ネパール ジュンチャバリと村松二六さん
これまでインドには何度か行っていたが、お隣のネパールに行く機会はなぜかなかった。ついにお茶のご縁を得て、ネパール行きが決まったが、行く直前に首都カトマンズなどで大規模デモが発生し、「こんな時に行ってよいのか」という事態に直面した。それでも「インドで疲れた人は、ネパールで癒されるよ」などと、バックパッカーだった知り合いからよく聞いており、実際に触れたネパールはビザ取得時の大使館の対応、カトマンズ空港の入管の優しい笑顔など、すぐにそれが実感できた。

丘の向こうはダージリン
今回の目的地はネパール東部のダンクタという街の郊外にあるジュンチャバリという茶園だったが、そこへ行く前にインドのダージリンと国境を接するイラムというネパール最大の茶産地方面にも出向いた。カトマンズから飛行機で最寄り空港まで約1時間、そこから車で3時間近く走ると、その付近はもうダージリンだった。ただ乾季にも拘らず大雨が降り、土砂崩れで道路が封鎖され、結局イラムの街には行けなかったが、それでも近隣のいくつかの茶園で紅茶、緑茶、白茶などの生産現場を見た。
そこから車で約6時間、地図ではそれほど遠くないが、幹線道路はでこぼこ道、その後は山道を何とか走り抜けて、ようやく目的地のジュンチャバリに到着する。標高1500mの山の中。翌朝起きて周囲を眺めると茶畑が広がり、きれいな山並みも垣間見られる、景色の良い場所だった。
茶工場を一通り見学した後、実に明るいテースティングルームでお茶の試飲が始まる。10種類以上の茶が並び、1つずつ味わって飲む。基本的にダージリン品種で紅茶が作られていると思っていたが、日本の在来種や台湾種などが使用された白茶や緑茶も登場。カトマンズで説明を聞いていたが、実際に飲むとちょっと面食らう。やはり百聞は一見に如かず、だろうか。

ジュンチャバリでのテースティング
テースティング終了後はスタッフが茶畑を案内してくれた。簡単な下りがあるとだけ聞いていたのだが、実際行ってみると、かなり厳しい山の斜面に茶樹が植えられており、先日来の雨の影響で滑りやすい上、道がないような場所もあって、歩くのにかなり苦戦した。ただこの茶園がいくつかあるジュンチャバリで最も簡単に歩ける場所と聞き、茶樹栽培、茶摘みの困難さを想う。
環境的には土壌なども含めて素晴らしい。新しい品種も数多く植えられ、常にチャレンジしており、これが世界的に評価される茶を支えていた。そしてスタッフが最後に連れて行ってくれた場所には驚いた。何と一昨年惜しまれながら亡くなった静岡の村松二六さんから提供された品種が少しだけだがそこに植わっており、元気に成長していた。「YUME NIROKU」というプレートが何とも眩しい。

ジュンチャバリに植えられた「YUME NIROKU」
ジュンチャバリの創業者、ローチャン・ギャワリ氏はネパールで観光業や不動産業などに携わり、2000年に弟のバーチャン氏とともにダンクタ郊外に茶園を創設。中国や台湾、日本のお茶を学び、その技術を積極的に活用して様々な品種を植え、僅かな期間で世界的な評価を得ていた。因みにジュンチャバリのチャバリは茶園を意味しているという。
今回カトマンズでローチャン氏と初めて会ったが、とても初めてとは思えなかった。彼が日本や台湾の茶農家、茶業者らをよく知っており、共通の知り合いの名前が何人も出てきた。中国担当だというバーチャン氏も中国の茶事情をよく知っており、非常に熱心に研究している様子が分かり、これが短期間で品質を高めた1つの要因であろう。また良い物はすぐに取り入れるようで、気温が下がる茶園のロッジには何と日本のこたつや電気毛布が導入されており、温かく過ごすことが出来た。

カトマンズ ローチャン氏と
ジュンチャバリで見た「YUME NIROKU」は、ローチャン氏が日本各地を精力的に視察する中、静岡で二六さんを訪ねた際、紅茶作りの姿勢に感銘を受け、珍しい品種としてもらい受けて持ち帰り、大切に育てている。すぐに二六夫人にこの写真を送ったところ、「紅ふじ」という品種だそうで「ヤッパリたどり着いたんですね、(二六さんも)アチラで喜んでるね」と言われた。因みに出来上がった紅茶を飲んだ二六さんの感想は「あっちの味になっている」だったそうだ。
実は二六さんとジュンチャバリの話しは、昨年2月に静岡県島田の紅茶フェスで、二六さん回顧展が開催され、その展示の中にあった。うっかり忘れかけていたが、やはりお茶のご縁というものは繋がるものだな、としみじみ思う。収量が非常に少なく、製造された紅茶を飲む機会はなかったが、次回は静岡で紅ふじ紅茶を味わいながら、二六さんの思いを考えてみたい。

島田紅茶フェス 二六さん回顧展の展示
そういえば二六さんとは初めて会った時から、「日本紅茶の祖」とも呼ばれる多田元吉のインドでの足跡を辿りたいと話していたが、取り敢えずお隣ネパールまではやってきた。後は二六さんの代わりにインドを回るだけ、となったのだが、果たしてそんな日はやってくるだろうか。
▼今回のおすすめ本
2025年10月創刊。
日中茶文化交流史上初の専門誌。
日中両言語で両国の茶愛好家に茶文化を紹介する。
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須賀 努(すが つとむ)
1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。コラムニスト/アジアンウオッチャー。金融機関で上海留学1年、台湾出向2年、香港9年、北京5年の駐在経験あり。現在はアジア各地をほっつき歩き、コラム執筆中。お茶をキーワードにした「茶旅」も敢行。
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