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ネット用語から読み解く中国 |
(22)「適度腐敗」 |
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「いかなる国も腐敗を完全になくすことはできない」
官位を象徴するゴム印は虫食いに |
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「メディアは第4の権力」。自分自身がメディア業界に入る前から、しばしば耳にした言葉だ。だがこういうことを書くと、伝統メディアを快く思わない一部の人達から、「メディアの傲慢さの現れ」とさっそく批判を受けるかもしれない。
だがメディアに与えられた役割は、権力というよりは権利であり、それは立法、行政、司法などの3権に対し監視をする権利であって、3権のように実体的な公権力の行使を伴うものではない。そして、なぜメディアが監視権を駆使しなければいけないのかといえば、「絶対権力は絶対に腐敗する」からであり、腐敗のない公正、公平な社会実現にはメディアなど第3者による監視が不可欠だからだ。
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この監視がうまく働かない政治体制、それはメディアが政治権力に従属し、自由なジャーナリズムが許されない体制であり、今日の中国は言うまでもなくこの状況に属する。
BBC(中国語)1月25日付報道によれば、国際的なジャーナリスト組織「国境なき記者団」が世界179カ国を対象とした報道自由指数を発表、中国は下から6番目の174位だった。中国よりも下だったのはエリトリア、北朝鮮、トルクメニスタン、シリア、イランだ。
報道によれば、2002年に始まった報道自由指数で中国は常に最下位に近く、国境なき記者団はシリア、イラン、中国は「政権転覆を恐れ、ほとんど理性を失い、恐ろしい弾圧をエスカレートさせた」と批判した。
さらにBBCは「巨大な人口を有する中国は、その仕事や言論により投獄された記者、ブロガー、ネット反体制活動家が最も多い」「2011年、中国当局は言論検閲と政府の宣伝を強化、インターネットへの統制、特にブログや微博(短文書き込みサイト)への管理を強化した。アラブの春を受け、中国国内でも『ジャスミン革命』の呼び掛けがあったが、当局はこれを厳しく弾圧、多くのネット市民や反体制活動家を逮捕した」と指摘している。
権力に対する有効な監視が働かなれば、権力は腐敗する。だが腐敗を批判、監視すべきメディアが、むしろ腐敗の擁護に回ったらどうなるのか。それを実際にやったのが、民族主義をあおるメディアとして知られる中国紙、環球時報だ。
中国紙、環球時報は5月29日、いかなる国家にも腐敗(汚職)は存在し、民主化も腐敗問題の解決にはつながらない、民衆は適度の腐敗を許容すべきだとの評論を発表した。中国各メディアに掲載されたこの文章の要旨は以下の通りだ。
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今回のことば
潜規則(潜在则):明文化された規定の裏で実際に通用している隠れたルール、汚職の原因となっている。
適度体(适度体):環球時報の「適度な腐敗を民衆は許容すべきだ」との論を受けて生まれたパロディ文体「高速鉄道は適度に追突し、牛乳は適度に毒を入れ新聞は適度に嘘を交え、真相は適度に歪曲し、民意は適度に隠蔽し、政府が適度に無能なのも許容すべきだ」など
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劉志軍・元鉄道相がこのほど党籍剥奪処分を受け、その処分が司法機関に送致されるなど、腐敗官僚が跡を絶たない。これは一体どういうことか。中国は確かに腐敗の頻発期にあり、徹底的に腐敗を摘発する条件がそろっていない。民主化すれば腐敗問題は解決するという意見もあるが、インドネシア、フィリピン、インドなどアジアの多くの民主国家の腐敗は中国よりも深刻だ。だが中国はアジアで「腐敗による苦痛」(注:腐敗そのものではなく、腐敗に対する批判が生んだ精神的苦痛)が最も突出した国家だ。
これは「人民に奉仕する」という政治道徳が中国社会に深く入り込んでいることと関係あるが、市場経済の衝撃が「人民に奉仕する」ことを困難にしている。またグローバル化によって、先進国の清廉な政治が中国の民衆にも知れわたったことも一因だ。
腐敗はいかなる国も根絶はできず、カギとなるのは民衆が許容できる程度に(腐敗を)抑制することだ。中国は香港やシンガポールのように役人に高級を支払うことや、米国のように退職後その影響力で金を稼ぐこともできない。中国の役人の給与が低すぎるため、「潜規則」(見えない規則)が流行るのだ。
腐敗分子を厳罰に処することは、腐敗のリスクとコストを引き上げ、抑制効果があり、やめてはならない。だが同時に、民間も中国は現段階では腐敗を徹底的になくすことができないという現実を、理解すべきだ。
腐敗防止は不要だと言うわけではない、だが腐敗の防止には発展が必要だ。腐敗は官僚個人の問題だけでなく、中国社会の総合低発展水準の問題でもある。官僚が清廉潔白でも、その他は劣っているという国は長くは持たない。腐敗防止は中国の突破口だが、この国は最終的には「総合的に前進」するしかないのだ。
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BBC中文網(英倫網)
国境無き記者団 英語版
同 中国語版
報道自由指数(中国語PDF)
環球網
「要允许中国适度腐败 民众应理解」
オリジナルの全文には行き当たれず、転載されたものがある。中国強国網より
「反腐败是中国社会发展的攻坚战」
としてならばオリジナル?がある

中国青年報・中青在線
「舍“制度与民主”之外,腐败问题无解」
オリジナルの全文には行き当たれず。百度空間より
新華網
「“允许腐败”是误国之论」

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この文章の見出しは現在「反腐敗は中国社会発展の攻城戦」となっている。だが、一部メディアは「中国の適度な腐敗を許すことを民衆は理解すべき」という題で発表した。「適度な腐敗」という言葉に網民(ネット市民)はさっそく強烈に反応した。
「このロジックで言えば、高速鉄道は適度に追突し、牛乳は適度に毒を入れ(メラミン入り牛乳事件)、皮革は適度に口に入れ(廃棄された革製品から食用のゼラチンが作られた事件)、強制立ち退きは適度に賠償し、新聞は適度に嘘を交え、真相は適度に歪曲し、民意は適度に隠蔽し、歴史は適度に後退し、政府が適度に無能なのも許容すべきだ」のように「適度」を使ったブラックジョークが次々と登場した。かつて紹介した「高鉄体」「軽度体」のように「(環球)適度体」と呼ばれるようになった。
なお、環球時報は騰訊などのサイトが勝手に見出しを「適度腐敗」に変えたと抗議したが、後に網民により、環球時報のページにも「適度腐敗」の見出しで使われていたことが分かった(写真)。
さて、この文章に対しては、あまりにも度を過ぎたと判断したのか、“同志”であるはずの中国の他の主要メディアが批判した。中国青年報は5月31日「制度と民主以外に反腐敗に解決策はない」との文章を掲載。文章は「『腐敗はいかなる国も根絶することはできず、カギとなるのは民衆が許容できる程度に抑制することだ』『民間は、中国は現段階では腐敗を徹底的に押さえこむことができない現実性と客観性を理解すべきだ』といった主張の言葉遊びの粉飾を取り去れば、結局のところその実質は『腐敗寛容論』という呆れたもので、腐敗は根絶できず、民衆は一定程度の腐敗を許し、適度な腐敗に直面しなければならないといった、法治に反し、常識に反する論調は『腐敗は経済発展の潤滑剤』という悪名高い主張と一致する」と指摘した。
そして「腐敗をなくすための制度づくりや、腐敗は決して許さないという態度で厳罰に臨むのではなく、民衆の期待を引き下げ、適度な腐敗を受け入れさせれば『民は大喜びだ』などという、こんな荒唐無稽な見解があろうか。このようなでたらめは、真にこの国のことを考えたとは言えない全くの亡国論だ。腐敗を絶対に許さないと言っても、これほど猖獗をきわめているのに、容認論などを持ちだしたら、これを口実にして腐敗がどれほどひどくなるだろうか」と容赦なく批判した。
さらに、環球時報が「人民に奉仕する」というスローガンと現実がかけ離れているため、「腐敗による苦痛」が生まれているとの指摘については「『人民に奉仕する』ことは我々(中国)だけに限った要求ではなく、あらゆる国家の公務員はいずれもこのような役割を果たさねばならない。(他の国は)『公共利益に奉仕する』など言い方が違うだけであり、これは公務員の承諾であり普遍的な規範だ。人々の腐敗に対する苦痛は、(腐敗を気にしすぎるからではなく、)腐敗そのものがもたらすのであり、苦痛を取り除くには、制度により腐敗を防ぐしかない」と反駁している。
そして「経済が発展すれば腐敗もなくなる」との主張にも「腐敗は経済発展の潤滑剤ではないし、発展もまた腐敗を終わらせる推進剤ではない。制度や民主以外に、反腐敗に解決策はない」と結んでいる。
国営通信社、新華社も31日、紅網というサイトの「『腐敗を許す』ことは国を誤る論である」という評論を転載する形で環球時報を批判した。基本的には中国青年報と同じような論調であるが、「総合的な発展を達成するまで、腐敗を許容する」などという環球の主張について、「最大の受益者は言うまでもなく汚職役人だ。彼らは『総合的な発展』が完成するまで、大義名分を振りかざして『適度に腐敗』し続けられるのだ。ただ問題はどの程度が『適度』なのかということだ。環球時報の編集長の微博に一人の網民が具体案を示した。『村長は1期5万(元まで汚職ができる)、郷長は10万、県長は30万、区長は50万、省長は100万。引退するまでの限度額は300万』というものだ。このような『適度な腐敗』があれば、民衆は心が落ち着き、社会は安定し、編集長様も満足されるのではないか」と痛烈に皮肉っている。
そして最後は新華社らしく胡錦濤国家主席の「平和建設の時期に、もし党に対し致命的な損害を与えるものがあるとすれば、腐敗はその突出した1つだ」との言葉を引用、環球時報の「腐敗寛容論」は中央の政策に反する国を誤る論だと断じている。
本来は党の政策を正しく宣伝することで一致団結するはずの中国の主要メディアが、このような路線闘争を繰り広げることは珍しい。その原因は言うまでもなく、環球時報の論調があまりにも常識に反していたからだ。だがこのような主張は環球時報に限ったわけでなく、その後も散見されるのである。引き続きこの腐敗をめぐる議論、あるいは腐敗が生み出した新たな現象について考察したい。 |
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古畑康雄・ジャーナリスト |
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