北川進博士に導かれて「無用の用」を逍遥する

投稿者: | 2026年2月16日

下定 雅弘

はじめに

 北川進氏と坂口志文氏がノーベル賞を獲得した。北川氏は、「金属有機構造体」(MOF)で化学賞を授賞したが、それには「無用之用」という語が大きなヒントになっていたようだ。朝日新聞2025年10月9日号によれば、京大工学部の学生だった時、湯川秀樹博士の三冊の本『天才の世界』『続天才の世界』『続々天才の世界』を読み、その中に老荘思想の「無用之用」という言葉が紹介されていたという。また『老子』には「埴をせんして以て器を為る。其の無に当たりて、器の用あり」とあり、粘土をこねて器をつくる。器の中は何もない無用の空間に見えるが、空間があるから器として役立つのだ、という意味だとも、紹介されている。拙文では、北川進の「無用之用」、そしてその直接の元である湯川秀樹の「無用の用」、淵源である『老子』『荘子』の「無用の用」がどのような論なのか、北川博士に導かれつつ逍遥してみたい。

一 湯川秀樹の「無用の用」

 湯川秀樹の「無用の用」は、『続々 天才の世界』(1)「荘子」の「無用の用――荘子の創造論」で展開されている。以下、この節の全文を挙げる。本書は、湯川と聞き役の市川亀久弥氏との対話形式で構成されている。〈 〉は下定による補い。

 〈湯川〉 それでつぎの例(2)として、『老子』『荘子』に出てくる、とくに『荘子』のなかにたくさん出てきますのは、無用の用ということですね。
 ②(3)けい、荘子にいてわく、「吾れに大いなる樹あり。人は之れをあうちと謂う。其のふしくれだちてすみなわあたらず、そのえだまがくねりてぶんまわしさしがねあたらず、之をみちばたに立ておくも匠者だいくふりむくものなし。今、きみの言も大きくはあれど用うるすべ無し。もろびとひとしくつる所なり。」と。荘子わく、「きみは独り狸狌いたちを見ざるか。身をかがめてかくれ、以てあそぶ者をつけねらい、おち西こちに跳梁ね、高きところもひくきところを〈「を」、福永は「も」に作る〉かまわず、ついにはまり、にかかりてころさる。今、かのくろうしは其の大いなることそらつ雲のごとし。此れまことに大いなれども鼠をとらうることは能くせず。今、きみに大いなる樹ありて、其の用うるすべ無きをうれうるも、何ゆえに之をなにものもなむらざと広莫ひろくはてしなのはらえて、彷徨乎とらわれなきこころもて其のかたわらにい、逍遥乎こころにまかせて其の下に寝臥ねそべらざるや。おのまさかりられもせず、物のきずつくることもなし。やくだつべき所なきも、なんこまり苦しむことかあらんや。」と。(4)
 これはどういう話かというと、要するに無用の用ということですね。『荘子』には無用の用のいうことはたびたび出てきますけれども、そのなかの一例です。さきほどいいました恵子という人と論争しているわけですが、これもなかなかのインテリで、頭のいい人です。それが荘子にいうには、自分のところにひじょうに大きな木があって、しかもそれは幹が節くれだっている。またその枝が曲がりくねっている。こんなものは、これをちゃんと切ってまっすぐの材木にすることもなかなかできないので、これは道ばたに立っているけれども、いつまで立っていても、これを材木にしようという大工はない、きみ(荘子)は何かいうと、大きいことをいうけれども、役に立たないではないか、だから、だれでもそんなものは振り向きもせん、と恵子はいうた。そこで荘子がいうのに、きみはイタチというものを見たことがあるか、それは体をかがめて隠れたり、また何かをつけねらったり、あっちこっち飛んだり跳ねたり、高い所へ行ったり低い所へ行ったり、所かまわずあっちこっちしている。しかしついにワナにかかって殺される。ところが、いまのこの大きな木というのは、何の役にも立たないというので、いつまでも大工に目をつけられず、切られることもない、だから、何の役にも立たないというのがまたいいのだ、というわけですね。その前後の話とつながっているのですが、この文章だけ取り出せば、そういう趣旨です。
 こういう話は『荘子』全体にあっちこっちに出てきますけれども、これは一種の創造性の理論とか天才論一般につながる話でして、既成の枠のなかへ収まるものとか、あるいは器用で何かできるというのとはひじょうにちがうもので、ふつうのことに役立たないけれども、荘子にとっては、そこに何事が起こっても自分の道を行くというか、とてつもない大きなことをするとか、それが人間の本当の値打ちであるということが含まれているわけですね。しかもわたしたちがいつもいっているリダンダンシーみたいな、そういうものがなければ、独創的なものは成長しないという意味も含まれている。まさに創造論、天才論でもあるわけですね。さっきの大鵬の話も、やはり一種の天才みたいなものの一つのあり方をいうているわけですね。人間のあり方と同時に創造的少数者のあり方、その両方をいうているわけです。
 〈市川〉 ………とくに、そのあとにも出てくると思いますが、いまおっしゃった例で申しますと、いかなることでも、達観することによって、意味、価値が変わるということをいうておりますね。
湯川 そういうことですね。
 〈市川〉 ………いまおっしゃったリダンダンシーの問題と、一見無用に見えているものの有用さ、観点を変えればグラッと判断がひっくり返るんじゃないかということ……。
湯川 そうです。恵子の見方は常識的で、荘子はそれともうひとつちがう、ひっくり返した見方をする。そうすると、まったくちがってくるじゃないかということをいっている。これはまさに創造論です。
 〈市川〉 ………創造論ですね。

 以上、『荘子』のこの文自体は、無用であればこそ、命を全うし自己を完うできるということを述べている。大木は人間の譬喩でもある。しかしこれについて、湯川博士はやや重点をずらして、既成の枠に収まらない、何事があっても自分の道を行く、とてつもない大きなことをする、人間の本当の値打ち、というものを読みとっている。これを受けた、聞き役の市川亀久弥氏は、達観することで、意味や価値が変わる、一見無用に見えているものの有用さ、観点を変えれば判断がひっくり返る、と述べて、事象に対する見方の自在・反転という方向を鮮明にしている。湯川秀樹は、これに同意し、「ひっくり返した見方をする」と「まったくちがってくる」と、「無用の用」の観点と現実性とを結合して、それが創造論だと結論している。
 北川博士は2025年10月8日、京都大学での記者会見で、「ただの穴と見れば、無用。しかし、穴に原子や分子を入れると役に立つ。ちょっと考え方を変えるだけで、無用が用になる。「無用の用」は我々の原則だ」と言っている。北川博士の「無用の用」は、湯川・市川両氏の結論と全く同じである。

二 『荘子』の「無用の用」

 『荘子』には、この他、湯川博士が引く「逍遥遊篇」の一つ前の話、「人間世篇第四」に五つ、「外物篇第二十六」に一つ、「無用の用」あるいはこれと同じ主旨の話が載っている。以下、各条の要点を記す(5)
 「逍遥遊篇」の一条。①恵子が荘子に言った、「魏王が下さった大きなひさごの種を植え、実がなったが、五こくもの量が入る。飲み物を容れても持ち上げられず、ひき割いて柄杓にしたら、浅くて何も入らない。ばかでかいけれど、用いようがないから、私はぶちこわしました。きょうぜんとして大ならざるには非ざるも、吾れその無用なるが為めにしてこれをうちわりたりと)」。荘子は言った、「あなたは大きなものの利用がへただ(夫子はもとより大を用うるに拙なり)。あかぎれ止めの薬を作る者がいて、薬を手につけて絹わたを水で晒すのを家業としていた。旅人が薬の作り方を教えてもらうと、それを呉王に説明して、水上戦に用いることを勧めた。やがて越の国との戦争が起こると、呉王はこの男を将軍とし、越軍を打ち破ると、男を大名にした。あかぎれを止めるのは同じなのに、一方は大名になり、一方は絹わたを晒しているのは、薬の用い方が違ったからだ。あなたに五石も入る瓢があるなら、それをくりぬいて大樽の舟にして、大川や海に浮かんで天地を楽しめばよいではないか」。
 恵子は、荘子の主張を大げさすぎて無用、役立たずだと諷刺した。荘子はこれに対して用い方を変えれば、見事に役立つのだと論破している。
 「人間世篇」の「無用の用」を見よう。以下、五つの話は連続している。
 ③大工の棟梁の石が斉の国を旅している時、れきしゃの神木である櫟の大木を見た。その大きさは数千頭の牛をおおい隠すほどだったが、棟梁は通りすぎた。弟子たちが、こんな立派な材木なのに、なぜ通りすぎたのか、と尋ねると、石は答えた。「あれは役立たずの木だ。舟を作ると沈むし、棺桶を作ると腐る。使い道のない木だ。だからあんな大木になるまで長生きができたのだ(是れ不材の木なり。用う可き所無し。以て舟をつくれば則ち沈み、以て棺槨を為れば則ち速かに腐る。故に能くくのごとくこれ寿なりと)」。棟梁が旅を終えて家に帰ると、櫟社の神木が夢に現れて告げた。「わしは長い間役に立たないものになろうと願ってきて、死に近づいた今やっとそれがかなえられて、わしにとって大いに役立っている。もしわしが役に立つ木だったら、ここまでの大きさになれたろうか(且つれの用うべき所無きを求むるや久し。死にちかくしてこれを、予が大用を為す。予れをして有用たらしめば、た此の大あるを得んや)」。これは、「不材」、無用だからこそ、命を全うする「無用の用」である。
 ④なんぱくが商の丘に行った時、大木を見た。馬車が千台、大木の蔭にすっぽり隠れてしまうほどである。だが、その小枝は曲がりくねっていてむなはりにすることはできず、太い幹は、木の芯が引き裂けていて棺桶を作ることもできない。子綦は言った。「これは使い道のない木だった。だからこれだけの大きさになれたのだ(此れ果たして不材の木なり。以て此くのごときの大に至る)」。これも「不材」即ち「無用」だからこそ、命を全うできるとする「無用の用」である。
 ⑤宋の荊氏という土地でのこと。ひさぎかしわ・桑がよく育つが、これらの木は成長するほどに、猿の止まり木や、棺桶用の板として切り取られて、寿命を全うせずに命を落とす。これに対して、額が白い牛・鼻が上を向いた豚・痔病の人間は「不祥」で、祭事の犠牲として捧げるわけにはいかない。それは神人によって「大祥」とされ長寿を得ているのだ。
 「有用」が命を落とす因となる木と、「不祥」だからこそ「大祥」である牛・豚・人。これらを素材として、生を全うし自己を完うする「無用の用」を述べている。
 ⑥支離疏(6)というひどい猫背の男が、肉体が不完全だからこそ、兵役を免れ、人夫として徴発されず、天年を終えることができる、という話である。「夫れ其の形を支離にする者すら、猶を以て其の身を養い、其の天年を終うるに足る」。「無用の用」の語は出ていないが、生を全うし自己を完うする「無用の用」論といえる。
 ⑦孔子が楚に行った時、きょうせつ輿が孔子の宿舎の前にやって来て、こう歌った。「鳳よ、鳳よ。何とお前の徳も衰えたものだ。……天下にまともな道があれば、聖人はそれを完成させるが、天下にまともな道がないときは、聖人はただ生きながらえるだけだ。……馬鹿のまね、馬鹿のまね、されば我が歩みは安全であろう。……肉桂は食べられるために伐りとられる。漆は役に立つために切りさかれる。人々はみな有用なものが役に立つことはわかっていても、無用なものが役に立つことを知らない(人は皆有用の用を知るも、無用の用を知ることなきなりと)」。狂接輿は、孔子に、乱世に聖人は無用だから馬鹿になって生きのびろと勧めている。生を全うし自己を完うする「無用の用」である。

 「外物篇第二十六」にも「無用の用」の話が見える。
 ⑧恵子が荘子に言った、「あなたの話は現実離れで実際の役には立ちませんね(子の言は無用なりと)」。荘子は言った、「無用ということがわかってこそ、有用について語ることができる(無用を知りて、始めてともに用を言うべし)。大地は広々として大きいが、人間が役立てているのは足で踏む所だけ。だからといって、足の寸法の土地だけ残して、周囲を黄泉に届くまで掘り下げたら、人はそれでもその土地を役に立つ土地とするだろうか。……無用に見えるものが実は役に立つはたらきを持っていることが、今やはっきりしたろう(然らば則ち「無用の用」たるや、亦た明らかなりと)」。

 これは、「逍遥遊篇」の①に近い。①も、恵子は荘子の主張がおおげさで無用だと批判している。荘子は恵子に対して、世間の通念とは無縁、むしろこれを逆転することが大事だと説いている。
 以上、これらは①と⑧とを除いて、みな、生を全うし自己を完うする「無用の用」を説いている。

三 『老子』の「無用の用」

 『老子』第十一章。訓・訳共に全文を挙げる。

 「三十のふく、一つのこくを共にす。其の無に当たって、車の用有り。つちちて以てうつわつくる。其の無に当たって、器の用有り。ゆううがちて以てしつつくる。其の無に当たって、室の用有り。故に有の以て利をすは、無の以て用をせばなり。」
 車の輪は、三十本の輻が中央の一つのこしきに集まってできている。しかし轂の中心の空っぽの穴があってこそ、車輪としての効用が果たせる。粘土をこね固めて、それで器はできている。しかし器の中心の空間があってこそ、器としての用が果たせる。戸口や窓をくりぬいて家はできている。しかし家の中心の空間があってこそ、家としての効用が果たせる。だから、何かが有ることで利益がもたらされるのは、何も無いことがその効用を遂げているからなのだ。
 『老子』中、「無用の用」論はこの一か所。そしてここでの「無」は「空」と同義である。北川博士の「MOF」に即しての「無用の用」論に最も近い。博士の「無用の用」は、『老子』第十一章の直系である。
 ただし、「空」を重んじる『老子』の真の意図は、単に、見方の自在と反転の価値には止まらない。『老子』には、「無」「虛」「沖」等が「道」を意味し、あるいは「道」に通ずる章が多数ある。
 『老子』第十一章は、見方の自在・反転の意義を主張する事象の「無用の用」であると同時に、無用=道なのだとの比喩的意味を持っている。

逍遥は続く──『老子』の原理論・『荘子』の処世論

 ここで、『老子』『荘子』の「無用の用」の全体を再度振りかえってみよう。
 『老子』の「無用の用」は、見方の自在・反転の価値を有すると同時に、「無」は「道」に結びつくものだという、万物の本質論、原理論でもある。第十一章は、前者を表層的意味とし後者を深層意義としている。『老子』では、後者そのものを論じる章が大多数である。前者については、『荘子』の①⑧に継承されている。
 『荘子』の「無用の用」は、その多く──②、③、④、⑤、⑥、⑦──が、命を全うし自己を完うする「無用の用」論である。これは処世の論だといえる。命と自己の保全を意味するということで、より限定して「養生論」と言ってもいい。
 そして、「無用の用」における、『老子』の原理論と、これに対する『荘子』の(養生論に止まらない)処世論としての展開は、実は「無用の用」だけではなく、『老子』・『荘子』という書物の全体の性格につながっているのではないか。
 それは、例えば、死という問題への『老子』・『荘子』の態度においても明瞭である。『荘子』では死への恐れの克服が最大の問題だ……と思った所で、紙数もほぼ尽きた。逍遥は紙面の外でさらに続けることにしよう。
 北川博士の「無用の用」に導かれ、老荘の「無用の用」について、しばし逍遥することができた。改めて思う、科学研究のノーベル賞は、人類が「道」に向かって無限に近づいていくことの一つの道標なのだと(7)。丙午初頭にあたり、楽しいひと時を持てたことを北川先生に感謝したい。

【注】

(1)小学館創造選書28、1979年。北川博士はこの時28歳。朝日新聞によれば、工学部1回生の時に読んだとのことだが、氏の大学入学は1970年。あるいは大学院博士課程の頃に読んだか?

(2)前の節は「「逍遥遊」――自由な精神の遊び」。

(3)以下、行論の便宜のため、『荘子』の登場順に、「無用の用」論に番号を付す。

(4)この段の訓読は、福永光司『荘子 内篇』(新訂中国古典選第七巻、朝日新聞社、1966年。25,26頁)に従っている。

(5)金谷治『荘子』一~四(岩波文庫、第一冊は、1971年)を参照した。

(6)「支離」は姓で、ばらばら、めちゃくちゃの意。「疏」はうといの意で、これを名としている。

(7)アインシュタインの言葉。「わたしたちはいつか、今より少しはものごとを知っているようになるかもしれない。しかし、自然の真の本質を知ることは永遠にないだろう」(『アインシュタイン150の言葉』、ジェリー・メイヤー、ジョン・P・ホームズ編集、ディスカヴァー・トゥエンティワン、1997年。その89)。

 

(しもさだ・まさひろ 岡山大学名誉教授)

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