中国語圏映画雑感

投稿者: | 2024年6月14日

──第19回大阪アジアン映画祭と両岸三地の近作から

吉川 龍生

 東京の秋を映画祭シーズンとするなら、大阪の3月は大阪アジアン映画祭の時期である。大阪アジアン映画祭で上映された作品は、その後に日本の劇場で一般公開されることも多い反面、映画祭で好評を博しながらも日本語字幕付きで鑑賞できたのは大阪アジアン映画祭だけだったこともあった。いずれにしても、暉峻創三プログラミング・ディレクター(以下、PD)選りすぐりの作品たちとの出会いが楽しみな、ぜひここで観ておきたいと思わせる映画祭である。
 個人的な話で恐縮だが、大阪の後は台北と深圳への出張に出た。現地の劇場ではいくつかの話題作を鑑賞し、大阪から「海峡両岸」をめぐって帰国するまでにそれなりにまとまった本数の映画を鑑賞することになった。本稿では記憶の新しいうちに各地を歩き回りながら考えたことを、特に印象に残った作品を中心にまとめてみたい。なお、作品名は邦題の後に原題あるいは現地タイトルを付す体裁をとるが、邦題が決まっていない作品については英題を付すこととする。

1.大阪アジアン映画祭

 大阪アジアン映画祭は、2005年12月に開催された「韓国エンタテインメント映画祭2005 in大阪」を第1回とし、2006年(第2回)から現在の名称になった。2008年は開催されなかったが、2009年に暉峻創三PDを迎え、開催時期も3月となって継続し、2024年で19回を数える映画祭である(1)
 2024年の中国語圏映画のラインナップは台湾と香港が中心で、製作国に中国がクレジットされているのは長編1作と短編2作だけと、やや少ない印象を受けた。この点に関して暉峻PDによると、中国からの応募が少なかったりクオリティが低かったりというわけではなく、台湾や香港のほかタイの特集企画をスポンサードで組んだため、上映可能作品数の中で中国の作品が少なくなってしまったということであった。また、上映数の関係で今回は韓国やインドといった映画産業で大きなプレゼンスを持つ国からの長編の入選がゼロになってしまってもいて、その状況で今回上映しなければ日本で鑑賞する機会がなくなってしまうかもしれない中国の作品を選んだとのことだった。
 上述のような状況でコンペティション部門に選ばれ、主演のチー・ユンが薬師真珠賞を受賞したジョウ・ジョウ監督『未来の魂(原題・渡)(2024年)は、出生と障がいをめぐり近代的な人権意識と仏教的な価値観が融合したような倫理観が、現代中国で主流になっているような価値観・倫理観の中でどう受け止められていくかがテーマになった作品である。監督が初日の撮影を終えた時点で16:9よりも4:3のアスペクト比のほうが良いと感じて、初日の素材を捨てて全編4:3で撮影したという画面や、黄色が強い色味が好まれる中国映画の中で、青い色味が強くさめざめとして引き締まった印象を与える色調など、画面作りにも特徴が見られる作品であった。
 また、製作国のクレジットに関して、「オーストラリア・中国」となっている点も気になった。これに関しては上映後のQ&Aでもフロアから質問が出て、海外配給を行うために周洲監督と池韵さんとでオーストラリアに会社を設立しているためとの回答があった。本作に中国国内の検閲を通過した「龍標(ドラゴンマーク/ドラゴンシール)」はなく、内容的に中国国内での上映が難しかったのであろうということが推察された。人権意識の高いいわゆる欧米諸国や熱心な仏教徒も多い東南アジア諸国などでも大きな反響を呼びそうな作品だけに、中国での上映が難しいのは残念なことだ。
 さらに、『未来の魂』の内容や作品の置かれた境遇を見て連想されたのは、2023年の第60回金馬奨で最優秀劇映画賞を受賞したホアン・ジー・大塚竜治監督『石門(原題同じ)(2022年)だった。『石門』にも「龍標」はなく、製作国のクレジットは日本である。どちらの作品も妊娠・出産に関わることを扱っているのも興味深い共通点である。2016年の「電影産業促進法」以降すっかり鳴りをひそめた感のある中国独立映画であるが、『未来の魂』は静かに中国独立映画の系譜に連なる作品であると言えよう。
 2023年12月に刊行された『中国21』Vol.59(特集 中国とハリウッド、映画祭)の韓燕麗論文では、「Sinosphere(2)」という用語をめぐって、クリス・ベリー(Chris Berry)の論考「What is transnational Chinese Cinema today? Or, Welcome to the Sinosphere」が言及されている。当該論考は2021年のもので、クリス・ベリーはバジェットの大きなメインストリームの作品を中心に論じているが、『石門』や『未来の魂』のような撮影地:中国/製作国:中国国外という、いわば中国映画のディアスポラのような作品やそうならざるを得ない状況が、2024年の春時点では出現してきているわけだ。そうした中国独立映画の系譜に連なるとも考えられる作品がどう展開していくのか、今後が気になるところである。

2.台北と深圳の劇場にて

 台北の劇場はいくつか回ったが、アカデミー賞で話題になっている作品が幅をきかせている印象で、見たいと思う作品は多くなかった。今回観た中で印象に残ったのは、日台合作映画の藤井道人監督『青春18×2 君へと続く道(台湾タイトル:青春18×2 通往有你的旅程)(2024年)だった。日本では2024年5月3日に劇場公開した。日台の旬の俳優をメインにしたキャスティングも良く、日本人が憧れそうな台南のゆったりとした日常があるかと思えば、台湾の人たちが好みそうな日本でのロードムービー的展開もあり、日台双方の観客を引きつける仕掛けが施されていた。非常に良く練られた作品であると感じたし、実際のところ興行成績も良いと聞いた。
 その後、深圳に移動してウォン・ジンポー監督『我、邪で邪を制す(原題:周處除三害)(2023年)を観た(昨年からNetflixで観られたということは帰国後知った)。これは、台北のある業界人から、台湾・香港ではふつうの興行成績だったがいま中国でヒットしている作品があるので観ておいたほうが良いと言われたからなのだが、確かに映画にあまり興味のない深圳の友人も観ていないにもかかわらずこの作品のことをよく知っていて、大きな話題になっていることが窺えた。個人的には楽しめたが、驚くほど暴力的な内容でよく中国国内での上映許可が下りたなというのが率直な感想であった。中国国産映画ではあり得ない暴力性がうけているという説もあるようだ。
 もう一つ深圳で印象に残ったのは、2024年の春節期間に爆発的なヒットを記録し社会現象のようになり日本でも一部報道のあった、ジア・リン監督(主演も)热辣滚烫(英題:YOLO[You Only Live Onceの略])(2024年)である。日本映画・武正晴監督『百円の恋』(2014年)のリメイクであるが、『百円の恋』がR15+指定されシリアスな内容も含んでいたのに対し、内容的にかなり⼤きな改変が施され、コメディ基調の作品になっている。ふくよかな体型で知られていた主演の賈玲が50キロの減量をするストーリーをうまく映画本編にも絡ませていて、そのことに賛否両論あるにしても、かなり巧みな映画製作がされていると感じた。賈玲といえばコメディだが、コメディは検閲で意見がつく可能性も相対的に低く、賈玲以外にも喜劇集団「開心麻花」の作品などが安定的にヒット作を生みだしてきていて、今後注目すべき中国国産映画のジャンルであると考えている。チャン・イーモウ監督『第二十条(英題:Article 20)(2024年)も観たが、これもコメディであった。『第二十条』については、紙幅の関係もあり別の機会に論じることとしたい。
 上述の作品はいずれも特定のボーダーの中だけで完結したものではなく、製作や興行の面で何らかの越境が起こっている。映画の越境自体は、珍しくも新しくもないが、自分自身が移動しながら鑑賞していく中で、一つひとつの作品の捉え方が変わるダイナミズムが一層興味深く思われた。それと同時に、「Sinosphere」のように中国語圏映画の概念を最大限に拡大していくと、むしろ逆に、どこで撮影されたのか、特定の場所ではどう理解されているのかなど、局地化されたトピックがこれまで以上に求められ重要になるような気もして、普遍性と地域性のバランスをとりつつ中国語圏映画(あるいは、中華映画?)を見ていくことが重要であると感じた。

【注】

(1)大阪アジアン映画祭の歴史については、公式サイトからの情報に基づく。
https://oaff.jp/(最終確認:2024年3月28日)
映画祭公式サイト下部に、これまでの年ごとの映画祭公式サイト(アーカイブ)へのリンクが設定されている。

(2)「Sinosphere cinema」という英語を素直に日本語訳すれば「中国文化圏映画」ということになるのだと思うが、「文化」という日本語の揺らぎが大きすぎて、個人的には使用をためらうところがある。中国の本格中華から日本の町中華までを包括して「中華料理」と称することを引き合いに出せば、さしずめ「中華映画」といったところだと思われるが、多くの人から賛同を得られる気はしていない。

 

(よしかわ・たつお 慶應義塾大学)

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