香港本屋めぐり 第24回

投稿者: | 2023年11月7日

閲読俱楽部(ユッドッ コイロッボウ)

 

この連載の第13回で「七份一書店」を紹介した。恒久的な書店ではなく期間限定、かつ1つの本屋を複数の店長で運営するプロジェクトだ。この仕掛け人の荘国棟さんへの取材時、筆者は「あなたは書店店主というより、プロデューサーですね」と言うと、彼は「いえ。自分はインキュベーターだと考えています」と答えた。
インキュベーターとは、他の人の起業を支援する人・組織という意味だが、当時から「この『七份一書店』を跳躍台として新たな書店が生まれるはず」と確信していたのだろうか。
そして、まさにその言葉通り、七份一書店の「卒業生」の書店開設が現実のものとなっている。
本連載第14回の「界限書店」しかり、第16回の「獵人書店」しかり。そして今回取り上げる「閲読俱楽部」もまた「七份一書店」が生み出した新しい書店だ。

 

▼築60年のビルの中に広がる静かな空間

「閲読俱楽部」のあるビル

この書店の存在を知り最初に訪ねた時、「『七份一書店・大南街店』が使っていた物件のあとに入ったのだな」と勘違いした。たしかに同じビル・同じフロアだが、七份一の向かい側だった。
実は、七份一書店をこの連載で紹介したあと、新たな展開があった。
2022年の7月から12月の半年間、九龍半島の深水埗にある「Wontonmeen」というホステルと協力し、「泊まれる本屋」——「七份一書店@Wontonmeen」が運営されていた。主にアート系を中心とした古本を扱う店で、ここも7人の「店長」が各自の書架を管理する形態だった。その中の1つ、「文青信箱」を運営していたのが、「閲読俱楽部」の店主・メロディーだ。

「七份一書店@Wontonmeen」時代の「店名(書架)」プレート

▼SNSからリアルな書店へ

「文青信箱」はもともとFacebookのページだった。学生時代、メロディーがボーイフレンド(現在の夫)と立ち上げたもので、2人が読んだ本や観た映画の感想を綴っていき、徐々にフォロワーも増えていった。
大学卒業後、彼女は編集の道に進んだ。出版社・雑誌社、そして香港の芸術系イベントの運営会社の中でエディターとしてキャリアを積んでいったが、やるべきことのあまりの多さに、一旦休もうと考えて退職。そのタイミングで「七份一書店@Wontonmeen」のことを知り、メロディーはこれに応募して「文青信箱」という書店内書架の運営者となった。
2022年の末にこの「泊まれる本屋」のプロジェクトが終了したあと、メロディーは自分の好きな文学書を中心とした書店の立ち上げを決意し、2023年6月に「閲読俱楽部」を開店した。

店主のメロディー

▼スペースが主人公

この書店に入ってみると、他の書店との大きな違いに気づく。通常は、書店の中央にも本棚が並んでいたり、大きなテーブルが置かれその上に本が平積みされていたりする。しかしこの書店はがらんとしている。書架が壁に並んでいるだけだ。
書店の面積は80平米程度。店に入って最初のスペースには本棚とメロディーが陣取るレジのコーナーがあるだけ。メロディーはここでいつも、インスタグラムなどで本の紹介をすべく、書評を書いている。
奥のスペースの一角には絨毯が敷かれ、座卓とクッションが置かれている。ここで心ゆくまで本を読み、仲間と語り合ってほしいというのだ。

本が主役の店内空間

インスタグラムに彼女は次のような趣旨のことを綴っている。
「本屋に入って本を買わずに本を手に取るだけ。それでいい。恥ずかしがるには及ばない。申し訳ないと思ったり商売の邪魔をしているとか思わないで。ここで皆で語り合ってほしい」。

立ち読みだけ。あるいは絨毯に座って本について語り合うだけでも大歓迎だというわけだ。本屋の客としてはとても嬉しいことではあるが、ビジネスモデルとして成り立つのだろうかと尋ねてみた。
「成り立ちませんよ、全然。でも、書店を開いたのはお金儲けのためではないですから。収支均等であればいいのです。ある意味で、それがビジネスとしても目標です」。

その収支は、開店から現在までどうなのだろうか?
「毎月赤字ですよ。香港で本屋を開いて本を売る。赤字は当然なのです。問題は、その赤字がどの程度かということ。現時点で、支出に対して利益は7〜8割というところです。でも、この7〜8割は予想より多い。半年から1年かけて、そのあたりまで持っていければと考えていたので、現状には満足しています」。

 

▼スペースを活用してのイベント

絨毯と座卓のあるスペースでは、開店以来さまざまなイベントが開催されてきた。例えば、
・香港の2人の作家——韓麗珠と謝暁虹の往復書簡を編集し、台湾で出版された『雙城辭典』の読書会。
・ポーランドの詩人・ヴィスワヴァ・シンボルスカの作品をめぐる読書会。
・映画化された『ドライブ・マイ・カー』を含む村上春樹の短編集『女のいない男たち』をめぐる読書会等。

この書店のイベントの参加費は他店に比べてかなり安く設定されている。イベントの内容にもよるが、書籍をめぐるトークショーは100香港ドル(2023年10月末現在で約1,900円)あたりが相場のところ、閲読俱楽部はおよそ半額だ。その訳を尋ねてみた。
「まず参加してもらうことが重要なので、ハードルを下げなければなりません。参加費には書籍購入券を含めることもあります。ただその券の額面は1冊を買うには足りない。なので、そこに幾らかを足してもらって、客が本を買うように仕向ける(笑)わけです」。
毎回のイベントは、ほぼ定員いっぱいの参加者を集め、年齢層も中高生から高齢者に至るとのことだ。

詩集『維多利亞港的野豬』(ビクトリア・ハーバーのイノシシ)の著者・詩人の呉智欣さん(左3)を囲んでの詩をめぐるディスカッション・イベント。2023年10月開催。

▼経営のパートナー

書架には「獅墨書店」「藝跡文化」というプレートが掲げられているものがある。かつて「七份一書店」に参画していたグループで、今はネット販売を続けながら、この閲読俱楽部内に「リアル書架」を設けているという形だ。「獅墨書店」は歴史書がメイン、「藝跡文化」はアート系が主で、メロディーの「文学書」とは重複せず、書店自体に彩りを添えている。

「獅墨書店」のコーナー

イベント開催のスペースの壁2面いっぱいに大きな絵が描かれている。メロディーは当初、何人かの画家に創作を依頼したが、出てくるアイデアが彼女のコンセプトと微妙にずれがあった。そこで、芸術家でもある「藝跡文化」のメンバーに話したところ「私たちが描きましょう」となり、海をテーマとした作品が出来上がった。

▼今後の展望

書店の取材の最後に、必ず「今後の展望は?」と尋ねる。メロディーは「具体的な展望というものはない」としながら、次のように答えてくれた。
「赤字がこのまま続いたなら、いつかは店仕舞いしなければなりません。でも、収支均等に持っていけたら、続けていきますよ。ただ、収支だけではなく、大きな社会的環境も考慮しなければなりません。書店経営というものに制限が加えられるなら、別の話になってきますが、そうではない限り、『続ける』ことが展望と言えるかもしれません」。

これまで取材してきた書店では、幸いと言うべきか、店仕舞いしてしまったところは少数だ。家賃高騰で継続が難しくなっても、新たな店舗に移転して経営を続けているところも数軒ある。閲読俱楽部も香港の読者のために、気兼ねなく本について語り合える空間を提供し続けてほしいと願うばかりだ。

(取材日:2023年10月20日)

 

▼メロディーのお勧め

『孖鋪』

著者:汶禧

出版社:見山書店
初版:2023年5月
ISBN:9789887588450

 

著者は大学生。理系の学部で学んでいたが、文学が好きすぎて、あらためて大学入試のための共通試験を受け直し、他大学の文学部に再入学。現在、見山書店で持ち回りの1日店長を務めている。「孖鋪」は、例えば家が狭く1つのベッドに致し方なく2人で寝ること(男女関係は指さない)。
著者が書店の店長の視点で見た日々のなにげない出来事を綴ったエッセイ集。メロディーは「政治や社会的課題の本に注目が集まる中で、この『孖鋪』のような暮らしに密着した本も読まれるべきだ」と語った。

 

▼書店情報

閲読俱楽部
住所:九龍 深水埗 大南街 203號閣樓
定休日:月曜・火曜(2023年11月現在)
インスタグラム:https://www.instagram.com/abc.abookclub/

獅墨書店
インスタグラム:https://www.instagram.com/lionsinkbooks/

藝跡文化
インスタグラム:https://www.instagram.com/mi.spacium.culture/

 

Google Map 香港本屋めぐりMAP

 

写真:大久保健

―――――

大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。

LINEで送る
Pocket