『続高僧伝とアジアの仏教文化』評 河上麻由子

投稿者: | 2026年5月15日
『続高僧伝とアジアの仏教文化』

続高僧伝とアジアの仏教文化
名取新宮寺一切経本の調査から


齋藤智寛・新宮寺本『続高僧伝』研究会 編
出版社:法藏館
出版年:2025年9月
価格 4,950円

本書は、「名取新宮寺一切経本を中心とした『続高僧伝』の総合的研究」(日本学術振興会科学研究費 基盤研究(B) 2019年度〜2023年度)の成果の一つとして刊行された論文集である。本のタイトルにある「一切経」とは、経典目録の「入蔵録」(仏の教えを正しく伝えるため、完備するべき経典のリスト)に基づく「一切の経典」を書写した史料群のことである。本書と対になる成果として『名取新宮寺一切経本『続高僧伝』巻四 翻刻と校異』(今野印刷、2024年)がある。
 学界では、名取新宮寺一切経のように、奈良〜鎌倉期を中心に書写された写経群を日本古写経と呼んでいる。数万巻以上現存するとされる日本古写経は、かつて10世紀以降に中国(北宋・南宋・元・明)や韓国(高麗)で出版された大蔵経を書写したとされることがあった。しかし古写経の丹念な収集と分析により、その多くは遣唐使らが将来した写本を祖本とすることが明らかになってきている。
 人々は、大蔵経を出版する際に、手元のテキストがより「正しく」なるように改変を加えることがあった。開版ごとに改変が加わるならば、そのテキストは、時代が下るにつれて原テキストから乖離していくだろう。とすれば、10世紀以降に続々と開版された大蔵経に対して、奈良時代に将来されたテキストを祖本とする古写経群はより古い形を残すことになる。
 日本古写経は、より古い時代のテキストの形を伝えるだけでなく、古代以来の日本人僧侶の思考の源泉を伝える史料群として、極めて高い価値を有している。日本各地の寺院が、不断の努力により守り伝えてきた古写経は、そのデータの多くが国際仏教学大学院大学に集められており、研究の中心もここにある。これに対して本書は、宮城県名取市新宮寺が守り伝えてきた一切経に関する、初めての学術論文集である。
 名取新宮寺一切経は、平安後期から鎌倉後期にかけて制作されたもので、かつて同寺の文殊堂に安置されていたらしく、現在は一部が東北歴史博物館に貸与されているほか、同寺の耐火収蔵庫に保存されている。
 以下、本書の構成を記す(章の著者は括弧内)

総説  [齋藤智寛]
第1部  新宮寺本『続高僧伝』の調査から
 新宮寺本『続高僧伝』からみた興聖寺本系の成立過程──巻四玄奘伝を中心に [堀裕]
 新宮寺本『続高僧伝』巻八慧遠伝について──諸本校異から見た特徴 [斉藤達也]
 名取新宮寺本『続高僧伝』玄奘伝の字形についての一考察──「正字」、異体字、誤字 [佐竹保子]
第2部  『続高僧伝』と道宣
 北斉・文宣帝の仏教政策──『続高僧伝』の記載を中心に [川合安]
 菩薩になった異族僧──『続高僧伝』が築き上げた僧崖像 [池麗梅]
 道宣『中天竺舎衛国祇洹寺図経』の撰述意図──天竺中土説の克服と関連して [倉本尚徳]
 『律相感通伝』のテキストの形態の変遷 [陳志遠]
第3部  アジアにおける『続高僧伝』とその展開
 ベトナム仏教における道宣律書の受容と刊行 [宮嶋純子]
 最澄の玄奘理解──天竺・那爛陀寺を舞台とする僧伝的諸言説をめぐって [冨樫進]
 経蔵と文殊 [長岡龍作]
第4部  附録
 『続高僧伝』の校訂本に関する私見──同伝巻四「玄奘伝」を中心にして [定源]
 新宮寺本『続高僧伝』現存十七巻法量表
 新宮寺本『続高僧伝』巻四・巻八所見(二〇一二年)
 新宮寺科研研究集会記録
おわりに 『続高僧伝』研究会の歴史に寄せて [冨樫進・堀裕]

 以下章ごとに内容をごく簡単に紹介しつつ、字数に限りのあることから、付言するべきことがある場合に限り、評者の感想を簡単に述べる。
 齋藤智寛は、解題として『続高僧伝』とその撰者道宣(五九六〜六六七年)、名取新宮寺の基礎情報、新宮寺本『続高僧伝』の特徴を記す。齋藤は、『続高僧伝』には以下二つの特徴があるという。第一に、世俗との関係も含めた仏教界全体を描こうという意志があること、第二に、道宣後年の諸著作に着想をもたらしていることである。興味深い情報も紹介される。新宮寺本『続高僧伝』巻四の表紙には、『続高僧伝』の経題右側に後筆で「大般若波羅蜜多経巻第三十」と記される。具体的な儀礼の作法は不明であるが、大般若会を修するとき『大般若波羅蜜多経』に欠巻が生じていたため、本巻を『大般若経』に見立てたものであるらしい。齋藤の「総説」への所感は最後に述べる。
 日本古写経中『続高僧伝』の研究は、京都興聖寺所蔵一切経から始まった。その後、河内金剛寺本、尾張七寺本、平泉中尊寺本などの調査が進み、諸写本を用いた研究が可能となった。しかしそれぞれの写本系統については、史料群が膨大であるため十分な研究は進んでいない。このような研究状況を受けて堀裕・斉藤達也は、『続高僧伝』の写本系統を調査し、新宮寺本『続高僧伝』は興聖寺本と祖本を同じくする可能性があることを指摘した。
 古写経の抱える問題に、誤字・脱字の多いことがあげられる。しかし、ことはそう単純ではない。佐竹保子は、科研研究会で誤字とされ、翻刻において正字(政治権力が「正しい」と定めた文字)に直された文字を再調査した。佐竹は、新宮寺本に至るまでのテキスト書写者たちの周辺に、中国戦国時代にまで遡り得る異体字が溢れかえっていた可能性を指摘する。佐竹は、道宣が生きたのは、中国南北朝時代以来の文字の混乱と多様化が収束していない時期だったことから、写本にある異体字の豊かさは、唐から将来されたテキストに由来するのではいかという。評者も古写経を読む中で、敦煌の俗字に近い字体を見出すことがままある。佐竹の見通しは、十分に成立しえるだろう。
 第2部は、『続高僧伝』そのものの分析で始まる。川合安は北斉文宣帝(在位五五〇〜五五九年)の受菩薩戒を、池麗梅は僧崖(四九三頃〜五六二年)の焼身を取り上げた。川合は、『続高僧伝』には、国家権力の保護を受けつつも、国家とは一定の距離を保ち、あくまで仏教の教義を護ることを第一に考える道宣の視角が反映されているという。池は、焼身行為の正当性または合法性の根拠を道宣は、世俗の王権ではなく、より高次元な権威にあたる「天意」にもとめるべきだと判断していたのであろうとする。
 続く倉本尚徳と陳志遠は、道宣が天人の啓示を受けて書いた著作『中天竺舎衛国祇洹寺図経』『律相感通伝』を取り上げた。倉本によれば『祇洹図経』は、釈迦滅後、祇洹寺に安置されていた神聖な法物は天人や龍などにより持ち出され、文殊菩薩のいる中国清涼山や龍宮などで保存されるのであり、インドはもはや世界の中心ではなくなったことを象徴的に表現するという。陳の論考は、『律相感通伝』各版本の丁寧な整理から始まる。陳の分析は、写本から版本、版本から版本への過程を解きほぐす試みである。テキストを仔細に比較する陳の作業は、煩雑極まりない版本間の相違が持つ意味を明らかにするもので、新進気鋭の若手研究者がもつポテンシャルを感じさせる。
 第3部はアジアにおける展開を扱う。宮嶋純子は、ベトナム北部における戒律文献の受容史を概観する。それと同時に、ベトナムにおける仏書刊行事業の特徴の一つに、他東アジア諸国とは異なり、国家の援助や巨大寺院主催による大蔵経の刊行はなされず、広範な地域でそれぞれの寺院が事業主体となり、単行書を刊行する小規模な出版活動が行われていたことが挙げられると述べる。20世紀ベトナムで、フランス極東学院が入手した日本近代に刊行された大蔵経のテキストを定本に、戒律文献が刊行されたというのも興味深い。ベトナムの仏教について扱う日本語の研究は未だ少ない。宮嶋の論考は、ベトナムの仏教史のみならず、現存する史料の特徴や関連する最新の研究を知る手引きとなりうる点でも貴重である。
 視点を日本に転じて、冨樫進は、最澄(七六六、または七〜八二二年)は師である大安寺僧行表(七二四〜七九七年)を介して、玄奘関係の文献に触れたという。しかし玄奘が中国に持ち込んだ五姓各別説(成仏ができない一闡提がいると説く)は、悉有仏性説と相反する。そこで最澄は、『続高僧伝』を含むいくつかの逸話を組み合わせ、時に恣意的な解釈を加えることで、五姓各別説を中国に普及せざるを得なかったと玄奘を「理解」したという。
 さて名取新宮寺一切経は、文殊菩薩像と共に安置されていた。長岡龍作は、一切経蔵に文殊菩薩像を安置するというのは、入宋僧の奝然(九三八〜一〇一六年)の意向で請来された文殊菩薩像が平等院経蔵に安置されたことを契機とするという。しかし右手に剣を執り、左手に経巻を載せた蓮枝を持っていたと推定される新宮寺の文殊菩薩像は、奝然請来像と近しい関係にある像の範囲からはみ出る。長岡はこの特徴が貞慶(一一五五〜一二一三年)の著作の一説と一致することから、貞慶の十三回忌に合わせて建立された海住山寺経蔵の文殊菩薩像と類似するものだったのだろうと推定する。
 先に紹介したように、堀・斉藤は、新宮寺本『続高僧伝』は興聖寺本(もと海住山寺一切経)と祖本を同じくする可能性があるという。一切経を書写した人々は、書写するテキストや、一切経建立のあるべき様式を、いかなる経路で入手したのか。一切経間における影響関係の総合的な分析が待たれる。
 定源は中国で2014年(中華書局)と2021年(上海古籍出版社)に刊行された『続高僧伝』校訂本に、さらなる改訂を加える。両校訂本の特徴を知るのにも大変有益な論考である。
 「総説」への所感に戻る。齋藤が述べるように、古写経を扱う時に、我々は「正しい」本文とは何かという問題に直面する。特に道宣の著作の場合、道宣本人が修正を繰り返すことから、「正しい」テキストを確定することは極めて困難である。一体、道宣が書いた最終バージョンが「正しい」のか、後人がその誤りを正した(少なくとも加筆修正をした本人たちはそう思っていた)ものが「正しい」のか。前者の場合であったとして、道宣は生きている限り手元の著作に修正を加えたであろうから、道宣の死によってテキストは最終バージョンになりえたとしても、道宣にとってすらその最終バージョンが「正しい」ものであったとは限らない。
 では、日本古写経の価値とは何か。齋藤は日本古写経の価値はテキストの「正しさ」にはない、と明言する。まことにそのとおりである。日本古写経の世界史上における重要性は、一つの書籍が誕生した後、より良いテキストを求める人々(道宣も含めて)の手を経て、それぞれのテキストが千数百年かけて現在ある形へと帰着したことそのものにある。仏による救いを希求する人々の、真摯な思いが生み出したテキストの圧倒的な豊潤さこそが、日本古写経が持つ最大の魅力でありその価値の一つというべきである。
 本書は、古写経の魅力をさまざまな角度から分析する貴重な書籍である。日本史学のみならず、東洋史、また思想史などに関心を持つ人々の興味に、広く応えるものと確信している。

(かわかみ・まゆこ 大阪大学)

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