香港本屋めぐり 第25回

投稿者: | 2024年1月5日

渡日書店(ドウヤッ シューディム)

 

香港の数ある離島の中で、空港を擁する最大面積のランタオ島は別格として、人口が最も多いのは長洲(チョンザウ)だ。その数はおよそ2万人(2021年の公的調査)。面積は約2.46平方キロ。皇居の堀の内側より少し広い程度だ。この島唯一の書店が今回紹介する渡日書店である。

書店入り口。右側には伝統的な土地神様の祠が鎮座している。

▼書店が長らくなかった島に若者たちが新たな本屋を

長洲は香港島のセントラルからフェリーで1時間ほど、高速船であれば40分ほどで到着する。島に着き、波止場を出て左に折れ、書店まで徒歩で5分とかからない。筆者を迎えてくれたのは、共同出資で書店を立ち上げた7人の店主のうち、ソーラムとバネッサの2人だ。

店主の2人。左がバネッサ。右がソーラム

渡日書店が開店するまで、島に書店はなかったのだろうか?
「実は『長洲書店』という店があるのです。でも売っているのは文房具。店主に尋ねたところ、以前は漫画や小説の貸し出しをやっていたが、かなり前に止めてしまった、と。それからかなりの期間、この島には本を売る店がなかったそうです」。

渡日書店のオープンは2021年の9月5日。7人の店主はいずれも長洲生まれ長洲育ちではない。ここ数年の間に香港島や九龍の市街地から転居してきたという。
ソーラムもバネッサも、島暮らしに憧れがあったわけではなく、たまたま引越しのタイミングで長洲に良い物件が見つかり移ってきたとのこと。

 

▼離島の合同イベントを通して書店立ち上げのアイデアが

2021年の3月、長洲も含めた幾つかの離島で暮らす有志たちで「船到橋頭生活節」というイベントを開催した。島独自の文化を紹介したり、そこに住むアーティストの作品などを披露したりする祭りだ。渡日書店の若き7人の店主はこの祭りの企画・運営に関わり、話し合う中で、週末だけのポップアップ的な書店を開きたいね、ということになったが実現しなかった。そうこうするうち、店主の1人が今の店舗の前を通りかかった時に閃くものがあり、話し合いの結果、リアルな書店を立ち上げることを決めた。

間もなく書店を立ち上げようという段になって、まだ多くはなかった島内の知り合いに聞いてみた。「もうすぐ書店を開くのですが、どう思いますか?」
答えは「長洲の住民は本を読まないよ」。何人かから同じような答えが返ってきた。今は文具店である「長洲書店」の店主にも質問してみると、同じ答えだった。
マーケティング的には最悪だが、7人は「やってみなければわからない」と、強気に出た。
開店前にあまり宣伝活動は行わなかったものの、開店時には近くの店やレストランからお祝いの「花牌」——竹で組まれた花輪が届いたりもした。

島内に多く並ぶ「花牌」

▼店内の様子と本の仕入れ

書店の面積は19平米ほどと広くはない。香港の他の多くの小型書店同様、ひと間の店舗の中央に、通称「豬肉台」(ジューヨットイ)と呼ばれるテーブルが陣取り、本が平積みされている。壁には書架が並ぶ。地元香港や台湾で出版された香港をテーマにした本やアート系書籍、絵本も多い。店内には何冊の本があるのだろう。
「数えたことはありません(笑)。1000冊もないでしょう。数百冊というところ」。

店内の様子

基本的に7人の店主が、それぞれ読者に読んでもらいたいと思う本を選んでいる。本の仕入れはどうしているのだろうか。
「取次や出版社が届けてくれることはありません。自分たちが香港島や九龍に出かけた時に、出版社などを訪ねて数冊仕入れ、持ち帰ります。海外旅行に出かけた時に『仕入れる』こともあります」。
「本が多い時はスーツケースで運びます。それが無理な時は『おじさん』に頼みます。波止場に、島民のために運搬を有料で請け負っている『おじさん』がいるのです。たくさんの本を仕入れたい時、出版社にこの『おじさん』と連絡をとってもらい、香港島セントラルまで届けてもらいます。長洲に着いたら彼が連絡をくれ、私たちが波止場まで台車を推してピックアップに行きます。多くの島民がこの『おじさん』のサービスを利用していますよ」。
店内には本の他、メイド・イン・ホンコンの物産——醤油なども並び、その応援をアピールしている。

▼店名の由来

店名を決める際、7人で何度も話し合った。「島」や「海」など、いかにも離島の書店を連想させる文字は排除していった。開店の2021年、香港は大規模社会運動の沈静化で無力感を覚える人も多く、加えてまだコロナ禍の真っ只中にあった。皆、どのように日々を過ごしているのだろうか。少しでも心穏やかに過ごしてほしいし、自分たちもそうしていきたい。「日々を過ごす」の意味の中国語「度日」。そこに、海を渡るの「渡」を入れ込み「渡日書店」と名付けられた。

 

▼経営状況とイベント

限られた商圏での書店の「ビジネス」はどうなのだろう。
「収支はとんとんです。帳簿を見ていると、ここでは何も起こっていないように見えます(笑)。でも、島外から転居してきた私たちが、書店という場を通して島の住民の皆さんとの結びつきを深めることができました。『ビジネス』以上の収穫です。それに、噂とは異なり、この島にも確かに『本を読む人』がいるのです。
香港島や九龍での暮らしでは、隣に住んでいるのは果たして誰なのか知らないというケースも多いです。しかしここでは、書店の近くの人たちを通して島民の日常生活も知ることができましたし、私たち主催のイベントに来てくれることも多くなりました」。
どのようなイベントが開催されているのだろう。
「作家を招いて新刊書についてのトークショーを開いたことがあります。船に乗ってきて参加してくれる人もいました。他に、書店独自の読書会も開きます。中秋節の時にはランタンを掲げ、近所の人を招いて『糖水(中国南方式スイーツ)パーティー』を開いたこともありますよ。私たちが作って皆さんに振る舞うのです」。

 

▼展望

「本を読む人がいない島」ではなかったことが喜ばしい。今後の展望はどのように考えているのだろう。
「開店当初は、書店を立ち上げるということ自体に必死で、特に将来の展望ということは考えていませんでした。でも時間が経つにつれて、地元の人々や団体との関係が深まり、もっと多くのことができるのではないかと感じています。まだ具体的なプランはありませんが、書店という存在の特徴を活かして、様々試みようと思っています」。
香港旅行のリピーターの中には、ここ長洲やラマ島などを訪れる人も多いに違いない。次回の香港では、この「離島の本屋」訪問をスケジュールに組み入れるのはどうだろうか。

(取材日:2023年11月16日)

 

▼店主のお勧め

・バネッサ

香港在住のインド系市民が運営するデザイン・スタジオ「Pop & Zebra」が発行しているzine。

 

 

 

 

スタジオのインスタグラム
https://www.instagram.com/popandzebra/

 

・ソーラム

『數羊之書』

著者(作画):王春子

出版社:遠流出版公司(台湾)
初版:2023年9月
ISBN:9786263612716

 

台湾のイラストレーター・王春子さんによる「眠れない大人のための」絵本。多くの羊たちが登場し、盛大な夜宴を繰り広げる。

 

 

・2人のお勧め

『一九二零年代 長洲生活記趣』

著者:丘東明
イラスト:楊學德

出版社:美藝畫報社
初版:2017年12月
ISBN:9789881473066

 

著者の丘東明は 1914年、広東省に生まれ、9歳の時、1人で香港の親戚のもとに送られ長洲で暮らすことになった。2年後、故郷に一旦戻るが、1929年、再び香港に。1年後、中国大陸に戻り兵役についた。1950年、難を逃れるように再び香港に来て、2014年に亡くなるまで香港で暮らした。享年100歳。
この本には、20世紀初頭の香港の低所得者層や離島での日常生活が生き生きと綴られている。

 

▼書店情報

渡日書店
住所:長洲 北社街68號

営業スケジュール:
月・水・木・金:12:00-18:00
土・日:12:00-19:00
定休日:火曜(2023年12月現在)

インスタグラム:https://www.instagram.com/to_day_bookstore/

 

Google Map 香港本屋めぐりMAP

 

写真:大久保健

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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。

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