■「IP電影」原作として熱視線
中国のニュースサイトなどで最近、よく見かけるのが「IP~」という言葉だ。「IP」とは「Intellectual property」の略語で、つまりは知的財産権(所有権)のことを意味する。
具体的には「IP小説」「IP動漫」「IP電影」などといわれ、「原作のある」小説やアニメ・漫画、映画などのことを表している。さらに言えば、原作の翻訳権を取得して翻訳したり、映画化権を取得して映画化したりした各コンテンツのことを示している。
中国で「IP~」という言葉がはやっているのは、それだけIPコンテンツが増加していることの証左でもあるだろう。
こうした中で中国の映画界が「IP電影」の原作として熱い視線を注いでいるのが、日本のミステリー文学だ。中国では近年、日本ミステリーの翻訳版が飛ぶように売れている。
そういえば筆者も思い出すのは、昨年末に北京を訪れ大手書店をのぞいた時のこと。外国文学コーナーに、筆者が滞在していた2013年までは見たこともない「東野圭吾作品」という特別の大型書棚が設けられていて驚いた。作家名を冠した書棚は、外国文学コーナーでは東野圭吾と村上春樹のみだった。
しかもその隣の書棚にも、日本の推理作家では古くは江戸川乱歩、松本清張、横溝正史から、最近では島田荘司、宮部みゆき、桐野夏生などまで代表作の翻訳版がズラリと並び、壮観だった。
ちなみに東野圭吾は「アマゾン中国」2015年ベストセラー作家ランキングで、並みいる内外の有名作家を引き離し、堂々の第1位に輝いたことは、小欄でも以前お伝えした(※)。
※「東京便り」第24回【アマゾン中国「2015年図書ランキング」、ベストセラー作家第1位は東野圭吾】
http://www.toho-shoten.co.jp/beijing/t201512.html
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■「本土化」しつつ共通する感情表現
こうした日本ミステリーブームを受けて、中国映画界が「IP電影」展開を図っているのだ。
その日本ミステリー原作の記念すべき第1作の映画となるのが、この夏にも中国大陸部で公開予定の「夏天十九歳的肖像」だ。台湾映画「逆光飛翔」(日本語題:光にふれる)、「共犯」などの話題作で世界的評価の高い張栄吉監督がメガホンを取った。主演は、もと韓流グループ「EXO」の中国人メンバーで人気スターの黄子韜(ホアン・ズータオ)と、中国の注目株の若手女優・楊採鈺(ヤン・ツァイユイ)。
原作の『夏、19歳の肖像』は、バイク事故で入院中の青年が、病室の窓から「谷間の家」の恐るべき光景を目撃したことから謎が深まる、青春ミステリー不朽の名作。
中国の大手映画製作会社「大盛国際伝媒」(大盛国際伝媒(北京)有限公司)の総裁で、同映画のプロデューサーを務めた安暁芬さんは、その甘く切ない青春ミステリーの魅力に引き込まれて、ひと晩で一冊を読み終えたという。
「リラックスしながら、一気に読むことができました。そしてラストで感動した。これがこの作品の魅力。映画もこうあらねば、と思いました」(新京報)とその印象的な出合いを振り返る。
中国で映画化するにあたっては「本土化」(ローカライズ)することを意識した。
「独特なストーリーや構成、核心部分を大事にしながら、一部は中国の伝統や文化、習慣に合うように修正を加えました。でないと、どっちつかずの作品になってしまう」
「映画のラフカットを見ましたが、それは日本の物語ではないようでした。原作は約30年前の作品(1985年初版)ですが、舞台は今の中国か、あるいは世界のどこに置き換えてもしっくりくると思った。つまり作品において最も重要な“人の感情”というものは、世界共通だからなのです」
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■映画化が進む東野圭吾の3作品
中国映画界にとって“日本ミステリーブーム”の幕開けとなるのが「夏天十九歳的肖像」だとすれば、それに続くのが東野圭吾のベストセラー小説3作品の映画化だ。
中国メディアによれば、現在はそれぞれ製作段階に入っており、順調にいけば2、3年後には国内で劇場公開となる予定だという。

中国で映画化が進められる東野圭吾の3作品は――
1)「嫌疑人X的献身」 (原作『容疑者Xの献身』)
原作は、東野圭吾の代表作の1つ。物理学者・湯川学を主人公とした連作ミステリー「ガリレオシリーズ」第3弾。2005年初版。第6回「本格ミステリ大賞」、第134回「直木賞」受賞。
――数学だけが生きがいだった男の純愛ミステリー。天才数学者でありながら、さえない高校教師に甘んじる石神は愛した女を守るため完全犯罪を目論むが、湯川がその真実に迫る。
中国で映画化権を取得したのは、大手映画製作会社の「光線影業」(北京光線影業有限公司)。監督に台湾の人気俳優、蘇有朋(アレック・スー)氏の名前が挙がっている。
2)「解憂雑貨店」 (原作『ナミヤ雑貨店の奇蹟』)
2012年3月初版の原作は東野ミステリーの最高峰といわれ、文庫版だけで累計100万部を突破した大ベストセラー。中国語版は「アマゾン中国」2015年ベストセラーランキングで堂々の第2位に輝いた。
――時空を超えた手紙のやりとりによって、さまざまな悩み相談にのる不思議な商店「ナミヤ雑貨店」を舞台に、タイムスリップする奇妙な手紙を通じて人生の岐路に立った人たちに起こる奇蹟を描いた、感動の長編ミステリー小説。
中国で映画化権を取得したのは、香港の映画製作会社「英皇電影」(英皇電影有限公司)と中国最大の映画館チェーン「万達電影院線」(万達電影院線股份有限公司)。
3)「悖論13」 (原作『パラドックス13』)
原作は、2007~2008年に週刊誌「サンデー毎日」での連載を経て、2009年に初版。
――ブラックホールの影響で「P-13」と呼ばれる原因不明の現象が発生。突如極限の状況に追い込まれた人間が、倫理を超えた選択を行いながらも生き残りをかけていく。
ジャ・ジャンクー監督の新映画会社「暖流文化」(上海暖流文化伝播有限公司)が映画化権を取得した。
いずれも中国で翻訳版がベストセラーの作品ばかりだ。
映画業界としては「IP電影」展開で、ミステリーファンや映画ファン巻き込んで、莫大な興行収入が見込めるとソロバンをはじいていることだろう。
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■着目する“十大日本ミステリー”
このほか、中国映画界が「IP電影」の原作として着目している“十大日本ミステリー”は――
(1)宮部みゆき『理由』 (2)伊坂幸太郎『砂漠』 (3)薬丸岳『闇の底』 (4)藤原伊織『テロリストのパラソル』 (5)桐野夏生『OUT』(アウト) (6)相場英雄『震える牛』 (7)真保裕一『奪取』 (8)石田衣良『波のうえの魔術師』 (9)野沢尚『破線のマリス』 (10)黒川博行『疫病神』――(新京報)。
前述の映画プロデューサー、安暁芬さんは「日本ミステリーを原作とする中国映画は、ブームを巻き起こすに違いない」と期待を込める。
1980年代のこと。10年にわたる「文化大革命」が終わりを告げてまもなく、良質なエンターテインメントを渇望していた中国の人々は、日本の映画『君よ憤怒の河を渉れ』やテレビドラマ『赤い疑惑』を熱狂的に受け入れた。町中の人々が、日本の映画やドラマに熱中していた光景を、安さんは今でも覚えているからだ。
「その後、両国関係は、政治や経済の要因からこうした文化交流は少なくなり、溝が深まってしまいました。それでも民間交流はストップしておらず、中国の若者たちの多くは日本のアニメや漫画が好きで、さまざまな交流も行われている。彼らはコンテンツそのものに引かれていて、とくに(政治的な)プレッシャーを感じていないようなのです」
こうした特別な魅力とパワーを持つ日本文化を、多くの映画会社も注目している。商業的にも成功が見込めるため「日本コンテンツの映画化が集中しているのでは……」と安暁芬さんは分析する。
現実問題としては、日本ミステリーの「IP電影」第1作となる「夏天十九歳的肖像」の劇場公開は、当初予定の7月8日から大幅にずれ込んでいる。これが昨今の日中関係悪化の影響からくるものなのか、ハッキリしたことはわからない。
しかし「文化と政治問題は別」とばかりに割り切って、日本のポップカルチャーにのめり込む一部の若者たちが中国にはいて、その市場を取り込もうとする産業があるのも事実。ましてや中国映画産業は近年めざましく成長しており、2015年の興行収入が前年の約300億元(1元は約15円)から440億元超へと大幅に増加するなど、右肩上がりの勢いがある。
日本ミステリーが、中国映画界でどう発展していくか? 今後の日中関係を占う上でも気になるところだ。
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