中国文学の最前線――躍進する中国SF②

投稿者: | 2022年5月16日

第二回 中国の女性SF作家

大恵 和実

■はじめに――中国女性SF作家の邦訳状況

 21世紀に日本語に翻訳された中国SFは、商業出版に限定しても、既に長篇11作・短篇143作(2022年5月1日時点)に及んでいる(前回の記事の後に2作増えた)。このうち長篇では、男性9作・女性2作であり、一見、圧倒的に男性が多いように見える。しかし、短篇に目を向けると、143作のうち、男性83作(約58%)・女性60作(約42%)となり、女性の作品が4割を超えている。作家別短篇翻訳数では、郝景芳が19作で堂々の1位(2022年5月1日時点)で、2位の劉慈欣は16作、3位の王晋康・宝樹は11作、4位の夏笳・陳楸帆・韓松は8作、5位の程婧波は6作となっている。このうち郝景芳・夏笳・程婧波が女性である。このように日本では中国の女性SF作家の紹介が積極的に進んでいるのである。
 では、実際の所、中国SFにおいて、女性作家はどのような状況にあるのだろうか。本稿では1980年代から2020年代までの歩みを概観したい。

■中国SF界における女性の比率

 20世紀の欧米では、SFといえば白人の男性が多数派を占めていた。しかし、20世紀後半(特に1970年代)から女性や多様なルーツを持つ人々(アフリカ系・アジア系など)が活躍したことによって、そうした状況からの脱却が進んでいる。アメリカを例にとると、アメリカSF&ファンタジー作家協会に所属する女性の割合は、1974年に18%、1999年に36%、2015年には46%と増加している(1)
 中国でも20世紀には男性の比率が圧倒的に高かった。しかし、近年ではSF関係者(作家・編集者・翻訳者など)における女性の比率が増加している。世代別に要注目作家を紹介している董仁威「中国科幻人物長廊」『中国百年科幻史話』清華大学出版社、2017年)をみると、中興代(1949~1983デビュー)八賢では女性の割合は0%(男女比8:0)だが、新生代(1991~2000デビュー)十二頂梁柱では17%(男女比10:2)、更新代(2001~2010デビュー)二十二明珠では32%(男女比15:7)、全新代(2010以降デビュー)二十希望之星では30%(男女比14:6)となっている。また、SF書評家・アンソロジストの橋本輝幸が中文科幻データベースを用いて、SF関係者の男女比を調査したところ、1970年代生まれの女性の比率は21%(男女比 125:34)であったが、1980年代生まれでは30%(男女比 132:59)、1990年代生まれでは37%(男女比 55:32)に達していた(2)。数字からみても明らかなとおり、中国SF界でも男性が圧倒的多数を占める状況は過去のものになりつつあるのだ。

■中国女性SF作家アンソロジーの刊行

 さらに2021年から2022年にかけて、複数の中国女性SF作家アンソロジーが刊行された。中国では、2021年に陳楸帆主編の“她科幻”シリーズ『金属的心事』『星辰的眼晴』『神明的旅程』『時間的孩子』航空工業出版社:24作家48作品収録)と程婧波主編『她:中国女性科幻作家経典作品集』(中国広播影視出版社:33作家)が出た。2022年にはアメリカで編者・著者・訳者全てが女性またはノンバイナリーという王侃瑜・于晨主編『The Way Spring Arrives and Other Stories:A Collection of Chinese Science Fiction and Fantasy in Translation』(Tor Books ※中国語版は『春天来臨的方式』上海文藝出版社:17作家)が出版されている。そして、日本でも2022年4月7日に武甜静・橋本輝幸編/拙編訳『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』(中央公論新社:14作家)が刊行された。この4つのアンソロジーに収録された作家は計47名に及び、中国の女性SF作家の活躍をおおよそ一望できる。従来から、郝景芳・夏笳をはじめ中国の女性SF作家の活躍については知られていたが、これらのアンソロジーが刊行されたことにより、一気に可視化が進んだといえよう。特にデビュー時期順に女性作家の作品を紹介している程婧波主編『她:中国女性科幻作家経典作品集』は、各作家のコメントや略歴も掲載していて大いに参考になる。また、『中国女性SF作家アンソロジー 走る赤』は、主に2010年代の作品を収録しており、中国女性SF作家の現在が窺える。

■1980~90年代デビューの女性SF作家

 続いて時期別に女性作家を取りあげて紹介する。文化大革命(1966~1976)が終わり、活況を呈し始めた中国SFだったが、1982~83年に猛烈なSF批判(「精神汚染」追放運動)が巻き起こったため、80年代半ばには低迷してしまった。そのためSF関係者はSFの火が消えないように、1985年にSFコンテストの銀河賞(3)を創始し、SF雑誌の維持に努めた。この苦難の時期にデビューした女性SF作家が張静(当時の筆名は晶静)である。1938年生まれの彼女は、1985年にデビューし、翌年には第1回銀河賞乙等賞を受賞した。80年代後半から2000年代初めにかけて活躍し、女性SF作家の先駆けとなった。日本語訳はないものの、武田雅哉・林久之『中国科学幻想文学館』下(大修館書店、2001)147~148頁に、中国の古代神話をSFに翻案した「女媧恋」「盤古」などが紹介されている。
 90年代半ばになると女性SF作家のデビューが相次いだ。この時期を代表する女性作家が凌晨と趙海虹である。凌晨(1971~)は1995年のデビュー作「信使」が第7回銀河賞二等賞を受賞し、以後、銀河賞を2回、華語星雲賞(4)を2回受賞している。現在まで精力的に執筆し、長篇15冊と中短篇76作を発表。ハードSFを軸に据えつつ、現実感と理想やロマンが融合した作風と評されている(5)。日本語訳に「プラチナの結婚指輪」(立原透耶訳:『時のきざはし』所収)がある。
 1996年にデビューした趙海虹(1977~)は、英米文学・美術の研究とSF作家を兼業し、1997年から2002年まで毎年銀河賞を受賞し、現在まで作品を発表している。特に1999年に発表した「伊俄卡斯達」で女性初の銀河賞特等賞受賞者となった。ハードSF設定下における細やかな心理描写に長け、一貫して情愛や倫理を主題としている(6)。日本語訳に「南島の星空」(立原透耶訳:『SFマガジン』2019‐8所収)がある。

■郝景芳の活躍

 21世紀に入ると、1980年代生まれ(いわゆる80后)が中国SFでも活躍するようになった。その代表格が郝景芳(1984~)である。彼女は清華大学の修士課程で天体物理学を、博士課程で経営学を修め、2007年に「祖母の家の夏」(櫻庭ゆみ子訳:『走る赤』所収)でデビューし、銀河賞を受賞した。現在までに長篇3冊・短篇64作を発表している。なかでも2014年の「折りたたみ北京」(邦訳はケン・リュウ編『折りたたみ北京』と及川茜訳『郝景芳短篇集』に収録)は、中国で華語星雲賞を獲得した後、ケン・リュウによる英訳がアメリカで高く評価されて第62回ヒューゴー賞(2016)を受賞し、さらに日本語訳が第49回日本星雲賞(2018)を受賞した。彼女は社会問題や若者の揺らぎといった現代的テーマを流麗な文章で描き、欧米や日本でも高く評価されている。
 日本では、郝景芳の初期短篇7篇を収録した及川茜訳『郝景芳短篇集』(白水社、2019)と、人工知能をテーマとする立原透耶・浅田雅美訳『人之彼岸』(早川書房、2021:エッセイ2篇・短篇6篇)が刊行されている。すでに短篇64作の約3割にあたる19作が翻訳されており、日本における人気の高さが窺える。また、櫻庭ゆみ子訳『1984年に生まれて』(中央公論新社、2020)は、激動の現代中国に翻弄される父・娘の物語とジョージ・オーウェル『1984年』をからめた自伝体小説で、SFの枠を超えて高く評価された。さらに2022年3月には、火星を舞台に若者のアイデンティティの揺れを描く及川茜・大久保洋子訳『流浪蒼穹』(早川書房、2022)も刊行された。
 現在、彼女は映像製作スタジオを立ち上げ、SFドラマシリーズの製作を進めているほか、都市と農村部の格差縮小を視野に入れた教育事業(2017年に始めた童行学院)も行なっている(7)。中国SFのアクチュアリティ(現在性)を強く感じさせる作家である。

■更新代(主に2000年代デビュー)の女性SF作家

 郝景芳と同世代の作家では、程婧波(1983~)・夏笳(1984~)・糖匪(1983~)の国際的活躍も目立つ。1999年に16歳でデビューした程婧波は、四川大学でコミュニケーション学の修士号を取得した後、出版社勤務を経て、現在は作家・翻訳家として活躍している。銀河賞2回・華語科幻賞4回(うち3回は金賞)獲得したほか、2021年に『她:中国女性科幻作家経典作品集』も編纂した。隋末唐初を舞台とした代表作「陥落の前に」(林久之訳:『移動迷宮』所収)、英・日・西・独語に翻訳された「さかさまの空」(中原尚哉訳:『月の光』所収)、三重県を舞台にした幻想的な「夢喰い貘少年の夏」(浅田雅美訳:『走る赤』所収)など6作が日本語に訳されている。ファンタジーとSFを融合した作品には独特の風格がある。
 夏笳は、2004年に「関妖精的瓶子」でデビューし、銀河賞を獲得。北京大学で大気科学を専攻した後、中国文学(SF)で博士号を取得し、現在、西安交通大学副教授とSF作家・翻訳家を兼業している。銀河賞7回・華語星雲賞5回受賞したほか、“Let’s Have a Talk”はイギリスの科学雑誌『ネイチャー』に掲載された。詩情あふれる柔らかな筆致が特徴的で、自身は「ポリッジ(おかゆ)SF」と称している。近年は都市部の若者の孤独や苦悩を描いた作品を多く発表している。『折りたたみ北京』に収録された「百鬼夜行街」・「童童の夏」(中原尚哉訳)をはじめ、時間跳躍者と長生者の悠久にして一瞬のロマンスを描いた「永夏の夢」(立原透耶訳:『移動迷宮』所収)など短篇8作が日本語に訳されている。
 2005年にデビューした糖匪は、2010年代に短篇が次々に英訳され、国際的に高く評価されている。なかでも2013年にケン・リュウが翻訳した「コールガール」(大谷真弓訳:『折りたたみ北京』所収)はアメリカの年間SF傑作選に収録された。また、批評家・写真家・ダンサーとしても活躍し、多彩な才能を発揮している。ジャンルを横断・拡張する幻想的な作品が多かったためか、中国ではなかなか受賞の機会に恵まれなかったが、2018年・2020年に引力賞(8)を受賞し、評価が高まってきている。代表作の「鯨座を見た人」(根岸美聡訳:『時のきざはし』所収)や「無定西行記」(拙訳:『走る赤』所収)をはじめ、短篇5作が日本語に訳されている。
 そのほか2008年にデビューした双翅目(1987~)は、思弁的なSFを得意とし、「超過出産ゲリラ」(浅田雅美訳)が『時のきざはし』に、「ヤマネコ学派」(大久保洋子訳)が『走る赤』に訳載されている。日本未紹介の作家も大勢いるが、ここでは銭莉芳(1978~)・遅卉(1984~)・陳茜(1986~)を紹介したい。銭莉芳の本業は中学の歴史教師で、これまで発表した作品は長篇2冊と短篇1篇のみである。しかし、秦末漢初の韓信を主人公としたデビュー作の『天意』(2004年刊行)が人気を博して15万部を突破し、1983年~2010年の中国SFの最高記録をたたきだしたことで中国SF史上に名を残した(2010年末に出た劉慈欣『三体Ⅲ』によって破られた)。なお『天意』については次回の連載で詳しく紹介する。
 2003年にデビューした遅卉は、大学卒業後に『科幻世界』雑誌社に入社し、編集者として活躍しながら、ハードSFを中心に長篇7冊・短篇107作を発表し、銀河賞4回・華語星雲賞4回受賞している。2006年にデビューした陳茜は、中央民族大学文博専攻(文物鑑定と保護)を卒業した後、上海図書館で古籍修復の仕事をしながら、人工知能や未来の医学などを題材とした作品を発表している。

■全新代(2010年以降デビュー)の女性SF作家

 2010年以降、女性SF作家の数はさらに増加する。都市設計とSF作家を兼業する顧適(1985~)は、2011年のデビュー後、銀河賞2回・華語星雲賞3回(うち金賞2回)受賞している。ハードでタフな世界観が特徴で、2010年代半ばから女性研究者(マッドサイエンティスト寄り)を主人公とする作品を次々に発表している。第12回華語星雲賞金賞を獲得した「〈2181序曲〉再版導言」は、人工冬眠の歴史を創った女性たちをたどる研究書の序文という形式の作品で、フェミニズムSFの要素がある。代表作の「メビウス時空」(大久保洋子訳:『走る赤』所収)をはじめ日本語訳は2篇。
 昼温は2012年に高校生でデビューした俊英。大学進学後は専門とする言語学を活かした作品を次々に発表し、「沈黙の音節」(浅田雅美訳:『時のきざはし』所収)で第1回引力賞を受賞した。初期作品の主人公の多くは女子大学生で、彼氏との不幸な別れを描くことが多かったので彼氏殺しの異名をとった。近年は、女性同士の友愛を描いた作品が増えている。2022年1月に中国で発表した最新作「星々のつながり方」が4月に出た『SFマガジン』2022‐6に早くも訳載された(浅田雅美訳)。日本語訳は合計3篇。翻訳家としても活躍している。
 2015年にデビューした王侃瑜(1990~)は、復旦大学でSF研究会に所属し、卒業後も中国・海外のSFイベントへの参加やSF小説の版権輸出を通じて、中国と海外のSFを繫いでいる。今年、于晨とともに『The Way Spring Arrives and Other Stories:A Collection of Chinese Science Fiction and Fantasy in Translation』を編纂し、アメリカで刊行した。言語SFの「語膜」(上原かおり訳:『走る赤』所収)をはじめ日本語訳は2篇。
 慕明(1988~)は2016年にデビューし、2019年に色彩を軸に人間の認知と親子の情愛を描いた「世界に彩りを」(浅田雅美訳:『走る赤』所収)で銀河賞を受賞した。スチームパンクならぬ青銅パンクと評される「鋳夢」のような中国史SFも発表している。現在はアメリカに居住し、グーグルに勤めている。日本語訳は1篇。
 王諾諾(1991~)は、ブリティッシュコロンビア大学で経済学を学び、ケンブリッジ大学で環境経済学修士号を取得。現在はネット企業に勤務しながら作品を発表している。2017年に「改良人類」(小島敬太訳:『中国・アメリカ謎SF』所収)でデビューし、銀河賞最優秀新人賞を受賞した。日本語訳は2篇。
 そのほか日本語訳がある作家として、歴史SFに長けて翻訳家としても活躍している呉霜(現在の筆名は目羽・羽南音:1986~)、多様な作品を手掛ける靚霊(1992~)、ライト文芸からデビューした蘇莞雯(1989~)、現代人をダークで不条理に描くnoc(1989~)、新鋭作家の蘇民(1991~)・非淆(1988~)があげられる。呉霜の作品は『時のきざはし』と『月の光』に、靚霊の作品は『時のきざはし』と『走る赤』に収録されており、蘇莞雯・noc・蘇民・非淆は『走る赤』に収録されている。日本未紹介の作家は多数にのぼるが、要注目の若手作家として念語(1996~)と映画業の経験を活かした作品を発表している段子期(1992~)の名をあげたい。

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