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日本ビジネス中国語学会
 
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微観中国  (40)国を追われたジャーナリストが見る中国は?
   
     

 

 9月初めの土曜日、神保町に最近開店した蘭州拉麺店の前で、旧友の中国人ジャーナリストを待っていた。東方書店にも近いこの店は中国本場の拉麺を味わえるとあって、連日大行列の人気ぶり。この日は2度目の来店で、前回炎天下で1時間近く並んだ教訓から、開店30分以上前に到着、最前列に並ぶことができた。
 間もなくして到着した友人は、7年ぶりに訪日、現在はドイツに住む長平(チャン・ピン)氏。90年代末から広州の「南方週末」などで活躍、改革派、自由派ジャーナリストとして知られた。今回は明治大学で開かれたシンポジウム参加のための来日だった。
 長平氏については、拙著「『網民』の反乱」や「習近平時代のネット社会」でも紹介している。初めてお会いしたのが2009年冬の北京、翌年(2010年)に東京で開く、中国のネットに関するシンポジウムへの出席をお願いするためだった。長平氏は当時、広州の新聞紙「南方週末」を含むグループ企業、南方報業集団に所属する雑誌「南都週刊」の副編集長で、広州から北京に駆けつけてくれ、ホテルの一室で長時間話し込んだ。その後来日した長平氏は東京のシンポジウムに続いて札幌を訪れ、雪の中温泉に入り、それ以来ネットを通じた付き合いが続いている。

     

 

 長平氏は1971年四川省の生まれ、89年の天安門事件を経験した世代で、90年代にジャーナリズムの世界に入った。彼を有名にしたのは、90年代後半から2000年代前半にかけて、前述の「南方週末」で記者や編集者として活躍した時期で、多くの調査報道で南方週末の声価を高めたが、彼を西側メディアで有名にしたのは、チベット暴動が発生した直後の2008年4月に英紙フィナンシャル・タイムズ(中国語版)に発表した、チベット問題に関する1本のコラムだった。
 「チベット:真実とナショナリズム」という文章の内容については拙著で以前紹介したが、概略は次の通りだ。

     
   

 長平氏は、西側のメディアには確かにネットユーザーが憤慨するようにチベットに関する事実誤認が多いとした上で、「一体ラサで何が起きているのか。大多数の中国人が眼にするのは政府が数日間情報を封鎖した後に統一的に発表されるニュースだけだ」と、真実を国民に公表しようとしない政府を批判した。
 さらに「これら虚偽報道がニュースの価値へ与えた最大の弊害は、多くの人が客観、公正への信頼を捨て、狭隘なナショナリズムの立場を取ったことだろう」とナショナリズムの危険性を指摘し、チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世の主張についても「政府による評価ではなく、メディアに自由に討論させ真実を明らかにすることは認められないのだろうか」と述べている。きわめて理性的かつバランスの取れた主張だった。
 だが「まさかあの1本の文章が自分の人生を大きく変えるとは、思いもよらなかった」と語り、こう続けた。
 「チベット問題は中国では“超敏感”なテーマだ。我々はこのような敏感なテーマを『高圧線』と呼んでいる。ちょっとでも触れれば感電死するからだ。この高圧線には、民族問題、宗教問題、辺境問題、軍隊問題、民主問題、歴史問題などがあるが、チベットというテーマはこれらすべての高圧線を含んでいるため、“超敏感”なのだ。一般のメディア人は恐れて触れようとはしない。自分も20年メディアの仕事をしてきて、その怖さは分かっていた。だが自分は言論の境界線を広げることを役割としてきた。言論の自由は中国では大きさが変わるカゴのようなもので、政治に触れなければ安全ということはないからだ。ただ自分はカゴを飛び出してその向こう側に行こうとは思っておらず、カゴを大きくしようとしたのだ」。

     

追尋自由 - 劉曉波文選

 

 

 

 

 

 

艾未未訪談集 - 尋找快樂的能力

 

子彈鴉片 - 天安門大屠殺的生死故事

 

 

 

 

 

 

変態辣椒

   

だが結果的に長平氏はカゴから追放されてしまう。中国政府系メディアから「自由というデマをばらまく南方都市報の長平」と見出しに名指しして攻撃され、(天安門事件以降、見出しで批判されたのは、彼を除けばノーベル平和賞受賞者で先日亡くなった劉暁波氏だけだったという)、執筆をやめるように上から求められたが、受け入れず、香港のメディア「陽光時務」創刊に加わった。ところが中国政府の圧力を受けた香港当局は彼に滞在ビザ発給を拒否、やむなく居をドイツに移した。現在はドイツの対外向けニュースサイト、ドイチェ・ヴェレや台湾などのメディアに寄稿しながらジャーナリズム活動を続けている。
 ドイツには長平氏をはじめ、芸術家の艾未未(アイ・ウェイウェイ)、作家の廖亦武(リャオ・イーウー)のように、中国出身者の自由派知識人が多い。長平氏の場合も、ドイツの基金から当初支援を受けたのが移住のきっかけだった。文筆業で生計を立てている彼は現在の生活に「満足している」と述べたものの、一方で自分は中国政府によって“流罪”に遭ったようなものだと、こう語った。
 「流罪はかつて日本をはじめ多くの国にあった刑罰で、中国でもかつて蘇東坡らが遠方へと送られたが、清末にはこの刑罰は廃止された。にもかかわらず、中国は今になっても直接的、あるいは間接的にこの刑罰を行っている。直接的とは国外に追い出し帰ってこさせないこと、間接的とは海外に出るよう脅し、その後戻らせないこと」で、友人の風刺漫画家、変態辣椒も“流罪”に遭った1人だ。
 長平氏は「海外に追放された中国人はおそらく数万、いや十万に上り、世界で最も政治的流罪という野蛮な懲罰が多い国だ」と批判したが、「今や多くのことをネットにより知ることができる。(ネット規制という)壁に囲まれた中国にいるよりも多くを知り、海外のジャーナリストと交流できる。かつてのように流刑地で何もできず、何も知らされないのとは大きな違いだ」と力強く語った。


 ではドイツから見て中国の言論状況、特に習近平時代に強まった言論統制はどう映るのだろうか。「江沢民やその後の胡錦濤の時代にも言論統制はあった。だが当時、特に江沢民時代には現在といくつか違う点があった」という。その1つは天安門事件後、国際社会が中国への圧力を強め、中国が孤立したことだという。国際社会に復帰するため、市場経済や法による治国を強調、「国際接軌(国際社会とレールをつなげること)」という言葉が重視された。
 もう1つの違いは90年代から2000年代初めはネットが登場したばかりだったことだ。当局は今日のようなネット管理の仕方を把握しておらず、そして多くの人々がネットの発展が社会を変えると信じていた。
 だが「(2000年代後半からの)世界的な金融危機、そしてテロの脅威に対して、西側が対応に追われた結果、中国はこのチャンスを利用して大いに発展し、国際的な圧力を以前ほど気にしなくなった。さらにネットに対しても、今や世界で最も先進的な管理技術を導入、外国企業も中国市場に参入するため進んで検閲に協力するようになった」―中国政府が西側の批判に耳を貸さず、人権派弁護士の大々的な逮捕や世界一厳しいとされるネット規制など言論統制を推し進めるようになった理由がそこにある。
 では当局に管理される人々の受け止め方はどうなのだろうか。息苦しく、不満を感じないのだろうか。微信に代表されるネットアプリは今や中国の7億のネットユーザーの言論、交流、そして買い物など生活に深く食い込み、利便性と引き換えに大量のデータを吸い上げている。そして彼は意外にも人々がそうしたネット管理を受け入れ、いわば「自ら管理を望んでいる」と述べ、身近に起きたある出来事を紹介した。
 「微信や微博は確かに多くの交流の場を人々に与えたが、敏感な話題について、人々は監視されているのが分かっているので、語ろうとしない。それどころか進んで監視を受け入れようとする。以前(中国国内の)ある友人と、微信では話せないので、WhatsApp(米国の交流アプリ、最近中国で利用が禁止された)で話そうと持ちかけたところ、友人は『やはりここで話そう』と言ったという。つまり(長平氏と密談していると)当局に疑われるよりも、監視を受け入れたい、『自分は何もやってない、ほかのアプリも使わないから、どうぞ監視してくれ』ということだ」。このような人々の心理状態は「ストックホルム症候群」(誘拐・監禁などの被害者が加害者の意見に同調したり加害者をかばったりする心理)であり、むしろ監視されていなければ不安に思うようになっているのだと語った。
 このような高度に監視され、規制された社会で、民衆の不満が蓄積し、突然爆発する可能性があるのか。これはしばしば海外などから提起される点だが、長平氏はその可能性は今のところ低いと指摘、その理由として「海外は(中国の)言論統制の1面しか見ていない」と述べた。つまり情報をブロックし、人々に見せないことだが、実際にはもう1つの統制、すなわち「洗脳」の方が重要なのだという。「洗脳」とは知る権利を奪うだけでなく、その解釈権も奪うことだと語った。
 「共産党はかつて、『人民日報』を通じて、共産主義はユートピアであり、我々はその先鋒隊であり、我々と人類の正義を実現しようと人々を教育してきた。ところが改革開放後、欧米や日本は我々よりも豊かで、優れた思想や文学もあると知り、その宣伝は破綻し、天安門事件に繋がった」。
 その後、当局の世論誘導の手段は「人民日報」から「環球時報」へと移ったが、「環球時報」が主張するのは「脱正義化」、つまり世界に正義などというものはなく、「あるのは永遠の利益だけで、永遠の友人はいない」との主張だという。「環球時報」のロジックで言えば、西側を含むあらゆる国は自国の利益だけを考えており、民主や自由という普遍的な価値は自分たちを賞賛し、中国の社会主義制度を否定するための手段に過ぎず、そうした言葉を信じてはいけないというのだ。
 天安門事件についても、「環球時報」はむしろ隠すことなく取り上げるが、そこで主張するのは「当時の鎮圧がなければ、今日の経済発展はなかった」というロジックであり、人々も鎮圧は理にかなった判断だったと信じるようになったのだという。当局はこのように、人々の不満や疑問を巧みに現政権への肯定や、民族主義など対外的な批判へとすり替えているのだ。

     
     中国の言論状況についての彼の考え方を一通り聞いた後、「もし当局と妥協し、中国に残っていたら、あなたはどうなっただろうか」とたずねてみた。「中国に残れば、自分はもっと経済的には豊かな生活が送れただろう。当時自分の下にいた編集者が、騰訊などのネットメディアに就職し、高額の収入を得ている。政府の指示に従っていれば、国を追われることもなく、物質的にも今よりも恵まれ、中国に大きな家を買うことだってできただろう」。
 だが「それは価値のある生き方だろうか?」と彼は問いかける。「彼らはその代わりに自由という対価を支払い、当局の規制の下で絶えず自己検閲をしなければならない。死というものは誰にもいつかやってくる。その時に自分は何をやったのか、価値のある生き方だっただろうか問われるだろう」自分の選んだ道に決して後悔していないという決意を感じる言葉だった。
     
   神保町の狭い道を歩きながら、「現在中国の言論状況を色で表すとしたら?」とたずねてみた。「黒だ。だがこれで終わりではなく、この先もっと悪くなる」と悲観的だった。「南方週末」をはじめとする自由派メディアが輝いていたころ、彼は「言論の力が社会を変える」と中国の将来を楽観するとともに、「我々の書く1字1字が中国の社会の進歩を促す」と同僚たちに呼び掛けていたという。「現在このようなことを中国で言うことは困難だ。だが自分は人々が(社会を)動かす力を信じている。暗黒な時代だからこそ、声を上げ、光をともし続ける必要があるのだ」―この言葉が胸に刺さった。
 「昔取材で蘭州に行った時に食べた味に似ているね」―冒頭の蘭州拉麺をともに食べながら中国での思い出を語る長平氏に笑みがこぼれた。間もなく2期目を迎える習近平体制の下で、言論の冬は当面続くだろう。だが彼がいつか「流罪」から解き放たれ、再び故郷の土を踏める日が来ることを強く願っている。
   

 

 
古畑康雄・ジャーナリスト
   
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