■流行語も生まれた、毎号5~10万部の人気誌
雑誌「知日」は、尖閣諸島沖の漁船衝突事件から4カ月後の2011年1月に北京で創刊された。
これまでに取り上げてきた特集テーマは「奈良美智」「制服」「美術館」「猫」「明治維新」「妖怪」「断捨離」「日本人の礼儀」「手帳」など多岐にわたり、毎号5~10万部のヒットを続ける人気誌となっている。
記者会見で毛丹青氏は、雑誌「知日」を生み出した経緯について、「2010年の秋ごろ、漁船衝突事件がありました。日本のメディアは『中国は反日一色だ』とか、『日中関係は最悪だ』と(いうムードで)報道しましたが、実際、中国に戻るとそうでもないと肌で感じた。 と同時に、こういう時こそ真正面から日本を知ろうじゃないかという(「知日」創刊の)動きが急速に出てきて、(構想期間を除いて)わずか4カ月で刊行するにいたりました」と説明。
当初は不定期刊行だったが、現在は月刊誌としてコンスタントに刊行されている。
特集テーマでは、とくに「猫」と「漫画」がいずれも10万部超の売り上げをほこり、大好評を博した。
また「断捨離」は流行語となり、中国の辞書に掲載されるなど新たなムーブメントを巻き起こしているという。
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■「知の格差」埋める努力を――毛丹青氏
毛丹青氏は、日本での『知日』刊行に込めた思いについて、「日本では東京オリンピック招致活動で『おもてなし』が流行語になりましたが、日本文化を語る時に、国内からではなく、国外からの鏡のようなものをぜひ知ってほしい。日本の人たちがまだ気づいていない『外から見た日本とは何か』を考えてほしいと思った」と強調。
「『知日』 を縦に並べると、『智』という漢字になります。 日本を知ることは、中国人の智慧につながる。『知日』のロゴにはそんなメッセージを込めています。 翻って、日本の若者たちは今の中国を知ろうとしているか? この差は、5年10年を経た時、やがて大きな 『知の格差』 をもたらす可能性がある。
(日本にとって、そのようなことのないように)願わくは『知日』を通して、中国の今を知ってほしい。日本のとくに若者にはぜひ頑張って挑戦してもらい、将来、日中両国の若者が互いに“知”という大きなレベルで話し合うことができる、それを自分たちの智慧にしていけるような関係が構築できたらと願っている」……などと熱い思いを伝えた。
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■「問題提起をする第一の読者」――蘇静氏
続いて、編集長の蘇静氏が「なぜ『知日』を作ったか」について、興味深い心境をうち明けた。
創刊して4年余り、自身はいまだに日本語ができないことが悩みで、中国版ツイッターの「微博」(ウェイボー)では、「『編集長なのに!』と読者からお叱りを受けることもある」という。
蘇静氏は以前、北京の大手出版社で、ミリオンセラーを多く手がける凄腕の編集者として活躍していた。その過程で「日本への関心を深めた」というが、人気作家の村上春樹、東野圭吾の本を翻訳出版したくても、競争が激化していて手が出せるレベルではなかった。「版権料は当時でおそらく(1冊)百万ドル以上と高騰していたからです」
しかし「日本を知るのに村上、東野だけでもないだろう。もっと他のテーマもあるはずだ」と考え直し、「知日」創刊への欲求を募らせていった。
「ビジネスとして成り立つか?という心配以前に、どうしても作りたいという気持ちが抑えられなくなったのです」
創刊してからは驚きの連続だった。日本に関心のある読者が、予想以上に多かったからだ。雑誌の“損益分岐点”を毎号1万部と想定していたが、これまでに計27号を刊行し、1号あたり5~10万部のヒットとなった。トータルでもかなりの売り上げをはじき出しているという。
こうして日本語コンプレックスを抱いていた蘇静氏だが、みごとな実績を積んだ今では、その悩みもどうやら吹っ切れたようだ。
「自分はあくまでも問題提起をする人。日本を知りたい中国の若者の代表として、問題提起をする第一の読者なのだと、自分で自分を納得させました。もちろん(編集担当は)私だけではありません。編集スタッフは5、6人いて、いずれも日本に留学したことがある。そうした(優れた)力も借りて、『知日』の刊行を続けています」
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■「禅」への関心はジョブズから――蘇静氏
「奈良美智」から「明治維新」まで多岐にわたる「知日」のテーマ。それはどんなコンセプトで選択されているのだろう?
「じつは毎号、私自身が知りたい、理解したいと思うテーマを特集にしています。『設計力』(デザイン力)や『燃』(燃える=日本人のポジティブエネルギー)もそう。『暴走』はある時、急にオートバイに興味を持ったので特集にしましたが、それが一番、売れ行きが悪かった。なぜなら中国では多くの都市で、バイク通行が禁止されているからです(苦笑)」
一方、「猫」や「断捨離」「禅」といったテーマは、若い読者の評判を呼んだ。「中国の若者は、アップル(社の商品)やスティーブ・ジョブズ(※)が好きですからね」
(※ 米アップル社の共同創業者の1人であり、元CEO。その伝記に、若いころ「禅」の修行にのめり込み、生涯にわたって影響を受けたことが記されている)
「禅」の特集のために、毛丹青氏と和歌山県・高野山を取材した時は、大きな衝撃を受けたという。
「驚いたのは、中国にも禅があった!ということ。宋の時代に途絶えたようです。だから日本で受け継がれ、今に生きる禅を見た時、本当に驚きました。ただ、日本の禅は中国の禅と違うこともわかったので、特集では『日本の禅』を強調しました。こうして中国人に日本を紹介するのは、翻れば『鏡を見る』ことになると思います」
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■「日本を理解したい人が若者の主流」――蘇静氏
それにしてもテーマの選び方はアットランダムで、センスがよくて、興味深い。
「(テーマ選びは)たとえば、ある小説を読んでおもしろいと思う。それからまた、このデザインがいいなと思い、別の日に見た映画がよかったと思う。そしてふと気づくのです。それらがみな日本のものであったと……。こうして私たちは日本を理解してきたのです」
「日本的なもの」への興味からではなく、好きなものがたまたま日本のものだった。だから日本を知りたいという、それは非常に“ビジュアル的”で“感覚的”な関心なのかもしれない。
だからなのか、80後(パーリンホウ、1980年代生まれ)以降の若い彼らと、その親の世代とでは、興味の対象も異なるようだ。
「私たちと親の世代では、好みの違いは大きいですよ。インターネットが普及して、(好みの)選択がさらに多元化したからです。もし中国のウェイボーやほかのSNSサイトを見れば、みんなの好きなものが多種多様であることがわかりますよ」
「今の若者は政治意識があまり強くなく、学びたいという意識がとても強い。親の世代は政治的に敏感で、たとえば私の父親はこの(「知日」の)仕事にあまり賛成していません。私の身の安全を心配しているのです。
ただ今の若者は、そんなに単一的(な思考)ではありません。日本についても、もっと知りたいと思っている。個人的には『反日感情がなく、日本を理解したいと思う若者』は(中国の若者の)主流だと思う。
最近は『わび・さび』が若者に人気です。国産の人気携帯ブランド『魅族』(MEIZU)の副総裁から『わび・さび』の概念で、プロモーション広告の制作をサポートしてほしいと頼まれたことがある。これもスティーブ・ジョブズから影響を受けたのでしょう」
今後については、「いろんな人に『そのうちテーマが尽きるのでは?』と心配されますが、他の問題がない限り、この雑誌をあと5年10年続けられる自信はあります」。
編集長は淡々と、かつ饒舌に「知日」へのあふれる思いを語ってくれた。
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■「好きなのは粟津潔さん、横尾忠則さん」――馬仕睿氏
これまでに数えきれない日本のデザインやレイアウトを目にした、と胸を張る馬仕睿氏。
そんな彼の手になる雑誌「知日」の表紙デザインは、中国で大きな議論を巻き起こしてきた。
中国でよく知られる日本のデザインは、グラフィックデザイナーの原研哉さんの作品だ。中国でも人気の日本ブランド「無印良品(MUJI)」のデザインを多く手がけてきたからだ。そのため中国の大衆がイメージする日本のデザインは、おのずと(原研哉さんの特徴である)「空白」や「すき間の美」というものだった。
「ただ、私には好きな日本のデザインがあって、グラフィックデザイナーの粟津潔さん、横尾忠則さんを尊敬しています。それでこの点では編集長にいろいろ迷惑をかけました。私には読者に迎合するという意識は、まったくなかったからなのです(笑)。
横尾さんのデザインを好きなのは、それが欧米のスタイルでありながら、日本のシンボルや観念といったものを表しているからです。それは私が日本の通りを歩いていて受ける印象と同じです。看板や標識にはアルファベットやカタカナ、ひらがな、漢字などが混在している。日本のそういう(多文化を吸収する)点はすばらしいと思っています」
「自分の好みと、読者の好みの矛盾は興味深いし、またあって当然だと思います。
日本語版のデザインについても、多くの矛盾を覚えている。一方では、恥をかきたくないという思いがあり、もう一方では、多くの日本人にこのデザインを見てもらいたいという思いがあった。こうした矛盾する気持ちが絶えず、ぶつかりあっていました。
ただ、日本の書店に並ぶ本をデザインできたことは、私にとって非常に大きな意義がある。今は感謝の気持ちでいっぱいです」
あくまでも「自分の好きなものを追求する」という貪欲でまっすぐな姿勢は、蘇静編集長と同じだろう。
リスクを恐れず、情熱的に「日本を知ろう」とする彼ら。その情熱に日本人も負けてはいられないのではないか?
会場からは「中国を知る『知中』本も作ってほしい」との声も上がった。『知中』本の誕生も待たれるところだが、まずは中国の今を理解するために、反日でも親日でもない「知日」のムーブメントを知ることが求められているのかもしれない。
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『知日――なぜ中国人は、日本が好きなのか!』
毛丹青、蘇静、馬仕睿、原口純子 著 潮出版社 149ページ 1,500円+税
◇ 内田樹氏と毛丹青氏の対談、莫言氏(ノーベル文学賞作家)らの特別寄稿も掲載。
【中国語版】
『知日』 1-26 (以下続刊)
蘇静 主篇 中信出版社 他 各2,450円+税(第15号のみ2,790円+税)
【著者略歴】
毛丹青(MAO Danqing)
『知日』主筆。神戸国際大学教授、作家。北京大学東方言語文学科卒業後、中国社会科学院哲学研究所助手を経て、1987年、三重大学に留学。商社勤務などを経て、日中バイリンガルによる執筆活動を開始。2011年の『知日』創刊から主筆を務める。
蘇静(SU Jing)
「知日」編集長。1981年生まれ。湖南省常徳市郊外の田舎町で育つ。2000年、中央民族大学入学と同時に北京へ。大学時代は映画クラブの活動に熱中し、卒業後は、自主映画制作に従事。2007年、民間の大手出版社「北京摩鉄図書有限公司」に入社。2011年『知日』を創刊。2014年には、日本的ライフスタイルにフォーカスする『日和手帖』を創刊。現・北京知日文化伝播有限公司董事長兼出版人。
馬仕睿(MA Shirui)
「知日」アートディレクター。1979年生まれ。清華大学美術学院でブックデザインを学ぶ。2005年、スタジオ“typo_design”を設立。蘇編集長とともに数々の書籍を手がけ、2011年『知日』創刊と同時にアートディレクターに就任。今回の『知日』ダイジェスト版で、初の日本語書籍デザインに挑戦した。『京都歴史事件簿』により、2014年「中国で最も美しい本」大賞を受賞。。
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