石川忠久先生の思い出―埼玉県漢詩連盟創立十五年を振り返って―

投稿者: | 2024年4月15日

塚越 義幸

 

 去る11月11日に今田述氏の名著『漢俳 五・七・五の中国国民詩』(東方書店)の出版記念会が、漢詩結社葛飾吟社主催で、新橋の中国料理店「新橋亭」で行われた。その折、円卓の席の右隣に岡山大学名誉教授下定雅弘先生がおられた。紹興酒の酔い心地が良く、気さくな下定先生とつい興に乗じ、かつての碩学大家の話題に。吉川幸次郎や桑原武夫をはじめ高橋和巳・小島憲之、更には本田済まで。その中で当然の如く石川忠久先生の話題にも波及した。下定先生はこういう大家の逸話を残すべきだと熱く語られていた。左隣には東方書店の家本氏が一連の話を聞いておられた。そんな経緯で今回家本氏から大家の思い出、特に石川忠久先生の思い出を綴るようにとのお話をいただいた。ただ私は先生の受講生でもなく、思い出を語る資格はないが、もしこちらに語る術があるとしたら、現在副会長を務める埼玉県漢詩連盟との思い出かなあと、お引き受け致した次第である。
 石川忠久先生は、二松学舎大学名誉教授・日本中国学会顧問であり中国文学研究の大家であることは言うまでもなく、全日本漢詩連盟の会長をお務めになるなど漢詩の実作者としても名高い。ただ残念ながら一昨年の7月12日に90歳を以て逝去された。

〈設立総会でご挨拶される先生〉

 石川先生との思い出は、埼玉県漢詩連盟(通称彩漢連)の発足の会から始まった。連盟は平成19年11月に歩みを始め、その設立総会・懇親会が同月24日大宮のソニックシティーで行われ、私も末席を汚すこととなった(参加者53名)。石川先生はその時に顧問として奥様と共に参加された。その折、先生から以下の賀詩を拝受した。
   賀埼玉県漢詩連盟創立
  文風一百五十年  
  今日結成詩社緣
  老少擧杯武州夜  
  孟冬晴月在中天
 懇親会の後帰りにたまたまご夫妻と一緒になり、大宮駅までお話をさせていただいた。終始笑顔で全都道府県に漢詩連盟を設立したいねと楽しそうに語られていた。先生の漢詩創作拡大への強い意志を感得したことを記憶する。駅の歩道橋から眺めた月はまさに中天にあった。
 この会を機に、石川先生は埼玉県漢詩連盟の総会・講演会そして吟行会にたびたびご参加くださり、玉作も賜った。以下それらの日程・頂戴した玉作である。

 平成20年 5月18日 吟行会(東松山市吉見百穴・了善寺など) 柏梁体聯句「百穴臺上野鶯翻」
 平成21年 2月 8日 吟行会(新座市平林寺) 柏梁体聯句「鷗盟相集名刹前」
 平成21年 9月21日 川越市喜多院拝観 「遊川越喜多院」五言絶句
 平成22年 4月 3日 吟行会(嵐山町都幾川堤) 柏梁体聯句「對景豈可無好辭」
 平成24年 6月 3日 第5回定期総会・懇親会(新座市生涯学習センター) 「彩漢連第五回總會作」(七言絶句)
 平成24年 9月30日 吟行会(長瀞町) 柏梁体聯句「二億年間蛙影淸」
 平成25年 6月28日 第6回定期総会・講演会・懇親会(さいたま市民会館うらわ) 講演会「自然を詠う詩 陶淵明と王維・孟浩然・李白・杜甫」         
 平成28年 6月 5日 第8回定期総会・講演会・懇親会(ウェスタ川越) 講演会「詩仙李白と詩聖杜甫との出会い」
 平成29年11月12日 連盟十周年記念講演会「謝朓と李白」(新座市平林寺)

 前半は主に吟行会に参加され、後半は講演会を担当された。吟行会ではいつも洒落た帽子を被られ、奥様とご一緒であった。その折、柏梁体聯句の作成を試みたが、先生は参加者全員の作品を軽快に並べ替えられ、その流れを序破急さながらに解説された。
 また懇親会においては、お酒が進むと「作品ができたぞ」とおっしゃり、箸袋に書かれることもあったが、そのご披露が始まる。訓読そして中国語と。それを連盟監事の住田笛雄氏が吟詠するというのが定番であった。
 平成25年の講演会後の懇親会でご披露された七言絶句を、こちらが必死に書き取ったものが残っている。
  少年衰老共紅顔
  論世評詩兩盡歡
  浦市城中鷺鷗會
  氣焔萬丈醉談閒

〈懇親会の席で玉作を披露される先生 右隣増田泰之連盟会長、さらに右が筆者〉

 先生のご講演には私の教え子を必ず数名連れていった。懇親会の席で、先生は気さくに学生たちに「研究のテーマは何?」などと話しかけてくださった。学生たちも真摯に研究テーマについてお答えすると、先生はにこやかに「それはいいね~頑張ってね」と励ましてくださった。
 ある時、市ヶ谷の私学会館において連盟のK氏とH氏と三人で、先生としばし懇談をしたことがあった。その時は、先生が若い頃から漢詩創作にどう取り組まれてきたかを話された。先生は「若い頃、すでに漢詩を作るのは変わり者扱いされており、戦後大学で中国文学を専攻してからも、同学は漢詩創作には関心を示さず、まさに孤軍奮闘であった。それでも、講座生から創作の指導を望まれたことを意気に感じて、創作の活動を拡大していった」と笑顔で語られた。あっという間の数時間、貴重な談話会となった。
 先生最後のお出ましとなった連盟十周年の記念講演会においては、自ら揮毫された七言絶句を頂戴した。
   慶賀埼玉縣漢詩連盟創立十周年
  鷗盟結集武州西  十歳功成氣吐霓(げい=虹のこと)
  元是文運隆昌地  朝吟暮誦共提攜
 わかりやすくかつ意味深長で温情こもった賀詩である。まさに先生のお人柄が窺える内容である。
 令和6年3月24日(日)、先生がかつてご講演をされたウエスタ川越で、今度は私が「渋沢栄一と漢詩」というテーマで講演をさせていただいた。先生のご冥福を祈りつつ。

 

(つかごし・よしゆき 國學院大學栃木短期大学)

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桃源佳境──わが詩わが旅

桃源佳境──わが詩わが旅

石川忠久 著

出版社:東方書店
出版年:2001年04月
価格 3,520円

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