「中国同時代小説翻訳会」について
◇会の始まりと成立
当会の活動は一人の先生との縁で始まりました。それは中国語教室・語林の林松涛先生です。二〇一四年十月に林先生に紹介していただいた生徒さん三名の方と翻訳の勉強会を始めたのがこの会の始まりです。中でもSさんが盛可以や六六、阿成などの作品を積極的に紹介されていましたが、家庭の事情でしばらくして活動から退かれました。二〇一五年には会のネット上の名称を「小説・導熱体」としてしばらく活動を続けました。「今」の中国の熱を伝えるという趣旨で「熱伝導」をもじって「導熱」とし、それに「媒体」の「体」をつけて「導熱体」としました。これでは会の名称にそぐわないというので後ろに(中国同時代小説翻訳会)をつけ、最終的には会の名称は「中国同時代小説翻訳会」とし、会の雑誌は「小説導熱体」としました。会の正式な成立は「会の取り決め」を作成した二〇一五年三月です。会の取り決めの一部をあげます。
一、翻訳好きの会員がネットを通して、中国の同時代の小説を紹介し、翻訳する。
二、できるだけ新しい作家を発掘し、翻訳する。
三、会員同士が切磋琢磨し翻訳し、忌憚なく訳文の検討をする。
◇雑誌の発行
当会は小説を読むのが好きで、翻訳が好きな者同士の集まりです。自分が好きな作品を訳して紹介する活動の中で雑誌を発行しようということになりました。最初はメールで作品の魅力を伝えていましたが、その成果を広く知ってもらおうと雑誌の発行を目指しました。
発行にいたるまで紆余曲折がありましたが、二〇一八年八月に白帝社から創刊号(写真1)を上梓することができました。とりあえず五号までを目標に小説を中心にエッセイ、「省別作家地図」「翻訳あれこれ」「蘇童の小説」「私の薦める作品」などのコーナーを設けました。年に一回発行し、各号には作家の特集を組み、創刊号では畢飛宇、二号では賈平凹、三号では徐則臣、四号では盛可以、五号では顔歌を取り上げました。二〇二一年には『魯迅のヒゲ』(写真2)と題して特別号「蔣一談短篇小説集」を刊行しました。雑誌は五号で区切りをつける予定でしたが、会員の皆さんの希望によってさらに十号まで継続していくことになりました。

写真1 小説導熱体 創刊号

写真2 『魯迅のヒゲ』
現在六号(写真3)まで発行していますが、取り上げた作家は、莫言、残雪、鉄凝、蘇童、遅子建、彭学明、蔡駿、李浩、崔曼莉、沈大成、周李立など三六名です。一九七〇年代生まれの作家を比較的多く取り上げています。中でも上海在住の作家・蔡駿氏や沈大成氏の作品が多く登場しています。

写真3 小説導熱体 第六号
◇会の活動
当会の活動はメールを利用して始めました。定期的に集まるのが困難だと感じたからです。メーリングリストに登録して、活動を展開しました。それでも年一回は懇親会や交流会をやって互いの親睦を深めています。当初はコースに分け、会の代表が指定したものを訳すAコース、自分で作品を紹介して訳すBコースという二つのコースにしていました。力がつけばAコースからBコースへ移行します。Bコースを希望した者は、まず自分が気に入った小説の魅力を五百字程度で会員の皆さんに知らせて、皆さんから意見を聞き、それから翻訳に取り掛かります。コース選択は自己申告です。しかし、今はコース分けはせず、初心者で希望者は、まずある作家のエッセイを読むコースで翻訳の練習をしています。気に入った作品の紹介は、原文と抄訳、作品・作者についてのレジュメを用意するという形で会員相互にメーリングリストで共有しています。
当初は作品の紹介はそれほど頻繁に行われなかったので、一部は会の代表が選定したものを訳すという形式を採りました。その時は会の代表と訳者との間で訳の検討を、神田のカフェやメールのやり取りで行いました。六号、七号はペアチェックを取り入れ、訳者とチェック者が双方向でやり取りし、最後には会の代表がチェックするという方法で進めました。翻訳をしていて困った箇所や解決ができなかった箇所などについて会員相互で共有しています。
◇原作者との交流
当会の顧問である許金龍氏とともに二〇一七年五月に河北省石家荘にある河北師範大学の李浩氏の招きに応じて交流を深めました。その途次に赴いた邯鄲市磁県に在住の書道家・王世良氏にはその後雑誌『小説導熱体』の表題を揮毫していただきました。また同年八月には雑誌の取材のために、河南省を訪れ、作家の墨白氏、詩人で写真家の張鮮明氏と交流し鄭州や洛陽、南陽を訪れました。二〇一八年には陝西省西安を訪問し、賈平凹氏の書斎を拝見し、賈平凹氏の故郷・丹鳳県棣花村も訪ねました。二〇一九年には蔣一談氏への取材で北京に赴きました。その際、蔣一談氏に紹介していただいた作家の趙志明氏や評論家の楊慶祥氏などにお会いすることができました(写真4)。その後、武漢に作家の李修文氏を訪ねる予定でしたが、新型コロナの影響で中止となりました。

写真4 蔣一談氏(左から二番目)、楊慶祥氏(左から四番目)、趙志明氏(右端)。筆者は左から三番目。
昔と違って今や必要であれば、ウイチャットですばやく交流ができます。本当に便利になりました(原作者との間で数か月かかった手紙のやり取りが今では懐かしく思い出されます)。翻訳している段階で作品の中に出てきた理解困難な言葉について特に作者・崔曼莉氏からは丁寧な返事のメールをいただき、訳者の方と共有できたことは大きな励みになりました。
北京を訪問した際には今までに彭学明や崔曼莉、徐則臣、盛可以、周李立、蘇更生などの方々とお話することができました。二〇二四年七月から八月にかけて青海省出身でモンゴル族の作家・索南才譲(ソーナム・チェリン)氏が来日されました。氏とお会いする機会ができ、氏からいただいたエッセイ《牧道》(青海人民出版社)は氏の作品の背景を理解するうえで貴重な一冊となっています。
今後の取材地として天津、江蘇省の南京、雲南省の昆明などを考えています。
◇会の組織
現在の代表は立松昇一、事務局長は舩山明音、副事務局長は井田綾です。二〇二三年からは作品紹介の読書会を年に二回、オンラインまたは対面で行っています。会の雑誌は年一回の発行です。現在会員は二三名で、構成メンバーは翻訳家、会社員、編集者、教員などさまざまです。二〇二三年度から会費制度とし、年会費を五千円徴収しています。
*連絡先:statemat@jcom.home.ne.jp 立松宛
*HP:https://china-novel.net
(中国同時代小説翻訳会代表 立松昇一)
連載「研究会にきく」では毎回、中国や中華圏に関わるユニークな学会や研究団体を紹介します。