■成語にネット用語をはさむのはダメ
広電総局が出した通達は「ラジオ・テレビ番組と広告における国家通用語・文字の標準的使用に関する通達」で、全文約1200字の長文にわたる。
ポイントとなる部分を訳してみると、以下のような内容だ。
○ 国家通用語・文字を厳格に標準使用する。各種ラジオ・テレビ番組と広告は、『国家通用語・文字』の漢字・語句・フレーズ・成語(四字熟語)などの標準的な表記法と、標準的意味の使用に、厳格に基づかなければならない。
○ 勝手に文字や構成を変えたり、意味を曲解したり、成語の中にネット用語や外国語・文字をはさみ込んだりしてはならない。
○ ネット用語や、成語の形をまねて作った言葉を使用、または紹介してはならない。例えば「十動然拒」「人艱不拆」など――。
この通達は昨年、同総局が出した「ラジオ・テレビ番組用語で、標準語を普及させる基準に関する通達」(広発【2013】96号)に続く規制。
「96号」通達の「明らかな成果」(広電総局)により、それまでラジオやテレビ番組で見受けられた、一部地方の特徴的な発音(方言)や、外来語・ネット用語の乱用には一定の歯止めがかけられたものの、依然として「正しくない」言語・文字が使われているとして、新たに定められたルールである。
ひと言でいえば「主流メディアで言語文化を守り、標準語を徹底させる」ことがその狙いだろう。しかし逆にいえば、オリジナリティーにあふれた、ユニークで、インパクトのある“おかしな”言葉は、排除されることになる。
中国のメディアは「党政府の喉と舌」といわれる通り、西側メディアのような独立した報道機関というよりは、党政府の宣伝機関と見なされている。
今回、対象メディアが「ラジオ・テレビ、広告」に指定されたのは、昨年の「96号」に続く通達であるのはもちろん、国民への影響力がより大きいメディアであるからと考えられる。
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■省略化から生まれた“ネット新成語”
では、規制の対象になるのは、どのような言葉なのか?
近年、出回る前述の「十動然拒」「人艱不拆」のほか、通達に挙げられた「晋善晋美」「咳不容缓」、さらに該当するといわれる、その他のネット流行語を見てみよう。
○ 十動然拒/十动然拒:
「十分感动然后拒绝了他」(十分感動した後、彼を拒絶した)の略語。2012年、武漢のある男子大学生が好意を寄せる女子学生に16万字という長文ラブレターを書き送ったが、彼女は非常に感動したもののこれを拒絶した。男子学生の努力は報われなかったが、この出来事が“成語”のようになり、ネット上で広まった。
○ 人艱不拆/人艰不拆:
台湾の歌手、林宥嘉の歌「説謊」にある歌詞の一節「人生已经如此的艰难,有些事情就不要拆穿」(人生はすでにつらいものなので、いくつかのことは〈必要なければ〉暴かないでください)の略語。
「建前でもいいから、いちいち本音をいわなくてもいい」という相手をからかう意味としても使われた。
○ 晋善晋美:
「完璧である」という意味の成語「尽善尽美」をもじって、山西省が同省の別称「晋」を使って、観光誘致のキャッチフレーズにしたもの。「山西省は人々が善良で、風光明媚なよいところ」という意味で、広告などに使われた。
○ 咳不容緩/咳不容缓:
「一刻の猶予も許さない」という意味の成語「刻不容緩」をもじった。「刻」の字を、発音と文字が似ている「咳」に変え、「咳(せき)の病は長引かせず、ただちに治療しなければならない」という意味を表したユーモアのある言葉。せき止め、風邪薬の広告にも。
○ 喜大普奔:
「喜聞楽見」(大いに歓迎する)、「大快人心」(人を喜ばせる)、「普天同慶」(全世界がともに喜ぶ)、「奔走相告」(走り回って知らせ合う)という4つの成語を合わせた上で、簡略化した。通常「うれしい、喜ばしい」という気持ちを表す。
○ 累覚不愛/累觉不爱:
中国の大手 SNSサービス「豆瓣」(ドウバン)のBBSに、ある「95後」(1990年代後半生まれ)の男子がコメントを書き込んだことがはじまり。
そのコメント「很累,感覚自己不会再愛了」(とても疲れて、これ以上もう愛せない)を省略した言葉。転じて「もう好きではない。(物事を)これ以上したくない」という意味として、20~30代の若者たちに熱狂的に受け入れられた。
○ 説閙覚余/说闹觉余:
「其他人有说有笑有打有閙,感覚自己很多余」(ほかの人は話したり、笑ったりして、にぎやかにしているが、自分には余計である)という意味のフレーズの略語。
その出所は、20世紀前半に活躍した中国の詩人、朱自清の散文「荷塘月色」の一節「这时候最热闹的,要数树上的蝉声与水里的蛙声;但热闹是它们的,我什么也没有」(この時、一番にぎやかなのは、木の上のセミの声と水の中にいるカエルの鳴き声だ。しかし、そのにぎやかさは彼らのもので、私には何もない)から。
○ 細思恐極/细思恐极:
「仔細想想,覚得恐怖至極」(よくよく考えたら、ひどく恐ろしい)の略語。
……などがある。近年はやりのこれらは、1つか2つ以上のフレーズや慣用句などを省略して、成語の形をとっていることから「網絡新成語」(ネット新成語)ともいわれる。
スマートフォンやタブレット端末といったモバイル機器の普及により、中国のネット利用者数は2014年6月末時点で6億3200万人(前年末比2.3%増)に。ざっと見れば、人口のほぼ2人に1人の割合にまで増加している。
こうした中で“ネット新成語”が流行するのは、ネット利用者の増加はもちろんのこと、ネットの普及でさまざまな情報があふれ「スピード時代」といわれる昨今、SNSなどを通じてより速く、短い言葉で、多くの意味を効率的に伝えようとする、“スピード化”傾向の1つの現れなのだろう。
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■「子どもの作文がわからない……」
それにしても、ここへきてやや唐突な感が否めないラジオ・テレビ、広告のネット用語の禁止措置。ネット上では賛否両論が飛び交っている。
「勝手に作られた“新成語”は、文法的に間違っているし、一見してもよくわからない。歌詞からとられたものもあり、その出所がわからなければ理解できない」(対外経済貿易大学中文学院の楊宏挙教師)=中国メディア
「それはネット上で広まった、いわば即興語であり、ファストフード文化の一種。ランダムな遊びでしかなく、実用性より娯楽性が強くて普及させる価値はない。母語(祖語)を傷つけ、青少年の学習や文化の理解に不利益だ」(四川師範大学文学院の苗笑武教師)
「テレビをつけると画面には誤字や当て字が飛び交い、ネット上では広告に異体字(正字でない文字)や造語が氾濫している」(あるネットユーザー)
「ネット用語はネットの中だけにとどめて、正規メディアでは、正しい言葉を広めて中国語の純度を維持すべき」(大学生)
「いま、多くの子どもたちがネット用語を作文に書き込む問題が起きている。しかも教師や親がそれを読んでもわからない……」(学校教師)
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■「娯楽番組では緩和を」との提言も
一方で、禁止措置に疑問を呈する声もある。
「言葉の新しさ、生き生きとした感じ、親しみやすさを現すなど、流行語にもプラス作用がある。よりストレートに、ユーモラスに気持ちを表現することができる。また流行語は時代の流れに乗るだけに社会を反映する半面、変化が速いので、おのずと淘汰されていくだろう(規制する必要はない)」(ネットユーザー)
また、アモイ大学中国語学科主任の李無未教授(アモイ市語言学会会長)は、「言葉というのは決して型通りではなく、フレキシブルに進化・発展するものだ。広電総局は、主流のメディアと番組で基準化すべき。たとえば規制は(国営)CCTVのニュース番組では厳しくしても、娯楽番組では緩和すべき。このように規制したら、クリエイティブな言葉が生まれるのに不利なばかりか、ネットユーザーの独創性にもプレッシャーをかけてしまう」と懸念する。
こうしたある種の「箝口令」をめぐる議論に思い出すのは、ネット規制を強める中国当局が、ネットで個人の使用を不可とする約830語のキーワードをリスト化し、規制を指示していたとされるニュースだ(「産経新聞」2013年8月10日付)。
指導者や反体制活動家らの人名をはじめ、発音や字の形が似ている言葉も対象とされた。「人権」や「デモ」、「購島」(日本政府の尖閣諸島国有化を指す)もリスト入りしていたという。
漢字の国で、成語をはじめ「諧音」(同じ発音、または同音による語呂合わせ)、「歇後語」(なぞかけ言葉)といった言葉の文化が豊かな中国。
テレビ・ラジオなどでネット用語を禁止した、表向きの理由としては「言語文化を守り、標準語を徹底させる」ことだろうが、本質的には、暗号や隠語を使うネット民たちの体制批判を恐れている?
議論がヒートアップすれば、事と次第によっては通達が見直される可能性があるのかどうか? ネット上の論争を注視したい。
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