香港本屋めぐり 第21回

投稿者: | 2023年5月9日

边度有書,有音樂(ビンドウ ヤウシュー ヤウヤムゴッ)

 

香港の隣の都市——マカオまで、フェリーやバスで1時間あまり。香港市民にとっては気軽な旅先だ。マカオ政府の統計によると、2019年にマカオを訪れた香港市民は延べ740万人を超えている(マカオ政府旅遊局サイトより)。1人が年に1度はマカオを訪れた計算になる。
2020年初頭、距離的にも言語的にも文化的にも近しい関係であった2つの都市がコロナ禍によって往来が断たれた(「マカオ到着後、自費での14日間のホテル宿泊による医学観察」を経ればマカオに入れないことはなかったが、旅としては現実的ではなくなった)。
それが2023年を迎えると、各種のコロナ禍の規制は解除され、両都市間の移動は復活。そこで、マカオの独立書店を訪ねる短い旅に出た。

 

▼広東語における「書」(書籍の意)の字の立ち位置

中国語圏の中でも特に広東語圏には、書籍の「書」は縁起が良くないという通念がある。それは「書」——シューの音が「負ける」を意味する「輸」と同じだからだ。特にカジノが主要産業のマカオで、その縁起が良くない「書」を売る書店、それも個人経営の独立書店はどのように生存しているのだろうか。こうした興味もあった。
訪ねたのは「边度有書,有音樂」(以下「边度有書」)という不思議な名前の書店だ。店名を直訳すると「本はどこにある? 音楽はどこに?」となろうか。店主のアンソン(Anson Ng)さんに話を聞いた。

本を手に取る店主のアンソンさん

▼マカオの中心地に開かれた小さな書店

マカオにも大学があるが、台湾や中国大陸の大学に留学する若者も多いという。アンソンさんは台湾の大学に留学した。
大学卒業後、そのまま台湾に残って仕事をしていたアンソンさんが2003年にマカオに戻り、3人の友人と共に立ち上げた書店が「边度有書」だ。面積は40平米ほど。そのロケーションはセナド広場で、まさにマカオの中心地。この広場に吸い寄せられた多くの観光客が「边度有書」にも立ち寄ったという。マカオ政府文化局が発行する「マカオ文化創意地図(澳門文創地圖)」には、お薦めの観光ポイントの一つとして「边度有書」が記されるようにもなった。文化の拠点として公的にも認識される書店となったのだ。
ところが2016年10月、書店が借りていた物件の契約が満期を迎え、一旦閉店したのち、およそ半年間の準備期間を経て現在の連勝街で再スタートした。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

書店が入る3階建てのビルを同安街から眺める

▼台湾の書店で音楽ビジネス修行

書店は、同安街と連勝街が形作るT字路の要の位置で、3階建ての小さなビルに入っている。このあたりは古い住宅街で、「観光のついでに」訪れる客は少なくなったが、本や音楽を求める客は定着しているという。中心部を離れたとはいえ、世界遺産のエリアからは徒歩圏内であり、訪ねやすいロケーションではある。
中に入ると、左には背の高い書架が立ち並び、右にはCDやレコード、音楽関係の書籍が配置されている。中央には大きなテーブルが陣取っていて多くの書籍が平積みされている。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

書店入り口

留下書舎のある旺角西洋菜街南

店内の様子

留下書舎のある旺角西洋菜街南

日本関係の本も少なくない

ここで正式店名の「边度有書,有音樂」の後半部分——「音樂」について触れよう。アンソンさんは台湾の大学を卒業後、台湾で就職したことは前述の通り。その就職先は誠品書店で、配属先は当時新たに立ち上げられた音楽部門だった。勤務地は台北の公館で、近くには台湾大学があり多くの若者たちが集うエリアだ。CDなどを扱うだけではなく様々な音楽イベントにも携わった。マカオで書店を立ち上げるに際し、台北での音楽部門の経験を活かしてマカオでも音楽イベントを展開しようと考え、実際に書店内でライブも開催している。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

留下書舎のある旺角西洋菜街南

音楽コーナー

▼マカオの出版事情 「社団文化」とは?

さて、書店中央のテーブルの手前に並んでいたのは、当然だが、マカオで出版された書籍だった。

留下書舎のある旺角西洋菜街南

入り口近くに並ぶマカオ出版の書籍

インタビューに先立ち、筆者はマカオの出版事情を少し調べてみた。マカオの人口は去年のデータでおよそ68万人(ちなみに面積は30.8平方kmで、東京都板橋区よりやや狭い程度)。この規模の都市に果たして出版社は何社くらいあるのだろう?
マカオ公共図書館のサイトに「出版者リスト」があった。
このリストにはおよそ1200団体が記載されている。詳しく見てみると、出版社が含まれるであろう「商業機構」のカテゴリーに約360団体。さらに「民間組織」が約500団体。マカオという都市の規模からして、これは多いのか少ないのか。

この件をアンソンさんに聞いてみた。
「マカオの人口・規模に対して、資料にある出版社数は多すぎるかもしれませんね。ただそれは、マカオの社会・文化構造に関係していると思われます。
マカオには『社団文化』と称されるものがあります。『社団』とは社会団体。政府に申請すれば簡単に結成できるのです。マカオ社会は『社団』で成り立っているとも言えましょう。『社団』は様々な活動を展開していますが、申請時に申告する活動項目に『出版』を加えている団体が多いのでしょうね。そのリストにある『民間組織』というカテゴリーがまさに『社団』で、基本的に非営利の団体です。
その『社団』の資金源はほとんどが政府や政府系の基金です。基金からは出版の補助金も出ていて、その補助金で出された本は、奥付に必ずその旨を明記しなければなりません。このようにして『社団』を通し公的資金が社会の様々な側面に投じられている——マカオの社会構造の特徴です」。

「社団」と出版との関係性ついて、アンソンさんは別の側面からも説明してくれた。
「この『社団文化』には問題もあり、それはある種の不公平感です。『あの団体は補助金を多くもらえたのに、うちは今年は少ないじゃないか』などの声が時折聞かれるのです。例えば、機関誌を出版している社団が、あるタイミングで補助金が打ち切られてしまい発行できなくなってしまった。その理由に政治的背景がないとも言えません。また、補助金で出版された本の場合、政府に批判的なことは書けませんよね」。

 

▼本を選ぶ基準 マカオの課題と未来

店内の書架やテーブルを見渡すと、地元マカオの本、そして香港や台湾、中国大陸出版の本が並んでいる。分野としては、文学や社会科学系、アート系が主だ。仕入れる本をどのような基準で選んでいるか聞いたところ、アンソンさんは「基準」に限らず、より包括的に答えてくれた。

「ここは個人経営の書店ですから、私が読者に読んでほしい本を並べています。大型書店のように、あらゆるジャンルの本を備えている、というようにはしたくないのです。書店を開く——この行為自体、私にとっては創作活動です。本を選ぶことによって、私が心に描く読者と交流するということ。書店とは人と本、本と本、人と人が交流するプラットフォームだと言われますね。書店の店主としてその結びつきはとても面白いものです。選ぶ本の分野としては、文学・アート(含音楽)・社会科学系が中心になりますが、個人的に歯がゆいと感じているのは、その多くがマカオの外で出版されたものということです。例えば香港や台湾で出版されている本は『マカオという市場』は考慮していませんよね、マカオは小さなところですから。台湾や中国大陸には自分の市場があります。特に香港ではここ数年、『地元香港をテーマにした本が増えている』という傾向が顕著ですね。

一方、マカオ人は果たしてどのような本を読みたいのか? 『両岸四地』と言われます。台湾海峡を挟んだ台湾、中国大陸、香港そしてマカオ。しかし多くの人々の関心は『両岸三地』です。マカオは周縁の地なのです。マカオ人は香港のテレビ番組や香港映画を観て育ちます。香港のことにはとても詳しい。でも、その中でも最近、徐々に『マカオ人意識』が形成されつつあるように思われます。この流れに書店としてどのように応えていくのか? これが今、私たちが考えていることです」。

決して数が多いとは言えないが、平積みされているマカオで出版された本を見ていると、カジノ都市と定義されるマカオとは別の次元で、新たなマカオの文化はここから育まれていくのかもしれないとも思う。しかしそこには「マーケットの小ささ」などとの戦いがあり、決して平坦なものではない。今後もマカオを訪れ、その歩みを見ていきたいと思った。

(取材日:2023年3月23日)

 

▼アンソンさんのお薦め

『澳門政經二十年』

出版社:五南図書出版(台湾)
著者:楊鳴宇 林仲軒 呉明軒 廖志輝 李展鵬 呂開顏 王紅宇 馬天龍
初版:2022年3月
ISBN:978-626-317-667-6

 

 

 

 

都市そのものが世界文化遺産とも言え、かつ大型カジノホテルが建ち並ぶマカオが、ポルトガルから中国への返還後、「一国二制度」のもとどのように発展したのかを、マカオ・台湾・欧州の学者たちが研究した論文集。
本書を通して、政治(北京政府とマカオ政府)、社会(資本家と市民)そして国際関係(主にポルトガルとポルトガル語圏の国々)という3つのレベルの相互関係が見えてこよう。

 

『土地——地産政權時代』

出版社:訊藝有限公司
編者:雑誌『論盡』編集部
初版:2021 年12月
ISBN 978-99965-681-2-1

 

 

 

マカオという都市の発展における重要な課題——土地開発・都市計画・政府の政策を、政治・経済・社会など多角的な視点から分析した評論集。
高級マンションが次々と建設される中、昔ながらのコミュニティーが消えていく。ディベロッパーはどのように土地を取得し、どのように用途変更手続きを行ったのか? このような開発問題も含め、この都市が抱える課題の根幹に切り込む本書は、本文に書かれたような「政府からの補助金」を受けずに出版された一書。

 

▼書店情報

住所:マカオ 連勝街47號
Facebook:https://www.facebook.com/pintolivros

 

Google Map 香港本屋めぐりMAP

 

写真:大久保健

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大久保健(おおくぼ・たけし) 1959年北海道生まれ。香港中文大学日本学及び日本語教育学修士課程修了、学位取得。 深圳・香港での企業内翻訳業務を経て、フリーランスの翻訳者。 日本語読者に紹介するべき良書はないかと香港の地元書籍に目配。

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