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東京便り―中国図書情報 第17回 .

 【Interview この人に聞く (7)】
 『老北京の胡同―開発と喪失、ささやかな抵抗の記録』(晶文社)の著者 多田麻美さん

   
   

■失われていく北京の横町「胡同」を丹念に記録

『老北京の胡同―開発と喪失、ささやかな抵抗の記録』の著者 多田麻美さん古くは700年前の元王朝の時代から、城壁で囲まれていた北京の旧市街地を網の目のように走る横町「胡同」(フートン)。
その北京の伝統的な街並み、胡同に長年暮らすフリーライターで翻訳家の多田麻美さん(41)が、夫のフリーカメラマン、張全さん(50)の写真とともに、胡同の歴史と今を丹念に記録した『老北京の胡同―開発と喪失、ささやかな抵抗の記録』(晶文社)を出版した。

胡同はかつて「大きなものだけでも3600、小さなものは牛の毛の数ほどもある」といわれたが、経済発展に伴う再開発で次々と取り壊され、2014年時点で500余りにまで激減したとされる。
「変化があまりにも激しかった。歴史と文化を蓄積し、人情味あふれる生活空間だった胡同の多くが近年、様変わりしてしまいました。過去から受け継がれたものを今、記録しておかなければという危機感が、この本をまとめる強いモチベーションになった」
そう多田さんは、初の単著となった『老北京の胡同』の執筆動機をふりかえる。

本書の出版を記念して、このほど東京・神田の古書店で開かれた「北京・胡同の四季 張全写真展」(4月10~17日)に出席するため一時帰国した北京の友人、多田麻美さんに、失われていく胡同の現状や、乱開発に抵抗する住民のこと、本書に込めた思いなどについて、じっくりと語ってもらった。
 

   
 

――2000年に比較文学の研究で北京に留学された多田さん。もともと歴史や古い建物が好きだったそうで、胡同にすっかり魅せられてご自身も暮らすようになり、以来10数年にわたってその変化を見つめてこられました。
ちょうど私(小林)が北京に滞在したころとほぼ重なりますが、私自身、2008年の北京五輪の前はとくに市街地で大規模な再開発が行われていたことを思い出します。

多田さん(以下略) 北京っ子の夫や私が気づいた範囲ですが、ここ20年ほどの間に取り壊されたり、住民が追い出されたりした胡同を地図で見てみたら、大規模再開発が行われたエリアだけでも面積は計9.3平方キロに及んでいました。
現在進行中のエリアを含まず、あくまでも概算でしかありませんが、それでも9.3平方キロといえば、もう少しで東京の中央区に相当する広さです。
なかには更地にされて巨大なビルが建ってしまい、もともとの胡同の名前がビル名として残されているだけのところもあります……。

北京五輪前に、レトロな商業街を復元した「前門大街」の再開発も大規模なものでした。そこでは、市の文物局が「文化遺産」に指定していた古い建物の4割ほどが、無残にも取り壊されたといわれます。
私が好きだった胡同のうち、温かな下町風情が残っていた前門そばの「鮮魚口」のあたりも、古い建物が老朽化したからとすっかり改築されてしまった。まったく味わいのない通りになってしまい、個人的には泣けてくるほど残念に思っています。

――オリンピック前は、再開発の大きなうねりが押し寄せた一時期でした。その五輪開催から今年で7年。近年の再開発の特徴としては、市街地の大規模改造はひとまず終えたからか、今度は小規模で改造していく方策が多く取られているようですね。

『老北京の胡同 開発と喪失、ささやかな抵抗の記録』「微循環」といわれるやり方で、小さな改造が徐々に進められています。たとえば、胡同の両側に並ぶ伝統家屋「四合院」(中庭を囲んで四方に建物を配した住居。北京では平屋が多い)には、数世帯が暮らしていることがありますが、かなり老朽化しているので整備をすることになる。
すると住民たちの同意を取り付けてから、多くの場合はまず住民を追い出します。そして四合院を取り壊し、下水道を整備して、全く新しい四合院なり建物なりを建て替える。
それでも、もとの場所に住民が戻れたらいいのですが、たいていは補償金が満足に出ないため、すでに高騰してしまったもとの場所に戻ることはできないのです。都心の人口を拡散させるという政府の政策もそれをむしろ奨励しています。

政府当局はよく「住環境の改善のため」といいますが、改善された住環境を、もとの住民が味わえなかったらあまり意味がないと思う。誰のための開発か? 歴史の痕跡をすっかり消してしまい、改造するというのは実際にはどうなのか?
「微循環」は、大改造よりはいいかもしれませんが、それが胡同文化の破壊につながらないかといえば、私はかなり懐疑的な目で見ています。

―― 一方の住民側にも立場や経済条件によっては、いろいろな見方、考え方の人がいますよね。

失われる胡同に住む人たちに話を聞いたことがありますが、「ほかにも家があるから胡同の住まいにはこだわらない」と経済的に余裕のある人もいれば、「一族で住めるように四合院をきれいに改修した。だから壊す必要はないし、ここで住み続けたい」と胡同に強い愛着を持っている人もいた。もちろん、いろいろな意見があっていいと思います。

ほかで暮らしたい人は転居すればいいし、胡同の家を守りたい人は守る。経済条件によっても異なりますが、それでも住民が自由に選択できる権利をなるべく保障してほしい。いつ取り壊されるかわからないから「(住民たちが)保護しないし、愛着ももてない」となると、街が一番荒廃していく要因になってしまいます。
1つ強調したいのは、資金力や有力者の強いバックアップを盾にした開発業者が、不必要なプロジェクトを経済利益のためだけにガンガンやるというのは、私としてはもう見直してもらいたい。そう願っています。

――本書には、周りの建物が次々と取り壊されるなか、孤立しても居座って立ち退きに抵抗する「釘子戸」(クギ世帯)といわれる住民の姿や、失われていく胡同を守ろうと奮闘するNGO組織の活動なども描かれています。

中国で市民主体の保護活動をすることは、日本では考えられないほどの大きな困難と危険が伴います。
それでも今ほど、彼らの存在が必要な時期もありません。
2010年の初め、北京の中心部にある歴史文化遺産「鐘楼」「鼓楼」の周辺に、広大な観光エリア(いわゆる「時間広場」)を建設するというプランが持ち上がり、そのエリアに含まれる胡同もかなりの規模で取り壊される予定となりました。
しかし文化財保護のNGO組織や住民たちの猛反対、欧米系メディアの批判報道などが影響してか、その大規模プロジェクトは一時、棚上げになりました。

中国では、当局が許可したプロジェクトを市民主体で完全に阻止することは、至難の業だと思います。けれどもそうした草の根の保護活動に注目し、応援をすることは、胡同の未来に希望をもたらすことになると思う。
もちろんNGO組織を維持するためには、安定的な資金を確保しなければならず、それが最も大変なことなのですが……。

それから、私はなにも開発そのものを全否定するわけではありません。住民が歓迎し、その土地の記憶を受け継いでいて、さらに創造的なアイデアがある程度生かされたプランに基づくなら、開発をしてもいいと思う。
北京はもともと元代から外国人の職人が塔を建てたりして活躍していた街です。新旧の景観や機能などが、コントラストとしていい形で残せるものであれば、それはそれですばらしいと思います。
ただ、現地の住民や、文化財を守りたい人たちの意見をあまりにも無視すると(歴史・文化的厚みに欠ける)薄っぺらな街になってしまう、と感じるのです。

――改めてお聞きしますが、多田さんが胡同に惹かれるわけは?

自身の写真展を見学する張全さんと多田麻美さん一言ではいえませんが(笑)、あらゆる創造力が刺激されるからでしょうか。歴史の蓄積を感じながら、樹木や鳥といった自然とともに生きる。住民たちが肩を寄せ合い、つつましく暮らしながらも、温かなぬくもりに包まれている。
トイレや風呂に不便な思いをしたり、(家屋が密集しているので)隣の家の夫婦喧嘩が聞こえてきたりと、煩わしいこともあります。それでも住民たちは何とかやりくりして、不便さを受け入れながらも鷹揚に生きている。
戸板一枚にしても、台所にしても、既製の製品やシステムに頼りすぎず、自分の暮らしに必要だと思うものをそれぞれの尺度で選び、組み合わせています。それがある意味、非常にクリエイティブなことだと思うんですよね。

北京っ子はよく、平屋に住んでいると「地気」が受けられるといいます。地面から出ているある種の力のことですが、私はこの言葉によく、その土地が累積してきた歴史や伝統を重ね合わせます。そうした地気を受けながら、「地に足のついた」人間らしい生活ができる。それが胡同暮らしの醍醐味ではないでしょうか。

――近年、日中関係の悪化や大気汚染の問題からか、訪中する日本人観光客が以前に比べて大幅に減っているそうですが……。
本書の読者のなかには、北京の胡同を訪ねてみたいと思う人もいることでしょう。そんな読者に向けて、メッセージをお願いします。


胡同に入ると、見えるのは老朽化した建物だったり、灰色の壁が続く、似たような風景だったりするかもしれない。でも「その奥にあるものを想像すると、おもしろいですよ!」ということを伝えたい。
そこに住んでいた人や四合院の建築スタイル、その胡同が作られた歴史などに目を向けてみてもいいし、胡同をこよなく愛した文豪・老舎の小説を読んでもいい。魯迅や梅蘭芳(京劇役者)、梁啓超(清末に戊戌の変法に参加したが失敗し、日本に亡命。辛亥革命で帰国し、中華民国の要職に加わる)など歴史的人物の旧居もあります。
そこから興味の対象を広げて、歴史的事件について調べてみたり、人々の娯楽である京劇や漫才を楽しんだりしてもいい。ちょっとした刺激を自分で見つけるのは楽しいことだと思います。

不思議なのですが、網の目のように走る胡同には「地の縁」「人の縁」がつながっているような気がしてなりません。
(※ ちなみに多田さんの夫、張全さんとの運命の出会いも、胡同の隣人が仲立ちしたことが本書に記されている)

ですから胡同に入り込み、自分にとっての関心事を発見すると、そこからさらなる「縁」が結ばれるかもしれません。
興味さえあればいろいろな発見ができる空間、それが胡同の魅力でもあると思います。

 

 

【プロフィール】
多田麻美(ただ・あさみ)
多田麻美さんと夫の張全さん1973年に大分県で生まれ、静岡県で育つ。京都大学卒業。京都大学大学院中国語学中国文学科博士前期課程を修了。2000年より北京在住。北京外国語大学ロシア語学院にて2年間留学後、北京のコミュニティ誌の編集者を経て、フリーランスのライター兼翻訳者に。おもなテーマは北京の文化と現代アート。
訳著に『北京再造――古都の命運と建築家梁思成』(王軍著、集広舎、2008年)、『乾隆帝の幻玉』(劉一達著、中央公論新社、2010年)、共著に『北京探訪』(東洋文化研究会、愛育社、2009年)、共訳に『毛沢東 大躍進秘録』(楊継縄著、文藝春秋、2012年)、『9人の隣人たちの声』(勉誠出版、2012年)など。

張全(ジャン・チュアン)
1965年、北京生まれ。幼少期から現在に至るまで、北京の横丁、胡同で過ごす。北京図書館勤務を経て、フリーカメラマンに。中国の文化や社会に関する写真を日本や中国のさまざまな新聞、雑誌、書籍に提供。おもなテーマは北京の胡同と現代アート。

『老北京の胡同 開発と喪失、ささやかな抵抗の記録』
  多田麻美 著/張全 写真 晶文社 2015年01月 2,000円+税

 
   
     

 

 

小林さゆり
東京在住のライター、翻訳者。北京に約13年間滞在し、2013年に帰国。
著書に『物語北京』(中国・五洲伝播出版社)、訳書に『これが日本人だ!』(バジリコ)、
『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CCCメディアハウス)などがある。

 

  Blog: http://pekin-media.jugem.jp/
   
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