『フォルモサを照らす月』評 下村作次郎

投稿者: | 2025年12月15日
『フォルモサを照らす月』

フォルモサを照らす月
山脈を越えた帝国


陳耀昌 著
石原嘉人 訳
出版社:東方書店
出版年:2025年10月
価格 2,640円

陳耀昌著「開山撫番」三部作の台湾史小説を読む

 

台湾は標高3,000メートル級の山々が連なる中央山脈が南北に走り、その東側、宜蘭から花蓮、台東の一帯は後山と呼ばれて、1874年までは清朝政府の統治がおよばない「化外の地」とされていた。そこには、今日、原住民族を公式な呼称とする先住民族が暮らしてきた。
 今度翻訳された陳耀昌著、石原嘉人訳『フォルモサを照らす月 山脈を越えた帝国』は、その「化外の地」に住む原住民族を描いた作品である。本書は、著者が「花シリーズ」三部作あるいは「開山撫番」三部作と名づけた作品集の第三部に当たる。三部作は、『傀儡花』(2016年)、『獅頭花』(2017年)、『苦楝花』(2019年)であり、いずれも印刻文学より出版された。前二部の翻訳は『フォルモサに咲く花』(2019年)、『フォルモサの涙 獅頭社戦役』(2023年)として、筆者訳で東方書店より上梓されている。
 著者は1949年生まれである。著名な医学者である陳耀昌は、文学者としてのスタートはかなり遅く、2012年出版の『福爾摩沙三族記』(遠流出版)によって作家としてもその名が知られるようになった。この作品は、大洞敦史訳で『フォルモサに吹く風』として、2022年に東方書店より出版された。
 該書は、副題に「オランダ人、シラヤ人と鄭成功の物語」とあるが、400年前の1624年に、オランダ人による台湾統治がはじまって以降、鄭成功が台湾を攻略した1662年頃までの人と歴史が描かれている。物語は台南の台江内海を中心としたタイオワン(現、安平)を舞台に展開するが、本書の特色は台湾原住民族のシラヤ人を、脇役ではなく、作品を構成する三角の一角として描いている点にある。「エピローグ」には、「この島の歴史は、その始まりからして世界史の一部だった。開発史の最初の三十八年間は、オランダ人あるいは広義のヨーロッパ人と原住民と閩南人、この三つの民族が、共に作り上げたものだ。」とある。
 このように陳耀昌は、それまで台湾史のなかで脇役としか見られていなかった原住民族を、台湾史形成に直接関わった民族として正面から捉えた。戦後、原住民族を主人公に描いた台湾人作家に、鍾肇政(『黒馬坡風雲』、『川中島』、『戦火』など)がいるが、陳耀昌はさらに一歩踏みこみ、原住民族を台湾史形成に大きく関わった主人公として描いたのである。
 では冒頭にあげた「開山撫番(山を開き、番を撫す)」三部作について見てみよう。近年、台湾史研究の一環として、「開山撫番」研究が進んでいるが、文学の分野でこのテーマを描いたのは、陳耀昌が最初である。
 「開山撫番」とはなにか? 台湾統治を振りかえると、オランダは38年、鄭氏三代は22年、そして清朝は212年にわたって統治してきた。統治者と接触した現地の原住民族は、シラヤ、マカタオ、タイボアンといった平地に住む原住民族が主だった。山岳地帯に住むさらに多くの原住民族とはほとんど接触することはなく、その上、清朝時代になると、「土牛」境界線を設けて山地に住む原住民族を包囲した。山地そして後山は、まさしく清朝政府の統治が及ばない「化外の地」とされたのである。このような台湾に近代化の波が押しよせたのは、海岸からであった。台湾は四方を海に囲まれているが、特に17世紀以降、台湾海峡を欧米からの船舶が多数往来するようになっていた。
 1867年3月12日、アメリカの商船ローバー号がバシー海峡で遭難、乗組員14名が恒春半島の墾丁の南湾に上陸した。そこでハント船長夫妻を含む13人が、現地の原住民族に殺されるというローバー号事件が起こった。この事件を描いたのが、第一部の『フォルモサに咲く花』である。
 作品では、当時、駐厦門アメリカ領事であったルジャンドルが問題解決のために奔走する姿が描かれている。事件は、10月10日にルジャンドルと、当地の原住民族を配下に置く下瑯嶠十八社の総頭目トキトクとの間で、「南岬の盟」(救助を求める時は、合図として赤い旗を見せることなど)が結ばれて解決する。陳耀昌によると、この「南岬の盟」は、「原住民族が歴史上文明国とはじめて正式に交わした『和議』」であった。
 陳耀昌は、このようにルジャンドルが解決に尽力し、直接、原住民族と接触することになったローバー号事件が、その後の「開山撫番」政策のきっかけとなった牡丹社事件につながったと捉える。
 「1867年にこの砂浜(注:南湾)で台湾史の蝶が最初に羽ばたき、その羽ばたきから1874年の日本人の『台湾出兵』が生じ、つづけて1875年の沈葆楨の『開山撫番』が生じ、1885年の『台湾建省』が生じた。」ここに陳耀昌の台湾史観が表われている。「開山撫番」が策定された直接の要因は、ここに書かれているように、「1874年の日本人の『台湾出兵』」にあった。
 第二部の『フォルモサの涙 獅頭社戦役』は、牡丹社事件、すなわち日本軍と牡丹社のパイワン族の戦いを、1874年5月22日の石門の戦いから12月の日本軍の撤退まで描き、さらに、翌年3月に清朝軍と大亀文社のパイワン族との間で起こった獅頭社戦役を描いている。この戦役こそが「開山撫番」の実行であり、「開山撫番」は当初から「開山剿番(山を開き、番を剿ぼす)」となって現われたことが描かれている。
 「開山撫番」は、日本軍の台湾出兵に危機感をつのらせた清朝の欽差大臣沈葆楨の上奏によって、その後、南路、中路、北路で同時に行なわれた。ちなみに、南路は、社寮(現、屏東県射寮)から卑南(現、台東県卑南)まで、中路は今日、八通関古道で知られる林圮埔(南投県竹山鎮)から璞石閣(花蓮県玉里鎮)まで、北路は噶瑪蘭(現、宜蘭県蘇澳鎮)から花蓮までを指すが、獅頭社戦役は南路で起こり、「開山撫番」の発端となった。

 さて、今回翻訳された第三部の『フォルモサを照らす月 山脈を越えた帝国』は、中路と南路での「開山撫番」を描く。前二部が長編小説であったのとは異なり、この作品は二編の短編小説と戯曲からなり、特異な構成となっている。
 最初の短編小説「奇密花 奇密社の故事」は、1877年の大港口事件と、長く埋もれてきた奇密社での虐殺事件を描く。主人公の女性、朱小君は、台湾史研究を志す院生で、彰化出身の漢人だが、玉里出身の恋人との関係から、研究テーマに、中路の八通関古道を拓いた呉光亮を考えている。その恋人から誕生日プレゼントとして、花蓮の瑞穂から長江大橋まで22キロの秀姑巒溪の川下りに誘われる。そこは呉光亮が実施した開⼭撫番の中路のルートである。川下りの後、海岸近くの静浦にある民宿で夜を共に過ごす。静浦には静浦小学校があるが、小君はその裏手の林に心惹かれ、夜中に一人で出かける。そこで原住民の男たちに出会い、運動場で開かれていた宴会に紛れこんでしまう。突然、銃声が響き、「宴会がたちまち虐殺現場」と化す。清朝軍による虐殺である。そこは1877年の大港口事件があったCepoセポ(静浦)だったのだ。
 事件の現場から一緒に逃げた原住民の男は、kiwitキウィ部落の頭目マヤオ・アルビンであることがわかる。マヤオは妻タナを前年の清朝軍との戦いで亡くしていた。小君は、まるでこのタナが乗り移ったかのようにマヤオと一夜を過ごす。翌日、タイムスリップから現代へと戻った小君の関心は、漢人の呉光亮から原住民族のアミ族の研究に移っていた。
 次の「戯曲 苦楝花(Bangas) 苦楝の花」は、大港口事件の翌1878年に、サキザヤ族とクバラン族が共に清朝軍と戦ったタクブワン事件(クバラン族にとってはカリワン事件)を描く。物語は、サキザヤ族タクブワン部落の総頭目Pazikパジクと妻カナサウ、そしてクバラン族カリワン部落の総頭目を中心に展開する。戦闘は、はじめは両族が優勢だったが、清朝軍に陸海から攻撃されて全滅する。生き残った子供や長老らは水璉尾(現、花蓮県寿豊郷)へ逃れ、以降、サキザヤ族はアミ族のなかに身を潜めて暮らすようになった。同様に、馬立雲部落(現、華蓮県瑞穗郷舞鶴村)撒固兒サクル部落(花蓮市国福里)にも逃れて姿を隠した。その後、ほぼ130年経った2007年1月に、水璉部落の李來旺校長(2003年没)たちの尽力によってサキザヤ族として名乗りをあげ、政府から13番目の原住民族として認定されたのである。
 三編目の短編小説「大庄阿桃 大庄村の阿桃の物語」は、タクブワン事件から10年後の1888年に発生した大庄事件、およびその8年後の1896年に起こった清朝軍と日本軍との戦争を描く。大庄事件には、タイボアン族をはじめアミ族、プユマ族、客家人など4,000人が加わったが、主力は大庄村(現、花蓮県富里郷東里村)のタイボアン族だった。タイボアン族は平地に住む原住民族で、もとは遠く台南のタパニ社(玉井)から中央山脈を越えてやってきた。物語はこの事件で夫を亡くした阿桃を主人公に描く。
 その8年後、開⼭撫番の南路を管轄していた劉徳杓の軍隊が、日本軍に追われ阿桃の村に助けを求めてくる。そして、三人の負傷者を村に残して山側に逃走する。阿桃はのちに、取り残された漢人の軍人と再婚して家庭を持つ。作品にはまた、清朝軍を追撃する日本軍が描かれているが、「開山撫番」は、その後日本統治時代になると「理蕃政策」として継承されていったことが暗示されている。
 作品の最後には、「開山撫番」の中で、中国湖南の兵士たちが遠く台湾の地で戦死したことへの哀悼の思いが語られている。この描写には、台湾史形成に関わった原住民族、台湾人、そして清朝の兵士たちへの深い同情、さらに著者の台湾史観が表われている。
 陳耀昌の「開山撫番」三部作は、埋もれていた台湾史を発掘し、新しい台湾史を構築するべく書き上げられた著者の野心作と言えよう。

 本稿をほぼ書き終えた段階で、思いがけず陳耀昌先生の訃報に接した。先生は、2025年11月17日、台湾大学医学部附属病院で不帰の人となられた。生前のご指導、ご厚誼に深く感謝し、陳耀昌先生のご冥福を心よりお祈り申し上げたい。

 

▼本書評内で登場した、他の陳耀昌先生作品はこちら

フォルモサに咲く花『フォルモサに咲く花』
(陳耀昌/下村作次郎 訳)
出版社:東方書店
出版年:2019年
フォルモサの涙『フォルモサの涙 獅頭社戦役』
(陳耀昌/下村作次郎 訳)
出版社:東方書店
出版年:2023年
フォルモサに吹く風『フォルモサに吹く風 オランダ人、シラヤ人と鄭成功の物語』
(陳耀昌/大洞敦史 訳)
出版社:東方書店
出版年:2022年

(しもむら・さくじろう 天理大学名誉教授)

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