そんな中国の映画祭の中でも、最も世界的知名度を有している(とされている)のが上海国際電影節。1993年にスタートしたこの映画祭は、中国で唯一の国際映画製作者連盟(FIAPF)公認のコンペティティブ長編映画祭(長編ワールド・コンペティション部門を有する映画祭)であり、2005年には最優秀作品賞である金爵奨を三原光尋監督の『村の写真集』が受賞。岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』や、山田洋次監督の『武士の一分』が出品されたこともあり、日本語媒体で紹介される機会も多少はあるのだが、その知名度はまだまだといっていいだろう。先日、「さらなる発展を遂げるべく」同じくFIAPF公認のコンペティティブ長編映画祭である東京国際映画祭との提携が発表されたばかりだが、我が国の映画祭も(残念ながら)世界的にはあまり重要視されていないので、この協力関係から新たな化学反応が引き起こされるかどうかは、正直微妙なところだ。
ちなみに、このFIAPF公認のコンペティティブ長編映画祭は、原則、1国(地域)1映画祭が認定され、この認定をもってその映画祭は「世界有数の映画祭」とのお墨付を得るということになっている。2015年8月現在、このお墨付をもらっている(予定も含む)のは、順不同で、ベルリン、カンヌ、上海、モスクワ、カルロヴィ・ヴァリ、ロカルノ、モントリオール、ヴェネチア、サン・セバスチャン、ワルシャワ、東京、カイロ、タリン、マル・デル・プラタ、インド(ゴア)の15映画祭。正直、一般的な映画ファンにとってはどうでもいいことではあるのだが、映画祭行政の方面では、色々な誘致があったり、さまざまなサービスが享受されたりすることがあるため、既得権益として“公認”こだわる映画人(の偉い人)はとても多い。
さて、上海国際電影節が三大映画祭クラスの知名度を得るためには、当然ながら、他所にはない独自の色を打ち出していくことが必須要件である。定型化されたイベントである映画祭だけに、これは至難のわざではあるのだが、やはり着目すべきはその開催地域ならではの+α。それはすなわち「アジアの映画祭の盟主を目指す」ことにほかならないだろう。
ところが、ここで障害となってくるのが、前述のFIAPFによる公認要件。アジア色を出すには、コンペティション部門を筆頭にアジア映画で固めることが第一歩なのだが、そうなると“ワールド・コンペティション”の存在意義がアヤしくなってくる。さりとて、強力な新作は三大映画祭が根こそぎさらっていくため、「中国のワールド・コンペ」は比較的地味な作品が世界中からラインナップされるようになり、結果、「あまり重要でない国際映画祭」というパブリック・イメージが増幅される悪循環に陥っていくのである。
そして、もっと厄介(?)なのが、気がつけば東アジアを代表する国際映画祭の座に登りつめていた釜山国際映画祭の存在。コンテンツ立国を標榜した韓国政府のバックアップを受け、年々規模を拡大していった釜山国際映画祭は「三大映画祭を狙わない」アジア映画にターゲットを絞り、ワールド・プレミア上映を連発。アクセスしやすい上映環境と膨大な上映本数、高いホスピタリティから、毎年10月の釜山詣でを恒例としている東アジア映画人の数は、他の映画祭の追随を許さない。ご当地・韓国映画はもちろんのこと、暮れから年明けにかけて公開される東アジア映画の話題作はかなりの確率で釜山でお披露目され(直後に東京国際映画祭があるというのに!)、出演俳優と大手マスコミを引き連れたジャンケット・ツアーが繰り広げられ、その模様はワイドショーやスポーツ新聞の紙面を賑わせるという具合なので、釜山国際映画祭という名前のお茶の間への浸透度はさらに高まっている。
また、もうひとつ追記しておくと、この釜山国際映画祭もFIAPFの公認を受けてはいるのだが、それはコンペティブ長編映画祭としてではなく、コンペティブ・スペシャライズド長編映画祭であることも、釜山のポジションを盤石なものにしているといえるだろう。このコンペティブ・スペシャライズド長編映画祭というカテゴリーは、独自のコンペティションを有する映画祭を認定するもので、コンペティティブ長編映画祭に比べると権威は落ちるといわれているのだが、その分、ワールド・コンペティションの制約を受けないというメリットがある。釜山国際映画祭の場合は“New Currents Award”という「アジアの新人監督」を対象としたコンペティションで公認を受けているので、その「アジアの映画祭感」に一切のブレは生じないのである。
個人的な考えをいわせてもらえば、上海国際電影節が世界の映画祭の中で存在感を高めていくためには、FIAPF公認の呪縛を解き放ち、中国映画にフォーカスした映画祭として、先行する釜山国際映画祭を追いかけていくのが唯一の正解ではないかと思うのだが、そうなると「もうひとつの」中国の国際映画祭=北京国際電影節の存在がチラついてくるから話がややこしい。
北京国際電影節は、上海国際電影節に遅れること8年、2011年にスタートした映画祭である。第1回目は名称が北京国際電影季、開催期間も6日間という、比較的こじんまりした上映イベントだったのであるが(とはいっても首都・北京を冠とするだけに、イメージキャラクターを務めるのは成龍ジャッキー・チェン&章子怡チャン・ツィイーという豪華仕様ではあった)、年々規模を拡大し、2013年の第3回からはワールド・コンペティションである天壇奨を設置。上海を猛追して現在に至っている。この北京国際電影節が目指すところが「上海にとってかわって中国No.1の国際映画祭となる」ことは明白だが、北京がどんなに望んでも、資金や人材を投入しても得られないものがひとつだけあるのだ。そう、FIAPFによるコンペティブ長編映画祭の公認である。長きにわたって抗争が繰り広げられる北京と上海のライバル関係を考えれば、上海が“公認”を捨てて再スタートをきることはまず考えられないのだが……。
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