『世界の中華料理』評 山本英史

投稿者: | 2026年7月15日
『世界の中華料理』

世界の中華料理
World Chinese Dishes の文化人類学


川口幸大 編
出版社:昭和堂
出版年:2024年11月
価格 2,860円

中国では自国の料理を中華料理と呼ぶことは決してない。中国人にとってそれは日本人の嗜好に合わせて改変された「まがい物」であることを言外ににおわす料理を意味している。しかし中華料理はその特有の性格によって日本で受容され、変容して、いまや国民食の一端を担うまでに至った中国料理の進化形態であり、日本人にとってこれもまた「本物」以外の何物でもない。そしてこのような進化した中国料理は日本だけに止まらず、世界各地においてもそれぞれの状況により変容して現在食べられているのであり、それらもまたその地域では「本物」の料理であるに違いない。その点で本書が「世界の中料理」ではなく「世界の中料理」と題したのはまことに宜に適っている。
 本書は世界各地の中華料理の普及と現状につき、現地の諸状況に通じた文化人類学者17名がそれぞれ自由に記述し、中華料理がなぜにかくも世界中に広まったのかという問いに対して編者の川口幸大氏が総括的な見解を開示する構成になっている。
 中国由来の料理の伝播については日本語で著わされたものに岩間一弘氏の先駆的な著作(『中国料理の世界史』慶應義塾大学出版会、2021年)があるが、本書ではこれに加えてサウジアラビア、ナイジェリア、南アフリカ共和国、スロバキア、ハンガリー、グアテマラなど、従来あまり取り上げられてこなかった中東、アフリカ、中欧、中米をも視野に入れており、単独の著者では容易にカバーしきれない広範な地域の中華料理の状況が具体的に紹介されているのが意義深い。
 巻頭の折り込みには春巻きと焼きそばの世界各地への広まりを示す地図が料理の写真とともにカラーで掲載されている。とりわけ本来の中国料理「チャオミエン」が本書で紹介するほとんどの国で中華料理「焼きそば」として存在し、現地化しているのを見るにつけ、「世界は中華を食べている」を実感する。
 本書の目的は、①中華料理は世界にいかにして広まったのか、②中華料理は人々の日常生活においていかに作られ買われ食べられているのか、③中華料理はどう変わり、どの点で持続性が認められるのか、の三点について世界各地の具体的な情報を提供し、中華料理という食文化、ひいては食べるという人類の営みの特徴を明らかにすることにあるという。
 編者は中華料理が広まった領域を内部圏、外部圏、拡張圏の三つに分ける。このうち内部圏とは中国本土、香港、台湾を指し、中国料理の本場を意味する。外部圏とは日本、韓国、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイなどを指し、地理的に中国に近く、歴史的にも中国から大きな影響を受けてきた地域をいう。この地域ではヒトとモノが活発に往来してきた歴史がある。米飯を主とする食事形態と食器、素材や調理法において中国の影響が大きいのも共通した点であるとする。
 一方、拡張圏とは上記以外の国々を指す。それは外部圏に比べて中国と地理的に隔たり、これまで歴史的な関わりもさほど深くなかった地域であり、それゆえに食の体系は中国と大きく異なり、かつ中国の食べもの自体にもなじみが薄いのが特徴で、総じて中華料理をいまもなお高級な外食として位置づける傾向があるという。
 拡張圏の中で特異な存在としてアメリカを挙げる。18世紀半ばからゴールドラッシュを機に大挙して西部に押し寄せた中国移民に始まるアメリカの中華料理の歴史はファーストフードとして始まり、安く早く気軽な外食体験とテイクアウト消費を人々に提供した。さらにインスタント食品や調理キット、冷凍食品の普及は家庭で中華料理を食べるまでに至った。そしてこの影響は近年では中華料理がまだ十分馴染んでいない拡張圏の諸国にも及んでおり、そうした食慣行が徐々に広まりつつあると述べる。
 現在、中華料理はその国の状況に応じてローカル化したり、高級路線を保ったり、あるいは本来の中国料理の味を押し出したりしながら世界各地の食生活の一角に入り込んでいる。かくも中華料理が世界に広まった要因は、どんな環境や社会状況にあろうとも、そのニーズに応えるために材料、味付け、提供のあり方を融通無碍に変えてゆく中国の食文化の柔軟性と可変性にあったという。
 さて、本書を通読して印象に残ったことをいくつか挙げてみたい。まずは本書の魅力の一つでもあるが、およそ中国から遠く離れ、歴史的、経済的、文化的にも中華料理とは無縁であると思われがちな国でも意外に中華料理が食べられている事実を改めて知らされることである。なかでも中東のサウジアラビアにはとりわけ興味を抱く。宗教上の戒律が厳しいため豚肉をはじめとするハラーム(禁忌食材)を多く含む中華料理から最も距離を置くと見なされるサウジアラビアにも中華料理が存在すること自体新鮮な驚きでもある。もっともそれは既存の料理からハラームを除いただけで、現地ならではの特色があるわけでなく、大衆化もしていないとされる。この点は仕方がないのかもしれない。それでも中国と国交関係を樹立してすでに35年余、首都リアドには高級料理店がいくつも存在するらしい。
 ただ思うに、中国には本来回族などのムスリムを対象とした固有の中国料理(清真菜)があり、サウジアラビアに移住した中国人に回族がいたとすれば、彼らは現地での中華料理の大衆化に貢献したに違いないのだが、そういった事実は果たしてあったのか、なかったのか、現在もなお存在しないのか。素朴な疑問である。
 「世界中に広まり食べられている中華料理は、やはり世界中に広まって話されている言語、すなわち英語を連想させる」といい、イギリスによる世界各地への勢力の拡大とその後のアメリカの影響力の大きさから広まった英語の普及過程と現地での変容状況とを重ね合わせて論じているのも面白く感じた。確かに英語普及の外部圏に当たるインドで用いられている「ヒングリッシュ」などを考えれば、中華料理がその外部圏において現地化したあり様と重なる面がある。また英語を外国語として学校教育の場で習得する拡張圏の考えは中華料理を外国料理として認識する状況とも共通する。
 とはいえ、政治的、軍事的、経済的な影響力の大きさで世界に広まった英語と比べれば、中華料理はその背景がどこか異なる気がしないでもない。英語という言語の普及にはいわば力を背景にした支配者たちによるところが大きかったのに対し、中華料理の場合、中国がむしろ国力の衰退した時代に海外に糧を求めて移住した民衆である華僑によって伝えられ、現地の人々がそれを好意的に受け容れたことで普及したのであり、その点では遥かに平和的な感がある。
 数ある料理の中でもとりわけ中華料理が世界中に広まることを可能にした大きな要素としてその料理が持つ類まれなる応用力と展開力を挙げることを否定するつもりはない。しかし、それは料理というよりはその料理を外地に伝えた料理人に備わった応用力と展開力というのが妥当ではなかろうか。海外に渡った華僑はみずからの技術と能力のみによって移住社会に生き残り、そのためには現地の人々との共生をはからねばならなかった。中華料理は現地に溶け込む有力なツールとしての役割を果たした。彼らは中国料理の本来の特性を生かし、現地の限られた食材でもって現地の人々の嗜好に合う料理を工夫した。現地の人々が改良された中華料理を容認し、その調理法を真似て、やがて現地化するに至ったのはひとえにこの結果によるものと考える。
 世界中の人々の暮らしが画一化される時代にあっては、インスタント食品、調理キット、冷凍食品などの開発による中華料理のグローバル化の下、現在中華料理があまり一般的でない国々にまでその普及を促すことは確かであろうが、すべての国で日常的な家庭料理として調理され、国民食にまで昇華するかと問えば、それはなお疑わしいと言わざるを得ない。中華料理の発展・拡大とはその料理を提供する側の努力とは別にそれを受容する側の関心の強さも大きな要因となる。
 その点、中華料理をいち早く受け容れ、とりわけ第二次大戦後には大衆化・現地化させ、ラーメン、餃子、唐揚げなど、いまでは和食と見紛うほど“ご当地グルメ”に変貌させた日本はその特徴において抜きん出た存在であろう。近年の調査によると、日本には中華料理店が約6万軒あるという。そればかりか、家庭では中華料理が外国の料理として意識されることなく日々の食卓に登場する。いくら“嫌中”だからといって、それを理由に中華料理を食べない日本人が滅多にいないのは、その証拠なのかもしれない。
 ここまで中華料理が国民食として浸透した国は日本をおいて他にはないと思われる。もっとも日本では中華料理だけが国民食になったのではない。カレーライス、トンカツ、ナポリタンなど西洋由来の料理もまた国民食として定着している。要するに外来文化の取り込みにきわめて寛容で、かつその改良に特異な能力を発揮する日本の国民性がこのような外来料理の展開に大きく貢献しているのである。そういう意味で、中華料理の世界への広がりが編者の言うようにその応用力と展開力の賜物であったのだとすれば、卓越した好奇心の下、外国由来の料理の技術を自家薬籠中の物としてみずからの食文化の中に積極的に取り込んだ日本もまたその応用力と展開力を備えた存在であったと言わねばならない。
 ちなみに最近では寿司などの日本料理の世界各地への広まりが進んでいる。ただ日本人の中には現地で改変された料理を“ナンチャッテ和食”と揶揄する傾向がある。しかし現地の人々にとってまさにそれは本物の料理であり、それに携わる人々の応用力と展開力の強さがその普及に貢献しているのだと考えれば、これをバカにするのは天に向かって唾を吐くようなものである。
 以上、本書から得た情報を元にして感じた事柄を思いつくままに並べてみた。あるいは誤解があるかもしれない。内部圏の中国料理はともかく、日本以外の外部圏・拡張圏で中華料理を食べたことがほとんどない者の勝手な言としてお許しいただければ幸いである。

(やまもと・えいし 慶應義塾大学名誉教授)

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