西 香織
中国語教育学会主催の中国語教育ワークショップでは、2024年に二度にわたり、論文の投稿、査読に関する講演がおこなわれた。まず2月に名古屋大学の勝川裕子先生が「リサーチクエスチョンの立て方~『中国語教育』への投稿」というタイトルで、続いて、9月に筆者が「投稿論文のどこが評価されるか・されないか~査読者のナイショ話」というタイトルで話をした。奇しくも、勝川先生と私は同い年で、2024年はふたりとも大学の専任職に就いて20年という節目の年でもあった。投稿者としても査読者としてもそれなりの経験を有する、若手でもベテランでもない「はざま」の我々にこのような講演依頼がきたことにはそれなりの意味があるのだろう。なお、副題は「査読者のナイショ話」となっているが、立場上、語れないこともあり、学会が公開していない情報を勝手に漏らすわけにもいかない。以下、国内外の人文・社会科学系の学術雑誌を中心に、一般によく見られる査読のアレやコレについてお話しすることにする。
学術雑誌において論文掲載の採否を決定する審査のことを「査読」と言う。査読は「ピア・レビュー(peer review)」とも呼ばれ、「評価対象について専門的・技術的な知識及び経験を共有する同輩によって行われる評価や審査」(大学質保証ポータル『高等教育に関する質保証関係用語集』[1])を指す。peerは「年齢・地位・能力などが同等の者」の意味だが、論文の査読と言うと、「その道の大家」がおこなうというイメージが依然として強いのではないだろうか。筆者個人の話をすると、初めて査読付きの論文を執筆・投稿したのが修士2年(24歳)の時で、初めて査読を経験したのはその8年後(博士号を取得した5年後)である。初めて査読を経験した時点での自身の査読付き論文の執筆・投稿経験はわずか6本(うち1本は不採用!)であった。このことから、「その道の大家」には程遠い者でも査読にあたる可能性があることがおわかりいただけると思う。査読依頼が来た時にあわてぬよう、また、査読のポイントをおさえて論文を執筆できるよう、論文投稿の先にある査読について知っておいていただきたい。
査読は、通常、2名以上の査読者によっておこなわれる。査読者・投稿者ともに匿名でおこなうダブルブラインド査読が主流であるが、査読者が投稿者に対して匿名のシングルブラインド査読を採用する学会もある。投稿論文の受理から結果の通知まで査読にかかる1~3ヵ月ほどの期間のうち、査読者に与えられるのは3~4週間ほどである。
学会誌であれば、その学会誌の編集委員会が査読者を決定するのが通常だが、国外の雑誌で、論文が掲載されるとたちまち査読依頼が舞い込んできたこともあるし、論文を投稿したら別の投稿者の論文を査読する、すなわち投稿者同士が査読するというシステムにも出会ったことがある。査読者は、その研究分野の専門的知見を持つ専門家であることが理想であるものの、実際には、研究者としての年数が浅い人も、その研究分野に明るくない人も、査読付き論文の執筆経験がほとんどない人もいる。ただし、査読者に共通するのは、今のところはみな「人間」だということであり(AIのほうが質の高い査読をしてくれるかもしれない)、査読者は無償(ボランティア)で査読にあたることがほとんどである。どのような経歴、体調、心理状態の査読者にも納得してもらえるよう、投稿者は論文としての完成度を上げる必要がある。
「その道の大家」が温かい目、広い心で査読してくれるなどとゆめゆめ思うことなかれ。査読者のアタリ・ハズレは残念ながら確実にあると思ったほうがよい。通常は複数の査読者が査読するため、適切なリサーチクエスチョンの下、論文としての体裁が整えられており、学術的に新しい視点とそれに沿った内容があり、それが筋道を立てて論理的に書かれていれば、査読者全員が不採用と判断することはまれである。ということは、判定基準や評価ポイントをおさえながら論文を書くようにすれば、採用に一歩でも二歩でも近づけるということでもある。ところが、論文査読の判定基準や評価ポイントを公開していない学会が圧倒的に多いのもこれまた事実である(個人的にはこういうものはすべて公開すべきだと思う)。では、投稿予定者は何を参考にすればよいのだろうか。ありがたいことに、日本語学会の『日本語の研究』[2]や社会言語科学会の『社会言語科学』[3]、環境社会学会の『環境社会学研究』[4]など、近接分野で審査の基本方針や評価基準、評価のポイントなどを公開してくれている。詳細については各学会のWEBページを参照されたい。
まず、よく見られる「判定基準」は、「A:採用(このまま掲載可能)」「B:条件付き採用(期日までに指示に従って修正をすれば掲載可能)」「C:修正後、再査読の上、採否を決定」「D:不採用」の4区分(3~5区分)である。次に、「評価ポイント」については、『環境社会学研究』の「査読のてびき」が大いに参考になり、挙げられている13の評価ポイントをおさえていただきたい(最新版は2024年10月12日改訂版で、2024年9月の講演時より評価ポイントが1つ増えている)。とりわけ、「2. 課題設定の明確さ」と「3. 結論の明確さ」の2つは論文に不可欠なポイントであるが、筆者が、論文が採用されるためにさらに重要だと思うのは次の2つである。
学会誌である以上、投稿論文に、その学会に学術的に貢献するような内容が求められるのは当然であり、特に当該研究分野や関連分野への波及効果、当該分野の学術的発展が見込まれるようなものは高く評価される(少なくとも、筆者自身はこの点に重点を置いて評価するようにしている)。ただし、査読の過程で別の解釈や別の結論が得られる可能性が出てきた場合には、出された結論に説得力がなくなることから、評価も一気に下がってしまう。
内容以外の部分について触れておくと、ちょっとした表記上のミス、たとえば、誤字・脱字や入力ミス、例文番号などの振り付けミス、参考文献の並べ方の誤りなどは査読結果に大きく影響することはない(筆者自身は細かく指摘するほうだと思うが、表記上の問題を主な理由として不採用という判定をすることはない)。通常は3~4週間(雑誌によっては2~3ヵ月間)の修正期間が与えられており、その修正期間中に十分、修正可能だからである。ただし、自身の母語以外の言語で執筆した場合など言語能力に関わる問題や、使用する文体の問題は内容理解に影響し、論文の「見ばえ」にも大きく影響することから、周りに学術論文の文体に明るい、信頼できるネイティブチェッカーがいないなら、自分にとってより自信のある言語や文体で執筆したほうがよいと思う。
学会誌によっては、査読者による評価のブレを最小限におさえ、マナーを守った査読ができるよう、「査読マニュアル」「査読規程」が用意されていることもある。『社会言語科学』の「査読者心得」、『環境社会学研究』の「査読のてびき」はいずれも公開されており、かつ非常に参考になるので、今後、論文を投稿する予定の方も、査読をする可能性のある方もぜひ参照されたい。中国語教育学会でも、2024年度に査読マニュアル作成のためのワーキンググループが立ち上がっており、このあたりの整備が進みつつある。このほか、日本学術会議が「論文の査読に関する審議について(回答)」(2023年9月25日)を公開しており、日本の論文査読の裏側(現状や問題点など)がよくわかるので、興味のある方は参照されたい[5]。
投稿も査読も一種の「慣れ」であり、まずはある程度、数をこなすことが大切だと思う。投稿にあたっては不採用通知を受け取ることもあるかもしれないが、あきらめずに挑戦してほしい。というのは、仮に不採用であったとしても、論文を投稿すると通常はフィードバックがあり、改善すべきポイントがわかるか、少なくともそのヒントがもらえるからである。査読者が変わることで、次は採用されるかもしれない。改善すべきポイントを改善して再投稿すれば、次は高く評価されるかもしれない。運がよければ、たとえ不採用になっても「投稿してよかった!」「今回、不採用でよかった!」と思えるような査読コメントに出会えるかもしれない。自分とは異なる角度から客観的に論文が評価されていて、何が不足しているかがはっきりとわかり、今後の改善につながるメッセージが多分に含まれた、そんなありがたい査読コメントに出会ったら、それは査読者からのエールだと思っていただきたい(もちろん、受け取った査読コメントが「的外れ」と感じた場合には、他の学会誌等へ投稿し直すことを考えてみてもよい)。そして、せっかくなら、きちんと査読コメントを返してくれる学会誌に投稿していただきたい。ハゲタカ・ジャーナル(粗悪なジャーナル)とわかっていて投稿するのは絶対にやめておいたほうがよい。
最後に、査読は、投稿者だけではなく、査読者自身にとってもメリットがあり、自分の研究の質や問題意識を高めることにつながる。査読依頼があれば、引き受けることを強くおすすめする。
【注】
[1]独立行政法人大学改革支援・学位授与機構 大学質保証ポータル『高等教育に関する質保証関係用語集』「ピア・レビュー(Peer Review)」 https://niadqe.jp/glossary/5367/(最終閲覧日:2025年4月28日)
[2]日本語学会 『日本語の研究』査読審査の概要 https://www.jpling.gr.jp/wp-content/uploads/2013/11/sadokusinsanogaiyo.pdf(最終閲覧日:2025年4月28日)
[3]社会言語科学会 『社会言語科学』査読者心得・査読規定 https://www.jass.ne.jp/journal/sadoku/(最終閲覧日:2025年4月28日)
[4]環境社会学会 『環境社会学研究』査読のてびき https://jaes.jp/journal/peer-review/(最終閲覧日:2025年4月28日)
[5]日本学術会議 「論文の査読に関する審議について(回答)」 https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-k353.pdf(最終閲覧日:2025年4月28日)
(にし・かおり 中国語教育学会理事/明治学院大学)
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