アジアを茶旅して 第22回

投稿者: | 2023年4月3日

スゥエーデン人とタイ北部のお茶

 

バンコクに滞在している時、日本人在住者から2‐3回、Monsoon Teaというお茶を頂いたことがある。当方がお茶に興味を持つ者?ということでお土産として渡されたのだが、皆が口を揃えて「このお茶は自然な感じで良い」と言っていた。中には、もしチェンマイに行ったら、Monsoon Cafeがあるので訪ねてみるとよいという人もいたが、何だか男性には不釣り合いかと思い、これまで寄らずにいた。

ところが今回チェンマイに1か月滞在することになり、その間にWorld Tea & Coffee Expoが偶然開催され、旧知の大学教授が登壇するというので、突然会場に行ってみた。そこで紹介されたのが、なんとMonsoon Teaの創業者であるKenneth Rimdahlであり、会いたいと願えば叶うのはコンパクトシティ、チェンマイの良さだと痛感した。Kennethは実に気さくな人で、早々にMonsoon Cafeに誘ってくれ、お茶の試飲、料理の試食もさせてくれた。

バンコク Monsoon Tea Shop

Monsoon Cafe 茶の試飲

彼はスゥエーデン人だが、最初にお茶屋を開いたのはスペインのマドリッドだったという。その後タイにご縁が出来たのだが、彼がタイの茶として出会ったのが、ミアンという噛み茶だったという。そしてこのミアンを「タイの茶文化」として尊重し、深く研究していることに興味を持った。出会う前の彼をヨーロッパの合理的な茶業経営者だと勝手に思い描いていたので、少し驚いた。

Kennethとミアン

ミアンは発酵茶、日本風に言えば茶葉の漬物だろうか。タイ北部、ラオス、ミャンマー(食べるお茶ラペソー)、更にはインドのアッサム方面にまで繫がる、この広大な地域(昔は国境などなく、人々が自由に往来していた地域)の伝統的な食文化であった。ところが近年タイでは65歳以下の人々は殆ど口にしなくなり、市場で見かけることも稀で、どんどん廃れていっている。同時にタイ北部の山岳地帯では森林伐採が行われ、一部では近代的な、美しい茶畑が出来、その自然が失われている事実もある。

この状況に危機感を覚えたKennethは、20年ほど前から毎年のように山に入り、その実情を調べ、10年ほど前スペインからチェンマイに移り住み、「Forest Friendly tea」の生産、販売を開始することになる。これは現代的な効率重視の茶業ではなく、あくまでも自然との調和を求めた、森林との共生から生まれたお茶だった。作り手である山岳民族の人々にも経済的恩恵が渡るようなシステムを整える。こうして経済的な利益によって森林が守られていくとの考えだ。

チェンマイ郊外 ミアン造り

また彼は「茶樹の起源は中国だ、という話には疑問がある。タイ山中で見る限り、寧ろ茶樹は現在のタイ北部、ラオス、ミャンマー北部からインドのアッサム周辺までを一つの地域として考えるべきであり、現在の国(国境)という尺度で議論するべきではない」とも語っている。確かに中国の文献には「諸葛孔明」や「チンギスハン」など、歴史上の有名人が茶に関わったと伝えるものもあるが、そこには筆者も常に疑問を感じている。同時に彼は「ミアンのような発酵茶が、茶葉利用の始まりだと考える方が自然だ」とも述べ、この地域を理解すべく、弛まぬ努力をしていることを窺わせる。

チェンマイ市内を流れるピン川沿いにあるMonsoon Cafeでは、ミアンを使って開発されたフライドチキンとそのソース、そしてナンプリック(唐辛子入りのディップソース)などを味わうことが出来る。お茶は飲むものという固定概念を外し、ミアンを原点に、食べることに回帰することも必要かもしれない(日本でも茶粥などがある)。そして現在のカフェの対面、ピン川沿いの古民家を再生して、ミアンなど茶文化の展示やワークショップスペースを新たに建造中で、今後益々多くの人に、ミアンと北タイ茶文化を発信していく予定だと意気込んでいる。

MonSoon Cafe ミアンを使った料理

勿論ミアンだけではなく、森林の恵みから湧き出る茶葉を利用して、緑茶や紅茶なども生産し、バンコクの五つ星ホテルでも採用されている。また一流レストランとの食の提携も進めるなど、ビジネスの枠を広げ、茶農家が作る茶を持続的に購入する体制構築に努めている。現在チェンマイに3店舗を構え、バンコクにも販売店があり、お土産用の小さな缶入り茶葉は品切れという人気だ。

茶葉の販売をヨーロッパにも広げるべく、母国スゥエーデンのストックホルムでショップを開いたほか、ドイツなど数か国に店舗を構えることを検討しているらしい。ヨーロッパでは「タイでお茶が作られているとは聞いたことがない」という新鮮な驚きで迎えられ、手ごたえを感じている。そして可能であれば日本にも販売店を開店させ、バンコクでの人気をさらに確かなものにしたいとも語る。

「タイに茶文化無し」と言われてしまうと悲しい。Kennethの話を聞いていると、「実は茶の源流はタイ北部にあった」のかな、とも思わせるものがある。現在の茶業はカメリアシネンシスという人口的に作られた茶樹が基本であるが、タイの山中に分け入ってみると、自然にまっすぐ、そして高く伸びるアッサミカが多く見られ、それが山や森と一体になっていると強く感じる。

 

▼今回のおすすめ本

アッサム紅茶文化史 /生活文化史選書
茶文化発展の出発点となったインド・アッサム地方―その知られざる歴史と文化。アッサムの製茶文化と、紅茶産業の成立と発展過程を詳述した画期的名著、待望の復刊。

 

 

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須賀 努(すが つとむ)

1961年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。コラムニスト/アジアンウオッチャー。金融機関で上海留学1年、台湾出向2年、香港9年、北京5年の駐在経験あり。現在はアジア各地をほっつき歩き、コラム執筆中。お茶をキーワードにした「茶旅」も敢行。
blog[アジア茶縁の旅]

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