『フォルモサの涙』まえがき

投稿者: | 2023年8月9日

日本の読者の皆さまへ、
『フォルモサの涙 獅頭社戦役』作者のことば
――「開山撫番」から「和解共生」へ――

陳 耀昌

 邦訳書の『フォルモサに咲く花』(東方書店、2019年)を読んでくださった皆さまなら、きっとご存知だと思います。1867年(ローバー号事件発生)まで、フォルモサ(台湾)の原住民族は、清国の統治を受けていませんでした。清国政府はこれを「治理及ばず、化外の地」と言っています。言い換えれば、清国が1683年に、鄭成功一族の東寧王国を打ち破って台湾を版図に入れて以来、事実上、二つの台湾が存在してきたのです。「移民(漢人)」が住む西部平原の台湾は、清国によって統治され、「番民(原住民族)」が住む東部山地の台湾は、それぞれの原住民族の部落が自ら治めてきたのです。1874年12月になってこの「二つの台湾」は、ようやく現在の「一つの台湾」になりました。

 日本の読者がいっそう興味を持たれるだろうと思うのは、「二つの台湾」が「一つの台湾」に変わる歴史的プロセスです。日本は重要な役割を演じました。と言うのは、それは1874年5月の日本軍の「台湾出兵」の結果によるものだからです。清国はこれを「牡丹社事件」と呼んでいます。

 「台湾出兵」あるいは「牡丹社事件」を収束させるために、1874年10月31日に、日本の大久保利通と清国の恭親王奕訢は北京で「清日台湾北京専約〔日清両国互換条款〕」に調印しました。この条約は東アジアの情勢に次の二点で大きな影響を与えました。(一)1874年当時、清国の統治に属していなかった原住民の台湾は、それ以降、国際法上清国の領土となる。(二)「琉球」は、その後1879年に日本の「沖縄県」となる。

 「牡丹社事件」以降、清国は「原住民の台湾」の領有権を得て、「開山撫番」政策を制定しました。但し、「開山撫番」は、その後すぐに開山「剿番」に変わりました。「開山撫番」は、「国家」対「部落」のきわめて不公平な武力侵犯でありました。この本は、1875年の「開山撫番」の最初の戦いであり、瑯嶠(現、恒春半島)の「大亀文酋邦」の原住民が、清国の軍隊「淮軍(朝廷の命令を受け李鴻章が郷里の安徽省合肥で創始した軍隊)」と戦った戦争を描いています。

 これ以降、台湾原住民は100年余りにわたって抑圧された歴史を歩みます。20年後の1895年には、台湾の統治者は清国から日本国に換わりましたが、清国の開山撫番政策は、「撫番」を「理蕃」と名を変えただけで、日本の台湾総督府に継承されました。日本統治時代には、1914年に「タロコ戦争」、1930年に「霧社事件」が起こっています。

 1945年以降は、台湾は蔣介石の国民党政府に統治されましたが、原住民の人権はやはり尊重されることはなく、「山胞」あるいは「山地同胞」と呼ばれました。1994年、李登輝総統の時代になって、ようやく「山地同胞」は正式に「原住民族」と改められ、原住民族の言語、文化、姓名(族名)はその権利が法律で保障されるようになりました。1996年にはまた、国民直接投票による台湾総統選挙が実施され、台湾は民主的な法治国家となり、次第に「多元族群、和解共生」という国家の共通認識を持つようになりました。

 私は、帝国に悲壮にも立ち向かって、部落の尊厳を守った大亀文(現、屏東県獅子郷)の原住民の人びとに同情を寄せるものですが、それだけでなく対戦相手となった「淮軍」に対しても、同情と憐憫を感じています。彼らは、ふるさとを離れ、淮河沿岸の安徽省の故郷から海を渡って台湾にやって来ました。はじめは日本の軍隊と戦争すると思っていたものが、台湾原住民との戦いに変わりました。その結果、淮軍の三分の一が山野で戦死し、異郷に骨を埋めることになったのです。日清戦争の結果、1895年に台湾が日本に割譲されると、彼らは家族と二つの地に引き裂かれてしまいました。さらに1908年以降は、台湾縦貫鉄道と製糖会社の鉄道を敷設するために、淮軍を記念する昭忠祠も移動させられ、納められていた遺骨は荒れ地に放置されました。日本の皆さまが、台湾に遊びに来られたら、屏東から墾丁までの道路の両側に今も多くの淮軍の遺跡が残っているのを見ることができます。この道路沿いには美しい風景と歴史的な名所がたくさんあるのです。

 歴史の配剤にはさらに絶妙なものがあります。1875年に淮軍と大亀文の戦争が終わると、双方の友好関係を発展させるために、大亀文の頭目の妹が楓港に駐留する淮軍のある軍人に嫁ぎました。彼らの三代目にあたる1956年生まれの女性こそが、いま台湾を牽引し、中国の脅威に対抗している蔡英文総統なのです。

 『フォルモサに咲く花』と『フォルモサの涙 獅頭社戦役』によって、日本の皆さまは、台湾原住民史は台湾史の一部であるだけでなく、東アジア史と世界史の一部でもあることをより深く理解されることと思います。この二冊の本を翻訳し、出版してくださった下村作次郎教授と東方書店に心よりお礼申しあげます。

(写真提供:陳耀昌)

 

 

フォルモサの涙 獅頭社戦役
陳耀昌著/下村作次郎訳
東方書店
税込2,640円ISBN978-4-497-22314-2

 

 

 

 

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