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2005年12月  まだまだ続く“春樹ブーム”

     
     

bj200512_10米紙『ニューヨーク・タイムズ』が先ごろ、「2005年の本ベスト10冊」に村上春樹の小説『海辺のカフカ』(英語版)を選んだそうだが、このニュースは中国の各主要新聞でも速報された。村上春樹は「ベスト10冊のうちで、唯一のアジア人作家」(『環球時報』)だとして、中国でも好意的に受けとめられているようだ。
中国の検索サイトで「村上春樹」を調べてみても、その翻訳作品サイトや関連ニュース、研究者らのレポートが引きもきらず、"春樹ブーム"はまだまだ続きそうな勢い。村上春樹が、どうしてここまで中国で受けているのか――。「村上春樹と現代中国語圏文学」などについては、東京大学の藤井省三教授がご専門に研究されておられるので、それらをご参考にしていただくとして、ここでは、最近の中国報道に見られる「村上春樹論」をひもといてみたい。

村上春樹(1949年、京都市生まれ)といえば、87年の『ノルウェイの森』が日本で上下巻あわせて400万部超の大ベストセラーとなったことは、まだ記憶に新しいところ。それ以降、世に出す作品はいずれもベストセラーになるばかりか、海外でも多数翻訳されるようになり、村上春樹は現代日本文学を代表する作家として世界的に知られている。

 

 
     

中国でも外国人作家としてはバツグンの知名度をほこり、大手検索サイトの「Google」(中文版)で「村上春樹」を検索すると、12月下旬時点で約144万件の関連ページがヒットした。試しに日本語版の「Google」で同様に検索すると、なんと前者よりも少ない130万件だった。転載や引用などのダブりもあるだろうから、一概には比較できないだろうが、それにしても恐るべき(!!)中国語圏の注目度の高さなのだ。

 

しかも、最近のものだけを拾ってみても、
・「奇譚和奇譚以外的村上春樹」(12月9日付『新京報』)
http://www.gmw.cn/content/2005-12/12/content_344620.htm

・「『托尼瀑谷』:被剥離商業效益的"村上春樹"」(11月29日付「21CN」)
http://et.21cn.com/movie/zz/2005/11/29/2380661.shtml 

・「村上春樹在中国」(11月24日付「人民ネット」) 
http://culture.people.com.cn/GB/40473/40474/3884942.html

 

など、村上春樹の最新作『東京奇譚集』を紹介したものあり、同名小説から先ごろ日本で映画化された「トニー滝谷」の映画評あり、なかなか多彩で新しい話題に及んでいることがわかる。

その中で、「村上春樹在中国」(中国の村上春樹)と題して"ハルキ人気"の秘密に迫っているのは、村上作品の翻訳第一人者である林少華氏(中国海洋大学教授)だ。
林氏によれば、村上作品は、欧米からアジアまで世界中で翻訳されているが「中国本土や香港・台湾地域、韓国などの東アジア、とりわけ中国本土の"村上熱"が注目を集めている」という。
たとえば『挪威的森林』(ノルウェイの森)は、上海訳文出版社が2001年に翻訳出版して以来22刷を重ねており、発行100万部超のベストセラーとなっている。『海辺的卡夫卡』(海辺のカフカ)はこの2年余りで26万部、近作の『天黒以後』(アフターダーク)は、半年足らずで5刷、11万部が発行された。単行本はこれまでに文集もふくめて31作品が翻訳出版されており、発行部数は計280万部にのぼる。これは、外国文学をふくむ書籍の平均発行部数が1万に満たない中国の出版事情から見れば「伝奇的な」記録だという。

「誤解を恐れずにいえば、村上春樹と彼の『挪』(ヌオ=『挪威的森林』)は、(中国で)すでに一種の文化的記号となり、一種のファッション、品位や格調となっている」と、林氏はその特異性を評価している。
ひところ「春樹」(チュンシュー)という、村上春樹を意識したペンネームの女性作家の作品が発禁処分を受けて中国文壇をにぎわしたことがあったが、村上春樹の影響は、そんな若手作家や彼らの作品をはじめ、都市部の若者のライフスタイルの中から容易に見て取ることができる(一説によると、ナイキのシューズを履いた高校生、ギターを抱えた大学生、ゴルフウェアを着てホンダ車に乗る若者だという)。

村上作品に、共通したキーワードがあることも、よく知られている。学生運動、恋愛、ジャズ、バー、喫茶店、翻訳、ファッション、旅、病気……。作品全体に、寂寥感や虚無感、退廃的なムードが漂っているのもその特徴で、それらが中国の読者、「とくに若者たちに好まれている」と述べるのは、中国社会科学院日本研究所の胡澎氏だ(「80年代以降の日本文学の中国における翻訳紹介」)。
胡澎氏によると「現在の中国社会は『ノルウェイの森』で描かれた30年前の日本と酷似しているところがあり、人々の価値観が多元化している。人々はかつてない競争の激しさ、プレッシャーの大きさに直面しており、村上作品の喪失感、孤独、空虚さ、沈鬱などの情緒が(描かれていることが)、学生や若者を中心とする読者層の要求を満たしている」と分析している。
村上作品は、現代中国の「小資」(プチブル、小金持ち)や、「白領」「金領」といわれるエリート層の必須アイテムとなっているが、そこには、欧米志向の現代っ子が憧れるオシャレな世界のみならず、日常に疲れた人たちが共感できる内面世界が丹念に描かれている――ということだろう。

一方、村上作品と中国とのビミョウな関わりを指摘するのは「村上春樹の中国へのこだわり」という一文を発表した穆風氏(『環球時報』12月16日付)である。

それによると、繁華街でのある夜の出来事を物語にした『アフターダーク』には、19歳の中国人少女がでてくる。不法滞在者で娼婦でもある少女はその晩、ラブホテルで客の暴行に遭い、衣服を剥ぎとられて、金品を奪われてしまう。部屋の片すみで泣いていた少女を助けるのが、小学生のころから中華学校に通っていた中国語の堪能な主人公のマリだった……。
それだけではない。往年の村上作品にも中国の痕跡が刻まれている、という。『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』など。その名も『中国行きのスロウ・ボート』という短編小説には、今までに出会った3人の中国人を恐らくは傷つけてしまったことが描かれており、主人公は毎日、港で中国行きのスロウ・ボート(貨物船)を眺めている――。

穆風氏は、村上春樹の言葉として次のようなコメントを引用している。
「僕は神戸に育ったので、周りには中国人が多かった。クラスメートのなかにも中国人がいて、"中国人"はとても自然な存在だった。昔、戦争で大陸に出兵したことのある父は、小さい僕に戦争の話こそしなかったけれど、中国の風土や人情については話してくれた。"中国"、それは故意に想像して書くものではなく、僕の人生における重要な"記号"なのだ」(要旨)
穆風氏は、論評はとくに加えていないが、彼が言おうとすることは、村上春樹が中国で親しまれる理由の1つにこうした中国絡みのディテールがある。そこに中国の人たちが親近感を覚えるからだ――ということであろう。

前述した林少華氏は、中国の読者が村上作品に魅了される「4つの元素」として、
  ①文章の美しさ
  ②孤独感
  ③隠喩の追求
  ④悟り(理解)の深さ
――を挙げている(「村上春樹在中国」)。
とくに③の隠喩については、村上作品に登場する「羊男」「消滅した像」など、その象徴性、神話性、隠喩に富んだ神秘性が「現在の中国文学に欠けて」いるものだと指摘。その上で「隠喩の追求こそが、想像力の豊かさや、大自然と宇宙の神秘に対する畏敬の念を(現在の)中国文学にもたらすに違いない」と、村上作品の影響力に期待している。

めざましい経済発展を遂げる中国で、現代の日本文学に共鳴する人たちが、じわじわと広がっている。理由はいろいろあるだろうが、日中関係が冷え込む昨今、(私を含めて)中国人とのつきあい方にお悩みの向きは、まず「村上春樹」を読むというのはいかがだろうか。そこからは現代中国人の思考やトレンドが、何かしら見えてくるかもしれないからだ。
年末年始に、そんな角度から読む『ヌオ』もいいかもしれない。

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『ランゲルハンス島の午後』
  新潮社(文庫)

『村上朝日堂』
  新潮社(文庫)

『1973年のピンボール』
  講談社(文庫)

「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」(『カンガルー日和』 講談社(文庫)所収)

『蛍・納屋を焼く・その他短編』
  新潮社(文庫)

『神の子どもたちはみな踊る』
  新潮社

『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
  新潮社(文庫)

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
  新潮社(文庫)

 
   
     
     
bestsellere  

★地元紙『新京報』図書ランキング
2005年12月16日~12月22日

     
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1.『思念依然無尽――回憶父親胡耀邦』(思慕は尽きず――父・胡耀邦の追憶)
満妹著 北京出版社 2005年11月初版


学生の民主化運動への対応を批判され、1987年に解任された故胡耀邦・元総書記の生誕90周年、死去16周年を記念して、編み出された伝記である。筆者は、胡氏の長女であり、現在、中華医学会理事などの要職を務める満妹さん。
11月20日が胡氏の生誕90周年にあたったことから、今年は、温家宝総理が主催の「記念座談会」が人民大会堂で開かれるなど、死去後初めて国家レベルでの再評価の動きが高まっていた。「あとがき」によれば「6年前にすでに脱稿していた」という本書の満を持しての出版も、その流れと無縁ではないだろう。
89年4月の胡氏の死去が、その死を悼む学生たちによる、同年6月の「天安門事件」のきっかけとなったことは記憶に新しい。呼吸困難に陥り、担ぎ込まれた北京病院に趙紫陽、李鵬、楊尚昆らの要人が次々と訪れたこと、15日の死去後に北京、上海、広州、ウルムチ、香港の各地に追悼集会が広がったことなど、娘の目から見たその波乱の人生がリアルなまでに描かれている。


2.『哈利・波特与"混血王子"』(ハリー・ポッターと混血のプリンス)
J.K.ローリング著(英) 馬愛農・馬愛新訳 人民文学出版社 2005年10月初版


3.『劉心武 掲秘《紅楼夢》(第2部)』(劉心武があばく『紅楼夢』)
劉心武著 東方出版社 2005年12月初版


この11月に第2版・14刷を出したベストセラー『劉心武 掲秘《紅楼夢》』につづく第2弾。「賈宝玉の人格の謎」「玉石の謎」「妙玉の情愛の謎」など、中国を代表する古典名作の謎にせまる。
それにしても、今さらながらに中国の歴史小説や古典文学への人気の高さには驚かされる。例えば、今の日本で『源氏物語』の"謎解き本"を出したとしても、ベストセラーになるだろうか。それだけ中国では古典名作が重視され、一般に浸透しているということだろう。


4.『小故事 大道理(精華版)』(小さな物語、大きな道理)
韓冰編著 西苑出版社 2005年9月初版


この春、よく似たタイトルの『小故事大道理全集』(「小さな物語、大きな道理の全集」、雅瑟・編著、海潮出版社)が出版され、ベストセラーにランキングしていたが、本書はそれとは関係がないようだ。
「5年後の生活がどんなであるか、考えよう」「愛とは即ち信じること」「選択と放棄を学ぶ」「お金が世界のすべてではない」など、全30章600余りの小さな物語から、人生や家庭、仕事を成功させるための知恵を紹介している。
前者の『~全集』とは体裁も似ているし、タイトルもまるで借用したかのよう。問題にならないのだろうか、気になるところだ。


5.『藏獒』(ザンアオ)
楊志軍著 人民文学出版社 2005年9月初版


6.『Outsider 局外人』(アウトサイダー)
可愛淘著(韓) 中国城市出版社 2005年11月初版


青春小説『那小子真帥』(イケてるあいつ)で大ブレイクした韓国の若手女流作家・可愛淘(中国語)の新作だ。
家人が亡くなり、孤児となった18歳の韓雪理は、ひきとられた家の兄弟、江天空、江尹湛と互いに意識するようになるが……。息子たちに対して冷酷な父親、深夜に泣いている江尹湛。そして、江天空のアルバムにはられた女の子の顔写真は、黒く焼きこがされていた。謎だらけの家は、韓雪理を"部外者"として排除するかのようだった……。可愛淘の「最高傑作」の呼び声もたかい、甘く切ない青春小説。


7.『狼図騰』(オオカミのトーテム)
姜戎著 長江文芸出版社 2004年4月初版


8.『史努比2006』(スヌーピー2006)
チャールズ・シュルツ著 陝西旅遊出版社


2006年版カレンダー。手のひらに乗るコンパクトサイズながら、1ページに1日分のメモ欄と、スヌーピーで知られる漫画「ピーナッツ」のカラー4コマ漫画が掲載されている。英語版の原作の横には中国語の対訳も付されていて、メモと漫画、英語学習をかねた"一石三鳥"のカレンダーとなっている。
テレビのアニメチャンネルで再放送されていることもあり、「スヌーピー」は現代っ子にも知名度が高いようだ。


9.『執行:如何完成任務的学問』(執行:いかに任務を全うするかの学問)
ラリー・ボシディ/ラム・チャラン著(米) 機械工業出版社


世界的にも有名なCEOラリー・ボシディとコンサルタントのラム・チャランが、経営における「実行」の重要性を説き明かす。ビジネスの核となる「人材、戦略、業務」の3つの要素を結びつけ、機能させる「実行力」こそが、リーダーの役割だと説く。日本語版は『経営は「実行」―明日から結果を出す鉄則』として、日本経済新聞社から出版。中国語版は2003年に初版発行。


10.『細節決定成敗』(ディテールが成敗を決める)
汪中求著 新華出版社

 

 
   
     
   

中国の新聞各紙によると、最近の日中間は「政冷経熱」から「政冷経涼」になりつつあるのだそうです。日中関係は、すでに「氷河期に入った」という論評もありました。日本の報道でも、先ごろの内閣府の調査結果として、中国に「親しみを感じる」と答えた人は、過去最低の32.4%に減少したそうで、ますます寒々とした両国関係が浮かび上がってくるようです。
北京の天安門広場や故宮などの観光スポットにも、日本人観光客の姿をあまり見かけなくなりました。とくに、数十人からなる団体ツアー客の姿がありません。「反日デモ」報道の影響なのかもしれませんが、北京でふだん通りに平穏に暮らしている者からすれば、こうした寒々しい状況が残念でなりません。

そんな折、年末最後の日曜に訪れた「天壇公園」で、20人くらいの日本人団体客を久しぶりに見かけました。天壇公園を代表する建造物の「祈年殿」は、来年4月末まで約1年間の修復工事中で入れませんが、中国人ガイドの説明に皆さん、熱心に聞き入っておられました。
こうした時期に、しかも厳寒の北京に来てくださってありがとう……。心の中で感謝しながら、来たる2006年こそは良い年であることを祈りました。
どうか皆様も、良いお年をお迎えください。

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写真・文 小林さゆり
日本のメディアに中国の文化、社会、生活などについて執筆中

 

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