中国文学の最前線――躍進する中国SF②

投稿者: | 2022年5月16日

■中国SF界と女性作家

 前節まで1980年代から現在に至る多様な女性SF作家について紹介してきた(計24名:日本語訳がある作家18名全員に言及)。では、中国SF界において、女性作家はどのような評価を受けてきたのだろうか。趙海虹はデビュー当時(1990年代後半)を振り返って、欧米のSF界にかつて存在していた「性別隔絶」は感じなかったと述べている(9)。その一因として、90年代には『科幻世界』の編集部に多くの女性が存在しており、編集主編の楊瀟(1948~)も女性だったことをあげている。中国では、儒教の影響で長く男尊女卑の社会が続いてきたが、中華人民共和国建国後、社会主義の名のもと、女性の就労も進められた結果、日本よりも共働き世帯が多くなっている。90年代の段階で既に女性編集者が少なくなかったことも頷ける。また、1980年代以降、理系における女性比も増えており、科学技術者の女性比は40%以上である(10)。実際、90年代にデビューした趙海虹・凌晨を始め、多くの女性SF作家が銀河賞・華語星雲賞を受賞し、中国SF界で評価されて活躍している。そのほか、『科幻世界』をはじめとするSF雑誌が原稿を随時募集していることや、新人を対象とするコンテストが数多く存在していることなど、作家デビューの機会が多いことも90年代から現在に至るまで陸続と女性SF作家が登場している一因にあげられよう(11)
 その一方、趙海虹と同じ頃にデビューした凌晨は、男女の区別がつかないペンネームとして「凌晨」を採用したと述べている。本人は杞憂だったと言っているものの、デビュー当時不安があったことは間違いない(12)。また、現在でも容貌に対する評価や揶揄、「女性的な」「女性の得意とする」といったステレオタイプの評価を受けた経験を持つ作家は多い(13)。デビューしたものの途中でSFの執筆を止めてしまう作家もいる。社会一般でも、共働きが一般化したとはいえ、相変わらず儒教的価値観は残存しており、女性は労働と出産・育児・家事の双方をこなすよう求められている。理系は男の分野であるという価値観も一部で残っている。こうしたことが女性SF作家の評価や執筆動向に影響している可能性があろう。
 程婧波主編『她:中国女性科幻作家経典作品集』に収録された各作家のコメントをみても、作品と性別は関係ない、女性SF作家ではなくSF作家である、性別に興味はない、といった発言が多く寄せられている。これは本音であると同時に願いでもあるだろう。また、コメントの中には、明確に性別を意識している作家もいれば、作家業を続けるなかで徐々に性別を意識するようになったという声もある。女性SF作家と一口にいっても、作品・経歴・経験はそれぞれ異なっており、一人一人の声に耳を傾ける必要があるのだ。

■受賞者・年刊傑作選における女性の割合

 中国SF界における女性作家の位置を見るためには、個人の経験や感想だけでなく、データに基づいて全体的傾向を分析することも欠かせない。本稿では、その出発点として受賞者・年刊傑作選における女性の割合を調査してみた。
 まず、銀河賞受賞者(小説・新人賞に限定)における女性の割合の推移を表1にまとめた。1990年代は圧倒的に男性が多かったが、2000年代に急速に女性比率が高まったことがわかる。また、それ以降は横ばいで、2020年代には微減していた。より細かく5年単位でみてみると、2000年代以降は上昇・下降を繰り返したことが窺える。

 

表1:銀河賞受賞者(小説・新人賞)の男女比
年代 1990年代 2000年代 2010年代 2020~21年
女性割合(%) 6.8% 19% 19% 15%
男女比 68:5 80:19 59:14 17:3
5年単位 90~94年 95~99年 00~04年 05~09年 10~14年 15~19年
女性割合(%) 4.7% 7.7% 17% 22.5% 15% 24.2%
男女比 20:1 48:4 49:10 31:9 34:6 25:8

 次に2010年に始まった華語星雲賞(小説・新人賞に限定)における女性の割合を見てみよう。2010年代は約20.5%(男女比132:34)、2020~21年は約21%(男女比26:7)となっており、やはり横ばい状態である。ただし、華語星雲賞のうち金賞(各部門の一位に相当)となると様相が変わってくる。2010年代は約10.3%(男女比26:3)にすぎなかったが、2020~21年には約33%(男女比4:2)となり、向上傾向にある。
 続いて2種類の年刊傑作選における女性の割合をみてみよう。SF作家の星河(男性・1967~)と文学研究者の王逢振(男性・1942~)が選者をつとめている『中国年度科幻小説』(漓江出版社)では、2000年代半ばを境に急速に女性比率が向上している。2010年代前半は微減したものの、その後は上昇に転じ、2020年代に入ると29%に達している(表2)

表2:『中国年度科幻小説』収録作家における男女比
年代 2000年代 2010年代 2020~21年
女性割合(%) 15% 19.9% 29%
男女比 108:19 112:27 17:7
5年単位 00~04年 05~09年 10~14年 15~19年
女性割合(%) 9.3% 19.2% 16% 22.9%
男女比 49:5 59:14 58:11 54:16

 次にSF研究者の主に呉岩(男性・1962~)が選者をつとめた『中国最佳科幻小説集』(四川人民出版社:2014年まで刊行)と、その後継として2015年以降出版されている姚海軍(SF編集者・男性・1966~)主編『中国最佳科幻作品』(人民文学出版社)をみてみよう(表3)。5年単位で女性比率をみると、やはり上昇と下降を繰り返しているものの、おおむね『中国年度科幻小説』よりも女性の作品を多めに収録していることがわかる。こちらも2020年に28.6%に達している。

表3:『中国最佳科幻小説集』・『中国最佳科幻作品』収録作家における男女比
年代 2000年代 2010年代 2020年
女性割合(%) 21.6% 23% 28.6%
男女比 87:24 110:33 10:4
5年単位 00~04年 05~09年 10~14年 15~19年
女性割合(%) 17% 25.9% 20.3% 25.7%
男女比 44:9 43:15 55:14 55:19

 表2・表3を合計すると、2000年代:約18%(男女比195:43)、2010年代:約21.3%(男女比222:60)、2020~21年:約28.9%(男女比27:11)と徐々に増加していることが窺える。特に2020年代に入ってからは30%近くなっており、銀河賞や華語星雲賞よりも女性比率がずいぶん高くなっている。
 受賞者・年刊傑作選の女性比率から、2000年代(特に2000年代半ば)が一つの画期だったことがわかる。その背景には凌晨・趙海虹の活躍とこの時期に多くの女性作家がデビューしたことがあげられる。一方、少々意外なことに2000年代と2010年代ではほぼ横ばいで、20%前後にとどまっていた。また、より細かく5年単位でみると、銀河賞も年刊傑作選も上昇と下降を繰り返しており、スムーズに増加しなかったことがわかる。
 この20%という数字をどうとらえればよいだろうか。単に男女の作品数に比例している可能性もあろう。しかし、1980年代以降に生まれた中国SF関係者における女性の割合が3割を超えていることや、海外での活躍・評価の高さからすると、やはりやや低いようにも思える。ここで想起されるのが批評家や賞の審査員・アンソロジストなどの性比である。英・米では書評家の性比と書評された本の著者の性比が相関関係にあり、男性書評家が女性作家の作品を紹介する数が少ないことが指摘されている(14)。中国でも書評家や審査員の多くが男性であったことが、受賞者や年刊傑作選の男女比に影響している可能性があるのではないだろうか。
 このことは中国SF界も自覚している節があり、第12回華語星雲賞では審査員の男女比を逆転させ、ジェンダーバランスの改善を試みている。また、姫小亭(1984~)が2016年に創設した未来事務管理局(SFエージェンシー&webメディア&出版事業など)では、webメディア「不存在科幻」を通じて多くの女性SF作家がデビューしている。冒頭で述べた中国女性SFアンソロジーの刊行もそうした流れに位置付けられよう。
 2020年代はまだ始まったばかりだが、2種類の年刊傑作選や華語星雲賞の金賞受賞者では、明らかに女性比率が向上しており、変化の兆しが感じられる(15)

■おわりに

 本稿では中国の女性SF作家を紹介してきた。ここで取り上げた女性作家の作品の多くは、フェミニズムSF(中国語では女性主義科幻)というわけではない。女性SF作家アンソロジーを組んだ程婧波や、『她:中国女性科幻作家経典作品集』に序言を寄せた中国SF研究者の呉岩も、中国SFにはフェミニズムを意識した作品が少ないと発言している(16)。しかし、海外の研究会・SF大会への参加や海外の女性作家との交流、そして中国SF界における女性の存在感が増したことによって、2010年代半ばからフェミニズムやジェンダーに対する関心も高まってきている(17)
 例えば、顧適は元々男性を主人公とするハードSFばかりを書いていたが、海外の友人になぜ女性が出てこないのか聞かれたのをきっかけに、女性主人公(特に研究者)も描くようになったと述べている。彼女は作中の女性について、「優秀な科学者だったり、マッドサイエンティストだったり、勇敢だったり、臆病だったりする。彼女たちは母・妻・娘の立場で自己を定義していない、彼女たちは彼女たちなのだ、現在を改変し、未来を創造できる人間なのだ」と述べている(18)。また、程婧波は、海外のフェミニズムSFへの関心の高さに驚き、中国SFをフェミニズムの観点から研究する重要性を指摘している(19)。ここ数年、中国SFでも徐々にフェミニズムやジェンダーを意識した作品が増えてきた印象を受ける。ただし、近年、中国政府はフェミニズムやLGBT運動などに対し、厳しい締め付けを行なっており、今後、中国SFにどのような影響が出るか不透明である。
 最後に。橋本輝幸は「いついかなる時も性比を人口に一致させるべきとは思わないが、単一性の危うさには充分に配慮してしかるべきだと考える。……私は新しく面白いSFを追求したい。面白いSFのマッピングのためには多種多様な観点を取りこみ、精度を高める必要があると思っている」と述べている(20)。筆者も同感である。SFに限った話ではないが、次の時代を生き抜くためには多様性が欠かせない。そもそも端的に言って、性別・属性を問わず、多様な人々が活躍するジャンルは面白い。その思いから筆者は『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』の企画に積極的に関わったのである。中国SFが今後も更なる多様性を発揮できるか注視していきたい。

 

(おおえ・かずみ 中華SF愛好家)

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