SNET台湾設立6年――コロナ禍を越えて
◇設立の経緯
2018年、台湾研究者仲間の洪郁如(一橋大学)、山﨑直也(帝京大学)とSNET台湾(日本台湾教育支援研究者ネットワーク、2021年にNPO法人化)を立ち上げた。きっかけは、「多くの日本人高校生が修学旅行で台湾を訪れているにもかかわらず、日本の学校教育では台湾に関する知識を得ることが難しい。なんとかしたい……」と、台湾修学旅行の現状について、2018年1月に山﨑さん、次いで2月に洪さんから伺い、衝撃を受けたことに始まる。
コロナ禍以前の話になるが、全国修学旅行研究協会の資料によると、2018年度の修学旅行対象学年(全日制2年、定時制3年、専科、別科、中等教育後期課程)の生徒数は1,084,000人、海外修学旅行参加者168,881人、そのうち台湾に修学旅行に行った高校生は57,540人に及んだ。つまり、全体の約5%以上、海外修学旅行参加者の約34%が、台湾に修学旅行に赴いたことになる。
ほとんどの高校は台湾修学旅行の際、台湾の高校を訪問し、高校生と交流の機会を持つ。だが、日台高校生の歴史認識につながる教科書の記述を確認すると、台湾の歴史教科書の約4分の1が日本統治時代に紙幅を割いているのに対し、日本の歴史教科書は日本史も世界史も台湾に関する記述は合計しても1ページにも満たず、全ページの約400分の1に過ぎない。この100倍の知識の差を埋めるために何かしなければという思いと、ネット上に溢れる偏った台湾情報を目の前に愕然とし、焦りが募った。
そこで、私たち3人は、台湾研究の最新の学術成果を、高校生をはじめ日本のみなさんにとって、手に取りやすい形で発信する活動を開始した。台湾修学旅行や研修旅行の事前学習の講師として高校や大学に出向いたり、最新の知見をシェアするシンポジウムやワークショップを開催したり、コロナ禍以降は特にオンライン教材を充実させ、YouTube「SNET台湾チャンネル」ではすでに50本以上の動画を配信している。
◇活動紹介
YouTube「台湾修学旅行アカデミー」シリーズは、台湾研究者が疑問に答える形で、台湾の基礎知識をレクチャーする番組だ。第1回「台湾とは何か?」(講師:松田康博)では、台湾/中華民国という2つの名前の意味、台日・台米・台中関係、台湾という例外的事例から考える国家の意味などについて分かりやすく紹介している。そのほか、国際社会、教育、選挙、経済、建築、台南、映画、LGBTQ、高校生の政治参加、民間信仰、歴史のみかた、日本神、李登輝、砂糖、パンダ、就活、エスニシティ、兵役、先住民、メディア、言語、夜市、文学をテーマとした「台湾修学旅行アカデミー」を公開済みで、幅広い世代にご視聴いただいている。台湾の博物館を紹介した「おうちで楽しもう台湾の博物館」シリーズでは、①国立台湾博物館、②国立故宮博物院、③国家人権博物館、④国立中正紀念堂、⑤国立台湾史前文化博物館、⑥国立台湾文学館、⑦二二八国家紀念館、⑧順益台湾原住民博物館、⑨衛武営国家芸術文化センター、⑩国立台湾歴史博物館といった代表的な10の博物館を紹介している。こちらは台湾の博物館が制作した動画にSNET台湾が日本語字幕を加え、冒頭に解説を付けた。博物館を訪れる前に、ぜひご視聴いただきたい。
さらに100人以上の台湾研究者・専門家の協力を得て、台湾の400以上のスポットをアカデミックに楽しく紹介したHP「みんなの台湾修学旅行ナビ」では、台北101、故宮博物院、総統府、台南孔子廟、六合夜市といった台湾の有名観光スポットから、工業技術研究院、台湾人権促進会、台湾ジェンダー平等教育協会など、あまり知られていないが、現代の台湾社会を作ってきた必見のスポットまで幅広く紹介している。学びのポイントを分かりやすく解説するほか、関係書籍や動画も紹介するなど、楽しみながらも最新の学術成果にアクセスできるサイトだ。サイト名「みんなの」が表すように、高校生に限らず、誰もが学びのテーマや台湾の旅をデザインできる。2023年には、台湾修学旅行ナビを活用した「台湾教育旅行プランニング大賞」を開催し、学生たちによる優秀作品を「みんなの台湾修学旅行ナビ」に掲載した。
こうした恒常的な取り組みに加え、2021年には、台湾国家人権博物館の初の海外展「台湾国家人権博物館特別展——私たちのくらしと人権」を監修した。白色テロ期に台湾の政治犯を支援した日本人の市民グループ「台湾の政治犯を救う会」の当時のメンバーを取材し、記録映像「台湾の政治犯を救う会——人権は国境を越えて」も制作し、大きな反響を得た。また、2022年には、台湾文化部や紀伊國屋書店と協力し、『臺灣書旅——台湾を知るためのブックガイド』を作成、約400冊の台湾に関する書籍を紹介した。続編となる『臺灣書旅——台湾の食文化を知るためのブックガイド』(2024年)では、台湾の食文化をアカデミックに分かりやすく紹介するなど、台湾研究の専門知識を生かした日本社会への発信を広く行っている。
◇コロナ禍以降
コロナ禍は、「台湾修学旅行」を設立のきっかけとした私たちにとって大きな衝撃だったが、国境が開き、海外修学旅行が行われるようになった現在では、全国の高校や大学から講義の依頼が急増し、嬉しい悲鳴をあげている。SNET台湾の業務が多岐にわたり、拡大していくなか、2023年、家永真幸(東京女子大学)、五十嵐隆幸(防衛大学校)、大岡響子(国際基督教大学)、郭書瑜(一橋大学・博士課程)、上水流久彦(県立広島大学)、魏逸瑩(早稲田大学)、黒羽夏彦(国立成功大学・博士課程)、國府俊一郎(大東文化大学)、清水美里(名桜大学)、許仁碩(北海道大学)、菅野敦志(共立女子大学)、胎中千鶴(目白大学)、陳麒文(国立台湾大学)、黄昱翔(歴史資料館職員)、福田栞(一橋大学・博士課程)、藤野陽平(北海道大学)、前野清太朗(金沢大学)、前原志保(九州大学)、松葉隼(早稲田大学)、李佩儒(文筆家)、劉彦甫(東洋経済新報社)約20人の台湾研究者仲間たちがSNET台湾に特別研究員として加わってくださり、それぞれの専門を生かしながら組織的に活動することが可能になった。創設時より若林正丈先生(早稲田大学名誉教授)には顧問として応援いただいているが、呉密察先生(前国立故宮博物院院長)にも顧問として参与いただけることになった。
2024年、SNET台湾の活動は、海を越えて台湾でも始動した。高校生たちが台湾でより充実した研修が行えるように、国立台湾師範大学、国立成功大学、国立台湾大学の教員たちと協働しながら、様々な活動を行っている。例えば、国立台湾大学の地質学専門の教員による日台の地震や地質に関する指導、国立台湾大学台湾文学研究所の教員による台湾映画に関する講義、国立台湾師範大学台湾史研究所の教員の講演、および学生たちによるキャンパスツアー、台北街歩き研修、国立成功大学の全学必修科目にもなっている「踏溯台南(台南を歩く)」プログラムへの参加、若手議員による主権者教育に関する講演、台湾同志ホットライン協会の事務局長によるジェンダー平等の講演など、台湾でしか体験できない、SNET台湾だからこそ企画できるアカデミックな研修を台湾の関係機関や研究者と連携して実践している。
こうした活動を日々の教育研究活動と平行して行うためには、SNET台湾メンバーの努力、多くの関係者の方々の協力が不可欠である。2024年、「台湾研究の学術的研究成果に基づく学習支援活動」の成果による、第14回地域研究コンソーシアム賞社会連携賞の受賞は、私たちにとって大きな励みとなった。
コロナ禍を経て、SNET台湾の活動の意義が、正しく「台湾を知る」ためのエスコートから、「台湾を知り、では日本は?」という次なるフェーズへと変わってきたように思う。台湾には、ジェンダー平等、移民、ダイバーシティ、若者の政治参加、主権者教育、人権、環境、エネルギー問題、移行期正義など、日本が直面する諸課題に早くから向き合ってきた社会として、「今」を学ぶ機会が豊富にある。若い日本のみなさんにとって、台湾に出会い、台湾を知り、台湾と対話することは、日本を客観的に見つめ、見直し、閉塞感を打ち破り、新たな社会を築くきっかけになるのではないか、そう願いつつ、活動を続けている。
(SNET台湾代表理事・日本大学 赤松美和子)