第一回 漢文の中の可愛い幽霊さん・科挙編
福田 素子
■はじめに
漢文の怪談は、日文の怪談に比べてどうも怖くない、という評判です。「怖さの追求」という点では、「人々を善導する」という役割を背負いがちな漢文の怪談は、確かに少し負けるところもあるかと思いますが、何とも捨てがたい魅力があります。
思うに、登場人物本人(人・霊・その他)たちが大真面目で一生懸命で、それゆえに何ともおかしく、愛おしいのです。本シリーズでは、研究の途上で出会った、愛すべき怪力乱神について語りたいと思います。
幽霊といえばどちらかといえば夜、あまり人のいないところに出てくるものですが、試験会場というのは意外と幽霊の出やすい場所のようです。英進館という九州の塾のCM動画(https://www.youtube.com/watch?v=aVJfreYfWRY)でも、高校受験が行われている教室を、幽霊が覗いています。しかしこの幽霊は、ヘラクレスオオカブトムシやご飯粒と一緒になって受験生の気を散らすだけで、それ以上の悪さをするわけではありません。
それでも人生がかかった試験会場で幽霊に遭うというのは、できれば避けたい事態です。宮崎市定『科挙(かきょ)中国の試験地獄』の「郷試──科挙試の二」の「貢院にはお化けがでる」では、清・梁恭辰撰『勧戒録選』からひいた試験会場の幽霊話がいくつか紹介されています。いずれも女性を騙した過去のある受験生が、受験を邪魔されて、場合によっては殺される話なのですが、その中でも、「これはちょっとうっかりが過ぎるのでは」というのが巻十一所収の話に出てくる幽霊です。『科挙』では訳のみの記載なのですが、書き下し文は以下のようになります。(実は以前、原文を自力では見つけられず、旧ツイッターで捜索願を出し、川味様 @chuanweikojiよりご教示いただきました。厚く御礼申し上げます。)
厦門の庠生楊城、積学の士なり。嘉慶年間試闈(しい)に応じ、首場の初九夜 方に兀坐して構思するに、忽ち燭影揺紅して、幾(ほとん)ど撲滅すること再一、綽約たる女僧 簾を掲げて入り、城の肩に攀じ俯し闚(うかが)いて曰く、「誤れり」と。即ち身を抽きて去る。
貢院では受験生一人一人に小さな部屋が与えられており、入り口には簾がかかっていて、その中で寝たり、ご飯を食べたりしながら何日もかけて答案を書きます。アモイの生員の楊城も、嘉慶年間に郷試をうけました。第一場の試験の初日、つまり旧暦8月9日夜に自分の小部屋で、答案をどう書こうか、きちんと座って考えていました。すると突然灯火が妖しく揺れて消えんばかりになり、あでやかな尼さんが簾を掲げて入ってきました。科挙の受験資格を持つのは男だけですから、当然貢院の中に女性はいるはずがなく(中国ドラマでは男装したヒロインが入り込むことがありますが)、幽霊に違いありません。「城の肩に攀じ俯し」ということは、蛇が這い上ってくるように、楊城の肩に這い上ってきたようです。そして楊城の顔を見ると、「誤れり」とつぶやき、するすると「身を抽」いていきます。この「誤れり(誤矣)」は「間違えた!(独り言)」なのか「間違えました(楊城に言っている)」なのか、悩むところです。宮崎市定の訳では「あ、ここではない。間違ってすみません」となっていますが、美女が無愛想に「違った」と言って退散するのも、それらしい気がします。城 駭くこと甚し。俄かに隣に号するを聞く。陵誶(りょうすい)の声有り、啜泣の声有り、乞哀の声有り、既にして闃寂(げきせき)として人無きが若し。城 衆に語り、共に趨りて之を視るに、則ち某 僵(たお)れ臥して死す。
楊城はびっくりしました。(それはそうでしょう。)尼さんがいなくなると、いきなり隣で叫び声がしました。怒り、叱りつけるような声がして、次にすすり泣きの声がして、命乞いの声がすると、完全に静かになってしまいました。昔捨てた女が化けて出てきてしまったものだから、居丈高に怒鳴り散らし、それが効かないとなると泣き落としに入り、それから身も蓋もない命乞いへ、という推移が、声色の変化だけで描かれていて、なかなか面白いと思います。全てが終わり、静かになってから、楊城が他の受験生たちと語らって一緒にその部屋に入ってみると、その部屋の男は倒れて死んでいました。『科挙』の幽霊話を読むと、神さまも世間もどうも男性に厳しいようで、なびいたであろう女の方も悪かった、と情状酌量するということがありません。楊城も厳しいことを言います。
楊城謂う「仏家の弟子を汚辱すること世に多し。之を忽(ゆるが)せにすれば、豈に知らんや禍を為すこと亦た烈なるを。実に深思炯戒(けいかい)せざるべからず」と。
「仏弟子を堕落させることは世におおくあるが、気軽にそういうことをすれば、思いがけず激しい禍いとなるのである。まことによく考え、重く戒めないわけにはいかない。」
先姚安公言うらく、雍正庚戌の会試、雄県の湯孝廉と同号の舎たり。湯、夜半忽ち披髮の女鬼を見る。簾を搴げて手もて其の巻を裂き、蛺蝶(きょうちょう・タテハチョウ)の乱れ飛ぶが如し。湯素より剛正、亦た恐怖せず、坐して之に問いて曰く、「前生は吾知らざるも、今生則ち寔(まこと)に人を害する事無し。汝、胡為ぞ来たる者か」と。
これは紀昀先生が父親から聞いたお話です。雍正8年(1730年)、紀昀父は雄県(河北省)の湯孝廉(孝廉は挙人と同じ)と同じ号舎(貢院内の同じ建物)で会試をうけました。湯孝廉は『閲微草堂筆記』のこの話のみの登場なので、どんな人かは分かりません。また郷試ではなくその上の試験である会試だったので、『科挙』では取り上げられなかったと思われます。さて、湯孝廉の部屋に、夜中にざんばら髪の女が簾をかかげて入ってきて、答案用紙をビリビリと破り、切れ端は蝶が飛ぶように宙を舞いました。科挙では、試験用紙が汚れたり破れたりしたら、そこでもう失格です。湯孝廉はさぞかし泣きたい気持ちだったことでしょうが、おちついて聞きます。「前世のことは知らないけれども、今生では本当に人にこんなことをされるほど酷いことをした覚えがないんだ。お前さん、どうしてここに来たんだい。」鬼愕眙(がくち)して卻(しりぞ)き、立ちて曰く、「君四十七号に非ざるや」と。曰く、「吾四十九号なり」と。蓋し前に二つの空舎有り、鬼之を除きて未だ数えざるか。諦視すること良(やや)久しくして、礼を作して罪を謝して去る。斯須の間、四十七号に喧呼す。「某甲悪に中る」と。
今度は幽霊がびっくりします。幽霊は眼をまん丸にして後ずさりし、棒立ちになって「あなたは47号じゃないのですか?」と聞き返してきます。湯孝廉は言います。「私は49号だ。」どうも前に二つ空き部屋があって、幽霊はそれを数えていなかったようです。しばらく呆然と湯孝廉を見つめてから、お詫びをして去って行った、ということです。ここで「对不起」と言ったのか、「不好意思」と言ったのか、いつも大学で中国語を教えている日本人教師としては、ちょっと気になるところです。それからすぐに、47号の部屋で叫び声がしました。どうもその部屋の受験者が、突然体調不良を起こしてしまったようです。此の鬼殊に憒憒(かいかい)、此の君無妄の災と謂うべし。幸ひにも其の心愧怍(きさく)無く、故に倉卒の間に敢て与に詰弁し、僅かに一巻を裂くのみ。否らざれば亦た殆きかな。
この幽霊はとりわけおっちょこちょいで、湯孝廉はとんだとばっちりであった。幸いにも疚しいことがなく、こんな危急の場で、あえて幽霊相手に問いただすことが出来たので、答案用紙を破かれるだけですんだ。そうでなければやはり危ないところであった、と。賈樟柯監督の映画「帰れない二人(江湖児女)」(2018年)では、刑務所から出てきて文無しの、趙濤扮するヒロインが高級レストランの中をうろついて、通りかかった男を手当たり次第に捕まえて「妹が流産したの」と囁くと、少なからぬ男が「悪かった。今はこれで勘弁してくれ」と、財布から有り金をつかみ出して握らせてきて、あっという間に昔の恋人を捜すための軍資金を作ってしまう、というエピソードがありました。つまり身に覚えがなければ、お金も騙し取られないし、貢院で幽霊に殺されもしないのです。正しく生きることが何よりです。
湯孝廉は答案用紙を破かれた時に不合格が確定してしまいましたが、紀昀父も挙人で終わっているので、二人ともこの会試には落ちたようです。
参考文献:
宮崎市定『科挙(かきょ)中国の試験地獄』中公新書 1963年
(ふくだ・もとこ 聖学院大学非常勤講師)
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