飛雲書店(フェイワン シューディム)

飛雲書店の外観
2022年12月、この連載の第19回で Hiding Place を取材した。
その取材記に、店主・マイケルの次の言葉がある。
「Hiding Placeをいつまでも続く老舗にしようとは思っていません。僕たちが果たせる役割があるのなら、その間は続けようということです」
その言葉通りというべきなのか、この書店は2023年8月に閉店した。それと同時にこの場所を引き継ぐ人が現れ、「覺閣(ゴッゴッ)」――英語名「Knock Knock」と名前を変えて、新たな書店が同年9月に開業。筆者は、この書店も取材しなければと思いつつもなかなかその機会が訪れず、そうこうするうち「覺閣」は2025年6月に、物件の契約更新に伴い「経営継続が困難」との理由で店仕舞してしまった。
▼「飛雲書店」誕生の経緯
だが「覺閣」の店主はそれに先立ち「誰かこの物件を書店として引き継いでくれる人はいないだろうか」と知人たちに呼びかけていた。それに応えたのが、「覺閣」でのイベントに話し手として参画したことのある哲学者の譚煒劻(タム・ワイホン)氏だった。
譚氏とその仲間たち――計6人が出資し合い店主となって、同じ物件に新たな書店が同年7月に立ち上がった。それが「飛雲書店」だ。
店名「飛雲」には、「空に雲が形成され雨が降る。雨の一粒一粒は独立しているが、もとは同じ雲から生まれた。人もこのように個人個人でありながら、互いに繋がっている。そのような場所にしたい」という想いが込められている。
また店名には日本との縁もある。日本のアニメ『魔神英雄伝ワタル』の主人公「ワタル」は、香港版で「飛雲」と呼ばれている。店主はこのアニメのファンだった。店主たちは基本的に1980年代以降の生まれだが、日本で80年代後半に放映されていたアニメが刺さっていたというのは不思議でもある。
▼飛雲の共同創業者たち

店主の一人、トニー(右)と書店員の心(サム)
共同創業者の1人――トニーに話を聞いた。
――あなたはこの書店に関わるまで、どのような道を歩んできたのか?
香港とイギリスの大学で哲学と社会学を学んだ。2018年、香港に戻り、社会福祉界や教育界で仕事をしたりしてきた。
そんな私がなぜ書店経営に関わるようになったのか。小さい頃から読書が好きだった。何か辛いことがあると本屋に行く。本を友とし、いつも本を持ち歩いた。本屋に親しみを覚える少年だった。
6人が話し合う中で、新たな書店では主に哲学と心理学に関する本を並べようということになり、私自身もそれは社会に対して非常に意義あることだと考え、創業の一員となることを決めた。

書店の店内。基本的にHiding Place時代の配置が活かされている。
――他の共同創業者は?
皆、前身の「覚閣」の常連客だ。ただ私は住まいが遠いので(「新界」在住)、頻繁に訪れたということでもないのだが。
6人の本職は、教育関連やソーシャルワーカー。出版や書店経営に関わったことは全くない。今思うとリスクは小さくなかった。
▼開業準備
――そのような6人は、どのように出版社との繋がりを築いたのか?
それはさほど難しくなかった。出版社にメールを送ったり、直接訪ねたりした。香港の出版社は敷居が高くない。最近では出版社の方から「うちの本を売らないか」という連絡が入るようになってきた。


書店店内
――飛雲のインスタグラムを見ると、開業の2025年7月、すでにかなりの回数のイベントを開催している。それらは開業のかなり前から準備していたのか?
いや、書店立ち上げの準備と同時にあたふたと進めた感じだ。まずは私たちの知人に「イベントをやらないか」と声をかけ、徐々に他の作家やアーティストに呼びかけ、トークショーを行った。そのうちに、小さな出版社の方から「この作家のトークショーをやらないか?」などと連絡が入るようになってきた。開業して4か月の間に、すでに60回は開催している。
この12月には「日本式の囲碁」のワークショップも行う。



店内に入って左側の壁には地元アーティストの作品・グッズが展示され、販売もされている。
▼今の香港の書店界をどう見るか
――私の印象では、2010年台の後半から香港には独立書店が増えているようだ。その背景をどう考えるか?
市街地なら、旺角や深水埗のあたり。さらに新界の元朗や離島の長洲にも新たな書店が生まれている。書店はもちろん本を売るのが主だが、飛雲も含めて空間を提供するという役割も大きい。その空間に集まり、語り合う。ゲストを招いてイベントを開催する。こんにちの香港において、このようなスペースは貴重だと思う。私たち6人がこの場は(「覺閣」から引き継いで)残さなければならないと考えたのも、そういうことだ。
では、どのような人が集まるのか? 飛雲の最寄駅は「香港大学駅」だ。しかし、香港大学の学生はあまりここには来ない(笑)。SNSでの各イベントの告知を見て、それに興味を抱く人が香港各地から集まってくる。
▼古本・会員制 書店運営の工夫
――古本のコーナーもある。
古本はとても重要だ。知識の流通と交流の役割を持つ。古本の仕入れ先? まず、私が自宅から持ってきた。もちろん無料で提供だ(笑)。そのうち、常連客が提供してくれるようにもなった。ある時、客の1人から「私の先生が蔵書を整理していて、段ボール10箱分を寄贈したいと言っている」との話があり、拝見したところ、あまりの分量に圧倒された。残念ながら、そのうちの2箱だけ頂戴した。先ほど「空間/スペース」という話をしたが、小さな書店にとってスペースは大問題だ。
――レジのところに「会員募集」とあるが。
会費は年間60香港ドル。ただ、その会員カードは60香港ドルの当店図書券にもなる。このビジネス都市香港で、どういう商売をやっているのか、という話になるが(笑)。
会員には各種イベントに優先的に参加できる権利があり、また会員限定のイベントもある。会員には、様々な領域に触れてほしいと願っている。また、本は5%引きになる。
――飛雲書店の今後の展望を聞かせてほしい。
先ほど「商売」という話をしたが、開業して4か月。店の収支は今のところ、毎月赤字だ。本の売上とイベント収入はほぼ半々。この状況の中で「展望」というと、とにかく生き続けることだ。18世紀のヨーロッパでは印刷の技術革新によって読書の革命が起きた。そこから文化が広がり、書店が文化の土壌となった。今後も様々なイベントを文化の豊かな土壌としていきたい。
▼保徳街
飛雲書店がある香港島の保徳街は2022年の「Hiding Place」取材時と変わりなく、静かな通りだった。昔ながらの自動車修理工場も残るが、新たなカフェが増えている。地下鉄の駅からこの書店に向かう道の上空には、S字を描く高い高架道路が走り、多くの人がその写真を撮っている。様々に変わり続ける香港の一角で、飛雲には変わらぬ初志を貫いてほしいと雲を見上げ、願った。

現在の保徳街
取材:2025年12月
▼店主の推薦本
讓哲學剖開生活之道
生活不只是生存
著者:譚煒劻
出版社:亮光文化
初版:2025年7月
定価:130香港ドル
ISBN:9789888884643
著者の譚煒劻氏は飛雲書店の店主の一人。この本では主に「哲学とは何か」「哲学は何の役に立つのか」が綴られている。この難解な問いに、言葉だけではなく体験によって答えようという試みがなされている。
▼書店情報
住所:西營盤 保德街27號
営業時間:13時〜19時(定休日:火曜)
インスタグラム
https://www.instagram.com/flyingcloudbookstore/
写真:大久保健
―――――
大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。訳書に『時代の行動者たち 香港デモ2019』(白水社、共訳)。
