中国語学術書を日本語へ翻訳する場合の問題・下

投稿者: | 2023年10月13日

――陳致『従礼儀化到世俗化─『詩経』的形成─』(訳名『『詩経』の形成――儀礼化から世俗化へ』)の翻訳で感じたこと

湯城 吉信

(編集部注:「中」の「■【訳出に伴う問題―特に漢字に関する問題】」に続く)

〔そのまま使っても日本語として意味が通じそうだが注意を要するもの〕
○件(青銅器を数える量詞)…点 *日本語でも助数詞の「件」があるが、(物体ではなく)「事柄」を数える場合に使う。日本の専門書でも「件」を使っている場合もあったが、一般的には「点」が使われていると判断し「点」で統一した。
○常見…多く見られる(ごく普通の、極めて一般的な) *「常に(100%)」ではない。
○開拓性研究…先駆的研究
○今(地名の)…現、現在の
○属於~…~のもの *「~に属す」とは訳していない場合が多い。
○原初字義…原義(最初の字義)
○晩期…末期
○晩期…(世紀の)終わり *ただし、専門用語だと要注意。
○早期…(世紀の)初め *ただし、専門用語だと要注意。
 *日本語の通りを考えて、原文の「早期」は「初期」、原文の「晩期」は「末期」と訳していた。ただ、西周の研究では、通常、「早期・中期・晩期」と分けられるそうである(佐藤信弥『周―理想化された古代王朝』(中公新書、2016年)9頁)。この「早期・中期・晩期」が専門用語として確立しているのであれば、本翻訳でもこのまま使う方がよいのかもしれない。だが、原文の「早期」は、ふつうに「初期」という意味の場合もあるようなので、なかなか判断は難しい。以上のような考察を経て、結局本書では適宜判断し、統一を図ることはしなかった(できなかった)。
○含義…意味 *底本70頁では「含意」にした。
○祭品…供物
○事務…業務
○俗世界…この世の中
○字面之義…文字通りの意味 *「字面」をそのまま使ってもよいが日本語では別の意味もある。
○偏離…逸脱する
○形体…大きさ(文脈から)
○本文…本書
○両部(文字の構成部分)…二つの部分
○組成(文字)…構成される
○沿用…踏襲する
○負責…担当する
○翔実精密…精確
○数見…散見される
○転型…変容(転換)
○創制…創設
○同時進行…同時に行われた *日本語で「同時進行」は状況が限定的。
○伴随物…欠かせないもの
○前挙…上掲
○一二…一端
○真正…実際
○繁盛情況…盛況ぶり
○表達…表現(言い方)
○識別…認識
○象形字符(原文英語「portrayal」=描写)…象形字体
○猶予不決(原文英語「hesitated between」)…揺れ動いた
○名称(原文英語「designation」=名称、任命、命名…命名(どのように名づけられたか、成り立ち
○層次…レベル
○所従言旁(繁体字版は「它有一個偏旁(言べんのこと)」)…言偏の方は *意訳。
○口頭…口述の
○浪潮…潮流
○衆神…諸神(あるいは「諸々の神」)
○宴享…饗宴
○演奏楽器…楽器演奏
○可信的…信用できる(信憑性のある)
○表明…明白に(はっきりと)示す
○矛盾…対立
○関注焦点…関心の焦点
○成就…功績、成果
○功能上…機能の上で
○功利(原文英語「utilitarian」)…実用本位(現実重視)

〔論文の叙述に関わる表現〕
 参照を示す「見~」「参見~」(英語版ではおおむね「see~」)は「~参照」に統一し、これらの語がない場合はそのままなしとした。表現の違いが状況の違いを反映するものとは見えなかったためである(1)
○換言之…言い換えれば(言い方を換えれば、別の言い方をすれば)
○如此一来…そうして
○有所反映…確認する(見る)ことができる
○値得一提…特筆すべき
○陳陳相因…旧態依然とした
○界定…定義する
○余按…私が思うに
○不可考…知ることができない
○一脈相承…~と通じる、継承した
○語渉不経…正しいとは言えない *「常軌を逸している」などはきつすぎる。
○値得懐疑…疑問がある
○有必要再作思考…再考を要する
○如下所示…例えば、以下のようである。
○因此…以上より
○総而言之…要するに
○不排除…ないわけではない
○後起…後出
○更値得注意的一点是…さらに注目すべきことは *量詞は多くの場合、省いた。
○既然如此…以上のようだとすると
○接下来…続く
○不接受(説法=学説)…受け入れない
○闡述…「闡明する」という日本語もあるようだが、「説明する、明らかにする、主張する、展開する」あたりでよいと思う。
○徴之以~…~を確認すれば
○窃以為~…筆者は~と考える。
○具体語境…実際の文脈
○推断…ママ *「推測」でもいいだろう。
○総之…要するに
○無法体現出来…明らかにならない
○証実…実証(検証)する
○極為少見…きわめてまれである、ほとんどない
○還面臨一些難以解決的問題…やはり無理がある
○牽強…無理な
○不在本文的討論範囲之内…本書の研究範囲を越えている
○作了進一歩論証…さらに論証を進めた
○看成…見なし
○学者們提出了両種不同的意見…学者たちの見方は二つに分かれている
○表明~…~であることがわかる
○学界有不同的意見…学界では意見(見方)が割れている
○居~首…~の筆頭だ
○意在~…~を目的とする
○或為(原文英語「must be」)…おそらく *中国語と英語の間を取った。とにかく「推測」を表す。
○用以冠之于~(原文英語「designate」)…でもって~を指すようになった
○似乎譲人難以置信…信じられない人がいるだろう
○看来~(冒頭)…~のようだ
○我們知道~…周知のように~
○申論…論じる
○亦有微異…若干改めたところもある
○不解其意…意味が不明だ
○似指~…~を言うようだ
○其後文曰…以上の続きは
○詳見~…詳しくは~を参照されたい
○後引…後掲
○旧解…従来の解釈
○開篇…冒頭に
○対読…いっしょに(対比して、セットで、ともに)読む(合わせ読む)
 cf.対比(比較する)、比対(比べる)
○望文生義(成語)…実際の意味から外れている→穿ちすぎ(牽強付会)
○比較値得玩味者是…興味深いのは
○前挙…上掲
○用以代指~…引いて~することもある
○説各不同…説が割れている
○皆常用…みな常用される
○無非…他ならない
○一個可以譲人接受的解釈是~…~というのが説得力のある説明であろう。
○就筆者所知…筆者の知るところでは(管見の及ぶ範囲では) cf.就筆者対~的了解
○以此看来…このように見れば(そうすれば、以上のように見れば)
○多数…だいたいは
○自然会譲人認為~…~と考えるのが自然であろう→~かもしれない(作者は別の考えを持っている(後述)ので)
○没有疑問…確か
○一直被認為~…従来~と考えられてきた
○有理由認為~…~とするのが妥当である(原文英語「It is reasonable to speculate that」)/~は明らかである
○重作考察…あらためて考察する
○無疑~…~であることは間違いない cf.顕然~…~は明らか
○下表…ママ。 *あるいは「次の表」。
○懐疑(原文英語「suspect」)~…~ではないかと思う
○這是因為:(原文英語「considering that」)…それは以下のことからわかる。 *「なぜなら」ではなく「根拠」(~を考えれば)。
○加以質疑…疑問視する
○並不必然地譲人懐疑它的重要性…その重要性を疑う必要はない
○正好相反…その反対に
○只能証明~…~ということがわかる
○一無例外地(原文英語「unanimously」)…例外なく
○也許会削弱或否定…見直しを迫られるかもしれない
○正如前文所論…すでに論じたように
○也超出了本文研究的範囲…本書の研究範囲も越えている
○争論不休…ずっと論争が続いている
○但不管怎様…ただどうであれ
○出于~的考慮…~という意図から
○相反…それとは逆に、それに対して *「却~則~」などに多用しているので差別化したい。

 以上、中国語のままではなく日本語として表現を工夫した(改変した)例を挙げてきた。以下、専門用語について述べたい。簡潔にその用語を表した専門用語で、日本人が見てもその意味がわかりやすい語はそのまま使うようにした(そのままの語を挙げて、後に[ ]で説明を補った場合もある)
 日本語で相当する語があればそれを使うべきであろう。ただ、日本語に相当する語がない場合には使わざるを得ない場合がある(本来、外来語が取り入れられるのはこのような場合であろう)
 一方、「半神半人」や「精美」は、日本語にはないかもしれないが、簡潔・的確で変更したくない(そのまま使いたい)と思った語である。だが、調べてみると、日本語にも見つかり、自らの無学を痛感するとともに日本語の豊かさを再発見する機会にもなった(当然、ともにママとした)


〔専門用語〕
 以下、中国語の原語を日本語として使ってもよいと思ったものを挙げる(実際にはほぼ採用しなかった)


○伝世文献=出土文献に対して、従来、書物の形で伝わっている文献。…ママ。これは日本でも定着しているであろう。
○初文(最初の字形)…ママ。初文[最初の字形]と表示。
○釈読…ママ。
○箋注…ママ。箋注[注釈]と表示。
○音近而借…音近くして借る(発音が近く仮借関係にある)
○形近而借…形が似ていることにより仮借関係にある
○動賓結構…「動詞―目的語構造」としたが、「VO構造」「動賓構造」もあり得る。
○字義…ママとしたが「意味」でもよいかも。
○旁(漢字の部分)…部分
○衍文…ママ。
○貞問…ママ。貞問[占って問うこと]と表示。
○標点…句読
○舞制…舞踏形式
○残泐…残欠
○楽制(2)…音楽制度 *これをそのまま使う専門書もあるようだ(渡辺信一郎『中国古代の楽制と国家――日本雅楽の源流』など)。
○舞節…楽章(一まとまりの単位)
○古史資料…古史料
○残片…破片
○遺留物…残留物
○和諧旋律(原文英語「concerted melodies」…合奏の中心となることを言うはず)…調和のとれたメロディー(「楽曲のメロディーを決定する」としてもよいかも)
○残跡…残骸
○估計…推測(見積もり)
○腹部(容器の)…ママにした。「胴体部」でもよいかと思う(三字は嫌だが)
○初始含義…原義
○鐘身…ママ
(鐘の)懸縄…吊り縄
○衍生(文字)…派生
○祭楽…祭祀音楽
○歌者…歌い手
○頌詞…祝詞
○内涵和外延…内包と外延 *内的(内に含む)意味と外的(外向きの)意味だろうが、論理学の用語なのでママにした。
○拼成(原文英語「reconstructs the spelling of **** as」)(*発音を推測すること)…推定
○審美風尚(原文英語「aesthetic fashion」)…美的風格
○表演…演出
○口頭文本(原文英語「verbal texts」)…直訳「口頭のテキスト」→口述される文言
○占卜記録…占いの記録
○語境…文脈(言語学の専門用語として使っているなら「コンテクスト」)

■おわりに

 以上、本稿では、私が中国の学術書を日本語に翻訳する過程で感じたことをまとめた。
 最後に、訳語選定に苦労して強く感じた「日中の漢語の意味のずれ」について述べたい。
 漢字は本来「表意文字」であり、時代や地域を越えて意味を共有できる普遍性を持つ。そのため、近代以前には中国から大量の漢字語が日本に流入し、近代以後には日本の漢字語(近代翻訳語)が中国に輸入されるという流れもあった。意味は「通用」していたのである。だが、このような通用性は今は基本的にはない。「電視台」(テレビ局)や「電脳」(パソコン)など一部、中国語の漢語が日本でも通用すると思われる語もあり(ダウンロードを表す「下載」もそうなるかも)、日本料理に関する語が中国でも通用する例はある(「~料理」、「丼」を「dong」として中国語化するなど)。また、学術の専門用語においては、中国の言い方を日本でそのまま用いる例もある。「伝世文献」「釈読」などは結果、日本でも市民権を得た語であろう。
 ただ、以上のような例はきわめて少ない。各国が「自国の文化」を尊重する現在では、他国の語を援用することは奨励されないことだからだ。また、もちろん各国でそれぞれ漢語の用法・意味が独自の変化を遂げているということもある。訳出の場合、特に注意が必要なのは、褒貶など価値観を伴う語、指す範囲に違いがある語である(例えば「有事」は中国語では単に「用事がある」だが、日本では戦争の有事を指す場合が多い、など)(3)
 今では意識する人はほとんどいないだろうが、通貨の元(中国)、ウォン(韓国)、円(日本)はいずれも「圓」に由来する。漢字文化圏も今や漢字を共有することを忘れ、それぞれが独自路線を歩む時代になっていると言えるのかもしれない。

〔付記〕 2023/10/27追記

 2023年9月22日、香港浸会大学において、「東西方学術中的詩経──日訳陳致『従礼儀化到世俗化―詩経的形成』的感受」という題で、本稿の内容を中国語で講演した(香港浸會大學國學院主辦十五場「早期歐亞文明交集研究」(Early Encounters Between Europe and Asia)系列講座。URL:https://hkbutube.lib.hkbu.edu.hk/st/display.php?bibno=BTS-101111https://www.bilibili.com/video/BV12F41117cV/?spm_id_from=333.999.0.0。その中で、陳致氏に直接疑問点を確認でき(繁体字版は簡体字版(底本)に先立つなど)、聴衆からも多くの質問をいただいた。
 ある聴衆から、「今後、中国と日本で新しい漢字語を共有することは可能だと思うか」という質問をいただいた。私は、「現在、中国でも日本でも社会で使われるようになったことばが定着している。共有するには、政府の機関が決めるなどの体制がないと無理だろう(ただ、そういう強権的なことは望まれないだろう)(残念ながら)日本では昔は中国に憧れがあったので積極的に漢語を取り入れた。今は西洋(英語)にコンプレックスがあり、そのことばを外来語としてそのまま取り入れる風潮があるので難しいだろう」と答えた。自分ながらにべもない答えをしてしまったと思う。ただ、その後、付け加えたかったと思ったのは、「日本と中国がお互いを尊重しあう風潮が生まれれば、自然にそうなるのではないか」ということである。お互いの個別性・違いは尊重しつつ、普遍性・共通性(要するに「通じ合う」)ことを目指す状態になることを祈りたい。

【注】

(1)私の場合、「~に見える(ある)」は、そのものが見える場合(多くは出典表示)に用い、「~を参照されたい」は、関連記述が見える場合(多くは関係研究の提示)に用いる。ただ、底本ではそのような違いはなかった。その他、参照を表す表現には以下のようなものがあった。
 ○另可参見~(原文英語「see also~」)…その他、~を参照されたい。
 ○還可参見~…その他、~を参照されたい。
 ○参考了~
 ちなみに、私が学生の頃、「~を見ろ」と書いて、指導教官に「命令するな。『~に見ゆ(見える)』と書くように」と諭された人がいたことを覚えている。

(2)中国語の特徴として二字熟語が多い。本書に見える二字熟語であまり一般的に見ない用語は作者が四字熟語を二字に縮めたものが多い。例えば、以下のようなものである。
 「初民」<「初期民衆」
 「用楽」<「使用音楽」(日本語:音楽使用)
 「楽式」<「音楽形式」 *専門用語として熟しているようだが。
 「楽制」<「音楽制度」

(3)一方で、中国らしさを感じる語として、「領導」「控制」がある。「領導」は、日本語でも「指導して統率すること」という意味であるそうだが、滅多に見る語ではないだろう。一方、中国では共産党が人民を「領導」するという使い方で頻出する語である。「控制」(コントロール)も、中国がうまくコロナウイルスを抑えたという場合によく使われていた語である。本書において「領導」が見えるのは以下のような箇所であった。
 「負責監察武庚領導的殷商遺民以及一些商代東部地区的重要封国。」(第四章 第四節(一))
 「周成王便領導周民継続向東拡張至…」(同上)
 「周公本人領導了東征淮徐的平叛活動。」(第四章 第四節(二))
 これらの箇所においては、「領導」は「率いる/導く」と訳した方が日本語らしいのではないか。

『『詩経』の形成』

『詩経』の形成 儀礼化から世俗化へ

陳致 著
湯浅邦弘 監訳
湯城吉信,古賀芳枝,草野友子,中村未来 訳
出版社:東方書店
出版年:2023年06月
価格 6,600円

(ゆうき・よしのぶ 大東文化大学)

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