香港本屋めぐり 第18回

投稿者: | 2022年11月2日

書少少(シューシウシウ)と同渡館(トンドウグン)

 

「二つの顔を持つ若者」の動画

今年——2022年の8月に公開されたYouTubeの動画が香港の書店界や読書家の間で大きな話題になった。そのタイトルは「33歲男日間開書店夜晚做屠房 屠房書生為夢想元朗開書店 」(URL:https://youtu.be/Hg6Mxi5yv80)。
動画の主人公は33歳の男性。次のようなナレーションで始まる。
「街から遠く離れた村の家屋に、ある若者が小さな本屋を開いた。昼間はここで休息をとりながら本を売る。晩は屠畜場で豚の運搬作業をしている。昼と夜の2つの顔。しかし楽しく過ごしているという」

書店の運営費を屠畜場での収入で賄っているというのだ。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

謝信さん(同渡館の前で)

「遠く離れた村の書店」と「街中の書店」

この「遠く離れた村の書店」では、2020年の12月31日に開店パーティーが開かれオープンした。その後、2022年の5月、新界の元朗(ユンロン)駅からほど近い賑やかなところに、もう1軒の書店の仮営業が始まり、7月に正式開業した。
このように説明されても、どうにも事情がよく飲み込めない。そこで、数人の友人たち(書店の経営者と書店マニア)と共に2軒の書店を訪れ、店主の謝信さんに話を聞いた。

 

▼まず本の出版から始まる

高校卒業後、特に目標はなく、定職にはつかなかった。お金が必要になればアルバイトをする、という暮らしが続く。
ただ、中学1年生の頃から、よく作文はしていた。うっすらと、将来本を出したいという夢は持っていた。このことを通っていた塾の先生に話すと「自分でお金を出せば本を出してくれる出版社があるよ。必要であれば紹介する」と言い、ある出版社の名前を教えてくれた。
月日は流れ、すでに社会人となっていた2012年、香港政府主催の「香港ブックフェアー」に足を運ぶと、塾の教師が言っていた出版社のブースに出会い、どのようにしたら自費出版できるのか、話を聞いた。その時は定職についていて、ある程度まとまった貯金があり、その全てを投じて自費出版することにした。そして2013年、謝信著『世紀末・愛小説』が出版となる。書き溜めてきたエッセイなどをまとめたものだ。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

謝信さんの著書『世紀末・愛小説』

▼本の出版・流通等を学ぶために書店勤務

自分の本が出てみると、それがどのように書店に届けられ、店頭に並び、読者が手に取るようになるのか、その流れを学びたいと思った。そのために、ある書店に就職することにした。出勤してまずやってみたのは、店内の書籍検索の端末で自分の著書を探すことだった。
書店勤務は数年続く。大手のチェーン店や中小書店、台湾資本の書店など、4店での仕事を経験した。仕事ではあるが、書籍という作品がどのように香港社会の中で流れていくのかを「学ぶ」という気持ちが強かった。
仕事以外の時間を利用し、SNSなどを通して出版社や作家・文化人と連絡を取り、対話を重ねる。広い人脈を築くこともできた。そして2020年。「出版のこと、本のこと、そして書店経営のこと。これらをほぼ学ぶことができた。及第点をもらえるのではないだろうか」。このように考え、ついに自分の書店を開く計画を立てるようになる。しかし、その「書店」は一般的な意味での書店とは少し異なるものだった。

 

不思議な「書店」

謝さんが育ったのは荃灣(チュンワン)という地域だったが、ここの店舗物件の家賃は書店を開くには高すぎる。リサーチの結果、元朗エリアの家賃がリーズナブルだと知る。一方、書店の具体的なロケーション選びにはこだわりがあった。
韓国ドラマ「天気がよければ会いにゆきます」に田舎の書店が登場する。周囲にはあまり民家などがない人里離れた場所の一軒家が本屋。自分の本屋もこのようなところに開こうと決める。ネットで検索すると、イメージに近い物件が見つかった。しかし、香港ではそもそもそのような一軒家は少なく、あったとしても家賃は高い。借りたのは本来倉庫用に建てられた平屋の物件だ。
そこは、明確な住所というもののない辺鄙さで、道順を口で説明しても辿り着くのは難しい。初めて訪れる人は、謝さんが最寄りの駅まで迎えに行って、そこから「ミニバス(16人あるいは19人乗りの小型バス)」で移動する。
書店なので本は販売する。しかし主には、友人や、口コミで知った人たちに、週末ここに来てもらい、他からの干渉のない安心できる環境で本を読んでもらおうというコンセプトだ(なので、今も住所・ロケーションは非公開)。特に店の宣伝はせず、Facebookに書店のページを開いた程度。店名は「書少少」。「本が少ししかない」という書店らしからぬ名前だ。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

訪問者と語らう謝信さん

本屋経営のための深夜勤務

このような経営形態なので、この書店での売上だけで経営を維持するのは不可能。そこで、夜は屠畜場で働き、その収入で書店の家賃などを賄っている。
やがてこの「書少少」の常連たちから声があがった。「ここに来るのは不便すぎる。しかも週末しか開かない。もう少し便利なところに一般的な意味での書店を開いてくれないか」。
「書少少」の他にもう一軒開くとなると、経費の負担は軽くない。しかし常連や友人たちの希望をかなえたいと、元朗の駅の近くの物件に留意するようになる。ある時、短期貸出用の小さな物件が目に入った。ガラス越しに中をのぞいてみると、棚が備えつけられている。そのまま本を並べられそうだ。オーナーと連絡をとって話をしてみると、「書店を開くということならば、家賃は安くしてあげよう」と。こうして2022年の5月に2軒目の書店「書少少・同渡館」の仮営業が始まり7月に正式開業し、現在に至っている。「同渡館」という店名には、「今この患難な時代を、友や読書家と共に『渡る』——過ごしていこう」という意味が込められている。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

「書少少・同渡館」の外観

書店はビジネスではなく生活

謝さんは、書店経営はビジネスではなく生活だという。彼の生活リズムを見てみよう。
平日は13時に「同渡館」を開け、20時まで営業。その後「書少少」に移動し、食事をして仮眠する。深夜0時から屠畜場での仕事が始まる。仕事が明けて朝の7時に「書少少」に戻り朝食を取って仮眠……。まさに生活の場でもあるのだ。
週末も「同渡館」を開けるが、「書少少」を訪問したい人がいれば案内する。その間、「同渡館」は友人に店番をしてもらう。
1日の睡眠時間は3〜4時間だ。だが、今のところこれで1日分のエネルギーは蓄えられるという。
個人経営の書店なので、もちろん皆に読んでもらいたい本を謝さん自身が選んで仕入れている。香港独自のテーマを扱った本も多いが、台湾出版の本も多い。しかし同時に「売れる」本も並べる。このあたりのバランス感覚は、以前の書店勤務時代に学んだものだ。
また、香港の新人作家の自費出版本の販売にも力を入れている。今のところ、謝さん自身が2冊目の本を出す予定はないが、新たな書き手を応援している。
側から見ていると、謝信さん1人による2店態勢が維持し続けられるのか心配になるが、それは余計なお世話かもしれない。彼は言う。
「もしも3軒目・4軒目の書店を開くことになったら、店名にはまず『書少少』の3文字を冠した上で、『同渡館』のように、「書少少・新たな店名」と命名していくつもりです」

留下書舎のある旺角西洋菜街南

「同渡館」に並んでいる本は約1000冊 

取材日:2022年10月8日

 

▼謝信さんのお勧め

1.『鹿, 島, 教堂』

著者:翰林
出版社:白象文化事業有限公司(台湾)
ISBN:9786267056868

 

香港の建築をテーマとした短編小説集。
台湾の出版社での自費出版。
(香港では出版を引き受ける出版社がなかった)

 

 

2.『街角的距離』


著者:洪麗芳
出版社:scone publishing(香港)
ISBN:978-988-79476-8-4

 

ネット上で小説を発表してきた著者初の長編小説。実在する人物(男女のカップル)の話をもとに、18年という時間の中で2人の間の最適の距離を見出していく物語。

 

 

書店情報

書少少:住所非公開
*訪問を希望する場合、下記SNS経由で連絡を

書少少・同渡館
新界 元朗 青山公路1號元朗段地下

ホームページhttps://www.littlelittlebooks.com/
Instagramhttps://www.instagram.com/littlelittle_books/
Facebookhttps://www.facebook.com/littlelittlebooks

 

Google Map 香港本屋めぐりMAP

 

写真:大久保健

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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。

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