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ネット用語から読み解く中国
 
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ネット用語から読み解く中国  (12) 「PS」
   

 

 3人の中年男性が、真新しい道路の上に立っている。半袖シャツに濃い目のズボン、少々腹の出た、お世辞にもイケメンとは言えない、中国の田舎町にいそうな男たちだ。左側のメガネをかけた男性は何やら下を指差し、何やら話し合っているかのようだ。だが、何か奇妙なことに気がつく、右側の人物のシャツの色は他の2人に比べ、妙に明るいし、そして何よりも、お天気がいいのに、男たちの足元には影がまったくなく、周囲の景色に溶け込んでいない。まるで3人は幽霊か宇宙人のように、中に浮いているようだ。「これって、合成写真ではないだろうか?」―そう気づいたある網友(ネットユーザー)の投稿から、騒ぎが始まった。

 「太假了,我県的宣伝図片(あまりにもインチキ、我が県の宣伝写真)」という見出しで、6月26日、大手BBS(掲示板)、天涯社区に「jiaoao592」と名乗る網友は写真とともに次のように書き込んだ。「たまたま県政府のサイトを見たら、トップページに立派な道路ができたというニュースが出ていた。写真をみて、驚愕した。こんな自分のような素人でも“PS”と分かるものを、トップページに貼るなんて、ホームページを誰も見に来ないとでも思ったのだろうか?」

 
   
     

 PSとは何か?これは写真の加工に使われるアドビ社の著名ソフト「フォトショップ(Photoshop)」のことで、ここから転じて中国の網友の間では、「写真を加工する、合成する」の意味で使われる。
  新華社などの報道によれば、問題の写真が掲載されたのは、四川省凉山彜(イ)族自治州会理県政府のウェブサイトで、6月16日に発表され「県政府幹部が完成した道路を視察」という説明が付けられている。写真の下には幹部が地元の郷鎮に完成した道路を視察し、道路建設に関して「4点の要求」をしたと記されている。
  この写真がネットで伝わると、網友からたちまち注目の的となり、「素晴らしい。人が宙に浮くなんて、何てハイテク道路なんだ」などとのコメントが書き込まれた。
  同県の政府は慌てて火消しに走った。27日、ウェブサイトに同県職員、孫正東氏の名前で「6月15日、3人の幹部が完成した道路などを視察した時、写真を撮影したが、光や背景がよくなかったので、写真合成をした。メディアや網友の皆さんには深くおわびし、このようなことが二度と起きないようお約束する」との謝罪を掲載した。

  だが網友の間では3人を使った悪搞(パロディー、本コラム9回目参照)写真が次々と現れた。天涯では「“譲老爺飛起来”PS大賽」(“お役人様を浮遊させよう”PSコンテスト)なるものが企画され、3人を抜き出し、様々な画面にはめ込んだ写真が次々と登場した。
  3人はホワイトハウスに乗り込み、オサマ・ビンラディン攻撃を見守るオバマ大統領らを指導するものや、最近中国各地で起きている水害現場に赴き、洪水に下半身が飲み込まれながらの“活躍”ぶりや、雲にのって月面を漂ったり、火星を視察したり、ヤルタ会談に参加したり、派手な生活を微博で公開し今や中国のネットで話題となった女の子、郭美美さんの高級車に乗ったり…。「会理3傑」(会理県の3人の傑人)と呼ばれるようになった彼らは時間や空間を乗り越えて、八面六臂の活躍をしたのだ。網友らは、あまりに拙い会理県の合成写真を見て、「下手だな、PSとはこうやるんだ」とパロディを交えながら、そのテクニックを披露したのだった。
  中国の歴史をひもとけば、合成写真、ヤラセ写真は枚挙にいとまがない。例えば大躍進時代に、稲束をかき集めて布団のようにし、子供を上にのせて“大収穫ぶり”を宣伝する写真、毛沢東主席の死去後、失脚した江青夫人ら4人組を毛主席追悼式の写真から削除するなど、こうした中国独特の「假大空」(嘘、空論)の伝統は、政治情勢の変化に対応するため、あるいは幹部への媚びへつらうためには、嘘やごまかしも許されるという考え方が根強く残っているためだろう。

 

今月のことば

PS:
Adobe社の画像編集ソフト「Photoshop」
中国の網友の間では、「写真を加工する、合成する」の意味で使われている。

正龍拍虎(正龙拍虎):
華南虎事件を機にネットで生まれた新語。私利私欲のために人々をだますことをためらわないこと。
さらには監督部門もぐるになって「指鹿為馬」(是非を転倒する)と言う意味で使われる。

譲老爺飛起来PS大賽http://www.tianya.cn/publicforum/content/free/1/2197252.shtml

     
     

 さて、毛沢東時代とは異なり、現代はまさにデジカメやフォトショップなどによりこうした合成や捏造が多少のテクニックがあれば、誰でもできるようになった。このPSが大きな社会問題となった事件が、2007年に起きた「華南虎事件」だ。

 華南虎事件については、『中国ネット最前線』(蒼蒼社)の「中国ネット重要事件ランキング」でも紹介したが、次のような事件だ。(「中国インターネット世論分析報告」等による)07年10月、陝西省安康市鎮坪県の農民、周正龍が絶滅したとされる華南虎の撮影に成功したと同省林業庁が発表した。事実ならば、野生の華南虎を撮影したのは1964年以来だった。
  これに対して、写真が不自然なことから、合成ではないかとの疑問が専門家、ジャーナリストの間から出され、「色影無忌」というカメラ、写真愛好者のサイトでは1カ月以上もの間、真贋論争が繰り広げられ、米科学専門誌「ネイチャー」にも事件は紹介された。
  11月にはこの虎と酷似する年画(正月に民家内部や門口に飾られる、縁起のよい文字や人物、動植物などを描いた民間絵画)が浙江省義烏市で売られていたことを網友が暴露。12月、中国撮影家協会がデジタル処理、動物、植物などの専門家に鑑定を依頼した結果、偽物と判定した。
  その後08年4月、国家林業局は鎮坪県や周辺の自然環境は華南虎の長期生存には適さないとの専門家の報告をウェブサイトに掲載。6月、陝西省政府はついに会見で年画を加工した偽物だったと発表、同省林業庁や鎮坪県の職員が処分されたほか、周正龍は詐欺の疑いで逮捕され、懲役2年、罰金2000元の判決を受け、真贋論争に決着が着いたのだった。

 この事件を機にネットでは「正龍拍虎(正龍が虎を撮る)」という新語が生まれた。これは私利私欲のために人々を騙すことをためらわないこと、さらには監督部門もぐるになって「指鹿為馬」(是非を転倒する)という意味で使われているという。
  問題の背景には何があったのか。07年11月、華南虎事件に関して、人民日報は論評を発表し、地方政府の役人の「信用の喪失」や「功を急ぎ利に走る」やり方を次のように強く批判した。
  論評は人々がこの事件に強烈な反応を示したのは、偽物かどうかという事件そのものではなく、その背後に隠された利権ゆえである、と指摘した。つまり鎮坪県は華南虎を利用し観光開発を進めようとし、国が巨費を投じて「華南虎自然保護区」を同県につくろうとしたのだ。地方経済を発展させたいという同県の指導者の熱意は理解できる、しかし、写真に疑問が呈されていた時、関連部門や専門家は極めて“プロフェッショナルでない”(いい加減な)やり方でこれを取り繕おうとした結果、網民(ネット市民)をさらに刺激し、真相を暴こうと決心させたのだ、と指摘している。さらに人民日報は12月にも論評を発表、地方政府は民間世論に対して寛容であるべきであり、人々の疑問にも積極的に対応することが民主政治建設の必然的な要求であり、政府のイメージを損ねるどころか、人々は政府が民意を重視していると考えるようになる、と指摘した。

  こうした過去の失敗に対する“学習効果”があったからだろうか、「浮かぶ県幹部」事件で、網民の指摘に対する会理県政府の対応は素早く、かつユーモアあふれるものだった。
先ほど、同県が写真がネットで話題になった翌日の27日には捏造を認め謝罪したことを紹介したが、さらに27日には、微博で政府幹部が視察した元の写真を公開、「網友の批判や指導を歓迎する。今回の事件を鑑に、より一層仕事に励む」と述べ、この書き込みの転載は1万8000回以上に達し、網友の支持を得た。
 さらに先ほどの「PS大賽」の最中、画像を加工した孫正東さん自身も微博を開設、28日次のように書き込んだ。
 「全国の熱心な網友の皆さんどうもありがとう。おかげで会理県の指導者は僅かの間に無料で“世界を周遊”することができました。“旅行”から帰り、彼らも普段の仕事に戻っています。網友の皆さんも、関心の焦点を会理というこの古い町並みに移してほしいと希望します。会理は2000年もの歴史と文化を持つ町で、シルクロードの要衝でもあります」という文章の下に、会理の歴史的町並みを写した写真を掲載した。
 網友のパロディを批判したり萎縮することなく、「おかげで世界を周遊」(正確には月や火星も含まれているから、宇宙も周遊したのだが)できましたと余裕たっぷりにやり返すユーモアと、さりげなく彼らの関心を合成写真から「歴史と文化のあるわが町へようこそ」と向けていく、その見事なやり方(前回紹介した五毛党のテクニックにも通じるところがある)に網友は一躍、賞賛へと回った。「危機公関(危機管理公報)の見本、これは絶対、教科書に載るだろう」「まさに経典とも言える対処の仕方だ、みんな彼に学ぼう」「低コストでこんなに(会理県を)大宣伝できるとは」といった4000以上の書き込みが続いた。

 人民網世論観測室は7月1日「会理PS事件の世論研究」というレポートを発表、「網民の批判から始まり、PSの嵐からそして現在の網民の理解と寛容にいたるまで、わずか4日しかかからなかった」と評価。「この事件を深層から分析すると、円満に解決したその核心的原因は、政府の管理が『従善如流(他人の勧告をよく聞き入れること)』であり、ネットの民意を尊重し、官民の対話の場を作り出すことで、『虎照風波(華南虎の騒動)』が再び起きるのを避けることができたのだ」と指摘している。
 そして今回の事件の教訓として「微博は事件の深刻さを拡大する『拡声器』であると同時に、事件の影響を打ち消す『消音器』でもある。危機に直面して冷静に対処すればチャンスへと転じることができるし、網民は暴徒ではなく、資質の高い人達も多く、官民対話の場を作れば、今回のような思いがけない宣伝効果を生むこともできるのだ」とまとめている。
 4年前の華南虎事件から得た教訓により、中国のネット社会もそれだけユーモアや余裕が感じられるほど成熟したのだろう。それにしても網友たちのパロディを創造する力は素晴らしい。言いたいことが十分に言えない社会ゆえに、こうしたテクニックが発達するのだろうか。

 

 

華南虎事件
『人民網』
http://society.people.com.cn/GB/8217/106495/index.html

『網易』新聞専題
http://news.163.com/special/00012FD0/tiger071113.html

『百度百科』
http://baike.baidu.com/view/1278620.htm

華南虎(华南虎)
『百度百科』
http://baike.baidu.com/view/3346.htm

 

   
 
古畑康雄・ジャーナリスト
   
  b_u_yajirusi
 
 
     
   
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