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日本ビジネス中国語学会
 
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微観中国  (36)「中産階級」は覚醒したか 「雷洋事件」が広げた波紋
   
     
 

秋に出版予定の新著のため、ここ数カ月本コラムの執筆を休んでいた。この間中国社会では多くの事件が発生したが、中でもネット世論を含め大きな話題となり、やや旧聞に属するものの、5月に発生した「雷洋事件」を取り上げたい。
事件はVOAなどによれば、以下の様な経緯だ。

北京市昌平区に住む雷洋という男性(29歳)が5月7日、警察の取り調べ中に急死した。警察は当初、雷洋を買春の疑いで派出所に連行、取り調べ中に体調が急に悪くなり、病院に搬送したが急死したと説明したが、この説明に遺族や世論は疑いを抱いた、
雷洋は中国人民大学環境学院の出身で、家族や同窓生によれば、当日夜9時に家を出て、北京空港に親戚を迎えに行った後行方不明となり、翌日未明に警察から死亡が伝えられた。3年前に結婚し、事件のあった日は結婚記念日だった。
昌平区公安局は9日、微博に「7日午後8時過ぎ、通報を受け同区内の足裏マッサージ店で売買春の疑いのある6人を捕まえた。警察がこのうちの一人雷洋を連行し取り調べようとしたところ、逃亡を企て、警察は強制措置を取った。その後公安機関で取り調べ中に体の不調を訴え、病院に搬送したが亡くなった」と発表した。
だがこうした説明には証拠が挙げられておらず、何万ものコメントがネットで寄せられた。その多くは警察の説明に対する疑問で、空港に迎えに行く途中に買春するのは不自然で、警察の法執行について何ら記録が示されておらず、信じがたいというものだった。
上海のネットメディア「澎湃新聞」は、雷の父母が遺体を見た時、頭部に多くの傷があり、唇にも血痕があり、衣服や遺物がどこに行ったのか分からなかったと報じた。

     
     
     

 

 

中国の友人によると、従来こうした警察の暴力の被害を受けるのは、露天商や農民など比較的貧しい層の人々だった。だが今回は人民大学を卒業し中国の政府機関に勤めるエリートが突然、被害者となったことで社会の中軸として活躍する中間層の強い怒りを買ったのだ。
当局は中国中央テレビで警察官と「売春婦」の証言を放映、さらにその地区の監視カメラや、警察官所持のビデオカメラも壊れていたと説明した。こうしたやり方は雷洋の同級生や同窓生の憤激を招き、5月11日、「中国人民大学88級の学友」の抗議文書がネットで発表され、ソーシャルメディアで拡散した。主な内容は次のようなものだ。

     

「中国人民大学88級の学友」の抗議声明
 

人民大学05級(2005年入学)の雷洋が5月7日晩突然死亡したことに、我々は驚愕し、悲しみと怒りを感じている。
雷洋はわが校の環境学院の学生で、2011年修士を修了し、中国循環経済学会で働き、現在国民が最も関心を持つ環境や生態の問題の研究に取り組んでいた。結婚1周年でしかも子供が生まれたばかりで、父母を空港に迎えに行く途中突然亡くなったのだ。
昌平区の警察は、雷洋は足裏マッサージ店で買春をした後警察に逮捕され衝突、「強制的に拘束」された際、病院に運ばれた時には呼吸が停止していたと説明した。
だが人の情からみて、父親となったばかりの青年が空港に迎えに行く途中に買春をするとは信じられない。警察は200元の買春費用を払ったという一方的な説明以外には一切の証拠がないのに現行犯逮捕したとしている。さらに理解できないのは、警察は派出所に通報があった後に3人の私服警察が雷洋を取り押さえたとしている。だが派出所の警官は正式な制服を着用し法執行する必要があり、その全過程は録音機器を使用し、厳格な規定に基づいて証拠を得なければならない。だが昌平の警察がこのような対応を取らなかったことは、深刻な違法行為である。
昌平の警察の様々な取り繕いの説明に、我々は非常に怒りを覚えている。彼が思いもよらず亡くなった経緯を振り返れば、もはや思いもよらぬどころか、むしろ普通の人、都市の中産階級を対象にした、抜き打ち的な悪行と言うべきものだ。しかもこうした悪行は日々発生している。それゆえ、雷洋が買春をしたかどうかにかかわらず、彼はいかなる犯罪行為にも関わっていない。たとえ彼が我々普通の人間同様、道徳的な瑕疵(かし)があったとしても、その罪は死に至るほどではない。たとえ彼が強制措置に満足せず、公務を妨害したとしても、裁判を経ずにその場で処刑されるべきではない。
雷洋の学校の先輩として、我々は改革開放の中で長年働き、学友は各専門分野で活躍している。改革開放から30年を経たのに、人心の安全と公民の権利が保証されていないことを痛感する。これは本来ならば習近平総書記が強調する『法による治国』という政治的な約束であり、警察が担うべき職責だ。
2003年の孫志剛事件を受け胡錦濤・温家宝政権は『ホームレスの収容と送還に関する条例』を廃止、13年に習近平は労働教養制度(当局が「社会秩序を乱した罰」として当事者を司法手続きを踏まずに強制的に労働教養所に送り、最長4年拘留する制度)を廃止、人々は裁判を経ずして公安機関に強制的に人身の自由を奪われる恐怖から逃れることができた。ところが警察が人身の権利を奪う状況は根絶していない。
雷洋の死は意外ではなく、制度がもたらした悲劇だ。我々は最高権力機関に雷洋の死因について独立した公正な調査を求め、張本人を厳しく処罰するよう求める。我々は最も基本で頼りになる人身の安全、公民の権利と都市の秩序を求める。我々は悪に対していつまでも我慢することはできない。

     


「孫志剛から雷洋:警察権の拡張と公民の運命」

 

孫志剛事件については、拙著や本コラムでも取り上げている。香港のネットメディア『端媒体』は「孫志剛から雷洋:警察権の拡張と公民の運命」という報道で、次のように論じている。

「かつて『買春』は警察が好き勝手に用いる『攻撃手段』であり(被疑者の)顔に泥を塗る手法だった。だが今回初めて、人々はこの警察の説明を受け入れず、真相を求め、雷洋の死の仔細を説明するよう求めた。
雷洋の人民大学の同窓生は公開質問状を出し、独立し公正な調査をするよう求めた。『結果がどうだろうと、我々は真相を追及しなければならない。さもなければ、我々が次の雷洋になってしまう』と彼らは主張した」
そして雷洋事件の真相を求め、大きな関心を集めたのは警察権力が拡大し、公民の権利が損なわれていることへ人々が抱く恐れだったとして、以下のように孫志剛事件を取り上げている。
「孫の墓碑銘には『この事件を鑑として、生命の重さ、人権の重さ、民主の重さ、法治の重さを心に刻むようしてほしい』と『生命を対価として中国の法治を進めた』と書かれている。孫志剛事件は、中国人権史における重要な事例であり、公民が警察権力の乱用に歯止めを掛けた努力であり、公民権利意識の普及だった」
さらに「当時の中国は、ネットが普及して間もなく、伝統メディアも黄金時期で、公民意識が勃興しつつあった。公民の権利に関わる大事件はネットを通じ社会で幅広く討議された」として、事件の解決に『南方都市報』などの市場化された媒体が大きな役割を果たしたこと、さらに滕彪、許志永など3人の法学者が全人代に建議書を発表。これを受けて温家宝が「収容送還条例」を廃止するなど、法学界も積極的な役割を果たしたことを指摘している。
だが、「法治が不明確な国家では孫志剛事件のような誤りを糾弾する仕組みはしばしば起きるものではない」として、その後も警察権力の拡大による事件が相次いだとしている。具体的には08年、遼寧省鉄嶺市の警察が北京の『法制日報』に押しかけ、「誹謗罪」で記者を拘束した「省を跨いだ記者拘束事件」などだ。
さらに13年の『南方週末』社説改ざん事件を機に、メディアの空間が狭まっていった。「大V」の取り締まり、「犯罪者」のテレビでの公開謝罪など、警察権拡大の勢いがますます明確になり、「騒乱挑発罪」が幅広く使われ(この罪を安易に用いて多くの人を検挙していることから「口袋罪」、つまり何でも入れられる袋のような罪と言われる)、中国のネット市民がいつでも被告席に座る可能性が出てきた、と指摘する。人権派弁護士に対しても、15年7月、全国的で全面的な弾圧が行われた。「正常な国家であれば、メディアと弁護士は本来警察権の暴走を防ぐ重要な力だが、中国では警察権の拡張、弁護士の弾圧、メディアの管理による衰退が進んだ」と批判した。
しかし、雷洋事件では、民衆は当局の世論誘導には乗らなかった。文章は「メディアは衰退したが、ネット世論の勢いは増しており、抑えこむことが困難な力となっている。さらに、10年間の啓蒙を経て、人々の認識も変化し、かつて公権力は『性』についてストーリーをこしらえれば、当事者に汚名を着せることができたが、この手段は雷洋事件では効果を失った」と指摘した。
つまり、2013年の大規模なネット弾圧で「大V」の薛蛮子らは買春の罪名を科せられ、テレビ番組で謝罪をさせられたが、雷洋事件では買春があったかどうかよりも、事件の本質、つまり雷洋はなぜ死んだのかということに関心が集まった。
文章は、「社会の追及、家族の堅持、弁護士の努力により、警察の態度も堂々としたものから徐々に変化、5月19日には北京市の微博が雷洋事件を高度に重視するとして『公安機関は事実を尊重し、法律を尊重し、断固として法に従って処理し、決して誤りを擁護しようとはしない』と述べた」と紹介。「世論の公権力に対する持続的監督により真相が明らかになる可能性がある。これらが、警察権力の拡大に対する有力な抑制策として、中国公民の権利の未来に関わっているだろう」と締めくくっている。

 

     
   

このように、世論の強い声に押され、当局も対応を変えた。5月29日のフランス国際ラジオによると、公安省は5月26日、人民日報、新華社など大手国有メディアやネットメディアの代表者を呼び、「どうやって世論を指導するか」について意見を聞いた。公安省は、雷洋の検視結果が一カ月程度で出ることや検察の調査結果も同じころに出ることを明らかにしたうえで、「民衆の関心にどうすればうまく対応できるか」に関心があると表明した。
これに対しメディア側からは、人民日報と新華社の法務担当記者が「検視結果は第三者を経て公表した方がいい」「事件をあいまいにせず、細部まで公表し公正・公開で臨んでほしい」といった意見が出たほか、新京報の記者は「検視官への取材も認めてほしい」、新浪微博の責任者は「事件関係の情報をネットから削除するのではなく、民衆の共感を重視すべきだ」などの意見が出された。
政府側からは、国務院新聞弁公室のネット審査担当者も出席、「(調査の)結果が出れば、ごまかさずに公表し、雷洋に罪を着せることもしない」と表明した。

今回の事件で世論が果たした役割について、『端媒体』でコラムニストの呉強は「まったく新しい中国の中産階級による政治が形成され、2003年以来の権利擁護運動に別れを告げた」としている。
呉は「今回の公開書簡は、初めて直接的に中国の警察暴力と職権乱用問題を指摘、初めて中産階級自身が、人身の権利が基本的な保障を得ていないことを集団で表現した」として、次のように記している。(カッコ内は筆者注)

 


「端媒体」呉強氏のコラム
 

今回の事件の背後には、中国の新興都市中産階級のかつてないほどの力の明示があった。彼らは同窓生のグループやソーシャルメディアにより動員、抗議し、1980年代と89年以降の2世代の学友の正義の訴えを結びつけ、まったく新しい中国政治―中産階級政治の上昇をもたらした。これは1989年の(天安門事件後)脱政治化した市場経済の中で、小規模な抗争だが、多くの“初めて”を産んだ。まず初めて同窓生の方式で体制内のエリートと社会のエリートの世代をまたがる動員をしたこと、初めてエリート大学のラベルを付けて新興中産階級の焦りと怒りを表現したこと、初めて大規模で直接警察の秩序に対抗し、中国の権威統治の核心である警察制度や警察暴力に挑戦したことだ。
過去十数年、中国の都市中産階級は徐々に拡大した。外資系銀行の2015年10月の統計では、中国は1億900万人が中産階級に入り、21世紀初めと比べ5倍となり、米国を抜いて世界最大の中産階級グループとなった。
彼らはこれまで、政治に対しては「沈黙し金を稼ぐ」ことで経済成長を合法性の根拠とする政権に支持を与えてきたが、ここ1カ月の事件は、彼らの集団的認識を変えた。中国の中産階級は政治的に覚醒した。
中国トップのここ1カ月の発言を見ると、中国政権が合法性を保つ基礎は中産階級からの支持へと転換している。
(中略)(習近平政権がメディア、弁護士、知識人、NGOなど民間の活動への弾圧を強めたことで)中国の権利擁護運動は終結したが、まさにこの意義において、過去1カ月の間に起きた事態はまったく新たな変化を示している。中国中産階級の抗争政治は自らの動員を開始、政治の舞台へと登った。人民大学88年度生の公開文書をシンボルとして、彼らは中国抗争政治に新たな枠組みを作った。
下層階級の運動と比べ、中産階級はより豊富な運動資源、社会ネットワーク、金銭、理論、遊説能力などがある。中産階級が一旦行動を開始すれば、彼らが韓国やその他の転換期の国家の中産階級同様、ニューメディアの技術や組織の利用に長けており、信念と意気込みにより階級の断片化を克服するだろう。
中国中産階級の潜在的政治エネルギーは許志永(前述)のような単純な権利を求める運動ではない。教育の平等、人身の自由や公民の権利を要求し、中産階級を主体とする抗争政治が動員を深め、公民社会自身の社会権力を強化し、言説と合法性を中心とする集団行動が、権利擁護運動を再び政治化し、新しい公民社会や中産階級政治の代弁者が、未来の中国の政治プロセスに影響するだろう。

     
   

ただ、こうした意見に対して、中国の中産階級はより保守的であり、民主化へ向かうとは限らないという指摘もある。その代表的な例が『フィナンシャル・タイムズ』(中国語版)が6月8日に掲載した、評論家の曾于里氏の論評で、「本来は民主や自由、政治的権利を求めるはずの中産階級が、中国では保守的でさまよう階層である」と次のように論じた。やや長いが引用する。

     


『フィナンシャル・タイムズ』(中国語版)曾于里氏の論評

 


中国での中産階級のイメージ

 

最近、中国で起きた公共の安全に関わる事故を見ると、それが良く分かる。粉ミルク汚染が問題になったとき、中産階級は外国製の粉ミルクの購入に走り、その責任を追及しなかった。山東省での違法ワクチン問題では、ワクチンが主に農村に流れていることが分かると中産階級の怒りは収まってしまった。江蘇省常州市の外国語学校が2015年秋、新校舎に移転した際に、周囲に化学汚染による毒が残っていると騒がれたときにも、中産階級の多くの人は自分の子供が通う校舎の近くを調べ、毒がないと分かれば、ホッとしてそのままにした。
中産階級とは誰か?人々が中産階級に持つ「改革的イメージ」はどこから来るのか?またなぜ中産階級はいつも人々の期待を裏切るのか?
一般的に中産階級とは所有資産で言えば17万6300元(約270万円)から176万3000元の範囲の人を指す。教育環境が整い、頭脳労働に携わり、安定した収入もある人たちだ。
だが経済や物質的面での要求だけで中産階級を概括することはできない。いかなる階級も経済的特性だけでなく、政治的特性も有し、中産階級も例外ではない。米国の学者は中産階級の政治特性は民主制度を追求することだと指摘する。つまり、学歴が高く、良好な現代教育を受け、高い収入と社会的地位があり、メディアを通じ情報を入手する能力が高い。それゆえ民主、自由、平等、人権などの概念を理解し、民主主義との親和性があり参加意欲が旺盛で、さらに下層社会への関心や同情、社会的責任への自覚がある。中産階級は欧米など先進国の政治、経済、文化のプロセスで、大きな役割を果たした。つまり社会変革の推進装置であるとともに安定装置であり、漸進的な改革を求め、急進的なポピュリズム的な革命の手段を取らなかった。
しかし、中国の中産階級は政治的な属性が不明確であり、経済的には独立しても政治的には独立していない。多くの場合、純粋な経済動物であり生活動物にすぎない。権力の腐敗や潜規則(暗黙のルール)に対して、彼らは透明な規則や公平な権利を求めるのではなく、自らもその潜規則から利益を得ようとする。彼らは正義に対する究極的な追求はなく、災難が自らの頭上に降ってこなければいいのだ。
なぜそうなのか?理由のひとつは、中産階級の経済的地位が不安定なことだ。株や不動産が暴落したり、大病を患ったりすれば、一挙に没落する危険がある。彼らは常に失業の危険があるが、社会保障はほとんど無く、生存のために常に緊張していなければならない。自分の生活さえ保障がないのに、どうして他人を保護し同情できるだろうか。
もう一つの理由は、中産階級の大部分が体制の一部を担っていることだ。公務員や国有企業、権力と近い民営企業などに勤める多くの中産階級は、既得権益者となっており、社会の公共問題などについては保守的になり、敏感な問題からは距離を置き、たとえ同意しなくても自分の態度を保留している。
例えば基礎レベルの公務員は仕事の圧力が大きく、待遇もひどいと言われるが、彼らの離職率(の高さ)は“伝説”にすぎない。北京市の青年を対象とした調査で、「党政府機関、事業単位の青年のグループ」では、6割がその職場での仕事を続けることを選択、7.6%が学問に進むことを選び、将来創業や自由職業を選ぶ人は14.8%にすぎない。彼らは未来に対して自信があり、87.9%が「我々の家庭はますます良くなっている」と答えている。
多くの利己的でシニカルな中産階級は、僅かな富と自らの良い生活を望んでいる。金銭、消費と物質が彼らを公共問題から視線をそらせている。中国の中産階級はスターバックス、アップルの製品、日本の桜や温水便座、登山やジョギングに熱中し、こうした“文化的な隔たり”が彼らに(金銭的)自由と面子を与え、自分たちは下層階級とは違うのだという幻覚を持っている。それゆえ、たとえ環境がよくなくても、「我々の暮らしは悪くない、あまり恨み言を言ってはいけない」と考えるのだ。
だが、制約を受けない権力の前で、誰もが孤島ではない。あらゆる災難が中産階級に逃亡のための安全通路を残してくれるわけではない。国産の粉ミルクが信頼できなくても、あなたは反抗せず、輸入品を使えばいいと思っている。だが輸入粉ミルクに偽物が混じっていないとは言い切れない。ワクチン事件にも、あなたは反抗せず、香港に行けばいいと思っている。だが香港はあなたを歓迎しないだろう。さらに残念なのは、中産階級を狙っている災難もある。高速鉄道に乗って天災や人災で帰らぬ人になるかもしれない。苦労して家を買ったのに、突然爆発してすべてを失うかもしれない。子供の教育に苦心し、無理して学区内にある高価な家を買ったのに、学校が“毒地”のすぐそばかもしれない。卒業しまずまずの仕事を手に入れ、北京の戸籍、さらには自分の家を手に入れたのに、ある晩外出して買春を理由に逮捕され“非正常の死亡”をするかもしれないのだ。
最近微博で「北京よさようなら」という移民を呼びかける文章が話題になり、多くの人の共鳴を呼んだが、大多数の移民ができない中産階級はどうするのか?沈黙と“寝たふり”をするのか、それとも自らの階級意識を呼び覚ますのか。
だが勇敢に「ノー」ということが役立つのか?「ノー」ということが墜落するリスク、脅迫や報復を受けるのなら、それを堅持できるか?皆が沈黙して何も言わなければ、誰がこうした状況を打破してくれるのか?
私は分からない。自分はただ狭い隙間で進退窮まった中産階級を見ているだけだ。慌てふためき、困難にあえぎ救いを求める人々を。

     
   

結局この事件では、北京市人民検察院が6月30日、昌平区公安分局の警察の仕事に不当行為が見つかり、調査活動も妨害したとして、派出所の副所長ら警察官2人を職務軽視罪の疑いで逮捕したことを明らかにした。
報道によると検察は、雷洋の死因について胃の内容物を吸入したことによる窒息死と断定。これまで警察が主張していた心臓病あるいは突然死ではないと結論付けた。雷洋氏の弁護士は、通常ではあり得ない窒息死であり、警察官の暴力によって死亡したことが明らかだとしている。
さらに7月には、(雷洋出身地の)湖南省と北京市は家族に対し、慰問金を支払い政府の条件を認めるよう工作をしていること分かった。報道によると民政局が700万元(約1億1000万円)を提示、うち雷洋の妻に500万元を支払い、残り200万は家族の「協力の程度」によるとという。弁護士団は慰問金を受け取ったが、警察の責任は問わなければいけないとしている。
当初の世論で広がった怒りに比べ、曖昧な形で終息に向かっているようにみえる。ただ今回このような形で世論が示されたことは、抜き打ち的な「買春」捜査など、警察の恣意的な職権行使に対し一定の歯止めが掛かるとみている。
中産階級の保守性については、西側社会にも共通する現象であり、中国で中産階級が誕生した経緯から考えて政治的な意思を明確にするようになるまでは少なくとも10年から20年かかるとの指摘もある。ネットやメディアなどの言論空間が狭まっているが、共産党政権もかつてのような農民など無産階級から都市部の中産階級へと政権支持のよりどころをシフトしており、彼らの民意は無視できなくなっている。第2の雷洋事件が今後起きる可能性があるのか、今後どのような形で民意が示され、政権がどのように対応するのかネット世論の動向を注目していきたい。

   

 

 

 


「網民」の反乱 ネットは中国を変えるか?
古畑康雄

 

   
 
古畑康雄・ジャーナリスト
   
  b_u_yajirusi
 
 
     
   
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