崇拝する人々の歓心を買うためのパフォーマンスだったのだろうか。
最近中国の知識人らの間で流行する言葉に「活埋」という言葉がある、厳しい拷問の末、このほど米国亡命を選んだ民主活動家、余傑が警察から取り調べを受けた際「我々の掌握している、共産党に反対する国内の影響力がある知識人は200人を超えない。もし政府が統治に危機が訪れたと考えたら、一晩のうちにこの200人全員を捕まえ、生き埋めにできる」と脅迫したのだという。民主化を求めて投獄された劉暁波や、今なお当局の監視や嫌がらせが続く艾未未、余傑ら公共知識人と呼ばれる人たちは、理想の実現のためには自らの人生と引き換えにする覚悟が必要だということを教えてくれる。
だが、レーサーやモデルとして、社会的、経済的に成功した韓寒はおそらくそのようないばらの道を選ぶことはないだろう。ネットでは彼の代筆疑惑を指摘した人物に、韓寒がブログで口汚く罵るといった茶番劇も起き、彼のこれまでの声望のかげりを指摘する声もある。これまでのように中国の若手「意見領袖」(オピニオンリーダー)として活動を続けていくことになるのか、注目したい。

 

今月のことば

公共知識人(公共知识分子,略称「公知」): 政治や社会問題に強い関心と責任感を持ち、勇気をもって発言、行動する知識人

韓三篇:著名若手作家、韓寒が2011年12月末にブログで発表した「談革命」「説民主」「要自由」の3篇の文章。中国のネット言論界に大きな論争を巻き起こした。

八股文:お決まりの文体。元は中国の明や清の時代に、科挙の答案として用いられた特殊な文体のこと、転じて共産党の公式発表や人民日報などに出てくる言い回し、反対に政府を批判する際の「制度不好,政府腐敗,悲劇発生、人民可憐」のようなステレオタイプの表現

活埋:生き埋めのこと。米国に出国した人権活動家、余傑氏が中国で警察から取り調べを受けた際「共産党に反対する国内の影響力がある知識人は200人を超えず、一晩のうちに全員を捕まえ、生き埋めにできる」と脅迫されたと証言したことで、中国のネットで活躍する知識人の間で流行した。

 


『南都週刊』 364期(2009年)


『南都週刊』 2012年第3期


『南都人物週刊』 2012年第3期

 

 

 

 

 

 

   
 
古畑康雄・ジャーナリスト
   
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