白居易の多面的な「真珠」

投稿者: | 2023年3月15日

ガイ ホッブス

 「真珠」が初めて中国の詩に現れたのは唐代(618-907)であるが、「真珠」を詩のモチーフにした唐詩人の中では、白居易(772-846)がもっとも多い九首を作詩し、詩に於ける「真珠」の描写も多面的である。本稿はその九首(1~9と明記)を取りあげて、白居易の詩に於ける「真珠」の有り様を考察したい。原詩・書き下し文の他、全文掲載の詩については英訳を付す。英訳の詩文形式は、英文学の伝統的な韻文連句を採用して、二句ずつの韻文連句となっている。なお、本稿の詩の英訳はすべて筆者の手による。

(1)「秦中吟十首 議婚」

 「真珠」が初めて白居易の詩に現れたのは「秦中吟十首 議婚」である。元和五年(810)、長安にての作品(1)。「議婚」(婚を議す)は婚姻の事を話し合う意味である。三十句からなる詩の十八句目に、本稿の焦点である「真珠」が登場する。

荊釵不直銭   衣上無真珠
荊釵銭に直らず 衣上真珠無し(2)

 価値の無いいばらの花のかんざしに、着物には真珠の飾りものなどはない、と記述されるように、この詩に於ける「真珠」は実際に身に付ける貴重な装飾品を意味する。

(2)「夜聞歌者――宿卾州」

夜泊鸚鵡洲、秋江月澄澈
鄰船有歌者、発調堪愁絶
歌罷継以泣、泣声通復咽
尋声見其人、有婦顔如雪
独倚帆檣立、娉婷十七八
夜涙似真珠、双双堕明月
借問誰家婦、歌泣何凄切
一問一霑襟、低眉終不説(3)

「夜 歌ふ者を聞く――卾州に宿す」
夜 鸚鵡洲に泊す        秋江 月 澄澈す
鄰船に歌ふ者あり        調を発して愁絶するに堪えたり
歌ひ罷んで継ぐに泣くをもってし 泣声 通じてまた咽ぶ
声を尋ねてその人を見れば    婦あり顔雪のごとし
ひとり帆檣に倚りて立つ     娉婷 十七八
夜涙 真珠のごとく       双双 明月に堕つ
借問す誰が家の婦ぞ       歌泣なんぞ凄切なる
一たび問へば一たび襟を霑ほし  眉を低れて終に説かず(4)

 「夜聞歌者――宿卾州」の製作年は元和十年(815)、長安から江州へ向かう途中の作品(5)。第一~二句では、江に映る澄んだ月のもとに泊まる船が描写され、第三~四句では、隣の船にいる歌い手のメロディーの悲しさが述べられる。第五~六句では、歌い手が泣き始めて、その悲しみで声がつまる。第七~八句では、その声の持ち主を探すと、雪のような白い肌の女性であった。第九~十句では、その17~8才のすらりとした女性は帆柱に寄り掛かる。第十一~十二句では、本稿の焦点の「真珠」が登場、明月に照らされている顔に流れる涙が真珠のようだ、と表現されている。最後の四句では、女性の悲しさの理由が問われているが、彼女は頭を下げて最後まで何も答えない。

“Hearing a Songstress at Night — Lodging at Ezhou” (Bai Juyi)
Mooring at Yingwu islet this autumn night,
Beneath the fall sky with the moon clear and bright.
In a neighboring boat a songstress sings,
An unbearable melody resounds and rings.
The singing ends and weeping fills the air,
Mournful tears flow from the fair.
Following the voice with a wish to know,
Finding a woman with skin like snow.
Alone she leans against the mast,
A graceful form, only some eighteen years have past.
Like pearls her night tears flow,
From her eyes the moonlit drops glow.
Asking where she lives to see if she would impart,
Of the singing and tears that touched my heart.
Wetting her wear with tears my queries invoke,
Lowering her brow, alas, she never spoke.


 この詩に於ける船上の悲しい調べは、白居易が816年に作詩した名作「琵琶行」『全唐詩』(巻四百三十五)に登場する琵琶奏者への前奏曲のようである。「真珠」をモチーフにした詩には、もう一つ(3)「春聴琵琶兼簡長孫司戸」『全唐詩』(巻四百四十)という「琵琶行」へのプレリュード的な詩がある。この詩の第二句(「乱写真珠細撼鈴(真珠を乱写し 細に鈴をふる(6)) 」)は琵琶の音色を、真珠をばらまくような音と細かく震える鈴のような音に描写しているが、「琵琶行」の二十六句目の「大珠 小珠 玉盤に落つ(7)」では、大きな真珠と小さな真珠が玉盤に落ちる音として表現されている。真珠の落ち方(または投げ方)によって、音の響きのイメージが大いに変わり、音楽の調子と音量の違いも伝わる。

 ほか、音楽に関連した「真珠」をモチーフにした詩としては(4)「晚春欲携酒尋沈四著作先以六韻寄之」(晩春、酒を携へ沈四著作を尋ねんと欲し、先づ六韻を以て之に寄す)(8)がある。この詩の十二句目「真珠一串歌(真珠 一串の歌)」は、流れるような美声を連なる真珠に喩える。

(5)「暮江吟」

一道残陽鋪水中
半江瑟瑟半江紅
可憐九月初三夜
露似真珠月似弓(9)

「暮江吟」
一道の残陽  水中に鋪き
半江は瑟瑟  半江は紅なり
憐れむ可し  九月初三の夜
露は真珠に似 月は弓に似たり(10)

 「暮江吟」は元和十一年(816)から元和十三年(818)の間に江州にて書かれた(11)。第一~二句では、水面に当たる夕陽の残照によって川が深緑色と紅色になることが描写される。第三~四句では、九月初めの夜に浮かぶ弓のような月と真珠のような露が描かれる。第四句に「露は真珠に似」とあるように、この詩に於ける「真珠」は葉の上などにおりる夜露のことである。

“Song of an Evening River” (Bai Juyi)
The setting sun gilds the river’s face,
Half is deep green, half turns a crimson lace.
On the third night of the ninth moon appears a lovely show,
The dew is like pearls and the moon bends its bow.

(6)「種荔枝」

紅顆真珠誠可愛、白鬚太守亦何痴
十年結子知誰在、自向庭中種荔枝(12)

「荔枝を種う」
紅顆 真珠 誠に愛す可し
白鬚の太守 亦何ぞ痴なる
十年 子を結ぶも 知んぬ誰か在る
自ら庭中に向ひて 荔枝を種う(13)

 「種荔枝」は元和十四年(819)に、忠州にて作詩された(14)。この詩に於ける「真珠」は赤い荔枝そのものである。「白鬚の太守」は白ひげの刺史を意味し、詩人自身を指す(15)。第一~二句では、赤い真珠のような可愛らしい荔枝とほうけている白ひげの官吏である詩人との対比が描かれる。第三~四句では、十年後の結実の際にまだここに人が居るかどうかという疑問とそれにも関わらず、刺史の種を植えるさまが描写される。

“Planting Lychee” (Bai Juyi)
The loveliness of red pearls is quite intense,
As much as the old governor lacks in sense.
Bearing seeds in ten years, knowing not who will be there,
I go to plant lychee in the garden’s open air.


 (7)「翫半開花贈皇甫郎中」(半開の花を翫び、皇甫郎中に贈る)(16) には、(6)と似た「真珠」をモチーフにした表現がある。この詩の第九句「樹杪真珠顆(樹杪 真珠の顆)」はこずえの花を真珠の粒に喩える描写だが、粒の形に表現している理由は詩題の「半開」にある。赤い荔枝も、花のつぼみも繊細な真珠に相応しい。

(8)「寒閨怨」

寒月沈沈洞房静
真珠簾外梧桐影
秋霜欲下手先知
灯底裁縫剪刀冷(17)

「寒閨怨」
寒月沈沈として 洞房静かなり
真珠簾外 梧桐の影
秋霜下らんと欲して 手先ず知る
灯底裁縫して 剪刀冷ややかなり(18)

 「寒閨怨」は元和十一年(816)から長慶二年(822)の間に作られた(19)。第一~二句では、冬の月のもとの静かな閨房と真珠の簾越しに見えるアオギリの影が描かれ、第三~四句では、手で感じる秋霜の気配と裁縫用のはさみの冷たさが描写される。この詩に於ける「真珠」は、簾を美しく飾るものである。

“Cold Boudoir Resentment” (Bai Juyi)
In the quiet inner room beneath the chilly moonlit night,
Across the pearly screen, parasol trees appear in sight.
As fall frost gathers, her hands are first to know,
The cold scissors by the cloth she seeks to sew.

(9)「和張十八秘書謝裴相公寄馬」

歯斉臕足毛頭膩、秘閣張郎叱撥駒
洗了頷花翻仮錦、走時蹄汗蹋真珠
青衫乍見曽驚否、紅粟難賖得飽無
丞相寄来応有意、遣君騎去上雲衢(20)

「張十八秘書が裴相公の馬を寄するを謝するに和す」
歯斉しく 臕足り 毛頭膩し、
秘閣の張郎 叱撥の駒。
洗ひ了れば 頷花 仮錦を翻し、
走る時は 蹄汗 真珠を蹋む。
青衫 乍ち見て 曽ち 驚くや否や。
紅粟 賖り難く 飽くを得るや無や。
丞相 寄せ来る 応に意有るべし、
君をして騎り去りて 雲衢に上らしめん。(21)

 この作品は元和十五年(820)に長安にて作詩された(22)。張十八秘書(張籍、768?-830?)が裴相公から馬を賜ったことへの感謝の詩に対する和韻詩である。和韻の対象は張籍の「謝裴司空寄馬」『全唐詩』(巻三百八十五)
 第一~二句では、大宛の汗血馬の一種である「叱撥」(23)の特徴が描写され、第三~四句では、馬の洗われてからの活き活きとした様と走る時に落ちる汗が描かれる。ここでは、汗の飛び散る様が真珠を踏んでいるようだと喩えられる。同じ句の以下の英訳Flashing like pearlsにも有るように、視覚にも訴える力強い比喩である。第五~六句では、馬を賜った時の驚きと名馬を飼うことの難しさが示唆される。最後の第七~八句では、馬が贈られた真意として「雲衢」(雲の道、転じて天子の通る道や宮中)での活躍への期待が描写される。

“Rhyming Poem to Palace Librarian Zhang Shiba’s Poem Thanking Minister Duke Pei for Presenting Zhang with a Horse” (24)(Bai Juyi)
Sterling teeth, muscular, and with lustrous hair,
The swift steed presented for your pleasure and care.
After bathing the more vibrant it looks and moves,
Flashing like pearls, sweat splashes from its hooves.
When first seeing the horse, surely it was a surprise,
Perhaps wondering if you could feed the equine prize.
But certainly the intent of Pei’s gift was profound,
Wishing you to ride the steed to celestial ground.

■おわりに

 「真珠」を詩のモチーフとして多く取りあげた白居易は、真珠が秘めている多面性に大いに光を当てたといえる。(1)と(8)は具体的な装飾品、(2)と(9)は涙や汗、(3)と(4)は楽器の音色や歌声、(5)は露、(6)と(7)は果実や花のつぼみを表現した。こうして、白居易は真珠の持つ要素を見極め、それぞれの特徴を活かして、天の真珠門を通って真珠の奥深さを世に啓示したかのようである。

【注】

(1)白居易著、謝思煒校注『白居易詩集校注』巻第二。北京:中華書局、2006。

(2)佐久節訳註『白楽天全詩集』第一巻、日本図書センター、1978。

(3)田中克己著『白楽天』集英社、1977、第五版。

(4)前掲注(3)に同じ。

(5)前掲注(1)『白居易詩集校注』巻第十。

(6)岡村繁著『白氏文集 一』明治書院、2017。

(7)高木正一注『白居易 下』岩波書店、1958。

(8)岡村繁著『白氏文集 十一』明治書院、2015。

(9)前掲注(7)に同じ。

(10)前掲注(7)に同じ。

(11)前掲注(1)『白居易詩集校注』巻第十九。

(12)岡村繁著『白氏文集 四』明治書院、1990。

(13)前掲注(12)に同じ。

(14)前掲注(1)『白居易詩集校注』巻第十八。

(15)前掲注(12)に同じ。

(16)前掲注(8)に同じ。

(17)前掲注(12)に同じ。

(18)前掲注(12)に同じ。

(19)前掲注(1)『白居易詩集校注』巻第十九。

(20)前掲注(6)に同じ。

(21)前掲注(6)に同じ。

(22)前掲注(19)に同じ。

(23)李石撰『續博物志』。「天寶中大宛進汗血馬六匹一曰紅叱撥二曰紫叱撥三曰青叱撥[後略]」とある。

(24)秘書をPalace Librarianに、相公をMinister Dukeにした。参照:Hucker, Charles. A Dictionary of Official Titles in Imperial China. Stanford, Stanford University Press, 1985.

 

(Guy Hobbs 大阪大学博士後期課程)

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