龍の横顔①

投稿者: | 2024年2月15日

瀧本 弘之

 

 今年は辰年ということで、龍が話題になっている。十二年に一度来るわけだが、十二支のなかでは、虎と並んで龍の人気は高い。
 私もご多分に漏れず、龍のデザインを借りて年賀状をつくった。厳密にいうと、龍ではなくて「龍未満」とでも言うべきものだ。中国の伝説では、龍門の激流をのぼりきった鯉は、やがて龍になると言われている。この出典はいろいろと言われているようだが、実際にはあまりに古いので伝聞のまた伝聞という形をとって、はっきりしない。『三秦記』というのが原典だが、漢の時代の「三秦」すなわち漢中地域の地方志だったらしい。『三秦記』では、黄河の龍門の激流を昇りきった鯉は龍に成ると書かれている。もちろん当時は紙の本などまだない。紙より以前に使われていた竹簡や木簡、絹などに記録したのだろうが、現物は失われている。様々なところに引用されて伝わったのだろう。
 ともかく、その年賀状の一部分を御覧に入れる。
 これはその伝説を絵にしたもので、実際は鯉から龍に成りかかりのところを描いている。龍のひげも生えかかっている。

図1

 この挿絵の発見は偶然で、『程氏墨苑』という書を探っていたら、見つけたのである(数か所にある)。その後また『方氏墨譜』にも同じ図柄が見つかった。どちらの墨カタログにも掲載されているのは不思議と思うかもしれないが、この図案を描いたのは丁南羽(雲鵬)という明末の画家で、彼はどちらのカタログにも図案を提供しているから、こうしたことになったわけだろう。そのほかにも探せば幾つも似たような例が出てくるはずだ。また『程氏墨苑』には、黄河の途中の「龍門」をテーマにした図も掲載され(図3)、これには龍門を通過するときの鯉を描いている。龍の成りかかりよりも少し前の鯉だ。

図2 『程氏墨苑』の龍鯉

 ちなみに『程氏墨苑』と『方氏墨譜』は二大墨譜として名高いが、程氏と方氏にも込み入ったエピソードがある。簡単には言えないが、程氏のところで修業した方氏が、やがて出世して程氏をしのぎ云々……という遺恨たっぷりの競争挿話が語られていて、それ自体で一冊の本にもなりそうだ。とはいえ、あまりに古い話で、実際のところはよく分からない。ライバルだったことは紛れもない事実で、両者ともに優れた墨譜を世に遺したことは記録されていいだろう。
 墨譜を墨のカタログと書いたが、このカタログ自体が大変な資料だ。ただのカタログではなく、それぞれに知人である著名人の詩や推薦文がふんだんに詰まっている。それが万暦から明末のいわゆる「名人」ばかり。つまり程氏も方氏も自分の方が高位高官の文人と知り合いだとひけらかしているのだ。それも墨の絵に合わせて直筆の文字を縮小して絵とともに並べているから、この本の中には文字通り龍となった人々が勇躍しているというわけだ。この本に取りあげられた人物たちの書だけを研究した人もいたようだ。確かに一見して立派な書きっぷりに違いない。

図3 『程氏墨苑』に掲載されている「龍門」の図。まだ鯉の姿である(早稲田大学図書館蔵)。

(たきもと・ひろゆき 著述家、中国版画研究家)

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