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東京便り―中国図書情報 第35回
【Interview この人に聞く】.

 

話題の現代中国小説『闇夜におまえを思ってもどうにもならない
 ――温家窰村の風景』を翻訳、杉本万里子さん

  飢えと性……文革期の黄土高原を舞台に、極限状態に置かれた人間の本質に迫る
     


翻訳者の杉本万里子さん

 

「『楢山節考』の中国版」と海外で評され、ノーベル文学賞選考委員の目にも留まった、話題の現代中国小説『闇夜におまえを思ってもどうにもならない――温家窰村の風景』(曹乃謙著、杉本万里子訳)がこのほど、論創社から翻訳出版された。

山西省北部に伝わる“乞食節”の調べにのせて、文革(1966-76年)の真っ只中の寒村「温家窰(ウェン・ジャーヤオ)村」で暮らす老若男女の生き様を、簡潔かつ真に迫った文体で描き出す。中国語(繁体字・簡体字)、スウェーデン語、英語、フランス語に続いて、待望の邦訳となった。

架空の農村を舞台に、29の短編と最終話の中編の計30話から構成され、子どもから大人まで約50人が登場する重層的な群像劇。
飢えと渇きにあえぐ日々の中で、それぞれが精神的、社会的、あるいは肉体的なハンデを抱えながら、ささやかな幸福を求めて懸命に生きる姿が、時に切なく、時にユーモラスに描かれている。

この作品にほれ込んだ訳者の杉本万里子さんは、「中国もの(文学)はあまり売れない」と日本の出版界でささやかれるなか、翻訳から版元探しまで4、5年がかりでようやく出版にこぎつけたという。本書との出合いやその読みどころなどについて聞いた。

     
     
     

「これは貧しく、閉鎖的で、燕麦(エンバク)粉を食べる雁北地区(山西省北部)の農村の生活である」「ここで描かれているのは、まさに真実な生活である。荒唐無稽であるが、また真実でもある」(付録)
小説の単行本化を後押ししたという中国人作家、汪曾祺(ウォン・ツゥンチ)氏は、自身の評で、そう絶賛されています。

 

     

杉本さん: 本書は、文革期における黄土高原の農村での出来事をベースに描いた、中国でも珍しい作品ではないでしょうか。
著者によれば、作家の汪曾祺氏とは山西省・大同での文学講座で知り合い、温家窰村を舞台にした5つの短編を読んでもらう機会を得ました。作品を読んだ汪氏はたいそう感激し、同様の短い物語を書き継いで一冊にまとめて出版すべきだ、と強く勧めたそうです。
その後、5つの短編は文学誌「北京文学」(1988年第6期)に掲載され、スウェーデンの漢学者でノーベル文学賞選考委員のヨーラン・マルムクイスト氏の目に留まり、スウェーデン語に翻訳されました。

のちに全30編の長編小説として完成させた『到黒夜想你没办法』(闇夜におまえを思ってもどうにもならない=原書)は、台湾(2005年)をはじめ、スウェーデン(2006年)、中国大陸(2007年)で出版され、続いて英語訳(2009年)、フランス語訳(2011年)がそれぞれ出版されました。
汪曾祺氏とマルムクイスト氏が注目した通り、文革期の黄土高原の農村の真実を描いた稀有な作品ですし、マルムクイスト氏の評価によって著者の曹乃謙(ツァオ・ナイチェン)さんが「ノーベル文学賞候補」として内外で脚光を浴び始めたのは確かでしょう。

 
     
そもそもこの作品との出合いと、翻訳に至ったキッカケは?  
    原書(左)と日本語版

杉本さん: 2009年秋、曹乃謙さんが日中文化交流協会の招きによる中国作家代表団の一員として初来日した際、通訳として一週間同行する機会に恵まれました。その時に中国語版をいただいて、裏表紙にあった「これは中国版『楢山節考』だ」(米紙評)といった評価を目にして興味を持ったのが始まりです。
 その後、帰国した曹さんは、自伝的中編小説をいくつかメールで送ってくださり、読んだところ、たいへん感銘を受けました。それでこれらの作品を「ぜひ翻訳したい」という気持ちに駆られたのです。とくに『到黒夜想你没办法』は海外で高く評価されているのに、当時の日本では単行本としては未訳でしたので……。

 じつは私は、父親の仕事の関係で、小学4年から大学卒業まで12年間北京で暮らしたことがあります。文革時代だったため、「工場で学び、農村で学び、軍隊で学ぶ」というスローガンのもと、学校教育の一環で近郊の農村で手伝いをするなど滅多にできない体験もしました。
だからこそでしょう。山西省の農村部とは環境も状況も異なりますが、本書を読み進めるうちに、当時の情景がまざまざと甦ってきたのです。作家から直接、「文革時代の中国を知るあなたなら」と翻訳を託されたことは、身に余る光栄であり喜びでした。

 曹さんは来日の際に長い杖のような堅笛・簫(しょう)を持参され、どこへ行くにも持ち歩いては、時折吹いて聞かせてくれたのが印象に残っています。あれが山西省北部に伝わる民謡、いわゆる「乞食節」だったのか、と小説を訳しながら一層感慨を深めました。

 
     
先にも触れましたが、「本書に描かれたのは、真実な生活」(汪曾祺氏)であり、それについては作家自身も文革中に警察官として山西省北部の村に1年間滞在した経験があることから、それを「原型」として小説を書いたことを打ち明けていますよね(付録)。作家自身が農民の家庭に生まれ、「私の半分は農民」だとも言い切っています。    
     

杉本さん: 文体が簡潔なので、言外の意味をくみ取らないとわからないところもあるのですが……。
その中には例えば、貧しさから嫁の来手がないために、性の対象として、あるいは労働力として自分の女房を親戚や弟と「共有」したり、また性の飢えを解消するための“手段”として近親相姦や獣姦をしたりと、ちょっとショッキングな話が淡々と描かれています。
もちろん激しい性欲の話ばかりではなく、独身男女の純愛を描いた話、飼いネコやニワトリへの愛情が、おとぎ話のように幻想的に描かれた話もあります。このように文革下の農村における“愛と性”を赤裸々に描いたのは、曹さんがおそらく初めてかもしれません。

ここには当時の「食と性」の欲望を満たすことのできない人々の極限状態の生き様が、ユーモアと悲哀を持って描かれていると思う。簡潔な文体は、黄土高原の乾いた土と空気を連想させますし、農民を知る作家の独特な視点と筆致で紡ぎ出されたリアルな小説といえるでしょう。

それから「民謡が好きだ」という曹さんらしく、この作品にはたくさんの民謡が散りばめられています。「煩わし節」「ひとりぼっち節」「場這い節」「山唄」と呼ばれる地方の民謡で、乞食が歌う唄なので「乞食節」ともいわれます。原書のタイトルも、第5話の主人公、グオコウおじさんが歌う乞食節の中から一節を取って『到黒夜想你没办法』(闇夜におまえを思ってもどうにもならない)とつけられました。
中編の最終話以外、中国語で500字ほどの短編の連作となっていますが、小説に実際の民謡を引用することにより、よりリアリティーが増しますし、物語に厚みを加えていると思います。

 
     
この作品をスウェーデン語に訳したマルムクイスト氏もその評で指摘していますが(付録)、翻訳はなかなか骨の折れる仕事だったようですね。  
     

杉本さん: もう、本当に大変でした(笑)。登場人物の会話には、難解な方言や独特な農民言葉、そして荒々しい罵倒語や卑猥なスラングが頻繁に出てきます。中国の友人たちに聞いても、わからないことが多くて困りました。
 例えば、「狗日」(犬野郎)、「日你妈」(お前の母ちゃんを犯す)といった卑猥な意味のののしり言葉は、日本語に訳しきれないので直訳を避けて「クソ」あるいは「こん畜生」と表しました。
 それから地元で使われる独特な言葉「朋鍋」(女房を共有する)、「走西口」(長城の関所を越えて行く)なども、わずかな文字に深い意味が込められていて訳すのに苦心しました。

一方で、翻訳の大変さとともに楽しさも覚えました。それは極限状態にあっても懸命に生きる登場人物の一人ひとりに、作家の愛情が感じられたからです。
村の財政を司る「会計係」のような腹立たしい悪人も出てきますし、村人同士いがみ合ったり、だましたり、そうかと思えば助け合ったり、いろんなシチュエーションが描かれますが、翻訳を進めるうちに、どの人物に対しても愛おしいと感じるようになりました。まるで作家が歌い奏でる美しい民謡にひたりながら、温家窰村の人々の日常を見つめていたようで……翻訳は楽しいひとときでもあったんですよ。

 
     
その後、出版に至るまでも「山あり谷ありの長い道のり」(訳者あとがき)だったとか。    
     

杉本さん: 校正作業をうんざりするくらい何度も繰り返し、投げ出したくなることもありました。ちょうど日中関係が(領有権をめぐる対立で)悪化したころで、日本の出版界では「中国もの(文学)はあまり売れない」といわれていました。長年にわたる出版不況も続いていた。
私自身いくつもの出版社に当たりました。翻訳を始めてから、ようやく版元が決まり出版にこぎつけるまで、都合4、5年はかかりました。

それでも、本書の第一話で主人公ヘイタン(黒蛋)が「中国人てのは、言ったことは守るのさ」と言うように、私も作家と約束した以上は「言ったことは守ろう。何年かかっても出版するまで頑張ろう」という気持ちは変わらなかったですね。

 
     
曹乃謙さんは、かつてこの小説のテーマについて「人類に欠くことのできない二つの欲望――食欲と性欲が、山西省北部の農民にとってどんな状態だったのか。それを現在の、また百年、千年後の同胞に伝えたい」(付録、要旨)と述べたとか。
ならば、隣人である私たち日本人は、今、この作品から何を読み取ればいいでしょう。
   
     

杉本さん: 人それぞれ、受け止め方は様々であっていいと思いますが……。それを前提にした上であえて言えば、現在の日本では多くの人の対中イメージがあまりよくありませんよね。日中関係も改善の兆しが見えてきたとはいえ、道半ばでしょう。
けれども国や体制、民族が異なっても、人間は極限状態に陥ると共通する部分がある。場所や風習は異なりますが、『楢山節考』(深沢七郎)、『季節のない街』(山本周五郎)、『忘れられた日本人』(宮本常一)に登場する、かつての日本の貧民街や寒村に生きた人々との類似点が、この作品には少なからずみられます。
中国の“悪い面”ばかりを見るのではなく、日本にもかつてそういう時代や風習があったと理解した上で読みたいもの。本書を通じて、民族や国境を超えて共通する人間の本質、たくましく生き抜いてきた人々の軌跡に思いを致してもらえれば……。

そして繰り返すようですが、今の中国には、曹乃謙さんという素晴らしい作家がいることを知ってほしいし、作品にも注目してもらえたらうれしいですね。

 
     
     
 

【著者】曹乃謙(ツァオ・ナイチェン、そう・だいけん)
1949年、山西省応県生まれ。高校卒業後、山西省の晋華宮炭坑で働き、69年に大同鉱務局文化宣伝工作団に抜擢されて民族楽器の演奏者に。72年、大同市公安局の警察官に採用される。86年より勤務の傍ら小説を執筆(現在は作家として活動)。
主な作品は、本書の他に自伝的中編小説『仏の孤独』『山の後ろはまた山』『冷たい太陽石』 『部落の一年』、刑事事件などを素材にした短編小説『最後の村』など。

【挿画】房光(ファン・グアン、ほう・こう)
1959年、山西省霊丘県生まれ。80年代より文学作品の創作を始める。庶民の暮らしをスケッチするのが趣味で、これまで多くの本と雑誌に挿画を描いている。

【訳者】杉本万里子(すぎもと・まりこ)
東京都生まれ。北京大学人文学部中国語文学系卒業。共同通信社記者などを経て、現在に至る。

     
     
 

 

小林さゆり
東京在住のライター、翻訳者。北京に約13年間滞在し、2013年に帰国。
著書に『物語北京』(中国・五洲伝播出版社)、訳書に『これが日本人だ!』(バジリコ)、 『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CCCメディアハウス)などがある。

Blog:「北京メディアウオッチ@東京」 

     

 

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