中国蔵書家のはなし 第Ⅱ部第7回

投稿者: | 2022年9月15日

蔵書家と蔵書の源流 ─山東省─(7)

髙橋 智

 今回は王士禎(1634~1711)。王漁洋の名で知られる清詩の巨匠である。前回、馬国翰のはなしのなかで、その蔵書は散じ、山東で官にあった湖南人・張某がこれを収蔵し、後に郷里湖南に持ち帰ったということを述べた。今回、取り上げる王士禎の蔵書も散じてしまったが、その王氏の蔵書もまた張某に帰していたと言われる。王氏と馬氏の書が散じる時期はそれぞれ18世紀前半と19世紀半ばと時代を異にするが、王氏の蔵書はその間転々としていたものであろうか。一説には、雍正8年(1730)に山東で大規模な洪水があり、ために蔵書の散佚に拍車がかかったとされる。王氏の書庫は、池北書庫という。清朝の詩史では、南方浙江の友人・朱彝尊(1629~1709)とともに、南朱北王と称せられるが、蔵書史にあってもまた池北書庫は、朱氏の曝書亭とともにこの称が通用するであろう。
 それには次のような意味がある。中国の蔵書家の活動が最も華やかであった明末(16世紀後半)から清末(19世紀末)の間には大きく三つの隆盛期があった。勿論、それ以前の活動にも見るべきものはあったであろうが、実態はなお模糊としている。この時期の活動は実際に原本によって足跡をたどることができるのである。明末から清朝前期、毛晋(1599~1659)、銭謙益(1582~1664)、銭曽(1629~1701)といった蔵書家の活躍、そして清朝中期、黄丕烈(1763~1825)を中心とした江南の蔵書家たちの蒐集、三つ目は清朝後期、瞿鏞(1794~1838)の鉄琴銅剣楼などの四大蔵書家といわれる蔵書家の活動が挙げられる。そして彼らに共通するのは、宋・元時代(およそ12世紀から14世紀)の出版物、すなわち宋元版の蒐集に力を注いだことである。それを象徴して佞宋という言葉が使われた。宋元版は、時代が古く美しいだけでなく、古典籍の原点を窺うことができる絶対的な価値を有するものであった。
 そもそも、中国では蔵書家という言葉の定義がはっきりしているわけではない。四部(経・史・子・集)に亘りバランス良く集められていること、特殊なコレクションが他に類を見ないことなどがその定義として挙げられるが、士大夫の読書人であれば蔵書はその家の主たる部分を占めているものであり、学者であっても文人であっても、蔵書に富んでいるから蔵書家と呼ばれるわけでもない。朱彝尊や王士禎は、学者文人であるが、宋元版を追い求めた人たちではない。朱・王が蔵書文化隆盛の時期に南北を代表する蔵書家として並び称し得るのは、その蔵書活動が、宋元版を追い求める蔵書家の活動とは一線を画す絶妙な質・量を誇った蔵書を形成したことを象徴するものである。曝書亭は8万巻といわれるが、池北書庫もそれに匹敵したことであろう。

 王士禎は山東新城(今、淄博市)の人。字(あざな)は子真、号は阮亭、漁洋山人。順治15年(1658)26歳で進士となり、康熙帝の信任を得て身近に仕えた。詩人として名を不動のものとし、71歳で故郷山東に帰るまで長く北京に在住した。若い頃、江蘇省揚州に着任したこともあるが、当時の江南は古書流通の最盛期であり、収書活動はよほど面白かったに違いない。
 嗜書之癖と自称する書物好きの王士禎には、滋仁寺という寺院の境内で行われる古書市にまつわる二つの有名な逸話がある。寺院の境内は古今において古書市の盛んな場所で、地べたに並べられた本に掘り出し物がある。かつては北海の北、護国寺が有名であった。最近では、北京中心から南、広安門内大街沿いの報国寺でも行われていた。私事であるが、1990年代、ここで様々な稀本を手に入れた。元刊本の仏典も目にしたことがある。康熙時代の廟前市の賑わいは推して知ることができる。
 さて、ある日、王氏は滋仁寺で掘り出していると幾つかの善本に出会った。しかし、持ち合わせが足りなかったので、翌日再び買いに行くと既に先を越されてしまっていた。この落胆で10日も寝込んでしまったと。また、王氏のような高官はそう簡単に訪ねることはできない。北京のある士大夫が王氏を訪ね、何度運んでも会うことができなかった。そこで、王氏の友人徐乾学に頼み、仲介を願った。徐氏は言った。毎月1と15の日に滋仁寺の古書市で待っていれば必ず会えると。そこでようやく漁洋先生にお会いすることが叶ったという。
 最も知りたいのが池北書庫の蔵書実態であるが、散佚して知る術はない。張某が多く湖南に持ち帰り、また馬国翰のものと同様、葉徳輝(1864~1927)に帰したと言われる。愛書家で蔵書には跋文を書写するのが常であったから、後年それを集めた『漁洋書籍跋尾』光緒4年刊本などがあり、一端を知ることができる。民国時代の古書肆・版本学者、王文進が記した『文禄堂訪書記』(民国31年 1942刊)巻1に王士禎旧蔵の宋呂祖謙撰『左氏伝説』20巻(明鈔本)がある。明時代には由緒あるテキストのなかに、藍色の罫紙に書写されたものがあり、殆どが刊本は無く、写本のみで伝わる孤本となっている。これを明藍格鈔本と言って宋元版に並ぶ価値を持つ。こうした例からも池北書庫蔵書の一面を垣間見ることができる。本書には、「済南王士禎」「王阮亭蔵書記」「池北書庫」などの印記があるという。しかし、本書の現所在は不詳である。

文禄堂訪書記に載せる王士禎旧蔵本

(たかはし・さとし 慶應義塾大学)

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