アジアを茶旅して 第26回

投稿者: | 2023年12月1日

バンコク 潮州人の老舗茶荘は

 

バンコクの老舗茶荘については、既に第20回第21回で福建系茶荘を紹介しているが、今回は潮州系茶荘について触れてみたい。なぜ潮州系かというと、バンコクは他の東南アジア主要都市とは異なり、少なくとも華人の半数以上が潮州系という特別な街でありながら、そのマジョリティーと茶について知る機会はあまりない。

バンコクのチャイナタウンは通称「ヤワラー」と呼ばれており、現在のバンコク王朝設立に貢献した華人が国王から土地を与えられ、住み着いた場所だという。それから200年以上が経ち、今も多くの華人が暮らしているが、同時にバンコクの一大観光地ともなっており、タイ人や外国人観光客が闊歩している。

今回ご縁があって、その中心に位置する林銘記というお茶屋さんに向かった。実は林銘記茶行には十数年前から何度も行っている。それはヤワラーの中では、目立つ場所にあったからで、この並びにある林明記、そして一番有名な三馬と合わせてヤワラーには茶荘が3つしかないかと思っていたほどだった。その後福建系の茶荘をいくつも探し当てたのだが、最初に訪ねた3つは潮州系だったということを後から知った。それは潮州人が多いバンコクでは当然のことだったかもしれない。

林銘記店舗

林銘記に本格的に興味を持ったのは、台湾包種茶の歴史を学んでいる時、ふと店の看板を見ると「南港茶」の文字が目に入ったことから始まる。南港と言えば、台湾包種茶発祥の地と言われるが、日本統治時代、既に茶畑は減少傾向にあり、今では山沿いに茶畑と小規模茶農家が残るのみ。包種茶好きな台湾人でさえも南港と言えば国際展示場、包種茶は坪林、となってしまう。

ただ南港茶と書かれたお茶を買ったところ、店のお母さんは「これは台湾の茶ではないよ」と素っ気ない。理由を聞いても、はっきりしなかった。恐らくは昔は台湾から輸入していたが、今や輸入茶はなく、微かにブランドだけがタイと包種茶の繫がりを示しているように思われた。

林銘記の看板「台湾南港茶」

林銘記5代目のMacco(中国語名:黄龍祥)に話を聞いた。彼は35歳の若手経営者だが、一族の歴史に興味を持ち、色々と調べていた。林銘記の創業者は100年以上前に潮州からタイに渡り、茶業を始め、店を開いたというからタイでも最も古い茶行の一つだろう。前述の林明記もその一族だから、かなり手広く茶業をしていたのだろう。そして1920‐30年代には、台湾から潮州茶商の手で多くの包種茶がタイに持ち込まれ(台湾側資料に何人もの潮州茶商の名前がある)、林銘記もそれを大量に商ったであろうことは、十分に想像できる。

林銘記5代目のMacco

そして戦後、Maccoの祖父の代までは台湾茶を商っており、南港茶の名称が看板に残されていたと考えられる。尚看板には武夷水仙茶や安渓鉄観音茶などもあり、輸入茶中心の商売だったことも分かる(半世紀以上前タイの茶生産はごく僅か)。ただ50年ほど前には他の東南アジア諸国同様、タイでも反共の影響もあり、中国文化を排除、欧米文化を取り入れる流れの中で、コーラやコーヒーが飲まれ始め、茶業は徐々に衰退していった。同時に高価な輸入茶から、タイ北部産の茶葉に切り替えが行われた。これはタイ北部でケシから茶栽培への転換が始まった時期と重なる。

実は林銘記の店の隣はあのタイ茶で有名なChaTraMueという会社が店を出していた。ロゴに創業1945年とある。この会社も林一族の人間が始めたと聞いて、妙に納得する。8年ほど前タイ茶の調査で訪ねたことがあるが、確かにオーナーの苗字は林、潮州系華人だった。しかもその時の写真を林銘記で見せるとMaccoのおばさんたちが「なんでうちのお父さんの写真があるの」と驚いていた。親族だが普段はもう付き合いはないのだろう。

チェンマイでも人気のChaTraMue

「タイ茶」とはタイの街角のスタンドでよく売られているオレンジ色のミルクティー。「タイ人が好むお茶を作れば大きな市場になる」との考えから、林一族の第3世代の一人が試行錯誤の上タイ茶を考案。これが安くて美味しいとヒットして成長した。今ではタイではどこでも見かけるブランドであり、日本人にも馴染みが出てきた。

その茶工場は30年前、茶葉調達に一番適した場所を探して、チェンマイとチェンライの中間地を選んだ。「原料となる茶葉はタイ北部のチェンマイやチェンライ郊外、ランパーンやメーソンホーンの茶農家から直接運ばれてくる」と聞いたが、先日訪ねたチェンマイ郊外のミアン(食べるお茶)を作る村で「茶樹の上の方の葉は緑茶や紅茶用、真ん中はミアン用、一番下の大きくて堅い葉がタイ茶用だ」と教えられた。なるほど如何にも華人らしい、一番安い茶葉を使い、コストを抑えた商品作りをした、その知恵の一端を見た。

現在のタイは経済成長を遂げ、安価よりもむしろ品質の良い、健康茶などが求められている。アイデアマンの潮州系、林銘記のような老舗茶荘が今後どのような茶を市場に供給していくのかにはちょっと注目していきたい。

林一族 茶の商標

 

▼今回のおすすめ本

潮州人 華人移民のエスニシティと文化をめぐる歴史人類学
広東省の潮州・汕頭地域にルーツを持つ彼らは、華僑・華人を代表する言語集団の一つとして、世界に活動の場を広げている。本書は、移民する彼らの動態と文化の変容を各地の事例から報告し、「潮州人とはだれか」に迫る、初の論著である。

 

 

 

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須賀 努(すが つとむ)

1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。コラムニスト/アジアンウオッチャー。金融機関で上海留学1年、台湾出向2年、香港9年、北京5年の駐在経験あり。現在はアジア各地をほっつき歩き、コラム執筆中。お茶をキーワードにした「茶旅」も敢行。
blog[アジア茶縁の旅]

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