「東アジア恠異学会」について
◇怪異学ことはじめ
東アジア恠異学会は、西山克氏(京都教育大学名誉教授/日本中世史)が2001 年(平成13)に設立した、「怪異」をキーワードにさまざまな分野の専門家が集まる学術団体です。
参加資格を問わず、関心のある人が集まるスタイルなので、歴史学、文学、民俗学など人文学の研究者だけでなく、生物学の研究者や作家、占術家なども参加し、研究会の回数は150回を超えました。現在の代表は大江篤(園田学園大学学長/日本古代史・民俗学)が務めています。
とはいえ好事家の集まりというわけではありません。当会の提唱する「怪異学」は、東アジアの歴史資料に残る多くの「怪異」記録を、ただ迷信やオカルト的関心の対象として見るのではなく、社会の中で人々が不思議な現象を解釈し、記録したものとして読み解くことを目的としています。そのため資料上の「怪異」という言葉を大切にし、歴史学的に「怪異」を探究してきました。
会の名称に「恠異」を用いているのは、前近代資料の表記を重視したためです。学会設立当初は、「怪異」と「恠異」の違いに着目した時期もありましたが、現在では異体字で、意味や読みに大きな違いがあるとは考えていません。しかし学会の固有名詞としては「恠」の字を用い、りっしんべんが「心」を意味することから、「怪異」は人の心に在る、という研究会の姿勢を説明することもあります。
東アジア恠異学会設立時に西山氏が掲げた綱領は、以下の四点です。
(1)東アジア文化圏における「怪異」のあり方の把握
(2)「怪異」という言葉の持つ歴史的有用性の発見と解読
(3)「怪異」現象として表れる表象文化の解読
(4)前近代王権論を読み解く方法論的ツールとしての「怪異」の位置づけ
この綱領からも、恠異学会が「怪異」そのものではなく、「怪異」を研究の方法論的ツールとして重視してきたことがおわかりいただけると思います。
◇怪異とは何か
綱領の(1)にあげているとおり、東アジア文化圏における「怪異」のあり方を総合的に考えることは、当初からの課題でした。
いうまでもなく、「怪異」という語は、中国で生まれたものです。中国古代の天人相関説にもとづく「怪異」は、「災害」と対になる語であり、天が人の行いに連動し、特に為政者を譴責するために起こすものだとされます。
董仲舒などに代表される天人相関説による「災異」は、人格をもつ「天帝」や「上帝」が為政者に下す天譴としての面と、陰陽の自動的作用として起こる面との、ふたつのイメージを持ちます。しかし日本では人格神としての天の信仰も、陰陽説も取り入れないまま、七世紀ごろに「怪異」の概念を受容しました。その結果、神祇官や陰陽寮の卜占によって神々の示現、怒りや警告などの意思表示と見なされたものが「怪異」として記録され、国家が祭祀や仏教的法要を行って「怪異」を鎮めるというパターンが成立していきます。
東アジア恠異学会では、こうした古代・中世の国家が危機管理のために用いてきた「怪異」を第1類型として規定しました。
しかし、現代で使われる「怪異」は、この第1類型だけにあてはまりません。もっとひろく、怪しい、不思議なものごとをさす言葉として「怪異」が使われています。
我々は、国家が管理していた「怪異」の知識が、やがて社会に拡散、浸透していくという「怪異の拡散」モデルを提示しています。そして「怪異」を解釈、判断する知識や技術の流れに注目してきました。亀卜の技法復元に取り組んだことはそのひとつです。
亀卜は、中国でも古くから行われていますが、大陸では淡水に棲息する内陸性のカメの甲羅を用いていたのに対し、日本ではウミガメの甲羅を利用してきました。そして壱岐・対馬、伊豆などウミガメが獲れる地域出身者が神祇官の卜部として登用され、卜占に関わったことが明らかになってきました。当会では、カメの甲羅を実際に利用した灼甲の実験を行い、その記録をまとめています(『亀卜──歴史の地層に秘められたうらないの技をほりおこす』臨川書店、2006)。
「怪異の拡散」モデルは特に、先端知識を国家が独占していた日本の古代・中世社会で有効な考え方だと思います。しかし漢字文化がはやく浸透した中国では、もっと多面的で複雑な展開があったでしょう。設立の経緯から中心メンバーは日本史の研究者が多いのですが、中国思想史、文学、宗教学などの立場からも様々な発表をしていただいています。HPには「研究会報告」として過去の報告タイトル・要旨が記録されています。ぜひご覧ください。
◇主な活動
活動の中心はおよそ隔月のペースで、年5~6回開催している研究会です。現在は、事務局がある園田学園大学からzoomを利用し、対面・オンライン併用の形で開催することが増えています。また、時にはシンポジウム形式の企画や、見学会、公開のフォーラムなども行っています。
先ほど記したように当会は特に参加の資格を制限しておらず、HPやSNSでの案内から申し込みいただければ誰でも参加できますし、zoomアドレスもご案内します。事務局にメールアドレスをご連絡いただければ、会員でない方にも研究案内をお送りします。
HPでは、「怪異学用語集」や、年間のテーマなども掲示しています。研究テーマは、会員相互の問題意識を共有するため、現在の問題関心などをまとめて掲示しているものです。このテーマに関わらず、過去のテーマに関するものでも、発表の希望は随時受け付けています。当会の趣旨をご了解のうえで、一緒に「怪異」やその背景となる歴史、社会について考えたい方は、どなたでも参加いただければと思います。
ところで当会の特徴として、誰でも参加できるということのほかに、定期刊行の雑誌を持っていないことがあります。その代わり、発足以来、3年に1冊の頻度で論集を公刊することで研究成果を公表してきました。これまで刊行した論集は8冊です。
・『怪異学の技法』臨川書店、2003
・『亀卜──歴史の地層に秘められたうらないの技をほりおこす』臨川書店、2006
・『怪異学の可能性』角川書店、2009
・『怪異学入門』岩田書院、2012
・『怪異を媒介するもの』勉誠出版、2015
・『怪異学の地平』臨川書店、2018
・『怪異学講義:王権・信仰・いとなみ』勉誠出版、2021
・『怪異から妖怪へ』文学通信、2024
最新刊『怪異から妖怪へ』は、昨年12月に刊行されたばかりです。初めての新書判で、当会の成果をわかりやすくまとめています。またこれまで避けていた「妖怪」という術語をあえて書名に採用しました(なぜ避けてきたかは本書の序をご参照ください)。
歴史的に変化してきた「怪異」の認識が、現在のキャラクター化された「妖怪」とどのように関わるのか、鬼、天狗、河童、白沢、九尾狐などの実例をもとに当会ならではの視点で読み解いています。手に取っていただければと思います。

◇お知らせ
当会では、研究会運営にご協力いただくため会員に年間2000円(学生1000円)の会費をお願いしており、基本的に会費を納めていただいた方を会員として扱っています。
しかし、何度か書いてきたように当会は会員でない方もふくめて自由に行き来し、「怪異」を論じる場を目指しています。次回の研究会は、2025年5月18日に膽吹覚氏(福井大学)から「古木の怪異と仏制ー大行寺信暁『山海里』第2篇下巻「鬼神木をきらぬ事」をめぐってー」と題して予定しています(詳細、申し込みはHP参照)。
その後、7月には久々に東京例会を予定しています。ご関心ある方はぜひご連絡ください。
*HP :http://kaiigakkai.jp/
(事務局 久留島元)