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微観中国   (3)微博は治安維持の道具か?
   
     

安替のblog
安替ブログ

 

 「微博は中国政府が治安を維持するためのツールになっている」―小著「『網民』の反乱」でもインタビューを掲載した中国のネットジャーナリスト安替が、今年2月自らのブログなどで興味深い見方を発表した。だが、彼の指摘に対しては「微博の役割を過小評価するもの」と批判も出ている。今回はこうした議論を基に、中国のネットにおける言論の自由や社会との関係について考えてみたい。

 安替がブログや香港の雑誌「陽光時務週刊」などに発表したのは「革命的推特(ツイッター)、維穏的微博」という文章だ。長いので一部を抜粋しながら紹介する。

 
   
     

2011年アラブの春で、ツイッターやフェースブックなどのソーシャルメディアはチュニジア、エジプトの独裁政権を倒すのに重要な役割を果たした。そこで全世界の目がこの世界最大の非民主国家、中国と、世界で最もユーザーの多いソーシャルメディア、微博に向けられた。多くの研究や報道は、微博は中国の民主化のプロセスにどのような役割を果たすかという問題に答えようとしていた。
これ対する私(安替)の答えは、微博は中国政府が情報コントロールする権限を中央に集中するのに役立っており、中国の民主化に対する作用はマイナスの面もあるということだ。

彼はこう述べた上で、かつては中国の民間オピニオンリーダーを魅了したツイッターが影響力を失ったと指摘する。

ツイッターにとって打撃となったのは2011年初めに起きた『ジャスミン革命』(運動)への弾圧で、100人ものツイッターユーザーが拘束され、特に艾未未事件(同年4月に艾未未が拘束された事件)は『萎縮効果』を生んだ。中国共産党の政治体制とつながりのある多くのユーザーがツイッターを離れ、微博に専念するようになった。

同時に、GFW(中国のネット規制)の強化により、ツイッターへのアクセスが困難になり、微博は約3億のユーザーがいるが、中国のツイッターユーザーは1000分の1の約30万人にすぎないという。
微博では「網絡反腐」と呼ばれる不正役人の摘発が頻繁に起きている。だが安替は「微博の中国における役割について楽観的な見通しを持ち、最終的には中国の民主化を進めるなどと考えるのは間違いだ」と述べる。なぜか。
その理由はサーバーを誰が管理するかにある、と彼は指摘する。

ツイッター、フェースブック、ユーチューブがアラブの革命を推進したのは、サーバーが政府から独立していたためだ。だが微博のサーバーは北京にあり、中国の中央政府により厳しくコントロールされている」「ネットの世界の権力闘争は、本質的にはサーバーをめぐる争いだ。3億のユーザーを有するサーバーをコントロールすることは、あらゆる微博ユーザーの情報とネットワークをコントロールするのに等しく、中国政府は全国の反体制活動家のネットワークを描けるだけでなく、キーワード検索などにより、起こりうる市民運動を事前に予測し、各地の公安機関に通知し、政権に対する脅威を初期段階で防ぐことができる

 つまりは、微博は政府により治安維持の道具になっているというのだ。

 安替はさらに、サーバーが中央政府に管理されているため、地方政府の役人は自らのスキャンダルが微博で暴露されても、もみ消すことができず、微博の情報管理は中央政府の地方に対するコントロールに使われているという興味深い指摘もしているが、紙幅の関係でここでは省略する。
 彼は最後に「微博は市民社会の福音ではない。微博は国民が言論の自由を訓練する場となったが、(政府による)情報管理の精緻化により、市民社会の空間は縮まっている」と述べ、「中国の微博には、情報が過積載され、怒りと不満に満ち溢れ、だが行動は制限され、組織化できない3億の網民が存在する。これは危険であり完全に予測できない中国の未来を作り出している」。彼はこう締めくくっている。

 一読すると分かるように、微博に対してかなり批判的な内容だ。小著のインタビューで「ネットは市民社会の形成に役立つ」と述べた立場から、かなり後退したとの印象を受ける。

 

 

 

 

 

 

 だがこれに対して、冒頭書いたように様々な異論も出ている。このうち、呉恒というブロガーによる「空中楼閣的推特、毫米推進的微博(空中楼閣のツイッター、1ミリずつ進歩する微博)」という文章をまずは紹介したい。

安替の『革命的推特~』(以下『革命』)は専門的角度からツイッターと微博という2つのソーシャルメディアの違いを分析、(著名作家、活動家)冉雲飛は『ネット政治学、社会学、メディア学の分析を融合したすばらしい文章』と評価した。
『革命』はツイッターの価値を『革命のツール』と高く評価し、これに対して微博は中国の民主化の過程において「マイナスの面もありうる」とした。だが、『革命』はツイッターと微博の中国の民主化における役割を論じた際、ロジックが綿密でない部分が多く、それゆえ結論が過度に悲観的であり、ツイッターの価値を高く見積もり、微博の中国社会でのプラスの働きを低く見すぎている。

呉はこう論じた上で以下のように理由を説明している(あまりに長文なので一部のみの紹介にとどめる)。

 まず「ツイッターと微博のどちらが中国社会への影響が大きいか?」という問いではこう指摘する。

もし中国でもツイッターに自由に訪問できるのなら、その役割は微博よりも大きいだろう。ツイッターは書き込みが削除されることも、敏感詞(使用禁止語句)もなく、情報の自由な流通を実現している。だが残念ながら、ツイッターは(中国では)封鎖されており、我々の手元にあるのは微博だけだ。このような現実の環境で、微博は中国政治の現代化に歴史的な貢献をしており、そのプラスの役割はマイナスよりも大きい。
ツイッターは“革命的な”武器かもしれないが、アクセスできなければいくら革命的だろうと役に立たない。微博は言論の検閲もあり、治安維持に利用可能だが、管理者と知恵比べに長け、勇敢な網民の集団がおり、検閲を迂回して自分の意見を多くの人に伝え、同様に社会を前に進める働きを持っている。

 つまり網民は厳しい制限の中でも、ユーモアや様々な手段を駆使して言論空間を広げようとしているのであり、その努力を軽んじることはできないという主張だ。筆者も小著でこうした実例を紹介した。
そして「ツイッター=革命なのか?」、つまりSNSは革命をもたらすかという問題で呉はこう述べている。

『2011年のアラブの春では、ツイッターやフェースブックは独裁政権を倒すのに決定的ではないとしても、重要な役割を果たした』という『革命』の記述は、論証を経ていない。米メディア、「ニューヨーカー」のコラムニストが同年5月に発表した文章で、SNSは『弱い絆』によるプラットフォームであり、高度なリスクを要する活動の組織ツールとなるのは難しいと指摘したが、この方が説得力を持つ。ツイッターやフェースブックの重要性ばかりを強調するのは、チュニジアやエジプトの具体的な国情(主には政府が集団暴動にどのような態度、反応をとったか)やチュニジア人、エジプト人が民主化建設のために払った努力をおろそかにするものだ。
中国でツイッターに自由にアクセスできるようになれば、チュニジアやエジプトのような事が起きるのか?それはない。ツイッターは中国では真に封鎖されているわけではないし、さらに言えば、GFWは中国で真に打ち建てられてはいない。越えようと思えば(ネット規制の)壁は越えられるのだ。ではなぜ皆壁を越えようとしないのか?この問題には2つの説明ができる、つまり1つには大部分の網民は自由への渇望がそれほど高くなく、壁の中でも十分快適なのであり、もう1つには壁の外は想像していたほど素晴らしい世界でもなく、全国人民がツイッターにアクセスできるようになったとしても、中国に革命が起きるということはないということだ。(中略)簡単にいえば、短期間内に、中国でアラブの春は起こり得ない。それは『革命』が言うようなツイッターやフェースブックがないからではなく、中国社会ではまだ大多数の人が、『民の恨みが煮えたぎっている』という状況まで達しておらず、もう1つは、人々は政府が取りうる行動を恐れているからだ。

引用が長くなったが、筆者も全くその通りだと思う。ジャスミン運動が盛り上がらなかった理由も、何だかんだ言っても中国の大多数の人々が政治体制を変えなければいけないという差し迫った必要性を持っておらず、傍観者を決め込んだからだ。

  だが、これでは「ツイッターも微博もダメ、ネットは中国社会を変える力を持たない」という日本でも時々聞かれる悲観主義的結論となる。これに対し呉論文は「微博は市民社会を縮小させているのか?」という問いで次のように答えている。

『革命』は慈善活動や環境保護運動などへの評価が低く、これらは『市民社会の組織能力を蓄積することはできず、中国社会を発展させる可能性は限られている』と述べているが、自分はこれに断固反対する。中国の市民社会の育成は、正にこの2つから出発しなければならず、微博はその最大の功労者だ。これらは政治リスクが低く、参加のハードルが低く、民衆の情熱は大きく、容易に広めることができる。多くの民衆がこれに参加し、自ら解決することが習慣となれば、レッドラインが1ミリずつでも後退する。
昨年寧波で起きたPX事件(化学工場建設反対運動)は正にそれであり、誰かが扇動した証拠はなく、自らの直接利益に関心がある地元の人が、自発的に行った権利擁護運動だった。これこそ市民社会の訓練と言えるのではないか。微博を埋め尽くした注目は全国民の声援ではないか。こうした効果こそ、ジャスミン運動よりもはるかに影響力があるのではないか。

 要は、市民としての権利意識を呼び覚まし、運動を大規模なものとする手段として、微博は大きな役割を果たしているという指摘だ。呉はさらに「微博が登場以来、中国社会にもたらした最大の変化は、政府批判を一種の常識、さらには一種の流行にしたことだ」として、非常に興味深い議論を展開している。

微博のユーザーは中国の大部分の網民をカバーしており、微博上のスーパーユーザーは政府批判をすることで有名で、『公知(公共知識人)』という名前を付けられている(公共知識人については小著参照)。彼ら自身は知識人ではなく、発表する言説も学術的に目新しさがあるわけではない。だが、啓蒙とは新しい思想を創造することではなく、成熟した思想を普及することだ。彼らは政府を疑い、そして疑い続けることでネットユーザーから尊敬や支持を受けたが、これも啓蒙の一部だ」。
「『政府を批判してもいいのだ』『政府を批判しても必ずしも捕まるとは限らない』『政府を批判しても、それが鋭い批判なら、人々から喝采を浴びることができる』こうしたことはベテランの反体制活動家には大したことではないかもしれない。だが小さい頃から共産党の体制で教育を受けてきた人には、微博は彼らに初めて普遍的価値に触れる機会を与えた。微博はツイッターが果たせなかった使命を果たしたのである。

 もちろん、批判には限度はあり、共産党そのものや、習近平を批判することは許されないだろう。だが最近、微博で次々と地方役人の汚職が暴かれているのを見ても、こうした網民の運動を後戻りさせるのはもはや不可能であり、政治や社会に着実な変化をもたらしているといって差し支えないだろう。

 呉は最後にこう締めくくっている。

ツイッターは確かに中国政治の現代化の中で大きな貢献をした。多くの声を受け入れ、反体制派の桃源郷となった。残念なことにそれゆえに壁の外に追い出され、多くの網民にとっては空中の楼閣だ。一方、微博は隙間の中で生存し、影響力あるユーザーが1ミリずつ中国社会を前に進めてきた。もし微博とツイッターの区別を問うならば、『微博は中国の網民に影響を与え、ツイッターは中国の網民に影響を与える網民に影響を与える』ということだ。

 この議論について、このほど来日した中国の著名ジャーナリスト(事情があって本名は明かせない)も筆者の問いかけに次のように語っている。

当局は言論統制にますます多くの力を投入しているが、言論の自由の空間は縮小することなく拡大している。微博で暴露されると、政府はすぐにこれを削除するので、言論の自由はないという人もいる。だが社会発展の趨勢は、(民間世論の)力は大きくなり、政府の管理能力は限界に達し、まもなく臨界点に達するだろう。
中国のネットが海外のメディアの自由度と大差ないと私が考えるのは、その規模が主な理由だ。規模が小さければ管理は容易だが、大きくなれば管理が不可能になる。現在微博は管理が不可能な状況に発展している。政府はこれを恐れており、そのために投下する力は巨大だが、包丁で水を断つことはできないように、表面的にしか役に立っていない。
少数の有名な人への弾圧は、いわば(当局の)最後の防衛ラインであり、これが突破されたら中国に本当の言論の自由が訪れるだろう。中国共産党は鉄砲とペンから政権が生まれるという考え方なので、著名な反体制活動家などを管理するのは当然だ。だがそのことは微博での管理が有効ということではない。(目立たない)普通の人は管理できないのだ。

 

呉恒による「空中楼閣的推特、毫米推進的微博」

 3月に来日した著名ブロガー、五岳散人も都内で開かれたシンポジウムで筆者の問いに「安替の文章は中国のネットに対する悲観的な見方だ。だがその分析は根拠に乏しい」として理由を次のように説明している。

もし機関銃を突きつけられれば、革命を起こそうという気にはなれないが、技術は独占や集権を打破できる力を秘めている。ネットは正にそのような技術であり、管理のしようがないメディアだ。中国政府は数年前からネットの管理を厳しくしているが、成功したことはない。真の管理をすればネットは死んでしまう、だがこれは政府にとっても不都合だ。なぜなら中国政府はネット経済を必要とし、自分の合法性を高めようとしているからだ。ネットは活き活きと存在するか、死ぬかのどちらかであり、厳しい管理の中で存続するということはない。

  五岳散人
著名ブロガー・五岳散人

 2人の意見をまとめれば、もはや中国のネットユーザー数が当局の管理能力を上回るレベルに達しており、そのために多大な労力を投下しても、役に立たないどころかネットそのものを死に追いやってしまうのではないかという指摘だ。
 安替が言うように、確かにここ数年中国のオピニオンリーダーのツイッター離れは顕著だ。微博ではアカウント登録できない国内外の反体制派の比率が高くなり、ツイッターが中国のネット世論をどこまで代表しているのか、疑問に思うこともある。
 但し艾未未や海外に亡命した活動家のように、微博で発言する場を奪われた人もおり、そういう人たちにとって、ツイッターは貴重な発信と交流の場だ。中国当局が封鎖した情報なども、ツイッターでは見ることができる。
 一方で微博は確かに当局の規制を受けている。書き込みの削除やアカウントの閉鎖は日常茶飯事だ。だが逆にそれゆえ、限られた空間の中でいかに自分のメッセージを伝え、権利を主張し、社会の共感を得るか、網民は日々知恵を絞っている。その変化が仮にミリ単位であったとしても、3億人の微博ユーザーが1ミリずつ進むことは、潜在的な大きな変化というべきであり、やがては目に見える形でその変化が訪れると考えている。

 

 


「網民」の反乱 ネットは中国を変えるか?
古畑康雄

 

   
 
古畑康雄・ジャーナリスト
   
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